夢か現か幻か
夢か現か幻か 自宅屋敷の鍵を開け、伴はできるだけ物音を立てぬようにして中に入ると再び鍵を閉めた。
日が変わるまでには終わると思っていた取引先との接待もやはり午前様となってしまい、伴は大きな溜息を吐く。
とっくに寝ているであろう星と、ビッグ・ビル・サンダー氏を起こさぬように努めながら伴はなるべく静かに廊下を歩いて、辿り着いた先──タンス等を置いてある衣装部屋でジャケットを脱いだ。
体が重い。
早くシャワーを浴びて寝てしまおう。
でなければ、また寝過ごし、親父に大目玉を食らう羽目になる。
正直、接待なぞしたくないのが本音だが、そうもいかないのが社会人の性と言ったところか。
あの頃はよかった、星と野球をしていた頃は楽しかった。
そんな思い出に浸ったところで過去に戻れるわけでもなし、大人になるということは辛く厳しいことじゃのう……伴はそうひとりごちながら下着を手に、浴室へと向かう。
そうして道すがら、飛雄馬に寝室として使うように与えた部屋を覗いてから伴はホッと胸を撫で下ろした。
「おやすみ、星」
ポソッとか細い声で囁いて、伴は廊下と部屋とを区切る襖を閉めるとそのまま浴室に入り、汗を流してから己が寝室へと引き篭もる。
しんと静まり返った明かりも消えたままの味気ない部屋。
布団は既に敷かれており、後は寝るばかりだが、どうにも目が冴えてしまっている。
それにしても。
布団の上に寝間着代わりの浴衣を羽織った格好で横になり、伴は天井からぶら下がる蛍光灯の四角い傘を見上げ、目を瞬かせる。
星のやつ、5年の間にえらく成長したもんじゃのう。
言い方は悪いが、昔はようこれで野球ができるもんじゃとこっちが心配になるくらい小柄な体格をしていたが、今となっては……。
伴は悶々と脳裏に浮かぶ飛雄馬の顔と肢体の艶かしさにぼうっとなったが、すぐに寝返りを打つと、いかんいかんと首を振る。
わしもオッサンになり、だいぶ肥えたが星のやつは背だけでなく髪も伸び、その表情もどこか憂いを帯びたような、何やら数々の修羅場をくぐってきたような独特の色気というか凄みと言うか……ああ、いかん。
真面目に野球に打ち込む星の姿に魅せられ、悶々としていたなんてそんなこと、星に知れたら軽蔑されてしまう。
10代のあの頃ならまだしもこの年になってそんな……わし、一体どうしちまったんじゃろうか。
むくむくと湧き上がった想いを打ち消そうと躍起になればなるほど、伴の体はかあっと興奮に熱くなり、その臍下は意思に反するように首をもたげる。
「…………」
体をそっと起こし、伴は布団からやや離れた場所にあったティッシュの箱を手繰ると、やおら左半身を下にして体を横たえてから浴衣の下、下着の中から大きく反り返った男根を取り出した。
1発、抜けばぐっすり眠れるじゃろう。
へへ、と情けない笑みを浮かべてから伴は目を閉じ、まぶたの裏に飛雄馬の姿を思い描きつつ右手で己の臍下を刺激していく。
その、瞬間であった。
すうっ、と静かに、しかし勢いよく、伴の部屋と廊下を隔てていた襖が開いたのである。
驚いて顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは他ならぬ星飛雄馬の姿で、伴はビクッ!とあからさまに動揺し、慌てて体を起こすと布団の上に正座した。
むろん、取り出した男根をしまうことも忘れなかったが、こんな状況だと言うのに伴のそれは依然として立ち上がったままであった。
「あっ、これは、じゃ、その、ほら、疲れとるときには星もなったりすること、あるじゃろ!な!決して変なことを考えとったわけじゃ……」
「…………」
