雪景色
雪景色 今日はやけに冷える。
間もなく、世間は正月を迎えようとしている年の暮れ、飛雄馬は都会から遠く離れた寒村を、防寒着らしい防寒着もないまま薄いコート一枚の出で立ちで歩いていた。
これまた薄いスラックスの尻ポケットの中では、数枚の小銭たちが歩くたびに微かな音を立てている。
日が落ち、今にも夜が訪れようとしていると言うのに、どこかに身を寄せようにも、宿らしい建物は近くには見当たらない。
食事をするのもやっとのような素寒貧ぶりでは、運良くそれらしきものを見つけたところで門前払いを食らうのが落ちであろう。
チンピラに絡まれ、金を巻き上げられていた身なりのよい青年を放ってはおけず、助けに入ったがゆえの逃走劇。
どこぞのヤクザの下っ端連中だったようで、しばらく組の者に追い掛け回された果てに辿り着いた、この寂れた村。無事、彼は自宅に帰り着くことが出来ただろうか。
冷えた指を暖めようと口元に両手を翳したとき、空から何かが舞い降りたような気がして、飛雄馬は空を仰ぎ見る。
すると、ひとつ、ふたつと白いものが目の前をちらつき、アスファルトで舗装されていない足元へと落ち、そこで地面と同化した。
雪か、と飛雄馬は呟き、冷たくなってしまった指先に息を吐きかけつつ歩調を速めた。
ちらほらと舞うばかりであった雪も次第に粒が大きくなり、地面を白く染め上げていく。
雨よりは幾分、マシであるが、これでは野宿も出来そうにない。
このまま夜が明けるまで歩き続けるのが最善か。
しかし、街灯らしきものは近くにはない。
歩き続けようにも、明かりがないのではそれも叶わない。まだ日があるうちにどこか雪を凌げる場所を探し、そこで凍死しないことを祈りつつ朝を待とう。
運良く、しばらく歩いた先に昔、ここが酒屋であったことを知らせる朽ち果て、錆びた看板が掲げられた商店の名残が目に留まり、飛雄馬はその軒下に身を寄せた。
雪の粒が体に触れないだけで気が休まる。
コートの肩や橙色のYGマークが刺繍された黒の野球帽に降り積もった雪を払い、飛雄馬はそこに座り込んだ。
地面からの冷気が、スラックスや下着を着用していても、容赦なく肌を刺す。
コートを脱いで、尻の下に敷こうかとも考えたが、そうすると上半身は長袖のシャツ一枚となり、あまりに心許ない。
もしかすると、このまま朝を迎えられず無縁仏として葬られることになるかもしれんなと飛雄馬は苦笑し、かぶり直した野球帽のひさしで目元を隠した。
と、何やら雪を踏みしめる、足音のような一定のリズムを刻みつつこちらに近付いてくる気配と音を感じ、飛雄馬は息を潜めた。
野生動物の類だろうか。
今は冬眠している頃だろうに。
熊か、猪か、それとも。
次第にその足音のような音はこちらとの距離を詰めてくる。
もう目と鼻の先だ。
「こんなところで野宿かね」
「…………!」
ふいに声を掛けられ、飛雄馬は慌てて顔を上げる。
上等そうなコートの肩にうっすらと雪を積もらせ、目の前に立つ男の顔に飛雄馬は見覚えがあった。
花形……!
