雨声
雨声 おうい、星よ、起きとるかあ、と伴は普段より声量を抑えつつ、星と呼んだ彼に充てがった和室の襖を開けた。間もなく深夜0時を迎えようとしている。
本日、早朝珍しく食卓で朝食を摂った伴は居合わせた親友・星飛雄馬に対し、話したいことがあるから自分が帰宅するまで起きていてくれないか、と伝えてから屋敷を出たのだった。
もちろん、無理にとは言わんが、と付け加えはしたものの、星のことだ、きっと起きていてくれるだろう、と淡い期待と罪悪感とを抱きながら伴は帰宅早々親友の許を訪ねたのである。
思っていた以上に接待が長引き、こんな時間になってしまった。襖を開けた先、明かりの消された部屋の中は静まり返っている。
伴はこれで返事がなければ引き返そう、と決心してからもう一度、星よう、と弱々しく彼の名を呼ぶ。
すると、それで目が覚めでもしたか、部屋に敷かれている布団がほんの少し動いて、その中から顔を出した彼──星飛雄馬が、伴?と首を傾げた。
「あ、いや、す、すまん。起こすつもりはなかったんじゃが……」
身を滑り込ませた暗い室内に次第に目が慣れてきて、伴は口ごもりつつも後ろ手で襖を閉め、寝間着代わりの浴衣に身を包んだ飛雄馬の姿を目の当たりにする。
そうして、いかん、と目を逸らし、額に浮いた汗を未だ羽織ったままの三つ揃えのスーツ、そのジャケットのポケットから取り出したハンカチで汗を拭った。
伴が今朝、飛雄馬に話したいことがある、と言ったのは他でもない、抱かせてほしい、その一言に尽きる。
己は仕事が忙しく午前様が続き、早く帰ったところで親友はとっくに床に着いているし、恩人の力になろうと一生懸命特訓に励む彼に対し、こんなに馬鹿げたことは口が裂けても言えない。
しかし、限界が来ている。
星の負担にならぬように、迷惑をかけぬようにこの持て余した欲を一人で処理したこととて一度や二度ではない。けれども、もう無理なのだ。
ならばいっそ、すべてを打ち明けてこっぴどく叱られてしまった方がまだ楽であろう。
「いや、こちらこそ眠ってしまっていた。すまない。それで、話とはなんだ?急に改まって……」
「あ、う、う、ん、その、最近全然話らしい話もできとらんかったからな、何か困っちょることはないかなと思ってのう」
へらへらと笑みを浮かべながら伴は布団の足元に腰を下ろすと他愛もない話を彼に振る。
「……なに、困るどころか至れり尽くせりで申し訳ないくらいだ。いつもありがとう」
そう言って布団の上に正座し、頭を下げる飛雄馬を前に伴は居たたまれず、無言のまま口内に溜まった唾液を飲み下す。
い、いかん、言い出しにくくなってしまった。
こんなに畏まられてしまっては、抱かせてほしいなんてとてもじゃないが言えない。
「う、う、そ、その…………」
「話はそれだけか?」
「そ、そうとも言うし、そうでないとも言う……あ、いやいや。困っとらんのならいいんじゃ。すまん、明日もサンダーさんと頑張れ…………」
言いかけた伴だったが、目の前で飛雄馬が音もなく立ち上がり、浴衣の帯をするすると解いていくのを瞬きもせず見つめる。そこからまず帯が布団の上へと落ち、浴衣がそれ追う形になり、伴は慌てて顔を上げた。
こちらを見下ろす顔は影になり、どんな表情を浮かべているかは判別つかないが、眼前にあるのはランニングシャツと下着一枚という出で立ちでそこに佇む星飛雄馬の姿である。
すらりと伸びた手足は、暗い部屋の中で僅かに青白く発光しているようにも見える。
瞬きも、呼吸さえも忘れ、伴は目の前の飛雄馬の体躯に見惚れた。
「ふふ、伴の話というのも何となく見当がついていたさ。明日の天気は雨だと言っていた。いつもより時間に余裕はある」
「あ……っ、星、わし、その……っ、」
