夜道
夜道 「…………」
隣のロッカーでユニフォームから私服へと着替える親友の顔を横目で見遣りながら、伴自身もまたユニフォームを脱ぎ捨て、私物のランニングシャツへ腕を通す。
いつにも増して表情が暗い。無理もない、今日の阪神との試合でまんまと花形に裏をかかれ、大噴水を上げられてしまったのだから。
小さい体が余計に小さく見えるようで、かける言葉が見つからない。下手に口を開けば、怒らせてしまいそうでもある。
「伴よ」
「なっ、なんじゃ?」
急に隣から声をかけられ、返事をした声が思わず裏返った。タートルネックのセーターを頭からかぶると、伴は苦し紛れに笑顔を浮かべる。
「王さんや長島さんは気にするなと言ってくれたが、本音は監督さんと同じように怒鳴りつけたかっただろうな。ふふ、今日は眠れそうにないな」
「た、たまにはそういう日もあるじゃろう。気にせんでもええ。明日の試合で取り返せばいいじゃないか」
「おれたちはそうかもしれんが、球場に来てくれた巨人ファンに申し訳なくて……なんて、そんな他人のことを気にするくらい余裕が出てきたと言うことだろうか」
ははは、と伴の隣で身支度を一足先に終えた彼──星飛雄馬は笑い声を上げると、無造作に鞄へとユニフォーム類を押し込み、未だ着替えの最中である親友を一瞥もせず、選手更衣室を後にした。
「ちょっ、ちょっとまて、星!置いていくなんてひどいぞい!」
慌ててスラックスに足を通す最中にまごつき、危うく転びそうになったのを堪えて、伴はベルトもろくに締めぬまま飛雄馬の後を追う。
参ったな、今回の星は立ち直りまでしばらく時間がかかりそうだ。しかし、悔しかったのはわかるが、落ち込んでいてもどうしょうもないだろうに。
こうなってしまっては、時が解決してくれるのを待つしかない。ええい、いっそのこと阪神の遠征先宿舎に怒鳴り込んであいつを絞め落としてやりたい……。
伴はもやもやと頭に浮かぶ例のいけ好かない阪神の彼を頭に思い描き、眉間に皺を寄せる。
立ち止まっている最中にも飛雄馬は先に行ってしまい、伴は急ぎベルトを締めると、彼の後を追う。
ひどいぞい、置いていくなんて……と息せき切らしながら文句を言った伴だが、飛雄馬は今気付いたというような風で、ああ、伴……と言って、顔を上げたきり、口を噤んだ。
「…………」
「星ぃ、どうした。いつもと様子が違う気がするが、何かあったか?親父さんか?明子さんか?」
「いや、そういうわけじゃない。気にしないでくれ」
「…………」
「少し、頭を冷やしたい。すまんが、先に帰っていてくれ」
「じ、じゃが……」
「遅くはならんから」
「ほ……」
名を呼びかけ、掴みかけた腕が、伴の手をするりとすり抜けた。伴は思わずその場に立ち止まり、こちらを振り返りもせず歩いていく飛雄馬の小さな背中を見つめる。親友の腕を掴もうと、差し出した手の行き場がなく、その場でぎゅっと拳を握る。
いっそ、おれに当たってくれたらいいのに。
そうすれば、慰め、労ることもできように。
星は、ちゃんと帰ってくるだろうか。追いかけ、捕まえておかねば、ふと、消えてしまいはしないだろうか。
「なんで何も言うてくれんのじゃ、星ぃ……」
伴はいつしか見えなくなってしまった親友に対し、ぽつりとそんな言葉を投げかけ、自分の不甲斐なさから瞳が涙で潤むのを感じる。
泣きたいのは星なんだ、おれが泣いてどうする。
タートルネックの袖で涙を拭って、伴は大きく深呼吸すると、巨人軍宿舎に帰るべく、親友のいないこの時期にしては寒く寂しい夜道を歩き出した。