飛雄馬は冷えきり、動かすこともままならない唇で彼の名を紡いだ。
花形と呼ばれた彼──は、コートのポケットから何やら取り出すと、飛雄馬にそれを差し出した。
まったく予想だにしていなかった人物の登場に飛雄馬は呆気に取られ、しばらく花形の顔から目を離せずにいたが、ふと、目の前に差し出された掌に収まるほどの大きさの巾着袋を受け取る。
指に触れた瞬間、じんわりとそれ、は冷たくなった飛雄馬の手にぬくもりを宿す。
花形が渡してきたものは、いわゆる、ハクキンカイロと呼ばれる、金属製の携帯カイロであった。
飛雄馬は巾着袋を手にしたまま、コートが汚れるのも厭わず、隣に座り込んだ花形の顔を見つめ、唇を引き結ぶ。
「なぜ花形さんがここにいる?とでも言いたげな顔だね」
どこからともなく取り出した煙草を咥え、花形が微笑む。
「…………」
花形のズバリ図星を言い当てた言葉に、飛雄馬は全身が火照り、汗ばむのを感じる。
「なぜ、話せば長くなるが──宿命のライバルの勘と言えば、きみは──飛雄馬くんは納得するかい」
咥えた煙草の先に擦ったマッチで火を灯した花形が再び微笑んだ。ニヤリ、と口角を上げたと形容するのが正しいか。
例の、彼独特の笑みは健在のようで、飛雄馬は彼から視線を逸らすことも叶わず、ただその顔に見入った。
「この周辺に宿はない。一番近いホテルも車で十五分ほど離れた場所にある」
「…………」
「あくまでここから離れる気がないと言うのならぼくも付き合うさ。寒いことに変わりはないだろうがね」
「風邪でもひいたらどうするんだ」
「きみはまず自分の心配をしたまえ」
「……案内してくれ」
飛雄馬は自分が動かぬなら梃子でも動かないであろう花形の身を案じ、腰を上げた。
ここで花形さんの身に何かあったら、妻であるねえちゃんに迷惑をかけることになる、とそう考えたからだ。
「それなら少し、待っていてほしい。車を持って来よう」
言うと、花形はその場を離れ、程なく黒のキャデラックと共に再び姿を現した。
「…………」
「乗りたまえ」
「……失礼します」
小さく、飛雄馬は囁くとキャデラックの後部座席に乗り込み、冷えきった腕をそれぞれ両手でさすった。
「寒いなら羽織っておくといい。ぼくの使い古しで申し訳ないが」
言いつつ、花形は運転席から車に戻った際、脱いだのであろうコートを差し出して来たが、飛雄馬はそれを受け取らなかった。
この少しの間でも、キャデラックのフロントガラスには雪が積もっている。
花形はそれをワイパーを起動することで跳ね除け、車を走らせた。
尋ねたいことはそれこそ山のようにあるが、飛雄馬は広いキャデラックの後部座席に座ったまま、黙っていた。
ねえちゃんのことはもちろん、なぜこんな寂れた村に訪れるに至ったのか、伴や左門さんらは元気にしているか。それに──何のために自分に手を貸してくれたのか──。
尋ねたところで、彼は語ってはくれんだろうが。
それにしても寒い……。
体が冷え切ってしまっている。
飛雄馬は身を震わせ、自分の肩を抱く。
「……寒いかね」
「いや、大丈夫だ」
「…………」
しばらく花形の運転するキャデラックに揺られていた飛雄馬だが、そのうちにホテルに到着し、促されるままに部屋の中へと入った。
花形満という男には不釣り合いな煙草の匂いの染み付いた狭い室内。
ここしか空いていなかったからね、と彼は言ったが、恐らく自分に気を遣わせないための嘘だろう、と飛雄馬はコートを脱ぐなり、口元に携えた煙草に火を灯した男の横顔に視線を遣った。
「それ」
「それ?」
「いつから煙草を吸うようになったんだ、花形さんともあろう人がそんなもの」
「ああ、これは……飛雄馬くんがいなくなった欲求不満からさ」
「…………!」
「フフッ、冗談。先に体を暖めてきたまえ」
皮肉を浴びせるつもりが逆にからかわれ、飛雄馬は面食らい、赤面しつつその場を後にした。
狭い部屋で迷うはずもなく、飛雄馬はユニットバス造りの風呂やトイレへと繋がる扉を開けると、その場で身につけているもの一式を脱ぎ捨て、熱い湯を頭からかぶる。
