バレンタイン
バレンタイン ただいま、と飛雄馬は部屋にいるはずの姉に声をかけ玄関先で靴を脱ぐ。
しかして、いつもの弾んだような声は返ってこず、飛雄馬はおかしいなと首を傾げつつもリビングへと向かった。
「おや、星くんだったか」
その声に飛雄馬はぎょっとし、辺りを見回したが、家具の配置や調度品の類もすべて見覚えのあるものばかりで、ここが自分の部屋であることを再確認し、改めて、ソファーに座りこちらを見つめている彼を睨んだ。
灯油ストーブの炎が赤赤と花形の横顔を照らしている。
「どうして、花形さんが、ここに?」
「つい先程、明子さんを訪ねたのだが、何やら急用ができたと慌てて部屋を出て行かれた。ぼくとしても家主のいない部屋に残るのは気が引けたが、鍵もかけぬまま出て行くよりはいいと思ってね」
「そう、ですか。それは、申し訳ない……」
そういうことか、と飛雄馬はまさかの男との対面に身を強張らせていたが、花形の口をついた台詞にほっと安堵し、ふっ、とその顔に笑みを浮かべた。
「それにしてもちょうどよかった。星くんにも渡したいものがあってね」
「渡したい、もの?」
飛雄馬は首を傾げ、ソファーに座ったままの花形が差し出す紙袋を受け取る。
中を覗けば、何やらリボンのかけられた箱が入っており、どういうことだ?と飛雄馬は紙袋の中から花形の顔へと視線を動かした。
「バレンタインの品さ。フフ、きみとてそれくらいは知っていよう」
「バレンタイン?と、言うとこれはチョコですか?」
「なに、そう高級なものでもない。好きに食べてくれるといい」
「わざわざ、おれにまで……」
「……明子さんにはまた改めて渡しに来るさ。突然に驚かせてすまないね」
言うと花形は席を立ち、部屋を出て行こうとしたが、飛雄馬がそれを引き留め、コーヒーでもどうですか?とそんな言葉を吐いた。
「…………珍しい。きみからそんな誘いがあるとは」
「ねえちゃんのせいで留守番までさせておきながらこんなものまで頂いてしまっては面目が立たん」
しばし、何も言わず黙っていた花形だが、フフッと笑みを溢すと、それなら招かれるとしよう、とソファーに座り直した。
飛雄馬はちょっと待っててくれ、と言うなり、やかんに水を入れ、それをコンロにかける。
すると、花形が何やら話しかけて来たが、ねえちゃん、早く帰ってくるといいな、とか、なぜ花形さんはチョコをくれる気になったんだろうか、とかそんなことを考えていた飛雄馬は彼がなんと言ったか分からず、え?と聞き返した。
「雪が、降りそうだ、と言ったんだ」
「雪、ですか」
花形の言葉に飛雄馬はカーテンの開けられている東京タワーを一望できる窓の外に視線を向けた。
テレビの天気予報では確かに、雪が降るかも知れないと言っていたなと飛雄馬は思い出し、そうですね、と答えつつ、インスタントではあるが、客用のカップと自身が普段使っているカップにコーヒーの粉を注いだ。
「雪は、好きかね」
「いや、雪はあまり好きじゃない……今でも雪の中ランニングをさせられて足の指が霜焼けになって辛かったのを覚えている。花形さんは、好きですか」
「別に、好きでもないし嫌いでもないが、音もなく降る雪は美しいと思うね。辺り一面を銀世界に変えてしまう」
雪を美しいだなんて、花形さんらしいなと飛雄馬はくすっ、と微笑み、沸騰したやかんの中身をカップにそれぞれ注いだ。
コーヒー独特の香りが漂い、飛雄馬は客人用のカップをソーサーに乗せると先にそれを花形の座るソファーの前、テーブルの上へと置いた。
砂糖やミルクは必要ですか?と尋ねると、花形は首を振り、いただきますとカップに口をつける。
この人と、こうして穏やかにコーヒーを飲む日が来るとはと飛雄馬は花形の隣に腰掛けつつ、冷えた手をカップの底で温めた。
「食べるといい。コーヒーによく合うとの話だ」
「え?あ、はい」
飛雄馬はカップを置いてから、先程、ひとまずテーブルの上に乗せた紙袋を取ると中から箱を取り出し、丁寧に包装を解いてから蓋を開ける。
10個ほどのチョコレートの粒がそこには均等に並べられており、飛雄馬は思わず目を見張る。
「ほんとに、いいんですか」
