取引先との接待で遅くなった伴宙太は普段であればタクシーを使い、料亭から自宅へと帰宅するのが倣いであったが今日は珍しく雨の中、傘を差し一人靴を濡らしながら歩いて帰路についていた。
湿気が肌に纏わりつき、伴は時折ヒック、としゃくりあげつつあっちへフラフラ、こっちへフラフラと千鳥足のそれながらもようやく家の前まで辿り着く。
すると、門の前に何やら傘も差さずに頭のてっぺんから足の先まで雨に濡れた妙な男が立っていることに気付いて、伴は目を細める。こんな夜更けに物盗りだろうか、とかつて柔道で鳴らしたこのおれの自宅に泥棒とは面白い、と伴はヒック、と一度しゃくりあげてからスーツが濡れ鼠になるのも構わず傘をその場に放った。
バシャッ!と傘が地面に落ち、水を跳ね上げ音を立てたために、門の前に立っていた男は伴に気付き、その刹那駆け出した。
「きさまぁ!!!!待てい!!!!」
声を張り上げ伴は男の後を追う。
しかして前を行く男はスラリとした細身の体躯を持ち、その身のこなしから察するに恐らく何やらスポーツなり格闘技をしているのだろう、と伴は彼を追いかけつつ推測する。
昔取った杵柄、プロ野球選手として活躍していたのも今は昔、会社勤めをするようになり、接待に次ぐ接待で運動もろくにせず移動といえば運転手付きの自家用車の後部座席に座ることが主である今の伴が前を走る男に追い付くのは到底無理な話であった。
「待てい!待たんかあ!!」
深夜にも関わらず伴は大声を上げ全力疾走するが、彼との距離はぐんぐん広がるばかりだ。と、何を思ったか男は急に足を止め立ち止まる。全身汗だか雨だか分からぬようなびしょ濡れの格好で伴はようやく男に追い付き、その腕を渾身の力を込めて掴んだ。
「……顔を見せい!」
ぜえぜえと息を切らしながら伴が掴んだ男の腕をぐいと引き寄せ顔を拝むと、こんな真夜中にも関わらずサングラスなどと言った小洒落たものを掛けている。
物盗りなら至極当然のことであろうが、伴はその格好にムッとなり、サングラスを奪い取った。
すると、その下から現れた顔に見覚えがあった。伴はあっ!と声を上げサングラスを取り落として、「星」と男を呼んだ。
「……」
星、と呼ばれた男は一瞬視線を逸らし、それから伴を見据える。
星飛雄馬。かつてかのジャイアンツの川上哲治監督が現役時代に背負っていた同じ番号をつけ、プロ入りしてから数年をその名の通り流星のように駆け抜けた男。
伴の高校時代からの親友、バッテリーの間柄でもあり、そうして恋人同士でもあった。小柄な体格ゆえに球質が軽いと言われそれを補うように編み出した魔球一号。星飛雄馬が足を上げれば青い虫が飛んで行って青葉に止まると言われた二号。そして、たった一人で作り上げた彼の選手生命を奪った破滅の魔球と呼ばれる三号。
その三号を放ち終え、マウンドで倒れ、病院に運ばれたまでは良かったがそこから一切の消息を絶ち、彼の姉である明子の結婚式にも祝電を送ったのみで、その後の足取りを知る者は誰一人としていなかった、その星飛雄馬が今、こうして現れたのだから伴が驚くのも無理はない。
しかも、その左腕と引き換えに投げた一球を打ち取ったのは他でもないこの伴宙太であった。安全な株は買うなと明子に言われ、再三に及ぶトレード交渉を断ってきた伴であったが、それを飲み、球鬼と呼ばれた飛雄馬の父、星一徹を師と仰ぎ魔球三号を見事打ち据えたのが数年前。
伴自身、それからプロ野球を引退し父が経営する伴重工業の重役として働いている。行方知らずとなった星飛雄馬の身をいつも案じながら。
