うそつき
うそつき ケンカだ、ケンカだ!の声に日雇いを終え、冷えた体を暖めるように煽った焼酎が効き、夢見心地の状態でひとまず宿を探そうとしていた飛雄馬は足を止め、ふと、野次馬らが集まりつつある方向をサングラスのレンズ越しに見遣った。
仕事を終えた勤め人らが飲み屋街に繰り出す時間帯。
暇な人間もいるものだ、と飛雄馬は乾いた笑みを浮かべながらもなんの気なしに、人目もはばからず殴り合いのケンカに明け暮れる、およそ50メートルほど離れた先にいる数人、その中のひとりの顔に視線を向ける。
「…………!」
瞬きすることも忘れ、呼吸をすることも忘れ、飛雄馬はひとりの男の横っ面に張り手をかまし、どんなもんだとばかりに胸を張った彼──伴宙太の横顔に見入った。
ドクン、と一瞬、あまりの驚きに鼓動を刻むのを止めたかに思えた飛雄馬の心臓は大きく跳ねたのちに、激しい勢いで早鐘を打ち始める。
なぜ、伴が、ここに──?
「やれ、やれー!!あとひとりだ!」
「警察はまだこねえのか!」
「…………」
飛雄馬は頬に大きな刀傷のある男の拳を頬に受け、口から血の飛沫を飛ばした伴を目の当たりにし、ぎゅっと唇を引き結んだが、関わり合いになるのはよそう、と止めた歩みを再開させるべく、足を踏み出した。
「きさま!星を侮辱したな!取り消せ!星は逃げたりなんぞしとらん!」
「…………!」
ハッ、と飛雄馬は伴の声に俯けた顔を上げ、強く拳を握る。
「星が、あいつが、どんなつもりで野球をやっとったか、きさまらに、わかってたまるかあっ!」
「やめろっ!」
次の瞬間、飛雄馬は伴が振り上げた腕と、本来その拳を真っ向から受け止めるはずであった角刈り頭の男の間に割り込んでおり、その左頬に痛烈な一撃を見舞われる結果となっていた。
「…………なっ!?」
「っ!」
飛雄馬の登場で、湧いていた野次馬らも伴たちも皆、しん、と静まり返る。
拳を受けた衝撃で顔から外れ、弾け飛んだ飛雄馬のサングラスが少し離れた地面に落ち、当たりどころが悪かったか左のレンズが割れた。
「てっ、めえ、これで終わりと思うなよっ」
「よせ!これ以上は」
飛雄馬が庇った角刈りの男が伴に食って掛かるが、野次馬の誰かが呼んだらしき警官らがやっと駆け付けてくれたようで、ふたりはこの混乱に乗じて人混みに紛れた。

◆◇

「はあっ、はぁ……いかん、もう走れんわい」
人通りの少ない路地裏まで一目散に駆けてきたふたりだが、先に伴が音を上げ、体を丸めたままゼエゼエと荒い呼吸を繰り返している。
「……ここまで来たら、大丈夫だろう」
そんな伴の姿を見つめながら、逃げる途中で拾い上げた左のレンズが無様に割れてしまっているサングラスの奥で、飛雄馬は瞳を細めた。
「う、うう……しかし、すまんことをしたのう……顔がひどいことになっとるぞい」
「顔?ふふ、なに、気にするな。口の端が少し切れはしたが歯も折れてはいない。伴も──いや、あんたも本気で殴る気はなかったんだろう」
飛雄馬はズキズキと痛む左頬に手を遣り、思わず伴の名を呼んだが、慌てて訂正するように取り繕う。
「なんで、わしの名前?」
「あ、いや、どっかで見た顔だなと思ってな。伴重工業の跡取り息子だとか何とか」
飛雄馬は目元を隠しつつ、伴から顔を背け、あまり無茶をするなよ、親父さんの──伴重工業の社名に傷がつくぜ──と素っ気なく言い放ち、この場を立ち去ろうとしたが、ぎゅっと物凄い力で左腕を掴まれ、痛みに眉をひそめた。
