憂心
憂心 「ふう……いつもすまんのう。だいぶこの生活にも慣れてきたんじゃが……」
伴を宿舎の居室にまで案内してから、飛雄馬はベッドの端に腰掛けた彼の姿をじっと見つめた。
大リーグボール2号──まだそう、呼べるほど完全には至っていない。
2軍の練習を終えたのち、伴と共に再び多摩川グラウンドで汗を流す日々。
そのさなか、伴の両目は包帯で塞がれることとなった。
飛雄馬が現在、開発特訓に励んでいる大リーグボール2号『もどき』を投げる際、高く上げた足が土煙を上げるため、舞い上がった細かい砂や乾燥した泥がおよそ20メートルほど離れた伴の目にまともに直撃するからだ。
この細かい砂粒、というのが厄介で、飛雄馬が足を上げ土煙を舞上げるたびに何度も何度も伴の眼球、その網膜を傷付け、あわや一時は失明寸前とまで球団医に申告されており、2号もどき、というのもまだその球が上手く消えてくれないところに起因する。
当然、練習するのも晴れた日でなくてはいけないし、雨が降った翌日というのも禁忌であった。
伴が両目の周りを包帯で幾重にもぐるぐる巻きにされてから、今日で3日目になる。
目を開け何かを見る、という動作さえ眼球に良くないとかで、入浴時こそ包帯は外すものの特別に寮長に許可を貰い、飛雄馬は血を吐くような練習のあとに伴の入浴や食事、着替え等を献身的に手伝い、見守りを続けていた。
「疲れただろう。汗を流して早く眠れよ、伴。風呂場の掃除はおれがやっておくから」
「星、もういっそ宿舎に戻ってきてはどうじゃ?おれが入浴を済ませ、風呂を掃除してから帰るとなるとマンションに着くのも遅くなるじゃろう」
「いや、伴が気にすることじゃない。そんなことより、目はだいぶいいのか。包帯はいつ取れる?」
「………こんな時にも星はおれの心配をするんじゃのう」
「当たり前だ──伴がいてくれてこそのおれじゃないか。この大リーグボール2号だって伴がいてくれなきゃ……」
「…………」
伴は包帯を巻いた顔を飛雄馬の方へ向け、ちょっとこっちに来てくれんか、と手を招く。
伴?と飛雄馬は首を傾げ、言われるがままに彼の元に歩み寄ると、どうした?と尋ねた。
と、伴は飛雄馬の立ち位置を探るように両手を上げ、ふと、気配を感じたかそのまま腕の中に引き寄せた彼の体をぎゅうと抱き締める。
「う…………!?伴?」
「星……」
飛雄馬を抱く腕の力を少しだけ緩め、伴は顔を上向け唇を尖らせた。
「ばか、こっちはへとへとでそんな気分にはなれない。まったく、何事かと心配して損したぜ」
「……星、おれはいつかきさまがどこか遠いところに行ってしまうような気がして怖いんじゃい。今もこうして話をしながらも、ふらりとどこかに行ってしまうんじゃないかと……」
「…………」
何を急に言い出すのかと思えば、と飛雄馬は目元が隠れているため表情こそ見えないが、きっと今にも泣き出しそうな顔をしているであろう親友の顔を見下ろす。
おれも大概、おセンチなところがあるが、伴もどうやらそうらしい。
付き合いが長くなるとお互いに感化され、どことなく考え方が似てくると言うが、伴もその口だろうか。
「じゃあ、どこにも行かんようにしっかり、捕まえていてくれよ」
飛雄馬は言いつつ、かぶっていた帽子を取ると、なんの前触れもなく伴の唇に口付けを落とした。
「…………!」
「そこに横になれ、伴、おれがやる」
「えっ、しかし……その、っ」
「おれの気が変わらんうちに言うとおりにしてくれ」
「………………」
ゴクン、と伴が生唾を飲み込む音がやたらに大きく部屋に響いた。
