拠り所
拠り所 星!と伴は試合ののち、先輩選手らと共にベンチ裏の選手用通路を行く飛雄馬を追いかけ、駆け出す。
まだ他の選手たちも残る中、彼らを押し退けるようにして走る伴を彼らは冗談交じりに野次って、その大きな尻を叩く者までいた。
「すいませえ~ん!ちょっと通してくだされえ~」
「伴!」
その声に飛雄馬の右隣を歩いていた長島茂雄が歩を止め、振り返ったのに続いて、王貞治までもが背後から駆けてくる気配を察したか、立ち止まった。
「おう、星。お前の大親友の登場だぞ」
「ははは。まったくお前たちの仲の良さが羨ましい」
ふたりはそれぞれ飛雄馬の肩や背を叩くと、また明日な、星。そう言って、通路の奥へと消えていく。
後ろから来ていた国松彰らも二言、三言、飛雄馬たちに声をかけてからON同様、ロッカー室へと続く通路の先へと進んでいった。
「ん、星よ、どうした。おれたちも早いとこ着替えて帰るとしようぜ」
伴がその場に立ち竦んだままの飛雄馬の顔を覗き込むようにしてそう尋ねると、ふらっ、とその体が頼りなく揺れ動いたもので、慌てて腕を差し出しその身を支える。
「あ……伴。すまない……」
ふ、と伴は虚ろな目で己を見上げてきた飛雄馬のその儚い、今にも消え入りそうな笑みに強く唇を引き結ぶ。
大リーグボールは、星の命を、魂を少しずつ削りながら繰り出される悪魔のボール。
球質が軽いという欠点を、どうにかカバーするために死にものぐるいで星が修得した魔球。
監督さんらも観客たちも皆、簡単に投げろと、見せろと言うが、それが星の寿命を縮めていることに誰ひとり気付いてなどいない。
星は自分の苦労など他人には見せぬよう精一杯取り繕っているが、それが却って痛々しい。
「星、大丈夫かのう」
「大丈夫さ。腹が減りすぎとるらしい。ふふふ」
ほら、また星は嘘をついた。
何が星をそこまでさせる?親父さんとの夢を叶えるためか。
親父さんが自分の腕より、命より大事なのか?
こんなに小さくて力だって弱いのに、おれをぶっ倒すような速い球を放ることができるようになるまで長い苦労と努力があったに違いないのに。
伴は顔をくしゃくしゃと歪めると、飛雄馬の体をそのまま胸に抱き締める。
「星よぅ……」
「なんで泣くんだ伴」
「勝利の涙じゃい!大リーグボールの勝利本当におめでとうよう!」
「…………」
飛雄馬が伴の腕をぽんぽんと優しく叩いて、ありがとう、と呟く。
「礼を言われるようなことはしとらんぞい」
「きみに抱かれると疲れも吹っ飛ぶぜ。あったかくて、心地いい」
「本気にするぞい」
「ああ、本気さ。今だって支えてくれてありがとう。きみがいなかったらここに倒れ込んでいただろうからな」
「…………」
星は、口を開くとすぐおれのお陰だと言ってくれるがそうじゃない。
おれがここにこうしていられるのがそもそも星のお陰なのだ。
星に出会わなければ友情の素晴らしさや尊さ、野球の厳しさ、切磋琢磨し合えるチームメイトの存在、他人を敬う心、何ひとつ知らなかったのだから。
おれが星に着いていきたいと思ったのだから、星がおれに気を遣うことなどない。
それなのに、星という男はいつもおれを労い、感謝の言葉をかけてくれる。
「伴、帰ろう。もう大丈夫だ」
飛雄馬に距離を取られたことで、伴はようやく目元を拭う。
それから、先にひとりで奥へと進んでいく飛雄馬の姿を伴は見つめながら鼻を啜る。
おれにできることは、星の支えになってやることだけだ。
星がおれを必要としてくれなくなる日が、たとえ来たとしても、おれはずっと…………。
「伴?」
振り向きざまに名を呼ばれ、伴はニカッ!と満面の笑みを浮かべるとスパイクの音を響かせながら駆け寄り、飛雄馬の体を抱き上げると、声を上げて笑った。
それに釣られて、飛雄馬も吹き出したか狭い選手通路では壁に反響し、ふたりの笑い声がいつまでも辺りに響いていた。