「わしゃ、たまたま出張でここに来とって……うんにゃ、そんなことはどうでもええ。その顔の手当をさせてくれんかのう。きさま、伴重工業の名に傷がどうとか言うたじゃろう。そう思うのなら尚のこと。伴重工業の跡取り息子は他人の顔に傷をつけておきながら謝りもせんなどと吹聴されては困るからのう」
「…………っ、」
伴の体からは微かにアルコールの匂いが感じられる。恐らく、酔っている。だからこそ、あのような醜態を晒したのであろうことが読み取れる。
飛雄馬は余計なお世話だとその腕を振り解こうと一瞬、考えたものの、彼がああして大立ち回りをしてくれたのもこのおれを──星飛雄馬を庇ってくれてのことだったな──と、思い直し、わかった、と伴の申し出を飲むことにした。
それにしても、この腕の強さは変わらんな。
伴のやつ、元気そうでよかった。
飛雄馬は少し、泣きそうになりながら口元に笑みを浮かべると、とりあえず腕を離してくれないか、と伴の顔から自身の左腕に視線を移す。
「あっ、うっ、す、すまなんだ……つい。きさまを、あ、いや、あんたを、いや、その、雰囲気が昔の知り合いによく、似とってのう。つい……」
「…………」
「あっ!いや、変な意味じゃのうて!その、親友によく、似とるんじゃ。わしの、大事な……」
ぱっ、と伴は慌てて飛雄馬から手を離すと、ニコニコと柔和な笑顔を見せつつ顔の前で両手を擦り合わせた。
「奇遇だな。おれもあんたに対して似たようなことを思っていた。昔の知り合いによく似ている。その少し強引なところも、な」
「…………う、う……」
顔を真っ赤にして視線を泳がせる伴にこっちだ、と飛雄馬は指示を出すとひとり、先を歩き始める。
あたふたと伴が辺りを見回しつつ大きな図体を縮こまらせながら歩く様が妙におかしくて、飛雄馬は小さく吹き出すと着いた先、連れ込み宿の入口を立てた親指で指し示した。
「なっ!?ここはっ、えっ!?」
伴はまさかこんな場所を案内されるとは夢にも思っていなかったようで、見慣れぬ建物を上から下まで何度も眺め、本当にここか?と飛雄馬に対し、疑り深く尋ねた。
「あいにく、おれは静かに休めるところはここしか知らん。もう少し気の利いたホテルでもと思ったが 、男ふたりでそんな洒落たところに入るわけにもいくまい」
「…………」
「あんたも見たところ生傷だらけじゃないか。とりあえず、傷の手当をしようじゃないか。お互いに」
飛雄馬は言うなり、何の躊躇いもなく連れ込み宿の中に足を踏み入れ、男同士はお断りだよと受付で冷たく言い放った老婆に対し、ちょっと訳有りで傷の手当をしたい。部屋を汚すことはしないからと耳打ちし、日雇いで稼いだ日銭を全部握らせる。
「……フン。妙なことしてくれたら別料金いただくよ」
ジロジロと老婆は伴と飛雄馬の姿を頭の天辺から足元まで値踏みするように眺めてから、部屋の鍵を放り投げるようにして寄越した。
「図々しいのは承知の上だが、救急箱か何か貸してはもらえんだろうか」
「あんたねえ、男ふたり見逃してやっただけでも──」
鍵を受け取り、小声でそう言った飛雄馬に老婆は声を荒げたが、伴が財布から取り出した万札を数枚叩きつけたもので、ヒッ、と悲鳴じみた声を上げてから一旦、奥に引っ込むと救急箱を片手に戻ってきた。
飛雄馬はそれを手に、鍵にぶら下がるキーホルダーに書かれた部屋まで少し歩くと、それを使い扉を開ける。
「いいのか、金は」
「なに、気にせんでいいわい。あんな端金」