そうして飛雄馬はベッドに乗り上げ、枕の上に頭を置いた伴の上にスパイクを脱ぐと跨る。
伴の緊張と興奮がここまで伝わってくるようで、飛雄馬は大きく深呼吸をすると、跨った彼のユニフォームのズボン、そのファスナーをゆっくりと下ろした。
「もう、勃ってるな……」
「い、言うな、星よ。恥ずかしいわい」
「ふふ……自分から誘っておいて弱気はなしだぜ」
伴のベルトを緩め、ズボンの前を開いてやってから飛雄馬はスライディングパンツの中から屹立し、今にも破裂しそうなほど脈打つそれを取り出す。
「ぐ……」
「すごいな、相変わらず……」
飛雄馬に言われ、伴の男根がビクンと揺れ、鈴口からは先走りが滴り落ちた。
「立場が逆だぞい、星ぃ……恥ずかしゅうてたまらんわい」
「…………」
ぬるぬると先走りを撫で付け、伴の男根をしごいてやりながら飛雄馬は自身もまた、興奮し、体が次第に火照りだしていることを自覚する。
体はひどく疲弊しきり、今にもベッドに横になり眠ってしまいたいくらいなのに腹の奥が切なく疼いてしまう。
知らなければよかった、こんな感覚。
自覚しなければよかった、こんな感情。
伴のためなら、なんだってしてやりたいと思う。
だからこそ、彼の誘いにもおれは乗ったのだ。
いい加減にしろとはねつけることは容易く、付き合いきれんとばかりに部屋を出ていくことだってできた。
しかし、おれの目を犠牲にしろとまで言ってくれた伴を、おれは突き放せない。
飛雄馬は伴の男根から手を離すと、膝立ちになって今度は己のズボンを留めるベルトを緩めた。
順番に上からボタンを外し、ファスナーを下ろすとスライディングパンツ諸共それらをずり下げ、ソックスとストッキングと一緒に両足から抜き取った。
伴の目が見えないからこそ、こんな暴挙に出る気になったとも言える。
きっとあの大きな瞳がいつものようにおれを見ていたら、こんな真似はできなかっただろう。
飛雄馬はズボンを脱ぐ際、ポケットから取り出しておいた投手の商売道具である手のあかぎれや指のささくれを防ぐために所持しているハンドクリームの蓋を取ると、チューブ状の容器をひねり、中身を取り出すと、それで自身の尻を解しにかかった。
「っ……ん、ん」
伴の腰の上に跨ったまま、飛雄馬は己の背中の方から腕を回し自分の尻の中心に指を遣る。 声が上がらぬよう、ユニフォームの裾を持ち上げ、それを口に咥えたまま飛雄馬はクリームをたっぷりと取った指を中へと挿入した。
「ほ、星?きさま、何をしとるんじゃあ」
伴が心配そうに声を漏らし、手持ち無沙汰に手を上げ、触れた場所が飛雄馬の太腿で、彼は思わず体をビクンと震わせ、目を閉じた。
「星?」
「~~………っ、く」
顔を真っ赤に火照らせて、飛雄馬は指を奥へと滑らせていく。
初めて探る、己の中は暖かく、それでいて柔らかい。
いつも伴がしてくれるように指を抜き差しすれば、意志とは関係なく入り口がきつく締め付け、腹の中がうねる。
いつの間にか伴と同じように立ち上がっていた男根が飛雄馬の下腹部では揺れている。
「きさま、まさかっ……星、そんな、無茶は」
伴はやっとそこで飛雄馬がしようとしていることに気付いたか素っ頓狂な声を上げた。
「………………」
ごく、と飛雄馬はユニフォームの裾を咥えたまま唾を飲み込み、尻から指を抜く。
そうして、伴の男根の位置を確認し、それに手を添えつつ己の中へと誘導する。
亀頭がぴたりと慣らしたばかりのそこに密着し、飛雄馬と伴は互いにぶるっ、と大きく震えた。
飛雄馬はこれから起こることへと期待と恐怖にうち震え、伴はまさか、という思いに身悶えた。