「ほ、星。きさま、今まで何を」
ぶるぶると震えながら伴は訊く。飛雄馬は伴から視線を逸らすことなく彼の顔を真っ直ぐに見つめている。
「……戻って、来てくれたのかあ」
「…………」
「星ぃ」
ぼろぼろとその両目から涙を滴らせ伴は嗚咽する。そうして飛雄馬の腕を掴んだ手を緩めると彼の体を強くその腕に抱く。
星、星、と抱きすくめる男の名を呼びながら。飛雄馬もまた、その腕を振り解こうともせず、そのまま身を預けていた。
「……」
やや体を離して、顔を寄せた伴だったがそれを飛雄馬は躱した。時期尚早であったか、と伴は苦笑しつつ、飛雄馬の体を解放すると、とりあえず家に来るとええ、と言ったが、飛雄馬は首を横に振る。
「……少し、お前の顔が見たくなっただけだ」
「……」
「フフ、元気で安心したぞ。たまには体も動かせよ」
「星!」
「……じゃあな」
言うと飛雄馬は身を翻し、地面に落ちたサングラスを拾ってから再び前へと歩み出す。
「ま、待てい!星!!星!!」
「……そう、呼ぶな。またお前が恋しくなる」
「っ……!!」
歩を止め、ぽつりと呟いた飛雄馬の言葉に伴は水を跳ね上げながら走り寄るとその体を後ろから抱きすくめた。
「星……離さん。もう離さんぞ。絶対に」
「……」
飛雄馬は己の体を抱く腕を撫で、瞼を閉じる。ああ、やはり来なければよかった、とかつてのぬくもり恋しさにここを訪ねたことを後悔した。
しかして、この懐かしい腕を振り解けず、飛雄馬はぐっと下唇を噛んだ。そうして、連れられるがままに飛雄馬は伴の屋敷へと入った。タオルで一先ず濡れた体や髪を拭いて、伴の沸かしてくれた風呂で冷えた体を温める。
伴の家の食事等を賄う老女とも飛雄馬は知り合いであったが、彼女は年ということもあり、今は早めに休んでもらっていると伴は言った。
「……一回り、大きくなったんじゃないか」
風呂から上がった伴を通された客間の畳に座って迎えた飛雄馬はしみじみとした声を漏らす。
「む……気にしていることを言うな。もう体を動かすこともなくなったからのう」
「……」
客間に足を踏み入れた伴は片手にビール瓶を二本と、もう一方の手にグラスを二つ持っていた。
「もう飲めるじゃろう」
「…………伴、おれは」
「一杯くらい付き合え」
「…………」
飛雄馬にグラスを手渡し、伴は栓を抜くと彼の手にしているグラスにビールを注いでやってから自身のそれにも注いだ。
「再会を祝して乾杯じゃ」
「……」
カチン、とグラス同士を合わせ、伴は一息にぐっと中身を飲み干す。飛雄馬はちびりちびりとそれを啜った。
「なんじゃあ、辛気臭いのう。ぐっといかんかあ、ぐっと」
「お前、酔っていただろう。いいのか」
「ワハハ、星に会って雨にも打たれて酔いなど覚めたわい。飲み直しじゃ」
「……」
「星」
ごくり、と飛雄馬はビールを喉奥に追いやってから、己を呼んだ男を仰ぐ。
「お前こそ少し背が伸びたんじゃないか。スラッとして誰か分からんかったぞい」
「そうか。フフ、だといいがな」
「星よ」
「なんだ。一気に言えよ、用件は」
何度も名を呼ばれ飛雄馬は少し困ったような表情を浮かべ、伴を見た。するとどうだ、目の前に座る男の目がどっしりとその体躯同様座っているではないか。
「……」
「わしは星を抱きたい」
「……馬鹿なことを」
「本気じゃ、星。わしはずっと」
「ビール、美味かった」