端金か、羨ましい限りだ、と飛雄馬は靴を脱ぐとそこから一段高くなっている畳の上に乗り上げてから、部屋の中央まで歩いて、天井から下がる明かりの紐を引いた。
「どうした」
飛雄馬はかぶっていた野球帽を取りつつ、入口でまごつく伴を振り返り、首を傾げる。
「ど、どうしたもこうしたも……わしゃこんなところ初めてで、うう……」
「…………」
「き、きさまは利用したこと、あるのか」
「ない。おれも初めてだ。ふふ、見ての通りの朴念仁で女性とそういう関係になったことはない。あんたの方こそ初めてと言うのは意外だな」
「……互いに初めてが男同士とはのう」
「ふ、ふふ……数の内に入らんさ」
そんな冗談を交え、緊張もだいぶ解けたか伴もまた靴を脱ぐと畳に乗り上げ、2間あるうちのひとつ、座卓とテレビ、それと小型の冷蔵庫が置かれた部屋にふたり、腰を下ろした。
その奥の暗い部屋には布団が2組、敷かれているが互いに見て見ぬ振りを決め込み、借りた救急箱の中身を使い手当を始める。
「そういえば、名前を聞いておらんかったのう」
飛雄馬に切れた眉の上に絆創膏を貼ってもらいながら伴が呟く。
「……トビタだ」
「トビタ?飛翔の飛に田んぼの田か?下の名は?」
「言う必要があるとは思えんが」
「そ、そりゃそうじゃが……」
「あんたは、伴だったな」
「わしはもういいから飛田よ、顔を見せい」
ふいに、伴はヒョイと何気なく飛雄馬のかけていたサングラスを外した。
あっという間の出来事で、伴の手当に気を取られていた飛雄馬はそれを拒むこともできず、彼の前に素顔を晒す結果となる。
「…………!」
「ふむ、やっぱり似とるのう。人間、世の中に似た顔が3人いるというが、そのうちのひとりかのう」
飛雄馬は眉間に皺を刻み、しまった、とばかりに顔を背けたが、やはり酔っているせいか伴は気付いていないようで不思議そうに顔を傾けるばかりであった。
「…………そんなに、似ているか」
飛雄馬は伏目がちにそう、尋ね、伴が手当をするべく右の頬に寄せてきた手にほとんど無意識に自分の手を重ねる。
「う、うっ……」
飛田と名乗った男が起こしたまさかの行動に伴の掌にじわりと汗が滲む。
拳を見舞った左の頬は鬱血し、赤黒く変色しており、切れた唇の端には血が滲んでいる。
サングラスを外した瞳、その長いまつげが目元に落とす影が何とも扇情的で、このよからぬ雰囲気も相俟って、伴は思わず生唾を飲み込む。
「伴?」
「あっ、あう、あう、と、とりあえず消毒、せんとな」
かーっと顔を真っ赤にした伴の顔を見上げ、飛雄馬はまださっきのケンカの興奮が治まらんのだろうか 、と頬を消毒液を染み込ませた脱脂綿で拭ってもらいながら、そんなことを考える。
今までも、あんなことがあったんだろうか。
おれのことを気にかけてくれるのは嬉しいが、いつか取り返しのつかないことになってしまうのではないか。
しかも今や三揃いのスーツを着て社会人として働く彼が一時の感情であんなことをしでかしてしまうなんて。
「伴の親友とやらは幸せ者だな。そんなに思ってもらえて」
「……なに、幸せにしてもらったのはこっちの方じゃい。高校時代から何をするにも一緒で、悲しいときも辛いときも嬉しいときもずっとわしはやつの、星のそばにいた。わしは星に出会えて本当によかったと思うとる。星がどう思っとるかはわからんが」
「…………」
飛雄馬の頬にガーゼを当て、テープで肌に固定してやりながら伴がボソボソと呟く。
「ふふ、妙な話を聞かせてすまんのう。飛田とやらがあんまり星に似とるもんでのう」
