雪山特訓
雪山特訓 ひとまず山を下りよう、と言うことにはなったがまだ夜が明けていない。伴と飛雄馬の二人は、テントに戻り朝が来るのを待つことにした。
飛雄馬との投球・捕球練習中に偶然、鉢合わせた元高校球児だとか言うスキーヤーの投げた雪つぶてを受けた伴は目の前にいる親友の投げた球が勢いと速さこそあれど、やたらと軽いことを見抜いた。
死刑宣告にも等しいことを言われ、取り乱す飛雄馬を伴は雪の中、得意の柔道で幾度となく投げ飛ばしたものの最後には親友の作った雪玉に潰され、柔道の極意について語って聞かせたのがつい先刻のことである。
「………はあっ」
飛雄馬はテントの中、ランプの明かりの下で両手を口の前に持ってきて、掌に息を吹き掛ける。
「……む、ひどい霜焼けじゃあないか」
その様子を眺めていた伴は、飛雄馬の掌や指が赤く腫れ上がっているのに気付き、彼の手を握った。
しかして飛雄馬は握られた手を振り解いて、これくらいどうってことないさ、と拳を握って、それよりも、君の手は――と、石の入った雪玉を素手で捕球し続けた伴の手の心配をする。
「おれは球を受けるだけじゃからええんじゃい。投手であるお前こそ手が使い物にならなくなったら困るじゃろう」
「霜焼けなんて、しょっちゅうさ。とうちゃんとの練習で数え切れないくらいやっているから、いちいち気にすることじゃない」
「そ、そうかのう」
「それよりも、手を貸せ」
飛雄馬は言うと、後ろを向き、ここに来る際に背負ってきたリュックサックの中を漁ると、何やら軟膏のようなものを取り出し、目の前に出された伴の掌にその中身を塗り付けてやる。
「伴のおやじさんの許しが出て、本当に良かった。一人で山に篭もるのはとても寂しかったからな」
「まったくだ。花形のおかげじゃい」
「ふふふ………」
伴に軟膏を塗布してやってから、飛雄馬は彼の手に包帯を巻いてやる。朝にはだいぶ良くなっているだろう、と言い残して。
「しかし、よくここが分かったな。さっきの伴じゃないが、おれもめちゃくちゃに歩いてここに辿り着いたんだ」
「ははは!なーに、親友であるお前の、星の居場所ならすぐに分かるわい。伊達に地獄の底までついていくなどとは口にしとらん」
「………」
いつもの豪傑笑いをやってから、伴は飛雄馬の背中をばしばしと叩いた。
いいやつ、と飛雄馬は涙ぐむ。わざわざとうちゃんに行き先を尋ね、ここまで来てくれただけでもありがたいと言うのに、おれの欠点まで教えてくれようとは。
小男が技をくふうして大男に勝つ、と伴は言っていたか。それは一体、何をどうすればいいのか――。
そこまで考えて、飛雄馬はぶるぶると頭を振る。突然に頭を振った飛雄馬に伴は首を傾げ、どうしたんじゃい?と訊いた。
「いや、何でもないさ。寝よう、ひとまず。明日は早起きして山を下りるぞ」
「……また妙なことを考えたんじゃなかろうな」
低い声で図星を突かれ、ランプの明かりを消すために立ち上がった飛雄馬は一瞬、その動作を凍り付かせ、こちらを見上げてくる伴の顔を見た。
「……図星かい」
「馬鹿な、考えすぎだ。ほら、寝袋に入れ。明かりを消すぞ」
顔を逸らし、再びランプの火を消す動作に入った飛雄馬の腹に伴はぎゅうと縋り付き、彼の胸に顔を埋める。
「な、何をするんだ。伴!」
「星の苦しみはおれの苦しみじゃい。ううう……星ぃ、おれはお前にどこまででもついていくぞう」
「…………」