「さすがに、ここまで来てすまんが返してくれとは言わんよ」
「…………」
粒をひとつ、手に取り飛雄馬はそれを口の中に放り込む。
茶色の粒は舌の上で滑らかに蕩けて、飛雄馬に上品な甘みを伝えた。
「お口に合ったかね」
「初めて、こんなチョコレート食べました。すごく甘くて、口の中でほどけて、驚いてしまった」
「ふっ、ふふっ。まったく、星くんは見ていて飽きんね」
「花形さんも、ひとつ、どうですか」
「……………」
まさかの言葉に今度は花形がぎょっとなった。
しかして花形はその動揺を微塵も感じさせず、それならば頂こうか、と飛雄馬が差し出した箱から粒をひとつ、口に含んだ。
「それは、どんな味がしたんですか?色が少し、変わっていたが」
テーブルに箱を置きつつ、飛雄馬は尋ねる。
「…………」
ソファーに座り直した飛雄馬の顔をじっと見据え、花形はふとその顔を傾けると目の前の彼の唇に触れた。
口内の熱でほんの少し蕩けた粒を花形は飛雄馬の口の中に滑らせてやり、互いの舌でそれをゆっくりと溶かしていく。
「あ、え……っ、ん、」
口付けから逃れようと身を引く飛雄馬を追い、花形はそのまま彼の体をソファーの座面の上に押し倒した。
顔を真っ赤にして、飛雄馬は自身を組み敷く花形を仰ぐ。
「味は、わかったかね」
「っ………」
視線を逸らした飛雄馬に花形は再度口付けを与えると、組み敷く彼の着ているタートルネックのセーターの裾から手を差し入れる。
冷たい指が肌を撫で、その不快感に飛雄馬が身を仰け反らせると、触れ合っていた唇が外れ、自由になった口からは嬌声が漏れた。
「い、っ………あ、ぅう」
花形は飛雄馬のセーターをたくし上げつつ、現れた突起に口を付ける。
ちゅっ、と音を立てそこを吸い上げつつ、舌の腹で優しく舐め上げた。
そうすると、柔らかであったそこも次第に尖り、花形の舌に反発してくるようになる。
「な、に……して、ぇ……」
今度は花形はそこを強く吸い、淡く歯を立ててやった。
ひっ、と飛雄馬はそれを受け、悲鳴を上げると表情を隠すように目元に腕を乗せる。
しこり、立ち上がった突起を舌先で嬲りつつ、花形はもう一方の乳首へと手を伸ばす。
そちらも弄ぶ突起と同様、固く尖っており、花形は抓めるまでに膨らんだそこを人差し指と親指の腹とでつねり上げた。
鋭い痛みのような刺激が飛雄馬には走って、思わず腰が跳ねる。
「はぁ………ぁっ、」
指の腹でそこを捏ねられつつ、もう片方は柔らかな舌を這わせられ、飛雄馬は身を戦慄かせた。
そこからの刺激はダイレクトに股の間へと伝わり、恐らく下着の中で熱を持つそれは首をもたげ、先走りを垂らしているであろうことを飛雄馬に感じさせる。
ちろちろと舌先はそこを丹念に舐め上げながら、一方では固くしこった乳首を指の腹で潰す。
「やめ……やめろ、はながた……あたま、へんになる……」
「…………」
花形は一際、飛雄馬の乳首に強く吸い付きつつ、彼の穿くスラックスのベルトを緩めた。
「あ、あ、あっ……」
声を上げた飛雄馬のスラックスの中へと手を入れ、花形はだらだらと先走りを垂らし、解放を待ち侘びていたそこに直に触れる。
瞬間、飛雄馬の頭の中には火花が散る。
視界が真っ白になり、ガクガクと全身が震えた。
花形が触れたばかりの男根からは白濁がほとばしり、下着を濡らす。
「あっ……ああ、……ん、ん」
「星くん、腰を上げたまえ。下着を脱ごうじゃないか」
花形がそう言うも、飛雄馬は首を横に振る。
ついさっきまで花形に嬲られ続けた乳首は熱く火照り、通常の倍ほどに膨らんでいる。
花形は飛雄馬が目元を腕で覆っているのをいいことに、その突起を指で軽く弾いた。
「ひ、ぅ……うっ!」
びくん、と飛雄馬は身を反らし、花形は難なく飛雄馬の体から下着とスラックスを剥ぎ取る。
未だ衰えていない飛雄馬の男根から垂れる精液が陰毛を濡らし、糸を引いていた。
「星くん、大丈夫。ぼくに任せて」
「まかせ、っ……」
花形は言うと、飛雄馬の足を大きく開かせ、その間に身を置く。
そこで飛雄馬は思わず目元から腕を外し、花形を見上げた。
こんな状況で仰いだライバルの顔はそれこそ、恍惚に満ちていて、飛雄馬はゾッと全身を総毛立たせる。
