酔い覚まし
酔い覚まし すうっ、と廊下と居室とを仕切る襖が開く音に飛雄馬は目を覚ますと、部屋全体が軋む感覚に寝返りを打つ。
遠く、アメリカから呼び寄せたビッグ・ビル・サンダー氏との練習の後、大事な取引があるとかで汗を流すと三揃いのスーツに身を包み大慌てで出て行った伴が帰宅したようで、飛雄馬は、今帰ったのか、と小さな声でそう、尋ねた。
時代の波に乗り、自動車工場から重工業とまで呼ばれるまでに会社を大きくした伴大造の元、その一人息子である伴宙太は常務の職に就いている。
飛雄馬が行方不明となってからおよそ5年、伴があれほど毛嫌いしていた父の会社に勤めようと思ったのは、星が帰ってきたときに何らかの力になれたら、と思ってのことで、現に彼が長島巨人軍の力になりたいと見果てぬ夢を語ったときに、こうして大金をはたき、アメリカからコーチを呼び寄せることが出来たのである。
父親から小言を言われ、会社を無断欠勤することも多い伴であったが、退勤後の取引先との接待や休日のゴルフ等は今後の業務に差し支えるとかで気が向かぬ状態ではありつつも、必ず参加していた。
今日も伴は日付が変わるか変わらないかの時刻に帰宅し、これまた帰宅後の恒例となっている飛雄馬の様子伺いに彼の眠る部屋に足を踏み入れたのだった。
飛雄馬からしてみればくたくたに疲れ、眠っているところを起こされるのだから夜中に訪ねて来るのは勘弁してほしいのが正直なところではあるが、それで伴が安堵するのならばとこの件については口を噤んでいる。
しかして今日はいつものように顔を見て去っていくことはせず、伴はあろうことか飛雄馬の眠る布団のそばにどっと腰を下ろすと、顔を覗き込むようにして唇を寄せてきたではないか。
濃い酒の匂いが漂って飛雄馬は眉をひそめたが、それを咎めるでもなく、どうした?と優しく尋ねた。
伴がこんなことをしてくるなんて、何か理由があるはずだ──と思ってのことで、親友の勘とでも言うのだろうか。
高校時代から血と汗と泥、そして涙にまみれた青春の日々を共に過ごした親友だからこその直感──。
現に伴は飛雄馬にそんな言葉をかけられ、一瞬、驚いたようにハッと目を丸くしたが、すぐに何でもないわい、と薄暗い部屋の中で微笑んでみせた。
「…………嘘をつけ。何かあったんだろう。今日はいつもより酒の匂いがひどい」
「う、ううむ……ほ、星には何でも……ヒック、お見通しじゃのう。実はのう、会社であまりにわしが出て来んので、常務の職から退くようにと言われとってのう……ヒック。肝心な会議にも顔を出さん、たまに出勤してきたと思えば早退する。これでは社員たちに示しがつかん、と言われてしまったんじゃい」
「……何だ、そんなことか。それなら、毎日、しっかり出勤したらいいじゃないか。おれのことが心配なのは分かるが、それとこれとは話が別だ。おれは、もう、どこにも行きはしない」
がっくりと肩を落として溜息混じりに事の顛末を話す伴に対し、飛雄馬は布団から体を起こすと目の前にあぐらをかいて座る彼の顔を真っ直ぐに見据え、力強い言葉を投げかける。
「う、ぐぐ……しかし、わしは仕事に行ったとて星のことが気になって何も手につかんのじゃあ」
「……ふふ、おれのためを思うならそれじゃあ困るぜ。おれは野球、伴は会社でそれぞれ一生懸命全力を尽くす。それでいいじゃないか。家に帰ってくれば嫌でも会えるだろう」
今までも、おれが行方不明の間もずっと、そうしてきたんだから──と飛雄馬が先を紡いだところに、伴の大きな腕がぬうっと伸びてきて、その体をぎゅうと抱き締めた。
「だからこそ、片時も離れとうないんじゃい……わしがどんな気持ちできさまの帰りを待っとったと思っとるんじゃあ……」
「…………」
酒の力というのはつくづく、恐ろしいなと飛雄馬は伴に抱かれた格好でかつての自分の姿を思い返す。
日雇いで稼いだ金で焼酎を煽り、あんなに嫌悪していた酒飲みの父と同じことをしている自分に腹が立って、嘆き暮らしたあの日々。
人の隠しておきたい心の奥底、その本心までを暴き、こうして勢いのままに語らせるアルコールと言うものは心にも体にも良くない、と飛雄馬は目を閉じると、伴の名を口にする。