大きな体を揺らして、男泣きに泣く伴の頭を撫でてやって、飛雄馬はランプの明かりを消した。辺りは闇に包まれ、途端に底冷えするようだった。
「泣くな。何とかやってみるさ……お前の、伴の言うくふうとやらを」
「星ぃ……」
グスンと伴は鼻を啜って、飛雄馬から腕を離す。すると飛雄馬はその場に膝をついて、伴の肩をそれぞれに掴む。
「ふふ、ほら外で顔を洗ってこい。ひどい顔だぞ」
言ったものの、ランプの明かりは消え、テントの中は真っ暗だ。伴の顔など見える筈もない。飛雄馬は自分も泣きそうであったために、そんな台詞を口にしたのだった。
と、ふいに伴は顔を上げて、飛雄馬の唇に己の口を押し当てた。 面食らって飛雄馬は動揺し、触れられた唇を手で拭う。
「伴!?」
「あ、う……すまん。つい」
目を泳がせ、伴はしどろもどろになりつつ言葉を紡ぐ。
「………」
飛雄馬は何も言わず、伴から距離を取ると一人寝袋に入った。しばらく、伴はその場に座っていたが、その内に彼も飛雄馬の隣に寝袋に入って寝転んだ。
無音。雪も止んだか何も聞こえない。昨日までは、飛雄馬の耳に疲れて先に寝入った伴のいびきが聞こえてきたと言うのに。
伴に背を向け、横になっていた彼の背後で物音がして、ハッ、と飛雄馬は顔を上げる。そうして、ちらっと後ろに視線を遣れば、こちらを見ている伴の微かにテント内に入る月明かりを受け、光る瞳と目が合った。雪が止み、空が晴れたか月が出たらしい。
「………は、早く寝ろよ」
ぶっきらぼうに言い放って、飛雄馬は再び体を横たえる。目を閉じ、眠ろう眠ろうとはするものの、どうにも睡魔の女神は微笑んではくれぬのか、眠気がやって来ない。
それどころか目は一向に冴えるばかりだ。 もう伴も眠ってしまっただろう、と高を括って、飛雄馬はゴロンと仰向けに寝返りを打つ。鼻で深く息を吸って、口から吐く。空気が冷たい。
「星」
呼ばれ、飛雄馬はビクッと体を跳ねさせたがすぐに寝たふりを決め込む。目を閉じ、腹をゆっくりと呼吸の度に上下させた。
するとどうだ、何やら気配を感じて飛雄馬が瞼を開くと、目の前には寝袋から這い出て来たらしき伴の顔があるではないか。
「伴!」
「星、お前はおれが嫌いか」
「き、嫌い?なぜそんなことを訊く」
「こんな山の中で二人、お前と一緒でおれは気が狂いそうじゃ」
「……伴?」
「星っ……」
どういう意味だ、と眉をひそめ名を呼んだ飛雄馬の口元に伴は身を屈め、唇を寄せる。
「あ、わっ……っ!」
冷たい唇に熱い舌が触れて、飛雄馬の体が跳ねた。じんわりとそこから全身に熱が染み渡って行く。霜焼けを負った手の指先が暖まって、痒みさえ覚えた。
星と名を呼ぶ伴の声が冷えた飛雄馬の耳に熱を持たせる。伴は飛雄馬の寝袋のファスナーを下ろし、その下から現れた野球のアンダーシャツを着たのみの彼の腹に触れた。
「わ、っ!」
腹を撫でられ、飛雄馬は気の抜けた声を上げる。
「星、嫌か。嫌なら、おれは」
「…………」
目を伏せ、飛雄馬は黙り込む。伴の触れた唇と肌が熱く、心臓は馬鹿に鳴る。触られるのは嫌じゃない。伴のことは嫌いじゃない。しかして。
飛雄馬はふいに逸らした視線の先、伴の腰の辺りに目線をやってから息を飲む。野球のユニフォームのままの彼の足の間がやたらに膨らんでいるではないか。
「我慢、してたのか」
訊いたところ、伴はゆっくりと頷く。飛雄馬は一度伴の顔を見上げてから、「気付かず、すまなかった」と囁いて、「おれでいいのか」とも尋ねた。
「…………?」
