夕食
夕食 飛雄馬、悪いけど、夕飯の支度ができたから呼んできてくれないかしら、と明子に言われ、飛雄馬は屋敷の2階にある寝室の扉を数回ノックする。

彼が屋敷を訪ねてきたときから珍しく花形は寝室に篭っており、飛雄馬は久しぶりに姉が夕飯の支度をする様子を眺めることができた。
長屋にいた頃はねえちゃんの真似をして野菜を切ったり、米を研いだりしたものだなと顔を綻ばせつつ飛雄馬は長屋の台所の倍以上はスペースのあるキッチンの椅子に座り、明子と互いの近況を語り合い、料理を盛る皿を食器棚から取ってやったり、洗い物の手伝いを行った。
お手伝いさんが熱を出して休んでいたから助かるわ、と明子が笑い、飛雄馬もまた、ご馳走になってばかりじゃ悪いからねと笑みを溢す。
久しぶりの姉弟水入らずのひとときであり、あとはご飯が炊けたら出来上がりだ、と言うところで飛雄馬が屋敷の主を招く役目を任された、と言うわけであった。
「花形さん?」
返事がないため、飛雄馬は再度扉を叩く。
すると、2、3回ノックしたところで、入りたまえ、と中から声がして、飛雄馬は握ったドアノブを回す。
すると、今まで眠っていたのか少し気怠そうな表情を浮かべた花形が、ベッドの上で上体を起こした格好で廊下から差し込む明かりが眩しいらしく目を細めていた。
「気分でも、悪いんですか」
花形を刺激せぬよう、飛雄馬はそっと部屋の中に入り後ろ手に扉を閉めつつ小さな声で尋ねる。
「なに、近頃寝不足でね、疲れが溜まっていただけさ」
ふふ、と花形はいつもの彼らしい笑みを浮かべ、前髪を額から頭頂部にかけて指で掻き上げると、呼んでおいてこんなナリで申し訳ないねと自虐じみた台詞を吐いた。
生まれてこの方、会社勤めをしたことがない飛雄馬は何と声をかけてやったらいいか分からず黙ってしまう。と、花形は再び、ふふ、と吹き出してから、きみまで暗くなることはないさと明るく笑った。
「ねえちゃんには、話しておくから、もう少し休んでいたらいい。体を壊してしまっては元も子もない」
「……いや、だいぶ眠ったから大丈夫さ。ふふ、この機会を逃すといつ飛雄馬くんが家を訪れてくれるか分からんからね」
言いつつ、ベッドから降りようとする花形の元に駆け寄り、飛雄馬はいいから、と彼の体を押し戻す。
「もうあなたひとりのからだじゃないだろう。花形さんが無理をすればねえちゃんだって悲しむ。おれとの食事なんてまた元気になってからでもいいじゃないか」
「…………」
再び体を横たえた花形の体に布団をかけてやり、飛雄馬は食欲があるのなら食事を持って来ようかとも尋ねた。
花形がそれを受け、ならば飛雄馬くん、ひとつ頼まれてくれないだろうかと何やら耳打ちするような素振りを見せたために、飛雄馬はおれでよければとばかりに彼の口元へと顔を寄せる。
「〜〜………」
ぼそぼそと何やら要領を得ないか細い声で花形が囁くため、飛雄馬はそれを聞き取ろうと更に距離を詰めた。
「花形さん、すまんが、もっと大きな声で頼む」
そう、言葉を紡いだ飛雄馬の二の腕を花形は掴み、あろうことか自分が体を横たえているベッドの上に引きずり倒す。
花形の胸に顔を埋め、半ば彼の体に乗り上げる形でベッドに倒れ込んだ飛雄馬は目を見開き、己を引き倒した男の顔を見つめた。
そうして、この仕打ちは何だと訳を尋ねるべく顔を上げ、体を起こした飛雄馬が開いた唇へと花形は自身のそれをそっと押し当てる。
「………っ、う」
唇が触れる寸前、飛雄馬は目を閉じ、唇に力を入れる。花形は飛雄馬の腕を掴む指にほんの少し力を込めた。
「い、っ……ん、ん」
食い込む指の力強さに顔をしかめ、声を上げた飛雄馬の唇の隙間から花形は舌を滑り込ませ、舌先でそろりと彼の上の前歯を撫でる。