明日は仕事に行け、と、強い口調で言ってから、飛雄馬は、離してくれ、とも続けた。
けれども伴はその言葉を聞くなり、腕は緩めたものの、そのまま飛雄馬の伸ばした長い髪に指を絡ませ、後頭部を掌で包み込むようにしながら口付けを迫った。
「あ……伴、っ、まて……隣、サンダーさんが」
「星……」
顔をやや右に傾けつつ、伴は唇を寄せる。
これで、伴の気が済むのなら、と飛雄馬はこの状況が深夜ということもあり、大事にはしたくないというその一心で目を閉じると親友の戯れを受け入れた。
伴の普段より幾分か熱い唇が飛雄馬のそこにそっと触れる。ビクッ、と飛雄馬の体が変に跳ねたのもその熱さのせいか。
舌をねじ込もうと伴は飛雄馬の唇を舌でなぞるが、彼はそれを受け入れようとはせず固く口を閉ざしている。
と、伴はふいに唇を離し、飛雄馬の耳に顔を寄せるとそこに舌を這わせた。
「っ……」
「星、口を開けてくれい。なあ、頼む……」
耳元で囁きつつ、伴は彼を煽るが、肝心の飛雄馬は首を横に振り、それを拒絶する。
「…………」
「星よ、頼む。これで終わりじゃい。わしを受け入れてくれたら大人しく部屋に帰るし、明日もちゃんと仕事に行くと約束する」
それを聞き、飛雄馬は覚悟を決めたか、ほんの少し顔を上向け唇をやんわりと開いた。
「ん……」
ちゅっ、と薄く開いた唇を啄まれ、またしても飛雄馬が身を震わせたところに伴が深い口付けを与えてきた。
いつの間にか飛雄馬もまた、伴の首に腕を回し、彼の口付けに応えるようにその舌を絡ませる。
甘い唾液と舌が絡んで、互いの口からは濡れた吐息が漏れる。
ふたりの肌に滲んだ汗が興奮の度合いを物語っていた。
「星、きさま、なんで…………」
「ふふ、ほら、約束しただろう。部屋に帰れ」
顔を真っ赤にした伴がそう、飛雄馬に尋ねる。
しかして飛雄馬は伴の首から腕を離すと、まるで何事もなかったかのようにそのまま布団に体を横たえた。
「星、そんな……わし、このままじゃ眠れんぞい」
「明日からちゃんと、仕事に行くか?」
飛雄馬が訊くと、伴は首振り人形のごとく何度も何度も頷き、必ず行く、だから……とその大きな喉仏を上下させ、ゴクンと生唾を飲み込みながら彼の元ににじり寄ってくる。
「…………あまり、無茶はしてくれるなよ」
体の上に覆いかぶさってきた伴の顔を見上げつつ、飛雄馬は微笑む。
「それは星次第じゃい」
言って、伴は体の下に組み敷いた飛雄馬の唇を再び貪りながら彼の身につけている寝間着代わりのシャツの裾から手を差し入れ、その腹を掌でそろりと撫でた。
「っ、く……ふ」
伴の指先が皮膚の上を滑って、飛雄馬の肌がゾクリと粟立つ。
一直線に伴の指は腹から胸、その尖りつつある突起を目指しながらも飛雄馬の唇を丹念に味わう。
布団と触れ合う背中が熱くて、飛雄馬は腰をくねらせ身をよじった。
すると、伴の指がちょうど胸の突起に触れたかと思うと、その表面を指の腹で上下にさする。
与えられた刺激で膨らみ、ツンと尖ったそこを抓み上げ、指で捏ねてやれば、飛雄馬の体は快感に震え、外れた唇からは嬌声が上がった。
「ひ……ん、ん……っ」
「昔からここは相変わらず弱いのう」
言いつつ、伴は飛雄馬の足元の方に少し下がってから、シャツをたくし上げると身を屈め、もう一方の突起を唇で吸い上げる。
「あっ……!」
ちゅうっ、と強い力でそこを吸い上げ、伴は固く尖らせた舌先でその突起を嬲った。
かと思えば、先程から指で弄っていた方を抓んだ指同士で押し潰し、強い刺激を与えてやる。
「や……ァ、あ……あっ、あ」
伴の口内でこれ以上ないと言うくらいに尖った突起を舌先で舐め上げられ、飛雄馬は背中を弓なりに反らした。
「静かにせい。サンダーさんが起きるぞい」
「だっ、て…………ん、なの、あっ、ん、ん」
声を押し殺そうと飛雄馬は口元に手を遣るが、声にはせずともその体の反応が如実に快楽の強さを伴に知らせる。
伴は飛雄馬の胸から今度は彼の穿くジャージのズボンへと手を滑らせた。