伴からの返答がない。質問の意味がわかっていないらしい。飛雄馬は熱い唾をごくりと嚥下して、「おれは男だが、それでいいのか」としっかりとした口調で質問した。
「な、っ、おまえ、おれがおまえを、星を女の代わりにしようとしていると思っちょるのか」
「……そこを、そんなにしているのは、そういうことじゃないのか」
「ち、違う!おれは、星とじゃから……」
そう言って首を振る伴の熱気が飛雄馬に届いて、何やらこちらまで暑くなってくるようだった。いや、果たしてそうだろうか。体が、頬が、頭が火照るのは伴の全身から発せられる熱のせいだけだろうか。
「……伴」
「軽蔑したか」
「まさか……そんなことはない。少し、驚いただけだ」
苦笑した飛雄馬の頬に熱い雫が落ちる。ひとつ、ふたつと数えている内に火照った唇に熱いかさついた皮膚が押し付けられた。 がちん、と互いの前歯がぶつかって、伴は顔を引いたが、飛雄馬は薄く口を開いたままその次を待つ。
「…………嫌なら嫌と言っていいんじゃぞう」
「まだそんなことを言うのか。随分と弱気だな」
「おれは、星が好きじゃ。言うと安っぽくなるのは承知しとる。何度もは言わん。だから、覚えておいてくれ。何があろうとも、何が起ころうとも、おれはお前についていく所存じゃわい!」
「………ぷっ、汽車の中で少女漫画でも読んだのか」
「ちっ、違うわい!!読んどらん!」
「甘えて、しまうぞ」
再び無音。熱くなった肌がゆっくりと冷えていく。のぼせた頭も醒めていくようで、飛雄馬は伴から目を逸らす。
「あっ、甘えたらええんじゃい!!野球の鬼のお前が、唯一、おれに甘えられるというのならそうしたらええ!まだまだ生まれたばかりのひよことお前に言われたおれだが、それでも、おれは」
何が言いたいのかろくろく分からなくなったか伴はそこまで一気にまくし立てると口をぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返して、深呼吸をひとつした。
「………来てくれて、嬉しかったぞ」
「星……」
飛雄馬は腕を伸ばし、伴の首元に縋りつくと体重を掛け彼の体を己の方へ引き寄せてから、その唇に自分の口を押し当てる。 すると、かあっと触れ合った唇から再び体が熱を帯び始めた。頬が染まり、耳がじんじんと脈打ち出すのを感じる。
開いた歯列の隙間を縫って、伴の舌が飛雄馬の口内へと割り込んだ。
「っ、あ、あッ!」
驚き、仰け反った飛雄馬の露出した顎下へと伴は口付け、熱い舌を皮膚の薄い首筋へと這わせていく。
ぞくぞくと触れられた箇所から淡い痺れが走って、飛雄馬の喉仏は声こそ漏れないものの、小さく上下する。よほど恐ろしいのか、それとも未知なる感覚に怯えているのか飛雄馬は伴の首に回していた手を彼の背に遣って、119の背番号をぎゅうと爪で掻いた。
「………触るぞい」
言うと伴は飛雄馬の穿くユニフォームのズボン、そのベルトを緩め、ボタンを外して中へと手を差し入れる。そうすると、奥へ奥へと伴の手が侵入していくにつれ、ファスナーがゆっくりと下降していく。 ファスナーをギリギリまで下ろしてから、伴は飛雄馬の下着の中へと指を忍ばせた。
「う、ぁ……」
掌に勃起しきった飛雄馬の逸物を握り締めて、伴はそれを上下に擦る。すると飛雄馬の腰は揺れ、背を掻く指にも力が更に篭った。
「あ……っ、伴……おまえ……」
「もっと、ゆっくりがええかのう」
「おまえのもっ、出せ……」
