指先
指先 つっ!と飛雄馬は短く驚いたような声を上げ、持っていたペンを思わず机の上に取り落とす。
弾みで座っていた椅子が軋み、不穏な音を立てる。
ベッドの上で寝転がり、漫画雑誌に目を通していた伴は同室の彼の口から漏れ出た悲鳴に誌面から顔を上げ、どうした?と心配げに尋ねた。
「ん、いや、なんでもない。驚かせてすまんな」
尋ねた伴に対し、素っ気ない言葉を返しつつ飛雄馬は再び、机上の便箋へと視線を落とす。
と、飛雄馬のそんな態度が癪に障ったか伴はベッドから起き上がると、なんでもないということはないじゃろう、と彼のそばに歩み寄り、その肩をポンと叩いた。
「…………」
飛雄馬は己の傍らに立つ彼を見上げると、一瞬、伏目がちに視線を左右に泳がせてから、便箋をめくる際、指を切った、と血の滲む左手の指先を伴に見せつける。
「なっ、指を?大丈夫なのか?」
「大げさだな、伴は」
はは、と飛雄馬は心配する伴を笑い飛ばし、この返事を書いたらひと区切りだから出かけようじゃないか、と手首にはめた時計に視線を落とした。
「見せてみい。大事な指に傷をつけるなんて星らしくもない」
「なに、傷というほどのものでもないさ」
「しかし、いつぞやのときのように試合中に傷が開いたり、バイキンが入って腫れでもしたらえらいことじゃぞい」
「…………」
だから、言いたくなかったんだがな、と己の発言を悔やみつつ、飛雄馬がやや塞がりつつある人差し指の傷を親指の腹で撫でると、刺激を受けたせいか再びそこに血が滲む。
「ほ、星!」
すると伴はその光景を目の当たりにするなり、飛雄馬の腕を掴むが早いか彼の血の滲んだ指先をぱくりと口に咥えたのである。
飛雄馬は一瞬のうちに伴の口の中に挿入されてしまった己の指を見つめ、体を固くしたが、ちゅっと音を立てるようにして指先を吸われたために、か細いながらも、んっ……と鼻にかかったような声を漏らしてしまう。
「あっ、えっ!?あっ!その、すまん……つい」
無意識下の行動であったか、飛雄馬の漏らした声に驚き、伴は慌てて指から口を離すと、照れ笑いを浮かべつつ頭を掻いた。
吸われたせいか、はたまた咥えられほんの少し暖められたせいか飛雄馬の指先は疼き、痛み始める。
ばつが悪そうに伴は視線を泳がせ、不自然に瞬きを繰り返している。
飛雄馬は手招きし、伴を呼ぶと、おそるおそる身を屈め顔を寄せてきた彼の唇にそっと口付け、にこっと笑んでみせた。
かーっ!とそれこそ茹でダコのように顔を真っ赤にした伴は大きな目を更に見開き、飛雄馬を見つめている。
「ふふ、自分がされるのは弱いんだな」
「だ、だって星から、そんな、おれ」
伴のやつ、見ていて飽きないな、と飛雄馬はぱくぱくと何か言いたげに口の開閉を繰り返している彼を耳をかせ、とばかりに呼びつけ、その太い首に腕を回すや否や再び、その顔に唇を寄せた。
「う、っ、ぶ…………ほ、しっ」
「…………」
伴はしばらく、飛雄馬の体に触れることをためらうように腕を空中で震わせていたが、ついに観念したかその身をぎゅうと大きな腕で掻き抱くに至る。
いつもは人目もはばからずぎゅっとやってくるくせに、こういうときは遠慮するらしい。
飛雄馬はふふっ、と声を上げ、一旦は伴から距離を取ったものの、また彼の呼吸と己のそれを混ぜ合うように唇を寄せた。
伴の腕の力が更に強まって、飛雄馬は眉をひそめたが、口内に滑り込んできた舌の熱さに脱力し、小さく身を震わせる。
その心地よさと温かさに、ぞくぞく、と肌が粟立ち、飛雄馬は伴の首に縋りつく。
「星、やめてくれえ。引っ込みがつかんようになるわい」
「ずいぶん、弱気だな。伴らしくもない……ん」
「返事を心待ちにしてくれとる、うっ……子どもたちのためにも、早いとこ書き上げて、っ」
ちゅっ、ちゅっと飛雄馬は伴の唇を啄み、伴のせいだろう、と煽るような言葉を口にする。
「……う、ぐ、ぐ」
「伴……」
「ええい。知らんからな!もう」
半ばやけくそに伴は叫び、飛雄馬を抱く腕の力を緩めると、部屋の鍵を確認してから自分のベッドの端にどっかと腰を下ろした。
「伴はいいやつだな」
「ふん。都合よく使うんじゃないわい。まったく星には振り回されてばっかりじゃい」
「じゃあ、野球をやめて親父さんの会社で働いたらいいじゃないか。喜ぶぞ、親父さん」
「こいつう!またそんなことを」
ベッドに乗り上げ、そんな冗談を飛ばす飛雄馬の体を伴は組み敷く。