顔を真っ赤にしながら弁明する彼を咎めることも、宥めることもせず、伴と同じく浴衣姿の飛雄馬は部屋に入ると後ろ手で襖を閉め、彼のもとへ歩み寄る。
伴の心臓の鼓動が倍以上に速くなり、額からは冷や汗がいくつも滑り落ちた。
「あわ、わ……星ぃ」
「伴……」
布団の上に膝をつき、飛雄馬は伴の顔を覗き込むようにしながら距離を詰める。
「お、怒らんでくれい。わしも男じゃ、ムラムラすることくらいあるに決まっとるじゃろうが!」
「静かに、伴。サンダーさんが目を覚ますぞ」
飛雄馬は唇に立てた人差し指を当て、しっ、と息を吐く。
「怒っとらんの、か……」
その光景を目の当たりにし、怒られるわけではないのかと安堵した伴の口元へと飛雄馬が流れるように自然に、そっと唇を寄せたのだから堪らない。
伴の額からは更に汗が滴り、尋常ではない速さで彼は瞬きを繰り返す。
「ふふ……どうした?魂が抜けたような顔をして」
言いつつ、飛雄馬は再び伴の唇へと口付ける。
「う、ぐ……星……」
ちゅっ、と飛雄馬は伴の上唇を啄み、舌先で閉じたままの唇の境目をなぞる。
すると伴が身震いと同時に微かに口を開けたもので、飛雄馬はそこから舌を差し入れ、彼のそれと絡め合った。
「伴、おまえ、ずっと我慢してたのか?」
伴の膨らんだままの股間に手を遣りつつ、飛雄馬が尋ねる。
「星の体に、何かあったらっ……いかんじゃろっ」
下着の上から勃起した男根を撫でられ、伴は口を閉じたまま喉から呻き声を上げた。
「うふふっ……相変わらず、いいやつだな。伴は」
悪戯っぽい笑みを溢して飛雄馬は伴の穿く下着の中に手を入れると、直に男根を握り、それをしごく。
「っ、っ…………」
じわっ、と伴の着ている浴衣の背中に汗が滲む。
どういう風の吹き回しで星はこんな。
自慰の途中で寝てしまったわしが見ている夢なんじゃろうかこれは。
「伴、そこに横になれ」
「ほ、星……離してくれい……いきそうじゃあ……」
「まだまだ……ふふ。伴、はやく」
飛雄馬に言われるがまま、伴は布団の上にどっと背中から倒れ込む。
すると、男根からの刺激が途絶えたもので、伴はえっ?と己の下半身に視線を遣る。
結果、自分の股間に顔を寄せ、伸ばした髪を耳にかけながら今まさに男根を咥えようとしている飛雄馬の顔が目に入って、伴は素っ頓狂な声を上げた。
いくら明かりのついていない部屋とはいえ、薄っすらと物の輪郭くらいは判別できる。
伴は星!後生じゃあ!と情けない声を上げ、己の股間に顔を埋めようとする彼の頭を掴んだ。
「…………」
しかして飛雄馬はそれに動じることなく、口を開けると伴の男根をぱくりと咥え込む。
「う、わ……っ!」
ぞくぞくっ、と伴の背筋を甘い痺れが駆け上がる。
肌が粟立ち、五感が研ぎ澄まされたような感覚に陥った。
「ん……」
吐息混じりの飛雄馬の声が伴の耳を熱くさせる。
舌と上顎とで絶妙な力加減で男根を挟み込みながら飛雄馬は顔を上下に動かしていく。
喉奥の、ギリギリの位置まで咥え込み、はあっ、と時折熱い吐息を口から漏らした。
「う、ううっ、星……っ、っ」
亀頭を咥え、唾液を纏わせた右手で握った男根をしごいてやれば、伴の腰が面白いように跳ねる。
ああ、これは癖になりそうだ──と飛雄馬は内心、にやりと笑みながら再び根元までを口の中に収めると、どくどくと喉に向かってぶちまけられた熱に目を閉じた。
「は、ふっ………」
口内で出された精液を飲み下してから飛雄馬は未だ放心状態のままの伴の上に跨ると、射精したばかりの男根を刺激する。
「ほし……!きさま、まさか飲っ、んだのか」
「…………」
答えない代わりに飛雄馬は微笑んで、立ち上がりつつある男根に刺激を与え続け、完全に勃起したところでその上に己の腰が来るように膝立ちになった。