言って、飛雄馬は立ち上がる。星、と伴は今にも泣きそうなそんな情けない表情をして飛雄馬を見上げた。
「……一目、お前に会えたらいいと思った。元気でいるのなら、それでいいと」
「ならば」
「もう、一人で生きていくと決めたんだ。お前にはお前の人生がある、とあの時言ったろう。所詮他人事だと」
「星」
「伴は、幸せになってくれ」
「……ほ、しっ」
泣き出しそうなのを堪え、視線を畳へと落とした伴の目の前に飛雄馬に風呂上がりに一先ず着るように、と手渡し、彼もその通り腕を通していた浴衣が落ちた。
はっ、と伴は顔を上げ、下着一枚となった飛雄馬を見上げる。
「……伴、夢だ。これは、おれとお前が見た」
「ゆ、めでも、何でも、ええわい……」
ピカッと障子を閉めた窓の外に雷鳴が轟き、遠くに落ちたかガラガラと鳴った。
飛雄馬は膝を折り、畳に手を付くと四つん這いで、土下座の体勢にも似た格好の伴の額に口付ける。伴は飛雄馬の両肩をそれぞれに掴んで、その唇に己の口を寄せるが、彼はそれを拒んだ。
「星?」
「口はやめてくれ……忘れられなくなる」
「……」
伴の瞳が滲んで、揺れた。けれどもその頬を涙が滑ることはなく、伴は飛雄馬の首筋へと顔を寄せ、その肌へと吸い付く。
「ん……」
甘ったるい声が飛雄馬の口から漏れて、伴の臍下はそれを聞いただけでぐっと首をもたげた。実に何年ぶりであろうか、こうして会話を交わし、星に触れたのは。
正月明け、姉もいなくなり、独りぼっちであった飛雄馬のマンションを訪ねた伴は彼の胸倉を掴み中日になんぞ行くなと言えと食って掛かった。
どこにも行くな、ずっと二人は一緒だと泣き喚いた伴と、心を鬼にし中日に行けと言った飛雄馬の元に飛び込んできた一報。伴のトレードはせぬ、と。
それを聞き、互いに笑いあったところで唇を重ね合い、慰め合ったのが最後。
「伴は付き合いで女性ともしたこと、あるんだろう」
「に、にゃにをぬかすか星!わしはお前に操立てして一緒に酒を飲んだことはあってもそんなことはしてはおらん!!」
「…………」
「ほ、星こそしておったんじゃないのか。モテるからな」
「フフ、巨人の星、ジャイアンツの星飛雄馬であったからああも持て囃されただけだ。落ちぶれ、やさぐれた今のおれに寄ってくる女性などいるわけがない」
「む、う……」
飛雄馬は伴の首に腕を回し、ぐっと己の背に体重を掛けるようにして彼の体を巻き込んで畳の上に仰向けに倒れた。
「おう!星、急になんじゃ、潰してしまうぞい」
「……伴」
上ずった声で飛雄馬は伴を呼ぶ。伴は飛雄馬の顔に尖らせた唇を近付けるが、先程の言葉を思い出し、再び彼の喉へと口付けた。肌に舌を這わせ、軽く歯を立てつつ、皮膚の下に浮かんだ鎖骨を越えて、その胸元へと下ってくる。
「は、っふ……ぅ……うっ」
時折、体を小さく震わせ、飛雄馬は吐息と共に声を上げる。数年越しに触れた彼の肌や鼓膜を震わせる声はいっそ懐かしささえ覚えた。星、星と伴は組み敷く彼を呼んで、その肌に跡を残すかのように強く吸い上げて、到達した乳首へと舌先を押し当てる。
「あ、ん、んっ」
背を反らし、飛雄馬は伴の腕に縋り付く。 舌の腹で膨らみつつある突起を押し潰して、周辺の肌ごとべろりと舐め上げると、飛雄馬の喉がクっ、クっと鳴った。伴は飛雄馬のそこを責めつつ、彼の下半身へと手を遣る。
細い筋肉質の足を撫で上げ、やや足が開いたところでその股ぐらへ手を突っ込めば、固く立ち上がって下着を持ち上げる逸物に触れた。愛撫を受けつつ、吐息を漏らして、飛雄馬は伴を見遣った。大きな瞳を瞬かせる度に、その頬を涙が滑る。