飛雄馬はぐっ、と下腹に力を込め、伴を受け入れるとゆっくり己の中へと導いていく。
「は、っ……………ふ、」
「うぐっ……星、きさま、」
伴の男根が腹の中で固さを増し、内壁をその形を作り変えていく。
「…………────!」
びく、びく、と飛雄馬は腹をいっぱいに満たす伴を感じながら体を戦慄かせ、残りを体内に埋めていった。
「ほ、しっ…………」
飛雄馬の腿を撫で、伴は切なげに声を漏らす。
時間をかけ、ゆっくりと伴をすべて腹の中に埋めてから飛雄馬は腰を前後に揺らし始める。
無意識に己の腹の中、とある位置に伴のそれが当たるよう飛雄馬は腰をくねらせ、眉間に皺を寄せた。
その動きに合わせ、飛雄馬の男根も震え、伴の腹にとろとろと先走りを滴らせる。
「っ、たまらん……!」
されるがままに男根を嬲られていた伴がひと声、呻いてからベッドの上に投げ出していた両足の膝を立てたかと思うと、ふいに飛雄馬をしたから突き上げにかかった。
己でぐりぐりと押し当てていた箇所より更に深く、奥に伴が入り込んで、飛雄馬の脳天を衝撃が突き抜ける。
「っ────!」
その衝撃で軽く達した飛雄馬の男根から先走りより白濁した体液が溢れ出た。
が、目の見えぬ伴は飛雄馬の状態など露知らず──そうでなくとも、熱中すると周りの音など一切頭に入らなくなってしまうがゆえに、自身が絶頂を得るため彼は腰を激しく叩きつけた。
「ひ、あ………っ!」
声を漏らした飛雄馬の口からユニフォームが外れ、彼はそのままはしたなく喘いだ。
「ばっ、伴………やめろ、やめ、ぇっ!」
腰を回され、中を抉られ、飛雄馬の嬌声は悲鳴へと変わる。
それだけでは飽き足らず伴は体を起こすと、一旦、飛雄馬から己を抜き、手探りのまま彼を押し倒した。
「…………」
はあ、はあとお互いに荒い呼吸を繰り返しつつ、ふたりは顔と顔を寄せ合い、口付けを交わし合う。
飛雄馬は伴を受け入れるよう足を開き、彼を導くと一息に体の中心を貫かれる衝撃に呻いた。
「ばかっ、もっと、ゆっくり………っ!」
伴のユニフォームの袖を掴んで飛雄馬は背中を大きく反らす。
無理をして伴の上に跨った股関節が軋んで、微かな痛みがそこに走った。
このままいけば、おれもいつか体を壊す羽目になるのだろうか。
野球のできなくなったおれを、伴はどう思うだろうか。
「あ、う、うっ!」
ぎゅっ、と飛雄馬は伴の袖を強く握りしめ、白い喉を晒した。
ベッドが伴の腰に合わせて揺れ、飛雄馬は彼の腕の中で再び絶頂を迎える。
ほどなく、伴も飛雄馬の腹の上へと射精し、そこで我に返ったか額を床に、ならぬベッドに擦り付けんばかりに謝り倒し、飛雄馬に苦笑を浮かべさせた。
「誘ったのはおれの方さ、伴。きみが謝ることじゃない」
「途中で頭に血が昇って、ぼうっとなってしもうてのう……」
「……………」
きみはいつもそうだ、頭に血が昇るととんでもないことをしでかす。
いつかそれが、命取りにならなければいいが……。
飛雄馬は気怠さを噛み殺しつつ、伴の入浴の支度をしてやると彼を風呂へと誘う。
これから飛雄馬は伴の背中を流してやり、風呂の掃除をしてからマンションに帰宅することになる。
おれが、伴を置いて、どこにも行くわけないじゃないか、心配性だなと飛雄馬は口元に笑みを湛えつつ部屋の外に出るため、伴の腕を己の肩に回す。
むしろ、おれの方が先に愛想を尽かされそうだぜ──と飛雄馬は部屋を出て、伴と共に廊下を歩く。
大リーグボール2号の完成まであと少し、その少しが曲者なのだが、と飛雄馬は、どうした?と尋ねてきた伴に何でもない、と返してから自身に腕を借り、隣を歩く彼の横顔を見つめた。