「なに、本当のことさ。おれに嫌気が差したというのなら親父さんのところに戻るべきだと思うぜ」
「おれにそんな気がないのを分かってるからそんなことを言うんじゃろ。まったくう。腹が立つわい」
「ふふふ。どうだかな」
微笑んだ飛雄馬の不意を突くように、伴は口付けを与えつつ、ベッドの中心に体を移動させる。
飛雄馬もまた、伴を受け入れるよう足を開いて彼の体を股で挟むような格好を取った。
「う……っ、ん」
誘ってはみたものの、いざこうしてみるとどうしても羞恥だとか気まずさの方が勝って、飛雄馬は体を火照らせる。
何度か伴とは肌を合わせたことがあるというのに、どうしても慣れない。
いつも痛みを堪えるようにしておれの球を捕ってくれる伴が、この行為の最中はいつになく真剣な顔をしているのがなんだか妙に滑稽でもある。
そろり、と伴の指がベルトを緩めたスラックスの中、腹をまさぐって、飛雄馬の火照った肌の上を滑る。
「あ、ふ……っ」
びく、と飛雄馬は身を震わせ、離れた唇に手を寄せるとその口元を掌で覆った。
宿舎の、先輩たちはおれと伴のことを気付いているだろうか。
この行為になんの意味があるのか、正直なところおれはよくわからない。
それでも、優しく触れてくれる伴の指や熱が心地よいのは確かで、おれは彼に抱かれていると安心するのだ。
「星?」
「…………!」
名を呼ばれ、飛雄馬はハッ!と己を組み敷く彼の顔を驚いたように見上げる。
「どうしたんじゃい。何か考え込んどったじゃろう。今日のところはやめとこうぜ、星よ。おまえも心ここにあらずのようじゃし」
「なに、伴がいてくれてよかったなと改めて考えていた。おれが伴をからかうのもきみのことを信用しているからだぜ」
「…………」
一瞬、飛雄馬の腹をまさぐる手を止めた伴だが、再び指をそろそろと動かし、そっと彼の唇を啄む。
「っ、う……」
伴の手は、なんてあたたかいのだろう。
懐が大きいと手まであたたかくなるのだろうか。
彼の肌の熱が伝播して、おれまであたたかい気持ちになる。
腹から脇腹を撫で、上にずり上がってきた伴の指先が胸に触れ、飛雄馬はびくん!と大きく体を震わせ、己を落ち着かせるため口から息を吐いた。
遠慮がちに胸に触った指はその突起を捉え、指先でそれを刺激する。
「…………ん、っ」
刺激を受けるたび、そこに熱が集まり、固く尖りだすのがわかる。
飛雄馬はその都度、身を跳ねさせ、口元を覆った掌の奥で奥歯を噛み締めた。
と、伴はふいに身を乗り出し、飛雄馬の首筋に顔を寄せると、胸をまさぐる手を彼の下半身へと伸ばす。
肌の表面に吐息が触れ、身震いしたところに立っていた臍の下を撫でられ飛雄馬はうっ!と思わず呻いた。
慣れた手つきでベルトを緩め、中に滑り込んできた手に飛雄馬は身を固め、ごくりと喉を鳴らす。
すると、ちゅっと首筋を吸われ、ふっ!と吐息混じりに声を上げる羽目になった。
下着の中、その奥にためらうことなく伴は手を差し入れると、それを汚さぬようにか腰から引き剥がした。
「ん、ぁっ」
弾かれるように下着の中から顔を出した飛雄馬の男根に手を添え、伴はそれを優しく撫でてやる。
「元気がいいのう」
「ばか、へんなことい、っ……」
ぬるっ、と飛雄馬の鈴口から滴った先走りに濡れた手で男根をしごき、伴は星の名をしきりに口走った。
伴が名を一度口にするたびに、飛雄馬の腹の中はきゅんと疼いた。
臍の下あたりがゾワゾワとしてくるのは射精が近いゆえか。
「いっ…………っ、伴っ、」
「いいから、出せ。星よ。何を恥ずかしがっとる」
「あ、あっ」
どくっ、と飛雄馬は己の腹の上に白濁を吐き、体を大きく痙攣させる。
その脈動が治まるのを待ってから伴は、ベッドの枕元に置いていたティッシュでそれを拭ってやった。
「ふう。これで気が済んだじゃろ星。さっさと続きをせい。午後からまたミーティングが」
「いや、っ……まだだ、伴。今度はきみの番だろう」
「おれは……」
「おれの気が、っ、済まんのだ伴よ。いつもおれのことばかり気遣って自分のことは二の次じゃないか……」
「それは、星の体のことを思って……」
「おれは、おれの体は、伴が思ってるほどヤワじゃない……!」
伴の腰に両足を回し、飛雄馬は伴を呼ぶ。
ごくり、と伴の喉が動いたのを飛雄馬は見上げ、彼の腰から足を離すと、慣らさなくていいから、と囁く。
「星、それはいかん。傷でもついたらそれこそ……」