何やらスラックスの尻ポケットから花形はチューブを取り出し、その蓋を開けると、指先にそれをたっぷりと取り出した。
「花形、っ……なにを、する、つもりだ」
逃げたくても、全身に力が入らない。さっきの絶頂のせいか頭もはっきりとしない。
花形は開げさせた飛雄馬の足、その中心へと取り出したチューブの中身を塗り付けた。
「う、あ、ぁっ……!」
ぬるぬると滑りの良いそれは花形の指を飛雄馬の体内へと容易に飲み込ませる。
花形の長い指が根元まで入って、内壁を指の腹が優しく撫でた。
「ん、っ、う……う」
飛雄馬の声色や表情を見つつ、花形は撫でる指の位置や強さを変え、ふと、大きな声で喘ぐ箇所を探り当てる。
そこに指の腹を当て、小さくくすぐるように指を動かしてやると飛雄馬は悲鳴にも似た声を上げた。
「指じゃ、物足らんだろう」
「っ、そんな、こと……」
強がってみせても、花形の発した言葉が図星であることは飛雄馬自身がよく理解している。
花形は続けて2本目の指を飛雄馬の中に飲み込ませ、入り口を解していく。
「っは……あっ、あ……花形っ」
「そろそろ、いこうか」
ぬるん、と飛雄馬の中から指を抜き、花形は自身の穿くスラックスの前をはだけると、解していた箇所へと怒張を充てがう。
きゅうっ、と花形の嬲っていた腹の中が期待に疼くのが分かる。
「いや、いや……こわい、こわい、花形」
「怖くない。何も心配する必要はないさ……」
言うと、花形はぐっと腰を押し付け、飛雄馬の腹の中に己を突き入れる。
「ぐ、っ………っう……」
指で慣らされているとは言え、それ以上に圧のある熱いものが粘膜を分け入ってくる。
花形はゆっくりと飛雄馬の腹の中を慣らしつつ奥へ奥へと己を挿入していく。
それでも、花形のものが己の良いところを擦ってくれるよう、腰を動かす自分がいて、飛雄馬は思わず奥歯を噛み締めた。
「……怖いと言っておきながら自分から腰を使ってくるとは、いい度胸しているじゃあないか」
それに気付いたか、花形は根元まで埋めることはせず、半ばまで挿入した男根をぎりぎり抜けぬところまで腰を引き、一気に飛雄馬の体内めがけ突き込んだ。
「あ…………っ、」
ごり、っと花形が指で触ってくれていた箇所を深く彼の膨らんだカリ首が抉り、飛雄馬は目を見開いたまま大きく体を弓なりに反らした。
花形はそのまま飛雄馬の腰を捕まえると、自分の欲望のままに腰を叩く。
「んあ、あっ………あ、はながたさ……」
ビリビリと粘膜を擦る快楽が全身を貫き、飛雄馬はその感覚に素直に声を上げた。
開きっぱなしの口からはとろとろと唾液が滴り、その顎を濡らす。
花形はその唾液を舐めとるように舌を這わせつつ、飛雄馬に口付ける。
「ふ、っ………ん、ん」
花形の肩にしがみついて、飛雄馬は彼の腰に両足を回すとぎゅっと脛の辺りで足を交差させた。
「…………」
「いっ、……花形、っ、きもちい……」
ビクッ、と飛雄馬は体をしならせ、腹の中に撒かれた熱さに目を閉じる。
脈動し、精液を放つ花形のそれを締め上げるように動く自身の体に飛雄馬は苦笑し、自身の上に覆いかぶさる彼の肩口に爪を立てた。
「は、っ………」
脈動が治まると、花形は腰を引き、男根を飛雄馬から抜くと、テーブル上にあったティッシュ箱から中身を引き抜き、体液に濡れたそれを拭うと下着とスラックスの中に仕舞い込んだ。
飛雄馬はまだ体が言うことを聞かず、立つこともままならない。
と、何やら玄関先で気配がし、花形はそちらを見遣ると、用事を済ませ戻ってきたらしき明子が部屋に入ろうとするのを制し、お待ちしていましたとそのまま部屋の外へと出て行った。
玄関の扉の向こうで話している声がぼんやりとではあるが飛雄馬の耳にも入ってくる。
ストーブのお陰で寒くはないが、急いで身支度を整えなければと思うのに未だ頭はぼうっとしている。
その内、声は聞こえなくなり、ああ、花形もねえちゃんもどこかに出掛けて行ったんだなと飛雄馬はその安堵感からかソファーの上で目を閉じた。
窓の外では雪が降り出していたが、今の飛雄馬はそれを知る術もなくただ、ゆっくりと深い眠りに落ちていくだけだ。