ぐす、と伴は鼻を啜ると、ごそごそと膝を使い、四つん這いの格好で部屋の隅に置かれている冷蔵庫を覗くと、中から缶ビールを2本、取り出して来た。
「酒を飲むと体温が上がって傷が痛むぞ」
「こんな晩はとっとと飲んで寝るに限るわい」
言うなり、伴は缶のプルトップを上げ、一息に中身を飲み干す。
飛雄馬もまた、プルトップを上げてからひと口、口に含んだ。
冷えた炭酸が喉を潤し、やや酔いの覚めた肌に熱を灯す。拳受けた頬もにわかに痛み始め、飛雄馬はもう口をつけることはよそう、と座卓の上に缶を置いた。
「…………」
「飲めんのか?」
「いや、そうじゃない。そんな気分になれんだけだ」
「わしの奢りじゃい!飲め、飲め!飛田よ!」
ガハハ!と伴は豪快に笑い、冷蔵庫から続けて2本目、3本目を取り出すと次々に空にしていく。
飛雄馬は陽気なやつだ、とそんな彼を見遣りながらいつの間にかちびちびと缶の中身を啜っており、その内に1本を空にしてしまう。
場の雰囲気に飲まれてしまった、というのは言い訳でしかない。
けれども、久しぶりに伴に出会えたことと、そんな彼が楽しそうに笑っているのを見るのは本当に久しぶりのことで、本来、彼をたしなめる立場の飛雄馬もついつい、3本目に手を掛けていた。
「…………」
「飲みっぷりがいいのう!飛田!ワハハ!顔に似合わずいける口じゃい」
「伴、もう星とやらのことは忘れろ」
飛雄馬の言葉に、ゲラゲラと大口を開け、笑っていた伴の顔から笑みが消える。
「どういう、意味じゃい?星のことを忘れろ、とは」
「伴が街中で暴れ回る原因が自分にあるなんて星とやらが知ったら悲しむとは思わんか」
「そんなこと、飛田に関係ないわい。わしは許せんのじゃ。星のことを何も知らんくせに逃げただの腰抜けだの言うやつのことが」
「今までは伴の柔道が通用する相手だからよかったようなもので、相手が刃物や拳銃でも持っていたら────」
飛雄馬は言いかけ、口元を掌で覆う。
思わず、感情が昂ぶり口が滑った。
伴の口から柔道のことなんて一言も出ていないと言うのに。
「…………じゃあ、見て見ぬ振りをしろと言うのか。きさまは」
「……星とやらは伴が自分のために暴力を振るうことを良しとはしないはずだ」
飛雄馬は伴から視線を外し、缶ビールを啜る。
運良く、現段階では気付かれてはいない。
これ以上ここにいたらボロが出る。
伴におれが星飛雄馬だと、感付かれてしまう。
飛雄馬は無理に冷えた炭酸を喉奥に流し込み、缶を空にすると、腰を上げ、伴の横を通り過ぎる。
「飛田っ!きさま、逃げる気かっ!」
と、そんな怒号混じりの声が背後からして、飛雄馬は脇の下を通り、体の前に回された腕で強く抱きすくめられた。
「な、にをっ!伴、ばかな、離せ!」
「まだ話の途中じゃい!話は終わっとらん!」
「う、っ……!」
いけない、伴の腕が、熱さが、心地良いなんてそんなことを考えてはいけない。
おれは、ここから逃げなければ。
伴と会ったことなど忘れなければ。
しかして飛雄馬の胸中など露知らず、伴は彼の体を抱いたまま部屋の奥まで大股で突き進むと、布団の上にその身を無造作に放り投げた。
お世辞にも上等とは言えない薄い布団に顔から突っ伏し、飛雄馬は左頬の痛みに奥歯を噛む。
すると、部屋の入口に立っていた伴がすうっと明かりのついた部屋と布団の敷かれている部屋を仕切る襖を閉めたことで、室内は闇に包まれた。
「飛田よ、なぜきさまはそんなに星の肩を持つ。わしとチンピラのケンカの仲裁に入ったことからして何か引っ掛かるわい」