尖り、膨らんだ胸の突起を伴は舌先で弄びつつ、組み敷く彼の穿いた寝間着代わりのジャージの上からその形がはっきりと感じ取れるほど勃起している男根に触れる。
今の今まで閉じていた目を開き、飛雄馬は固く閉じ合わせた唇の奥から微かに声を上げた。
と、伴は咥えていた乳首から口を離すと飛雄馬の汗ばんだ首筋へと口付け、舌を這わせる。
「っ──う、う」
ビル・サンダー氏が居室として使っている隣の部屋からはいびきの声が僅かに聞こえてきて、飛雄馬は奥歯を噛み締めた。
布団の生活にはあまり馴染みがないようだったが、それもしばらく伴の屋敷で過ごすうちに慣れたと彼は言っていたか。
何でも、コーチをする際にはその教え子と衣食住を共にするのがモットーだとかで、ホテルを用意すると言った伴に対し、飛雄馬と同じくこの屋敷に居候することをビル・サンダー氏は選んだのだった。
伴は飛雄馬の下腹部をズボンの上から指先でつうっと撫で上げてから、そのままその中に手を差し入れる。
するとすぐ、伴の指は飛雄馬の反り返った男根に触れるや否や、それを握り上下にゆっくりとしごいた。
「あ、ぁ……伴……っ」
固く充血した男根を擦るに従い、その頭頂部からはとろとろと先走りが溢れ、伴の手を濡らしていく。
仰け反った飛雄馬の首筋を汗が伝い落ちた。
焦らすように伴は握る力を緩め、しごく速度を落とすと喘ぐ飛雄馬の顔を覗き込み、その唇をそっと啄む。
「じ、らすな……っ、ふ……」
ぬるぬると先走りに濡れた手で伴は飛雄馬の亀頭を握り込み、そこを執拗に責めた。
「う、あっ……あ、っ、それ……」
びく、びくと飛雄馬の腰が揺れ、これ以上声を漏らさぬようにと口元を腕で覆う。
「一発、抜いた方がよう寝れるじゃろう……」
「いっ、ん……ん、んっ」
眉間に皺を刻み、飛雄馬は強く目を閉じると全身を震わせ、自身の腹に白濁を放った。
はあっ、と飛雄馬は一度大きく息を吐いてから、涙に濡れた目で伴を仰ぎ見た。
「星……」
伴は飛雄馬の名を呼びつつ、彼の下半身から下着とズボンを剥ぎ取る。
「ば、ん……」
白い腹を上下させつつ飛雄馬もまた、伴を呼ぶと立たせた膝を左右に割り、彼を受け入れる格好を取った。
伴はふと、自身の羽織るジャケットの両ポケットに手を差し入れ、右側の方から整髪料の容器を取り出す。
その蓋を開け、中身を指で掬ってから伴は飛雄馬の開いた足の中心へと整髪料をたっぷりと纏わせた指を這わせた。
「うっ……っ、ん、ぅ」
最初はヒヤリとしたそれも伴の指で捏ね回されているうちに温まり、飛雄馬の緊張を解していく。
と、伴は窄まりを撫でていた中指をぐっとその中心に押し付け、飛雄馬の体内へと指を押し進めて行く。
太く大きな指が粘膜を押し広げ、奥へ奥へと突き進んでくる感覚に飛雄馬は鳥肌を立たせた。
伴は酔いに任せ、こんなことをしでかしているにも関わらず飛雄馬の体を労りつつ、ゆっくりとその入り口を慣らしていく。
大丈夫かのう、と優しくかけられた声に飛雄馬は小さく頷きながら続いて挿入された2本目の指に呻いた。
伴は躊躇なく2本の指を奥に遣り、飛雄馬の腹側に位置するとある器官を探りにかかる。
「あっ、あ……奥、っ……や、めっ」
「どこじゃったかのう……確かこの辺りだったと……」
「ひ、っ……ぐ、ぅ、うっ」
飛雄馬の腹の中で指を曲げ、トントンとその内側をノックしつつとある箇所を探る伴の動きに飛雄馬は悲鳴にも近い声を上げた。
射精し、やや萎えたはずの男根がその刺激で再び首をもたげ始め、飛雄馬は歯を食い縛ると今度は腕で口ではなく表情が見えぬよう、目元を覆い隠した。
と、伴の指が触れた箇所から甘い痺れがじわじわと全身を蝕んでいき、飛雄馬はひときわ、大きな声を上げると背中を反らす。
「星、静かにせい」
「は……あっ、ん……ん」
酒のせいか伴の言葉が強く、はたまた、腹の中を探る指にもまったく躊躇がなく飛雄馬は抵抗することもままならぬまま、与えられる快楽に酔う。
伴の指が動くたびに飛雄馬の体はびくん、と跳ね上がり、再び立ち上がった男根は切なげに先走りを垂らす。
「入れても、ええか?」
まぶたを閉じ、伴の指に意識を集中させていた飛雄馬はその言葉にハッと目を開け、小さく頷いた。