かあっ、と飛雄馬はその感触に耳までを赤く染め、閉じていたまぶたをうっすらと開いた。
「もしかして、期待してたのかい」
「冗談は、っ、」
花形の溢す、くすくす、と言う独特の笑みを聞きながら、飛雄馬は着ているシャツの裾から中に入り込み、背中を撫でる指の感覚に肌を粟立たせる。
びく、と震え、露わになった飛雄馬の喉元へと花形は顔を寄せ、そこに熱い舌を這わせた。
淡く歯を立てられた甘い痺れがそこからじわりと全身に走って、飛雄馬はくぐもった声を上げる。
肌を撫でる指が背中を滑り、シャツをたくし上げていく。
花形は飛雄馬から力が抜けたのを見計らい、彼の体を自分が寝ている隣へと仰向けに横たえてやった。
何の抵抗もなく飛雄馬は柔らかなベッドの上へと体を預け、自分を組み敷く男を仰ぎ見た。
「優しいのもいいことだが、もう少し人を疑う癖をつけた方がいいとぼくは思うがね」
ぼくが口にすべき台詞でもないだろうが、と花形は付け加えると、再び飛雄馬の首筋へと口付けつつ、シャツの裾から覗いている腹を指先で撫でた。
「は、っ………う」
声を抑えようと飛雄馬が口元に遣りかけた手を花形は払い除け、つうっ、と親指の腹で彼の唇をなぞった。
かと思うと、その唇を割るようにして飛雄馬の口内に指をねじ込み、綺麗に生え揃った歯列の1本1本に指を這わせる。
奥歯の表面を花形が指の腹で撫でてやると、飛雄馬は目に見えて恍惚の表情を浮かべた。
溜まった唾液が熱く花形の指に絡みついて、飛雄馬は時折、吐息と共に声を上げる。
そのまま舌の表面に指を滑らせれば、飛雄馬はそれを舐めしゃぶるように舌を震わせた。
フフ、と花形はその仕草に煽られ、思わず笑みを漏らす。
「ふ…………っ、」
指を引き抜き、花形は唾液に濡れ光る飛雄馬の唇に再び口付ける。
今度は深いものではなく、軽く唇を啄んでやりながら、飛雄馬の穿いているスラックスのベルトを緩めにかかった。
「この、先は……」
「ここから先が、肝要だろう。飛雄馬くん……」
バックルからベルトを抜き、花形は飛雄馬のスラックスの中へと手を差し入れる。
下着を持ち上げ、先走りでそこを濡らす男根を撫でてやれば、飛雄馬は大きく体を反らした。
「あ……!」
ぎし、っとベッドが軋み、飛雄馬は奥歯を強く噛んだ。
このままでは花形さんのペースに飲まれてしまう。夕飯の準備をして待っていてくれているねえちゃんに合わせる顔がない、と分かっているのに。
「腰を上げて。下着を汚す前に脱いだ方がいい」
「っ、花形さん!馬鹿なことはよしてくれ!あなたはいつもいつも、そうやって、ねえちゃんの気持ちを踏みにじる」
声を振り絞り、飛雄馬は花形を批判する言葉を吐く。
まさかの飛雄馬の反応に花形は一瞬、呆気に取られたが、すぐに口元にいつもの笑みを湛えた。
「…………そう来たか、飛雄馬くん。明子の名を出せばぼくが怯むとでも?」
「そ、んな、ことっ」
「果たして、踏みにじっているのはどちらかな。口ではぼくを拒絶するようなことを言いながらこの様は何と弁明するつもりだね」
優しく撫でていた飛雄馬の男根を花形は下着の上からぎゅっと握り込む。
「う、あ……あっ」
腰が引け、飛雄馬の背中がぐっと痛みに仰け反った。
「少しくらい痛い方がきみの好みかね」
囁きつつ、花形は飛雄馬の下着から手を抜くと、スラックスのボタンを外してやってからそれらを足から引き抜く。
押さえつけるもののなくなった男根が跳ね上がり、飛雄馬の腹の上に乗った。
「見る、なっ…花形さん、見ないで……」
顔を腕で覆いつつ、飛雄馬は震える声で囁く。