「ばっ、馬鹿なことはやめろ!星!冗談が過ぎるぞい!」
「伴は口ばかりだな。こんなにさせておいてやめる気か」
「う、ぐ、ぐ……!」
「全部、おれに任せておけ、伴」
飛雄馬は言うと、己の背中側に手を遣り、伴の男根に手を添えたまま腰を落としていく。
「星!いきなり、っ──!」
ぬるっ、と亀頭が熱いものに包まれ、伴の意識は一瞬、途切れた。
飛雄馬は腰を落としながらゆっくり、伴を腹の中に埋めていく。
「準備……っ、ふふ……してたから、心配することはない」
飛雄馬は尻を伴の腹の上に乗せ、目を閉じると小さく戦慄いた。
腹の中いっぱいに伴の存在があって、既に伴の亀頭は飛雄馬の善いところを捉えている。
このまま動けば我を失うのは間違いなく飛雄馬の方であり、少しでも刺激に慣れるべく意識を結合部へと集中させた。
「星よ……生殺しじゃあ、これではっ……きさまの中が絡みついて、っ」
「…………っ、」
伴は僅かに体を起こし、飛雄馬の腰をそれぞれ両手で掴む。
びく、っと飛雄馬はその刺激で身をよじり、顔を逸らした。
互いの肌が汗に濡れ、しっとりと触れ合う皮膚が湿り気を帯びている。
先にこの静寂を破ったのは飛雄馬の方で、ゆっくり己の善い位置を擦るように腰を動かした。
「は…………っ、ん、ん」
身をよじって、飛雄馬は快楽に悶えるたび、伴を締め付ける。
「あ、っ!あんまりっ、動くんじゃないぞい」
「……ふ、ふ」
飛雄馬は己の腰を掴む伴の手を取るとそれぞれに指を絡ませ、腰を揺らす。
その絶妙な動きが伴の男根を締め上げ、それを擦り立てる。
星の、なんと温かいことだろう、と伴は己に跨り快楽を貪る飛雄馬の顔を仰ぐ。
本当にここに帰ってきて、寝食を共にしながらわしの上で淫らに喘いでいる。
夢でも、幻でもない、生きた星飛雄馬が現に、ここにいる。
伴は布団の上に投げ出していた両足の膝を立てると、なんの前触れなく下から飛雄馬を突き上げた。
「あ、っ!」
目を閉じ、緩やかな快感に身を委ねていた飛雄馬から突如として主導権が伴へと移る。
突かれた奥から脳天へと電流が駆け抜け、飛雄馬の体は淡く痺れた。
胸の突起は限界まで膨れており、下腹部の男根も例外ではなく首をもたげ、揺れている。
ぐりぐりと中に腰を押し付けられて、思わず飛雄馬は身動ぐが、手を握られているため逃げることも叶わない。
「…………」
「ば、んっ……!」
伴の手を強く握り返し、飛雄馬は腹の奥から迸る絶頂に酔いしれ、彼の男根を締め付ける。
伴もまた、飛雄馬の中に出すつもりはなかったものの勢いのままに欲を吐く。
そうして、飛雄馬が落ち着くのを待って、ふたり揃って布団の中に潜り込んだことまではどうにか覚えていた伴だが、部屋が明るくなったことに慌てふためき、勢いよく体を起こした。
「な……なんじゃったんじゃ?」
飛雄馬との行為が夢か現かの区別がつかぬまま、伴はドキドキと高鳴る胸に手を当て、深呼吸を繰り返す。
夢か?しかし、あまりにも生々しかった──。
伴は欲求不満もここまで来たかと肩を落とし、何かわしも打ち込めるものを探すべきかのうと不満げに唇を尖らせる。
おばさんが起こしにこないところを見るとまだ時間に余裕はあるらしい。
伴は大きな溜息を吐くと、再び横になろうと掛け布団をめくる。
と、そこには見覚えのある黒髪の青年の姿があって伴の顔から血の気が引く。
まさか本当に、わしは星と一線を……しかし、それをどうやって確かめたら……。
おろおろと取り乱す伴に背を向けたまま、飛雄馬は寝たふりを決め込んでいる。
面白いから、もう少し様子を見るとしようか、飛雄馬はくすっと布団の中で笑みを溢すと、サンダーさんとの朝の走り込みの時刻まで休んでいよう、とゆっくり、目を閉じた。