腕で目元を覆っているために、その姿こそは見えぬが伴が膝立ちになりスラックスのファスナーを下ろす音がはっきりと飛雄馬の耳には入り、先程まで弄られていた腹の中が期待に疼くのを感じる。
カチャ、カチャとベルトを緩め、伴は飛雄馬のそばににじり寄るとスラックスの前をはだけ、取り出した男根を彼の尻へと擦り付けた。
「っ、ん……ん!」
飛雄馬の窄まりを焦らすかのように男根をそこに擦り付け、伴は組み敷いた彼の反応を見る。
「ばっ……焦らすなと、言っただろう……」
「っ……」
それならば、とばかりに伴は己の怒張に手を添え、飛雄馬の中へと自身を導く。
解されたとはいえ、指の倍以上の大きさのある伴のそれが腹の中を押し広げ、奥へ奥へと突き進んでくる。
飛雄馬は、あっ!と鋭く喘いでから、腹の中を進む伴の感覚に全身を震わせた。
ゆっくり時間をかけ、根元までを体内に挿入してから伴は飛雄馬の体の脇にそれぞれ両手をつくと、その顔を覗き込む。
とは言え、飛雄馬は顔を腕で覆っており、それには気付いていない。
伴はそれでも、腕で隠されていない唇にそっと口付けてから腰を使い始めた。
「あ…………!」
腰を引き、伴はほんの少し飛雄馬から男根を抜いたかと思うとそのままより深く腰を叩きつけ、彼の腹の中を抉る。
それを数回繰り返し、伴は指で嬲った箇所を今度は男根で探り出す。
「いっ、いや…………こんなの、っ、知らな……」
いつもの単調なそれではなく、緩急をつけたその動きに飛雄馬の視界に火花が散った。
伴は胸元で揺れるネクタイを跳ね除け、肩にかけるようにして後ろに回し、逃げる飛雄馬の腰を掴み、思いの丈をぶつける。
「まっ、た…………伴っ、待て……こんなっ……」
どす、どすと体重をかけ、伴は飛雄馬の尻を自分の腰で叩く。
飛雄馬は全身にびっしょりと汗をかいて、その頭を乗せている枕に縋った。
飛雄馬の口を塞ぐように口付けを与え、伴は尚も彼の腹の中を抉る。
「星……」
僅かに唇を離し、快楽に歪む顔を瞳に映しながら伴は腰を叩き続けた。
「いっ、く……いっ……ふ、ぅ……うっ」
びくん、と飛雄馬は大きく体を震わせ、伴を締め付けつつ全身を小刻みに戦慄かせる。
絶頂を迎え、幾度となく訪れる快感の波に身を任せていた飛雄馬だが、伴の猛攻は尚も続く。
「あ、っ……ぐ……」
何の遠慮もなく、躊躇することもなく伴は真っ直ぐに飛雄馬に自身の欲をぶつける。
がつがつと腰を叩き、奥を嬲ったかと思えば今度は中を掻き乱すように腰を振った。
もうやめてくれと涙ながらに頼む飛雄馬の言葉など一切聞き入れることなく、伴はその腹の中を好き勝手に弄ぶとそのまま中で射精する。
「ひ……あ……あっ、あ……」
休憩する間も与えられないまま、2度目の絶頂を迎えさせられた飛雄馬は虚ろな目で天井を仰ぎつつ、体をびくびくと痙攣させた。
「ふ……うっ」
未だ絶頂の余韻に戦慄く飛雄馬から男根を抜き、伴はふと辺りを見回すと布団の足元にあったティッシュ箱を手繰り寄せ、抜き取った数枚で後処理を済ませた。
その頃にはすっかり酔いも覚めており、今、伴が抱くのは後悔の念ばかりである。
「っ………は……あっ」
飛雄馬は布団の上に投げ出していた震える足を曲げ、大きく深呼吸をする。
「あの、ほ、星……わし、その」
「いいから……もう、寝ろ。明日は行くと約束したじゃないか……」
「……う」
掠れた声で伴を慰め、飛雄馬は目を閉じる。
下着くらいは身につけねばと思うのに、猛烈な怠さと眠気が襲ってきてこのまま動けそうもなかった。
「星が眠るまで、起きとくわい」
「ふ……それなら、ここで一緒に寝ようじゃないか」
微笑み、飛雄馬は伴を布団に招き入れる。
「え!?し、しかしだな」
「朝には……起こして、やるから」
言いつつ、飛雄馬は目を閉じ、そのまま寝息を立て始める。
ぎょっと伴は目を見開き、辺りを2、3見回してから飛雄馬の額に口付けると、ひとまず体液に汚れた腹の上を拭ってやってから布団をかけてやった。
そうして、立ち上がると、おやすみ、星と小さく囁いてから飛雄馬を起こさぬよう、畳を軋ませぬよう部屋の外に出て、そっと後ろ手で襖を閉めた。