「足を開きたまえ、飛雄馬くん。そろそろ痺れを切らして明子が階段を上がってくるだろう」
ベッドの上に投げ出された飛雄馬の足、その腿を撫でさすりつつ花形が煽る。
「っ………」
飛雄馬はぎり、っと奥歯を噛むと、足を開き、顔を覆った腕の隙間から花形の姿を捉えてから、彼の体を両足で挟み込むような格好を取った。
「察しが良くて助かる」
視界を遮断している飛雄馬の耳には花形がファスナーを下ろす音がやたらとゆっくりと、そして大きく聞こえた。
階段を昇る足音がしないのがせめてもの救いと言うべきか、飛雄馬はベッドを軋ませ、花形がこちらににじり寄った気配にはっと意識をそちらに集中させる。
花形さんと肌を合わせるのはこれが初めてのことではなく、なぜ、この人がおれを抱くのかという理由については何度この行為を重ねたところでこれと言った答えは浮かばない。
きっと、この人のことだから、何か暇潰しの一環なのかとも思う。
体の中心を貫き、粘膜をゆっくりと押し広げていく圧に飛雄馬は眉間に皺を寄せた。
「は………っ、ん」
逃げる飛雄馬の腰を自分の腰で押さえつけ、花形は無理矢理に自分の一部を埋め込んだ彼の腹の中が、己の形に順応し、馴染むのを待つ。
花形はそれから、ゆっくりと腰を動かし始める。
反った花形の男根が彼が腰を振るたびに飛雄馬の腹の中、絶妙な位置を掻き、びく、びくとその度に彼の体は戦慄く。
花形は身を屈め、飛雄馬のユニフォームで隠れ、見えない胸へと吸い付き、跡を刻んでいく。
かと思えば、膝立ちになり、飛雄馬の自身の体の脇で揺れていた両足をぐっと彼の腹に押し付けるようにして曲げ、より奥を犯す。
あっ!と飛雄馬は一声、大きく声を上げてから顔を反らし、口元で拳を握る。
奥が好き?と花形が意地悪く訊くと、飛雄馬は否定するように顔を横に振る。
しかして彼の反応を見ればそれが嘘であることなど一目瞭然であり、花形は執拗に飛雄馬の奥を抉った。
「あ、ァ………っ、くるし、」
背けた飛雄馬の顔、その左耳を花形は甘噛みし、唇で優しくそれを食んだ。
「ひ……っ、っ」
「そろそろ、出そうか」
花形は体を起こし、飛雄馬の中を優しく擦ってやりつつも彼の男根を握りそこをしごく。
「は、あっ、あ、っ!い、やだっ」
「嫌じゃない、イイんだろう。嘘はよくないね」 花形の飛雄馬の男根をしごく手が先走りに濡れる。
きゅうっ、とそこを擦るたびに飛雄馬は花形を締め付け、悩ましげな声を上げた。
「ん、ん、っ、」
「ほら、飛雄馬くん、出すよ」
瞬間、花形は飛雄馬の中に己の欲を放出し、飛雄馬もまた自身の腹の上に白濁を放った。
唇を引き結び、声を出すことを堪えながら飛雄馬は絶頂の余韻に体を震わせる。
全身が気怠く、頭の芯はぼうっと溶けたようになってしまっている。
花形は飛雄馬の中から己を引き抜くと、ベッドから降り、近くのテーブルの上にあったティッシュ箱を手に戻ってきた。
そうして、自身は後始末を終えると、未だ呼吸の整わず、腹を薄く上下させている飛雄馬のそばに改めて腰を下ろす。
するとそれを見計らったかのように部屋の扉がノックされ、明子がご飯の準備が出来たのでどうぞ降りていらして、と声をかけてきた。
「落ち着いたら降りてきたまえ」
声をかけ、花形は飛雄馬の髪を撫でてやる。
飛雄馬はあからさまにそれを拒絶するかのように顔を逸らし、寝返りを打つ。
「…………ゆっくりしていくといい。なに、遠慮はいらんさ」
言いつつ、花形はベッドから降り、部屋を出ていく。あら?飛雄馬は?と尋ねる明子に、あちらが疲れて眠ってしまったようだよと答えつつ、花形は階段を降りていく。
飛雄馬は花形の香りの残るベッドの上で顔を両腕で覆うと、口から大きな溜息を吐いた。