「っ、さっき、言っただろう。お前も、おれの親友に似ていると」
飛雄馬は伴の顔を見上げるよう、体を起こすと体勢を変え、布団の上に座り込む。
「もしかしてきさま、星の居場所を知っとるんじゃなかろうな」
次第に闇に目が慣れてきたところで、伴がジャケットを脱ぎ、ベストとシャツにスラックスと言った格好で布団に膝をつく様子がありありと飛雄馬の目には映った。
居場所を知っているも何も、お前の目の前にいるのが正真正銘、星飛雄馬本人だ、の言葉を飛雄馬は飲み込み、後退る己の体の上に乗り上げ、跨がってきた伴の顔を見上げる。
「う、ぐ……」
「知っているのなら話してくれい、飛田よ。謝礼は弾むぞい」
「し、らない……おれはその星とやらのことは知らん。野球には、詳しくない……っ」
「星ぃ……」
「ば、っ、伴!違う、おれは──」
ふうっ、と距離を詰め、近付いてくる唇から飛雄馬は顔を逸らしたが、伴が星と己を呼ぶその声があまりに寂しげで、それでいて愛おしくて、切なくて、思わずその吐息に口を寄せた。
ビクッ!と震えた伴の首に腕を回して、飛雄馬は目を閉じる。
いけないことをしている。わかっているのに、どうしてもこの腕をおれは振り解けなかった。
自惚れだと、自分勝手だと、そんなことは承知の上で、それでも、伴がおれのことを忘れずにいてくれたことが、何よりも嬉しかったのだ。
飛雄馬は震える唇に這わせた舌を、微かに口を開いた伴の口内に滑り込ませる。
「う、うっ!?」
これに驚き、口を離したのは伴の方で、飛雄馬を見つめたまま目をしきりに瞬かせた。
「星とやらに、おれは似ているんだろう。ふふ、好きにしたらいい」
「…………それで、いいのか。飛田は」
「おれも、お前を親友だと思おう」
一瞬、くしゃっと伴の顔が歪んだ。
飛雄馬もまた、それを見上げて息を大きく吸い込む。暗闇の中、互いの表情に判別がついたのはそれだけ距離が近いからか、それとも伴が背にする襖の閉じ合わさった隙間から明かりが僅かに漏れているからか。
飛雄馬は伴のむしゃぶりつくような口付けを受けながら、彼の首に回した腕に力を込める。
ずきん、と時折、傷付いた唇の端から鋭い痛みが走って、飛雄馬は眉をひくつかせたが、伴はそんなことお構いなしに何度も何度もその唇を貪ってきた。 背を預ける布団は体温を含み、じわりと湿ってくる。
伴は飛雄馬の足、その膝の下にそれぞれ腕を差し入れると左右に大きく開かせてから己の昂ぶりを彼の股に押し当てた。
「っ…………」
スラックス越しに押し当てられた膨らみに飛雄馬は身震いし、唇を引き結ぶ。
と、伴の唇が首筋を捉え、そこに強く吸い付かれて飛雄馬は体を仰け反らせる。
「星……今まで何をしとったんじゃあ。星ぃ」
首筋に跡を付けつつ伴は飛雄馬の着ているシャツの裾から手を滑り込ませ、直接、その肌を指でなぞる。
遠慮を知らない、その無骨な指が肌の上を滑って、飛雄馬は吐息混じりに声を漏らす。
頭がぼうっとなって、肌がやたらに熱を持つのは飲んだビールのせいか、それとも。
肌に触れる伴の吐息が熱くて、腹の中を切なくさせる。
「ふ……っ、」
飛雄馬が逸らした顔、その耳に口付けながら伴は辿り着いた先、それに触れた指で彼の胸の突起をくすぐった。
ほんの僅かに刺激を与えただけで膨らんだそれを抓まれ、指の腹を使い擦り合わせられ、飛雄馬は悲鳴を上げる。
伴の指に押しつぶされたそれがゆっくり立ち上がって、そこからの刺激が臍の下を反応させていく。