冷えた体を熱く火照らせるシャワーが心地よく、飛雄馬はようやくここに来て生き返ったような気がした。
あのままあの場に留まっていたら恐らく、死んでいただろうことは想像に難くない。
とは言っても、突如行方をくらませ、未だ姿を見せぬ自分のことを皆はすでに死んだと思っていてもおかしくないが。
飛雄馬は冷え、強張っていた体をシャワーで解し、一通り髪から体までを洗い終えると、備え付けの何度も洗濯と乾燥を繰り返されたであろう、ごわつくバスタオルで全身を拭き、腰にそれを巻いてから扉を開けた。
「よく暖まったかい」
「お陰様で」
「パジャマは……いや、浴衣がそこにある。冷えないうちに着たまえよ」
湯上がりの飛雄馬の格好に花形は驚いたらしく、一瞬、黙ったが、近くのクロゼットを指差すと、自分もシャワーを浴びてくると言い残し、扉の奥へと消えた。
「…………」
飛雄馬は花形に言われたとおりにクロゼットを開け、中から糊のやたらに効かせられた浴衣と帯を取り出すと、それを身に着け、髪をバスタオルで拭う。
いつの間に手に入れていたのか、部屋に置かれている古ぼけた、煙草の転がったらしき焼け跡の残るテーブルにはプルタブの上がったビールの缶がふたつ残されていた。
そばにある灰皿には吸い殻がすでに三本、打ち捨てられている。
花形がシャワーを浴びる水音が微かに耳に入って、飛雄馬はそれを打ち消すためにブラウン管テレビのスイッチを入れた。
ニュース番組にチャンネルが合っていたか、神妙な面持ちで男性アナウンサーが日中、国道で起こった車の死亡事故の様子を淡々と語っている。
「雪は」
「!」
背後から突然声を掛けられ、飛雄馬はそれこそ飛び上がらんばかりに驚いた。
「……雪はしばらく降るようだね」
「……そう、ですか」
飛雄馬は自分と同じくバスタオルを腰に巻いた格好で現れた花形から目を逸らし、テレビ画面を見つめる。
「ぼくは落ち着くまでここにいても構わんがね、飛雄馬くんは何か予定でも?」
「予定なんてものが、ふふ、今のおれにあると思います?」
自虐じみた笑みを浮かべ、飛雄馬はテレビのスイッチを切った。
部屋の中は再び静寂に包まれる。
「それはよかった。ぼくもさすがに雪の中を運転した経験はないからね」
「…………」
花形は浴衣に着替え、そんな冗談を飛ばすと、飲みかけだったらしいビールの缶を手に取った。
「飲むかね。そんなに物欲しそうな顔をして」
飛雄馬は自分が思わず花形が缶に口をつけ、喉を鳴らしビールを飲む様をまじまじと見つめていたことに気付き、しまったとばかりに顔を背けた。
「なに、心配はいらんよ。冷蔵庫に冷やしてある。それに、こんなに冷える日は飲むに限る」
燗がついたものがよければ、廊下の奥に自動販売機がある。そこで買ってくるといい、と花形は続けながらも部屋にあった小型の、飲み物を入れるしか能がないような冷蔵庫を開け、そこから缶ビールをふたつ、取り出した。
「……どうも」
「なに、礼を言われるほどのことじゃないさ」
飛雄馬は受け取った缶のプルタブを上げ、それに口をつける。
普段、飲み慣れない冷たい、独特の風味と苦味を孕んだ炭酸を擁す液体が喉を滑り、腹の奥へと落ちていく。
熱い湯を浴びた体にはちょうどよい刺激と温度で、飛雄馬はあっという間にひとつを空にした。
もう一本?と尋ねる花形に頷き、飛雄馬は受け取った二本目をゆっくり啜っていく。
「…………」
「ぼくとこうして同じ部屋にいるのも本当は嫌だろうがね。こうしてビールを煽るのもそのせいだろう」
「それは誤解だな、花形さん。なぜあの場にあなたがいたかはわからんが、手を差し伸べてくれたのは嬉しかった。ありがとう」
飛雄馬は素直に、感謝の言葉を口にする。
そんな台詞がすらすらと口を吐いたのは、流し込んだビールのお陰だろうか。
それとも、今は互いに野球から身を引いている状態ゆえか。