「お、おれのもじゃと」
驚きのあまり声が裏返った伴だったが、飛雄馬がしっかりと頷いたために自身もまたベルトを緩めて、中から逸物を取り出した。飛雄馬のそれよりも大きく、血管の浮いた男根は恥ずかしそうに首をひくつかせている。
飛雄馬は上体を起こして、寝袋の中から身を乗り出すと先程伴がしてくれたように彼の逸物を握った。
「うっ」
未だ耳にしたことのない親友の声に一瞬たじろいだが、飛雄馬は親指が裏筋に当たるように持ち変えると少し力を加えた状態でそれを擦った。何やら液体が先から溢れ、指や手を濡らしていく。
「お、う、うっ!星……」
「気持ち、いいか」
くちゅくちゅと彼の逸物から溢れる先走りのせいで卑猥な音を立てる伴の臍の下を扱いてやりながら飛雄馬は訊く。
「っ……星、星……」
「出そうか」
「ぐあ、あっ……」
粘膜の露出した亀頭を先走りをまぶされた五本の指で撫でられ、伴は低い声と共に飛雄馬の手の中で欲を放つ。
「あっ……!」
先走りよりも熱い液体を掌に放たれ、飛雄馬は扱くのをやめ、伴の男根の脈動が止むのを待った。そうして、指を開くと掌には白濁液がだらりと乗っている。
それをしばし見つめていた飛雄馬だったが、はっと気配を感じ顔を上げれば眼前には伴の顔があって、驚く間もなく呼吸を奪われた。脇の下から腕を差し入れられて、伴に背中を抱かれたまま飛雄馬はそのまま寝袋の上に組み敷かれる。
待て、とよせ、と飛雄馬が言うのも聞かず、伴は組み敷いた彼の逸物を掌で弄びつつ、口内を犯した。
逃げようにも顔と下腹部を押さえつけられ、身をよじることも敵わない。
ふと、息も絶え絶えとなり、視界が濁ってきた飛雄馬の足を伴はぐいと両方に広げると、彼の足の間まで体を移動させ、その逸物を口に咥えた。
飛雄馬は声にならぬ声を上げ、口の中に男根全てを頬張る伴の髪をこの行為をやめさせようと掴むが、彼はそれに動じることなく、舌と上顎、そして唇とで飛雄馬の逸物を扱きあげる。どうやら舌先で鈴口を嬲られるのが効くようで、それをしてやると飛雄馬の口からは面白いように嬌声が上がって、その体は仰け反った。
「ば、っ……うぁ、あっ……ば、んっ」
鼻に掛かった吐息混じりの声を漏らして、飛雄馬は伴の口内に精を飛ばす。
唾液と混ぜて飛雄馬の体液を飲み下すと、伴は目を閉じ、肩を上下させる彼の顔のそばににじり寄った。
「星」
「ふ……伴、少しでも体を休めておけよ……起きたら、山、おり……っ」
途中まで言葉を紡いで、飛雄馬はやっとのことで訪ねてきてくれた睡魔に身を委ねる。山をおりてからでも考えるのは遅くない。今は、ただただ、安心できる腕の中で眠りたい。休息を取りたかった。
伴は次第に瞼重く下がっていく飛雄馬を見守っていたが、彼が完全に寝入ると、体を寝袋の中に収納してやり、自身もまた彼の隣に寝袋に入ったまま身を横たえる。
星の投げる球の軽さを補うには、一体どんなくふうをしたらいいのか。
今のおれには皆目見当もつかぬ。
山の中で、うだうだ考えていてもしょうがないのは百も承知だ。しかして朝が来るのが怖い。この腕、この球に命を懸けてきた星がこの球が通用せぬと知ったときの心境は如何なるものか。
想像するだけで震えが来る。ああ、それでも、こうして星が安らかに眠ってくれるのであれば、今のおれにとってこれほどまでに嬉しいことはない。
伴は目を閉じ、グスンと鼻を啜ると彼自身もまた、夜が明けるまでしばしの時間ではあるが、休息を取った。