「星……いや、飛田よ。ふふ、気持ちええか」
「へん、なこと……訊くなっ、」
ふふふ、と伴は微笑んで、再び飛雄馬に口付けを与えつつ、押し当てていた腰を離してから今度は彼の穿くスラックスのベルトを緩めに掛かる。
カチャカチャ、と聞き慣れた金属音を聞きながら飛雄馬は伴が脱がせやすいよう、広げていた足をほんの少し閉じ、腰を浮かせた。
すると伴は、飛雄馬の穿いていたスラックスと下着とを一息にずり下げ、その足からそれらを抜き取ると畳の上に放った。
「は、っ……う、」
尻を置く布団が素肌には少し冷たくて声を上げた飛雄馬の唇を啄み、伴はとっくに立ち上がっていた組み敷く彼の男根を手でなぞる。
溢れた先走りが陰茎の表面を滑り落ちて、伴はそれを潤滑剤としながら握った手を上下させた。
ちゅく、ちゅく、と先走りと伴の手、それに飛雄馬の男根が擦れ、摩擦し合ってそんな音を立てている。
飛雄馬は伴の首に回していた腕を離し、その手で口を覆うと声を殺す。
その声を押し殺す様が却って嗜虐的で、むらむらと伴に良からぬ気を起こさせる。
満遍なく上から下までぬるぬると男根を撫でていた伴だが、ふいにその手を上にずり上げ、いわゆる飛雄馬の男根、その裏筋の位置を入念に愛撫し始めた。
「あ、っ………い、っ……」
じわりと涙の滲んだ虚ろな瞳を伴に向け、飛雄馬は離せと言わんばかりに身をよじる。
「星はこっちより中でいく方が好きだったかのう」 言うなり、伴は飛雄馬の片足を膝から曲げ、大きく押し広げてから先走りで濡れた手で彼の陰嚢の下、綺麗に閉じ合わされているそこを丹念になぞった。
「ん、う、ぅっ……」
すりすりと刺激に慣らすよう、その入口を指で撫でてから伴は中に指をそっと滑らせる。
すると、伴の侵入を阻むようきゅうっ、と入口が締まって飛雄馬の体が震えた。
指が少しずつ、何かを探すように飛雄馬の腹側の内壁を掻き、撫で回す。
そしてそこに早く触れてくれ、と言わんばかりに飛雄馬は腰を揺らし、白い腹を震わせる。
本当に、久しぶりで、この指の感覚が今は懐かしい。
少しずつ、中を探りながら動く太い指が何とも言えない感情を抱かせてくれる。
「ばん、も、いいから……きてくれ……」
「…………!」
「何だ、その顔は……ふふ、怖気づいたか。久しぶりでおれの抱き方を忘れたか」
「あ、う……ぅ、」
尻込みする伴の股間に手を遣り、飛雄馬はスラックスの上から彼の膨らみを撫でてやりながら、早くと急かす。
伴の喉がゴクリ、と動いて、飛雄馬もまた、ゾクッと肌を粟立たせた。
そうして、伴が取り出したそれをちらと見遣って、全身を戦慄かせる。
「あ、あ…………っ、」
押し当てられたと思った刹那、腹の中を擦りながら侵入してくる伴の熱に飛雄馬はそれだけで軽く絶頂を迎えた。
腰を寄せられ、中を抉るように突いてくるその無遠慮さに飛雄馬は口元に置いた手で拳を握る。
星と呼ぶ声があまりに甘くて、心地よくて飛雄馬は奥歯を噛み締め、目を閉じた。
伴はそのまま、間髪入れず腰を叩きつけ、飛雄馬の中を犯していく。
余韻に浸る間もろくにないまま飛雄馬の体は更なる快感に煽られ、嬌声を上げる。
「う、あ……あぁっ」
飛雄馬の曲げた膝を掴み、体重をかけるようにして己をより深く挿入させる格好を取ってから伴は、腰をぐりぐりと押し付けた。
「…………!」
腹の内側を伴の反ったそれで突き上げられ、飛雄馬は再び気を遣った。
頭の中などすでに真っ白なのに、体は燃えるように熱い。