ここに来て初めて、花形さんとは奇妙な縁で繋がったライバルとしてでなく、ひとりの友人として対峙したように思う。
思い返してみれば、花形さんは存外、優しい人なのだ。当時は、自分のことで精一杯で他人の優しさになど気付く余裕はあまりなかったが。
「……それを聞いて安心したよ、飛雄馬くん」
「…………」
飛雄馬は缶に残っていたビールを啜ると、そろそろ寝ようかと声を掛けてきた花形に視線を合わせ、小さく頷く。
同じ部屋が嫌ならもうひとつ部屋を用意するが、と冗談を飛ばした彼に、それには及ばない、と返してから飛雄馬はベッドに潜り込む。
蛍光灯が消され、部屋は常夜灯の薄ぼんやりとした橙色の明かりに包まれた。
妙に静かなのは雪が降っているせいか。
明かりが消えたことで、室内の温度が下がった気がする。
「……眠れるかい」
「……花形さんが黙っていてくれたら眠れそうだ」
「フフ、それは失礼。おやすみ、飛雄馬くん」
「…………」
部屋の明かりを消してからベッドに潜り込んできた花形にふいに話し掛けられ、飛雄馬はわざと冷たく彼を突き放す。
花形の笑い声が部屋にやたらに響いた。
と、一度はベッドに体を横たえた花形がそこから抜け出て、何やら椅子に腰掛けたため、飛雄馬もまた、体を起こした。
「ぼくのことは気にせず眠るといい。興奮してどうやら眠れそうになくてね」
「…………」
花形は言うと、おもむろに咥えた煙草に火を着けた。
あまり馴染みのない、立ち昇る煙の匂いに飛雄馬の目もまた、冴えてしまう。
元より、このまま眠れそうにはなかったが。
「……少し、飲まないかね」
「付き合おう」
ニッ、と花形が微笑んだのが、薄明かりの下でも飛雄馬にははっきりと見えた。
そのままベッドから身を起こし、飛雄馬は先程、花形がしてくれたように冷蔵庫の扉を開けると、中から缶を一本、取り出した。
「もうひとつ、買ってこようか」
花形がそう、言ってくれたが、飛雄馬は首を振ると、冷えた缶を、そのまま煙草を咥えた彼に手渡す。
黙って、花形はそれを受け取ると、プルタブを上げた。煙草と酒なんて、あの頃は考えもしなかった。
むしろ遠ざけていた節さえある。
それだけ、年を取ったということか、互いに。
飛雄馬は缶を傾け、中身を口にする花形の指の先に灯る赤を見つめつつ、そんなことを考える。
と、何やら花形に名を呼ばれ、飛雄馬はハッ、とそこで我に返ると、手招く彼の許へと歩み寄った。
瞬間、腕を取られ、引き寄せられるがままに花形との距離を詰め、飛雄馬は呼吸を奪われる。
立ち上がった花形に腰を抱かれ、身動きの取れないまま口の中に流し込まれた苦い炭酸を飲み干し、飛雄馬は眉間に皺を寄せた。
「っ、う……」
花形の腕に飛雄馬は爪を立てながらも、続けざまに口内に滑り込んできた舌に自分のそれを絡めた。
舌先で口の中をくすぐられ、唇をゆるく吸い上げられて飛雄馬は頭の芯が痺れたような感覚に陥る。
と、花形の唇は何の躊躇いもなく離れていったかと思うと、飛雄馬の耳元に顔を寄せ、そこに舌を這わせた。
「…………!!」
「歩けるかね」
嘲るような花形の声が、舐められ、熱を持った飛雄馬の耳に響く。
歩けるか、とは、ベッドに戻れ、とそう言う意味なのだろうか。
飛雄馬は濡れた唇を手で拭うと、目の前の男を睨んだ。飲み下した唾液は自分のものか、それとも彼のものか。
「酒には付き合うとは言ったが、……こんなことをされるのは不愉快だ」
「飛雄馬くんに会えた興奮から、とんだ粗相を。フフ、申し訳ない」
「…………」
まったく悪びれる様子もなく、言い切った花形の腕の力がようやく緩み、飛雄馬は慌てて彼から離れた。
体が妙に熱いのも、頭がぼんやりとしているのは慣れぬビールをふたつも空けたせいだけでないことを、飛雄馬は知っている。
「飛雄馬くん」
花形の声が、飛雄馬の下腹部を反応させる。
「くっ……」
体の奥に灯った熱が、次第に全身へと広がって、飛雄馬は顔をしかめた。
「そこに座りたまえ。立っているのも辛かろう」
「よ、寄るな……」