「…………」
伴は一度大きく深呼吸をしてから、飛雄馬の足からゆっくり、下着とスラックスを抜き取ってやると、改めて左右に開かせた足の間に身を置いた。
伴の緊張がこちらにまで伝わってくるようで、飛雄馬は立てた膝を揺らし、口元を覆った手で拳を握る。
ぎしっ、とベッドを軋ませ、伴は一旦膝立ちになると穿いているスラックスのベルトを緩め、ボタンを外すとファスナーを下ろす。
「見せもんじゃないぞい。風呂でいつも見とるじゃろうに何をそんなに物珍しそうな顔をしとるんじゃい」
「風呂のときはそんなに大きくないだろう」
飛雄馬が言ったと同時に、伴は腰の位置を調整してから組み敷く彼の尻に己の男根をあてがう。
入り口の緊張を解すように伴はそこに己の体液をなすりつけてから、飛雄馬の中へと男根を飲み込ませていく。
「…………あ、ぅ、っ」
身を仰け反らせ、白い喉を晒して飛雄馬は腹の中を突き進んでくる伴の熱さに奥歯を噛む。
ろくに慣らしもしていないそこを強引に押し広げられるのは痛みを伴う。
しかし、痛くはないか?大丈夫か?と尋ねてくるこちらを気遣う優しい声のおかげで、苦痛も軽減される。と、言うよりこの痛みが心地よくさえある。
飛雄馬は腰を使い、腹の中を犯す伴の顔を見上げて、小さく微笑んでみせた。
「星の腹の中は、っ、相変わらず狭いし、熱いのう」
「ふ……っ」
奥まで入るよう、尻の位置を調節し、飛雄馬は腹の中を擦る伴の感覚に思わず戦慄いた。
ゆっくりと時間をかけ、伴は飛雄馬の中に己を埋め込むと、その体が馴染むのを待つ。
「あっ、う……う〜っ」
伴のものが腹の中にあるというだけで飛雄馬は気を遣りそうになり、曲げた膝、その先にある爪先を震わせる。
「もう少し待てい、星よ。いきなり動くと危ないぞい」
「そ、んなこと、言っ……て、も」
ぐちゃぐちゃに腹の中を掻き乱されることよりも、こうして生殺しの状態で放っておかれることの方が何倍も辛いことを伴は知らないのだろうか。
体が馴染んで、その形を覚えてしまったところで中を引きずられ、奥を突かれてしまったら、きっとおれの体はその変化に耐えられない。
そう、飛雄馬が思った矢先に伴はほんの少し、己を引き抜くよう腰を引き、それからゆるく腰を叩きつけた。
「は、ぁっ!!」
ぐりっ、と中を抉られ、飛雄馬はまさかの声を上げる。ちりちりとした細かな痺れが腹の奥でくすぶっている。
「星……っ」
「あ、っ、っ……伴!まてっ、まっ、おねがっ……! 」
体重を乗せ、腰を遣う伴に突かれるまま飛雄馬は気を遣り、その大きな瞳を涙で濡らす。
速いピストンを繰り返されるより、ゆっくりと重い動きを、時間をかけ行われる方が快感が長引く。
「つ、ぅうっ!」
抜けるギリギリまで引き抜かれたそれを一息に突き込まれたことにより、飛雄馬の意識は一瞬、飛んだ。
肌は汗に濡れ、湿った衣服が肌に貼りつく。
がくがくと全身を揺さぶられ、何度気を遣ったかわからぬ状態で飛雄馬は指を絡めてきた伴の手を握り締め、口付けに応えた。
舌をゆるく吸われ、飛雄馬は声を漏らすとともに伴をきつく締め付ける。
それから、伴はうっ、と短く呻いて、飛雄馬から唇を離すや否やその腹の上へと吐精した。
脈動とともに腹の上に撒き散らされる伴の体液の熱さに飛雄馬はビクッと震えたが、すぐにベッドの上に足を投げ出し、目元を腕で覆った。
「星、大丈夫か?」
「ふふ、大丈夫……初めてでもあるまいし、そんなに心配するな」
伴からティッシュを受け取り、腹の上を拭いつつ飛雄馬は涙に濡れた目を細める。
「星はおれなんかと違ってジャイアンツのエース様じゃからのう……」
「……きみがいてくれてこその巨人の星だ、伴。さっきのファンレターは宛名こそおれだったがきみのことばかり書いてあった。ちゃんと見てくれている人はいるし……」
おれには伴がいてくれなきゃ、の言葉を飛雄馬はぐっと飲み込み、体をゆっくりと起こすと手首に巻かれた腕時計を見遣る。
間もなく正午。
昼をどこかに食べに出るついでに、書き終えた分の返事をポストに投函することにしよう。
なに?おれに!?と、飛雄馬は身支度もそこそこに机の上に置かれていたファンからの手紙を手に取り、読みふける伴の嬉しそうな表情を横目で見遣る。
そうして、ほんの少し、痛みの残る左手人差し指に飛雄馬は己の唇を這わせ、長いまつげの生え揃うまぶたを静かに伏せた。