「星ぃ……」
掌で飛雄馬の逸物全体を包み込んで、伴はそれを揉みしだく。ビクビクと下着の中で男根は震え、解放を待ち侘びるかのように脈打つ。伴は再び顔を上げ、飛雄馬の唇に口付けようとするもはっと我に返って、下着の上から撫でていた手をその中に差し入れる。
「うっ、あ、あっ」
「出すとええ。星」
耳元で囁くように言って、伴は飛雄馬の逸物を握る。先走りがめちゃくちゃに溢れて、周辺を濡らしていたために、伴はそのままそれを上下に擦り上げた。
「っ……く、う、うっ、伴、っ」
「星……」
びゅくっ、と伴の掌に飛雄馬は精を吐いて、伴の腕を掴む手に力が篭った。伴は飛雄馬の射精が治まるのを待ってから、その足から下着を脱がせてやる。
「よう出たのう。フフ……」
「……く、くっ」
顔をしかめ己を仰ぐ飛雄馬にニコっと笑みを見せて、伴は飛雄馬の膝を立たせ、その尻へと精液に濡れた指を這わせた。
「久しぶりじゃからのう。ゆっくり慣らしてやるわい」
言うと、伴は飛雄馬の尻の中心へ中指の腹を当て、ぬるぬると精液を撫でつけ、入り口を刺激に慣れさせてから指を挿入させる。飛雄馬の腰が揺れ、ふぅうっ、と声が漏れた。
「痛かったか」
「いた、くはない……なに、少しくらい痛くしてくれても、構わ、っ、ンンっ」
「何を言うとるか。痛がる星など見とうない」
第二関節までを飲み込ませ、伴は時間をかけ根元まで指を入れ込むと、中で指を小さく動かして、とある位置を探る。
「いっ……ん、っ……うっ」
臍の下を内側からそろりそろりと撫でられ、飛雄馬は擽ったさに奥歯を噛む。すると、ある場所に伴の指が触れた瞬間、先程射精したばかりの飛雄馬の男根がぴくりと跳ねた。
「あ、っ」
「ここか」
伴は探り当てた場所をぐっと押し込んで、指の腹で撫でさする。いわゆる前立腺と呼ばれる位置。そこを中から撫で上げられ、飛雄馬の腰が浮いた。
「はっ、あ……あ、あっあ」
「む、いかん。出そうじゃわい」
「……伴、来い」
「あ、ああ!ええんじゃ。ちょいと出した方が長持ちするじゃろう」
「いいから……」
「しかし、まだ全然慣らしとらんだろう」
「……おれが大丈夫と言うんだ」
「…………」
根負けし、伴は血管が浮き上がるほどに立ち上がった逸物を浴衣の前をはだけ取り出すと、飛雄馬の足を脇に抱えてたった今まで解していたそこへ宛てがい、ぐっと腰を押し付ける。
「っふ……あ、っいっ、」
「星」
「ふ……ふっ、伴、お前は、変わらんな」
腹の中を押し広げ、奥に突き進んでくる熱とその大きさを感じつつ、飛雄馬は呟く。
「あ、星……っ」
根元まで挿入するまでもなく、伴は飛雄馬の中に欲を放った。
「うっ……」
「……」
伴は申し訳なさそうに目を伏せ、頭を掻くと、ティッシュ、と辺りを見回したが、飛雄馬はぬるりと伴を己の中から抜きとって、彼の元へにじり寄る。
「な、なんじゃい。久しぶりだったからそ、その」
「そこに横になれ」
「ま、待て。拭いてから」
「いいから」
「…………」
伴は言われるがままに畳の上に横たわって、何をされるのかと飛雄馬に視線を遣ったが、あろうことか彼が上に乗ってきたためにガバッと体を起こし、星ぃ!と叫んだ。
「大きな声を出すんじゃない。おばさんが起きるぞ」
「し、しかしっ」
「……さっき一回出したら長持ちすると言ったのはお前だぞ、伴」
飛雄馬は伴の臍辺りに跨って、後ろ手でさっき達したばかりの彼の逸物を撫でる。