距離を詰めてきた花形から逃れるように飛雄馬は後退りしたものの、ベッドに足をぶつけ、そのままマットレスの上へと尻餅をつく。
すると、体の上に覆いかぶさるように花形が身を寄せてきて、飛雄馬は、縋るような目を彼へと向けた。
しかして花形は何の躊躇いもなく、飛雄馬の浴衣のはだけた帯の下から手を差し入れ、直に腿へと触れる。
下着は身に着けていない。
「…………」
「ひ、っ、……!」
花形の指が太腿から陰嚢の上を滑り、勃起した男根の裏筋をなぞる感触に飛雄馬は腰を揺らす。
「足を開きたまえ。きみもやり方くらいは知っているだろう」
「っ────」
飛雄馬は指の腹で、男根の鈴口をぬるぬると撫でる花形の体を両の腿でそれぞれ挟み込むような格好を取り、そうして目を閉じる。
「もう少し、抵抗するかと思ったが、ぼくの見当違いだったようだね」
謀られた、と飛雄馬は花形を受け入れた苛立ちと焦りから目を開け、この場から逃れようともがいた。
しかして花形に唇を塞がれ、飛雄馬は顔を背けることで彼を拒んだが、それは結果として首筋に痕を残される悪循環を招いた。
汗ばむ肌の上を、花形の唇や舌が滑り、思い付いたようにそこを吸い上げる。
それは時に、痛みを覚えるほど強く、そして優しくもあった。
いつの間か手を握られ、絡められていた指を握り返し、飛雄馬は声を上げまいと閉じた口から微かに吐息混じりの呻き声を上げる。
何度も首筋を舐め上げ、そこを吸い上げたかと思えば、再び唇へと顔を寄せることを繰り返され、飛雄馬は全身に汗をかき、顔を真っ赤に染めていた。
そうして、遂に触れられた胸の突起から全身に走った甘い痺れに飛雄馬は射精し、日に焼けることを知らぬ白い腹を白濁に染める。
「あ、ぁ、あっ!!」
吸い上げられた突起を舌先で嬲られ、飛雄馬は声にならぬ声を上げると花形の手に爪を立て、喉を晒す。
限界まで膨らんだそれに歯を立て、軽い痛みを与えられたことで、飛雄馬は再び首をもたげつつある臍下の感覚に自己嫌悪から目元に涙を浮かべた。
指を解かれ、自由になった手で飛雄馬は目元を覆い、強く突起を吸われた刺激に、んんっ!とくぐもった声を上げる。
「…………」
突起を吸い上げられつつ、飛雄馬は新たに臍下に触れる花形の指に体を震わせる。
花形は一度は射精した飛雄馬の男根を握ると、それを上下に擦りつつ口に含んだ突起に淡く歯を立てた。
「う、ぁ……、っ……!」
全身を震わせ、飛雄馬は花形の体の横で両足を震わせる。すると、何やら尻から腹の中に挿入されたことに気付いて、飛雄馬は驚き、それ、を締めつける。
閉じていた目を開けて、薄ぼんやりとした明かりの下で腹の中を探るものの正体を暴こうとすれば、それは花形の指のようで──飛雄馬は壁を優しく撫でていた指が、突如として中の一部分を押し上げたことに掠れた声を上げた。
全身にかいた汗が、肌の表面を滑り落ちる。
入口を解そうとしているのか、指は浅い位置を撫でていたかと思うと、本数を増やし、少し奥を探った。
一度は達し、萎えたそれ、が臍の下で首をもたげ、戦慄いたのがわかり、飛雄馬は奥歯を噛む。
「痛い?」
「っ……──、!」
尋ねられ、飛雄馬は頬を染めた。
「痛くはないね、フフ……物足りないね、どちらかと言えば」
「ふ…………、っ」
フフ、と再び浮かべた笑みと共に、腹の中から指を抜いた花形がベッドの上に膝を乗せ、身を乗り出すのを飛雄馬は涙の滲む瞳で見上げる。
すると、先程まで花形の指が撫で回していた位置に、何やら触れたかと思うと、それは間髪入れず、中に押し入ってきた。
仰け反った喉元に花形の唇が触れたかと思うと、大丈夫かい?とこちらを労るような台詞が囁かれたが、飛雄馬は答えようとはせず、唇を引き結ぶ。
腹の中をゆっくりと擦り上げ、指よりも深いところを探るそれに飛雄馬は意識を集中する。
と、突然にそれは来た道を戻るがごとく引き抜かれ、飛雄馬は予想外の花形の行動に驚くと共に、大きく体を震わせた。