全身を震わせ、絶頂の余韻を噛み締める飛雄馬の唇に顔を寄せ、伴は尚も腰を振る。
「っ………は、ぅ……」
と、伴はなんの断りもなく腹の中にどくどくっ、と欲を吐いたかと思うと、一度、達したばかりの男根を抜いてから仰向けの格好を取っていた飛雄馬にうつ伏せの格好をさせ、尻を高く突き上げさせた。 そうして、尻を高く上げる姿勢を取った飛雄馬の体内に再び己を突き込む。
「ひ………あっ、っ」
ぐぷっ、と奥まで一気に貫かれ、飛雄馬の脳天を絶頂の電気信号が突き抜ける。
伴が腰を引くたび、吐き出された精液が掻き出され、とろりと飛雄馬の内股を伝う。
「ばっ、伴っ………!なんで、こんな……ァ、ぐっ!」
「きさまの親友はこんなことはしてくれんかったのか」
「い、あっ……あっ、ああ……」
声を殺すこともままならず、布団に顔を押し付けたまま飛雄馬は与えられるがままに快感を貪った。
涙のおかげで伴が貼ってくれたガーゼは水分を含み、頬から外れている。
一度は塞がった唇の傷もいつの間にか開いていて、飛雄馬の口内に血の味を滲ませていた。
腹の中を無遠慮に擦っては奥を突き上げる伴のそれに飛雄馬は酔い痴れ、ただただ声を上げる。
それから伴は再度、飛雄馬の中にて射精するとガクガクと内股を震わせている彼の腕を取り、こちらを振り向かせるとそのまま足を開かせ、彼の体を貫いた。
「…………っ──!!」
どちゅん、と散々に嬲られた腹の中を再び、伴のそれが激しく擦り立てて、飛雄馬は男根からとろとろと精液を漏らす。
もう腰の感覚などとうになく、肌は汗ばみ、顔などぐずぐずに蕩けてしまっている。
腹の中は伴そのものと、彼の出した体液でいっぱいで、彼が腰を使うたびに結合部からは掻き出された白濁が溢れ出た。
「しっ、しぬ……!伴っ、!」
「…………」
2度、出したにも関わらず衰えを知らぬ伴は飛雄馬の蕩けきった腹の中をぐちゃぐちゃに嬲る。
結合部からは伴の出した体液が掻き混ぜられ、聞くに耐えない卑猥な音を立てている。
「いや、っ……いやらっ、伴、いきたくないっ、やめ、えっ……」
己の足、その膝裏を掴む伴の手を離そうと飛雄馬はその手に爪を立てるが、その嘆願虚しく、ゾクゾクっ、と全身を快感に戦慄かせた。
その全身の震えに呼ばれるよう、伴は己を締め付ける圧に耐え兼ね、飛雄馬の中に3度目になる射精を行なった。
「…………」
ずるりと伴のそれが抜けるのを待って、飛雄馬は体をひくひくと震わせながら布団の上にようやく横になると、寝返りを打つ。
「星……いや、飛田、きさまもしや、星、なのか?」
伴は混乱する頭を整理しつつ、己が欲望のままに抱き潰した男を呼んだ。
「っ……ふ、ふふ。これに懲りたら、もう街で暴れるのはよせ……」
飛雄馬はゆっくりと体を起こしながら、左の頬に申し訳程度に貼り付いたガーゼを引き剥がすと、切れた唇の端に舌を這わせる。
「…………」
「伴……」
鈍く痛む頬を撫で、飛雄馬は何か言いたげに口を開いた伴の唇にそっと口付け、これで借りは返したぜ、と小さく、伴には聞こえぬように囁いた。
もうきっと、会うことはないかつての親友よ。
どうか、おれのことなど忘れて、幸せになってくれ、と、そう、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている伴の横顔から視線を外して、飛雄馬は唇を拭うと、座卓の上、缶の中にほんの少し残っていたぬるいビールを血の味とともに喉奥に流し込んだ。