「う、ぐっ」
「うふふっ……」
ゆっくりと固く、大きくなりながら首を持ち上げてくる伴の男根を飛雄馬は握ってスリスリと擦り上げた。
伴が気持ちよさそうに眉間に皺を寄せ、唇をすり合わせているのが飛雄馬の目には映る。
「伴、いくぞ」
「いくって、どこにじゃ、あ、あっ!?」
飛雄馬は腰を上げ、膝立ちになると、伴の逸物に手を添え、その上に腰を沈めていく。尻の谷間にある窄まりに亀頭を飲み込ませ、飛雄馬は体重を掛け、腹の中にそれを埋める。
「ほ、ほしっ……星っ」
「……伴」
慎重に、ゆっくり粘膜とその入り口を慣らしつつ飛雄馬は伴を根元まで飲み込んでいく。そうして一度体重をかけ伴の腹の上に座ってから、膝ではなく足の裏を畳につける体勢を取って、飛雄馬は彼の腹に手を置き、腰を振る。
「あ、ぐ、ぁあっ」
ギシギシと畳が軋んで、伴の体も飛雄馬の腰の動きに合わせて揺れた。
飛雄馬の柔らかな粘膜が伴を包んでしごいて、撫であげていく。
「星、好きじゃ、星っ」
「…………」
飛雄馬は答えず、喘ぐ伴を見据える。
「どこにも、行くなっ」
「……………」
「…………答えろっ!星!」
閉じていた目を開け、伴は飛雄馬を抱き上げ、己の上から畳の上へと押し倒してから一度抜けた男根でそのまま彼を貫いた。
「っ……!」
「なぜ行かんと言わん!星!」
「………伴っ」
怒りに任せ、伴は腰を叩き込む。腹の中を抉られ、先程より更に奥を穿たれ、飛雄馬の額には汗が滲んだ。
「星っ!」
伴は飛雄馬を呼んで、今度は躊躇うことなく彼の唇へと口付ける。
「っ……んっ……ふ、」
顔を振って逃げようとする飛雄馬の顎を掴んで伴はその呼吸さえも奪った。口の端から唾液が滴って、伴の指を濡らす。
「ぁ、っ……ば、っ」
ようやく逃れ、呼吸をした飛雄馬であったが、伴は口を開いて飛雄馬の唇を尚も塞ぎに掛かった。
「は、あっ……!っ」
反らす腰を捕まえられ、勢いのままに骨盤を叩かれ、呼吸する間もないほどに激しい口付けを受けて、飛雄馬の意識は次第に朦朧としてくる。
「はな、せっ……伴っ、離してっ、く、」
「どこにも行かんと言え、星っ」
「行かな、っ……っ、あっ、あう、うっ」
びくん、と飛雄馬は震え、伴の背にぎゅうっとしがみついた。すると、飛雄馬の言葉に安心したか、伴もまた彼の中で二度目の射精を行った。
そうして互いに後処理を終えたはいいが、そこで伴はしきりに目を瞬かせ始めた。
「眠るといい。うふふ……どこにも行かんから、安心していい」
「……男に二言は、にゃいぞ、ほし……」
傍らに座る飛雄馬の手を握ったまま伴は目を閉じ、ゆっくりと眠りに落ちていく。飛雄馬は伴が大きないびきをかき始めたのを見計らい、額に口付けを落とすと気付かれぬよう、彼を起こさぬよう手を離す。
「ほし、愛しとるぞ、星ぃ」
「…………」
起きたか、と飛雄馬はギクリとしたが、すぐにいびきをかき始めたために下着を身につけ部屋を出る。もうすっかり雨も上がったようで、間もなく夜が明けるのか空が白んできていた。
これは夢なのだ、伴。おれとお前が見た、幸せな、夢だ。
飛雄馬は濡れた服を脱いだ脱衣場へ向かいながら鼻を啜って、伴の肌の熱さの残る己の体をその腕でぎゅっと抱く。
そうして、伴の前から姿を消した星飛雄馬が再び姿を現すのはまたしても数年後の春、東京近郊の草野球チームの間で有料助っ人をしていた彼をかの花形満が見つけ出し、その親友である伴宙太を驚かせようと理由も言わず呼び付けた、その日の晩であった。