締まった喉奥から、引き攣った声が漏れ、飛雄馬は自分の臍の下──今は完全に立ち上がってしまっているそれが、とろりと体液を垂らしたことに顔をしかめる。すると花形はやや体を起こし、体の両脇で揺れていた飛雄馬の膝裏に手を入れ、更に大きく足を開かせるが否や、その腰を叩きつけた。
「あ"……!」
あまりの衝撃に視界が揺れ、飛雄馬は口から大きく息を吐く。
しかして、次の瞬間、花形は腰を引いたかと思えば、それを叩きつけることを繰り返し、中を掻き乱した。
「あ、ぁっ……く……」
花形の触れる位置から全身に走る甘い、痺れが、体を震わせ、理性を飛ばしていく。
再び、唇に軽く触れてきた花形を一度は拒んだが、飛雄馬は微かに口を開け、彼を受け入れた。
先程までの激しさは今はなく、腹の中をゆっくりと擦り上げながらも舌を絡ませてくる花形に応え、飛雄馬は小さく声を漏らす。
「は……っ、ん、ぅ……」
するとそこで花形は再度、腰を振り、飛雄馬の腹の中を掻き回していく。
弾みで唇が離れ、飛雄馬は花形の腕に縋った。
「中に出すよ」
言われ、飛雄馬はハッ!と顔を上げ、嫌だ、と掠れた声を上げる。
「どうして?」
理由など、訊いてどうする──。
飛雄馬はいやだ、やめろ、とろくに回らぬ舌で言葉を紡ぎ、身をよじる。
「…………」
「いっ……いやだっ、ぜった、ぁ……っ、!ぅあ、あっ!」
飛雄馬の腹の上で揺れる男根を握り、体液に濡れたそれに花形は指で刺激を与えた。
腹の中に、未だ存在している彼を飛雄馬は締め付け、体を戦慄かせる。
「そう、締めないでほしいね、飛雄馬くん……中に出すなと言うのはきみの方だろう」
「だ、だれが……っ、っ、う、」
花形の手の動きの、なんと絶妙なことか。
達しそうになると力を緩められ、再びそこを嬲られることを繰り返す。
腹の中にいる、花形の存在が今頃になってやたらに感じられるような気がして、飛雄馬はそのもどかしさから頬に涙を滑らせた。
「ん……っ、い、っ……」
体を震わせ、飛雄馬は目を閉じる。
「言ってほしいものだね、きみの口から」
「は……っ、……っ、」
口の中に溜まった唾液を飲み込み、飛雄馬は花形を睨み、そうして左右に視線を泳がせてから、目を閉じ、中に、くれ、とそう、震える声を発した。
と、なんの断りもなく、花形は腰の動きを再開させたかと思うと、その衝撃で先に達した飛雄馬の中へと自分の欲を吐き出す。
自分の体の痙攣とは違う、腹の奥で脈動する存在を感じながら飛雄馬は、唇を寄せてきた花形から顔を逸らした。
「…………」
花形は何も言わず、その代わりに──未だ絶頂の余韻から体を震わせている飛雄馬が落ち着くのも待たず、己を引き抜く。
「あっ、いや……ぁ、」
飛雄馬はその中で、再び軽く絶頂を迎えさせられ、ようやく落ち着いてきていた体を、またしても小さく縮めた。
「…………」
花形が煙草を咥えたか、またあの匂いが部屋の中を満たす。飛雄馬は目を閉じ、痛む頭を落ち着かせようと大きく息をする。
掻き出された花形の体液が、尻を滑りベッドを濡らしたのがわかって、飛雄馬は体を跳ね起こすと、頭を押さえた。
「夜明けにはまだしばらくある。眠るといい」
「…………」
こんな状態で、どうして眠れると言うのか。
何か飲むかいと尋ねてきた花形に、何もいらないと返してから飛雄馬はベッドに体を横たえる。
全身が気怠く、頭が変に痛む。
「目が覚めたら、駅まで送ろう。ここは──」
何やら花形が話を続けているが、それは雑音にしか聞こえず、いつしか飛雄馬は自分も気付かぬままに目を閉じ、寝入っている。

──花形は、短くなった煙草を灰皿に押し付け、火を消すと眠った飛雄馬に布団を掛けてやってから窓辺へと歩み寄った。
カーテンの隙間から外界を見下ろせば、暗闇の中、地上に降り積もった雪が白く輝いて見える。
雪はもう、降っていないらしく辺りには静寂が広がっている。
花形はそのまま窓辺に寄りかかるように体の向きを変え、室内に再び視線を戻すと、ベッドの中で寝息を立てる飛雄馬を、何を言うでもなく、見つめた。