ごくり、と再び伴は喉を鳴らしてから、慌てて飛雄馬から視線を外すと、星の負担になることをわしは……とどもりつつ囁いた。
「それならやめておくか」
「う……ぅ、」
視線を右に左にと泳がせ、伴は口をもごもごと開けては閉じ、閉じては開けることを繰り返す。
すると、飛雄馬は目線を合わせるようにその場に屈み込むと伴を呼ぶ。
「人がその気になると怖気づくのはやめてほしいな伴。それとも嫌だというのを無理やり組み敷くのが好みか」
「ちっ、違う。わしが星にそんなこと、するわけなかろう……」
「それならいいじゃないか。顔を上げてくれ」
うなだれ、肩を落としていた伴だが、飛雄馬に言われ顔を上げる。と、そのまま唇を奪われ、驚きのあまり目を閉じた。
「…………」
一瞬、口を閉じ、身構えた伴だが、ゆるゆると緊張を解くと飛雄馬の唇を啄み、身を乗り出しつつ彼の体を布団の上へと押し倒す。
「ふふっ……」
舌を絡ませ、互いの唇をすり合わせつつ飛雄馬が吹き出すように笑ったために、伴は、なんで笑うんじゃあ、と照れをごまかすように語気荒く尋ねた。
「いや、なんでもない」
くすくすと笑みを溢す飛雄馬の首筋に顔を埋め、伴は彼の纏うランニングシャツの裾から差し入れた手で直接肌に触れる。
肌の表面が微かにざらつき、力が篭ったのに対し、大丈夫じゃいと飛雄馬の耳元で囁いてやりながら、伴はそろそろと腹から胸へと指先を滑らせ、尖りつつある胸の突起に触れる。
「っ、……ぅ」
今の刺激で膨らんだ突起を指で押しつぶし、伴はめくり上げたランニングシャツの裾から覗く、もう一方の突起にも口付けた。
「あ、あっ!」
びく、と布団の上で飛雄馬は体を震わせ、突起を吸い上げる伴の頭を手で押さえつける。
押し倒した際、身を置いた飛雄馬の足の間では下着の中で男根が張り詰め、伴の腹に触れていた。
突起の芯を舌の腹で舐め上げ、もう一方は指で抓み、こすり上げる。
「んぅ、っ……っ、」
密着している伴の腹に飛雄馬は股間を押し付けるようにしながら腰を揺らし、口からは吐息混じりに甘い声を漏らしている。
伴は空いた手を飛雄馬の股間へとやり、そこではっきりと主張してくる男根を下着の上から撫でさすった。
ひっ、と悲鳴にも似た声が飛雄馬の口からは上がり、伴が手を添えた下着にはうっすらと染みが滲む。
「さっ、触ってもええか」
「嫌だと言ったら?」
ふふっ、と笑みを溢し、こちらをからかう飛雄馬に伴は、こいつぅ!と微笑んでからおそるおそる下着の中へと手を差し入れた。するとすぐ、立ち上がった男根に指先が触れ、飛雄馬の体が小さく戦慄いた。
伴の下半身も限界が迫っており、ともすれば下着の中で暴発してしまいそうでもある。
けれども、それを悟られまいと伴は目を閉じると指先に触れた男根を握り、溢れつつある先走りを指に纏わせながら一息に根元までしごいた。
「あ、ぅ……っ、!」
組み敷く飛雄馬の口からは声が漏れ、腕に縋りつく手には力がこもる。
「いつもより大きいのう。星も溜まっとるのか」
「っ、ばか……」
か細い声でこちらを罵る唇に、伴はそっと口付けてやってから飛雄馬の下着を彼の腰から剥いでやる。
飛雄馬もまた、それに抵抗することなく腰を上げ、伴に協力する素振りを見せると、そのまま足を大きく開いた。蛍光灯の下、自分の体で影になっているとは言え、星の体はやたらと白く感じられる。
顔や腕はそれなりに焼けてはいるが、それ以外の体や脚の白いことと言ったらどうだ。恐ろしくさえある。
伴は再び唾を飲み込み、喉を鳴らしてから己が羽織るジャケットのポケットから容器を取り出すと、その蓋を開けた。
すると、こちらをじっと見上げる飛雄馬の視線と己のそれとが絡んで、伴は咳払いをひとつすると、そんなに見られると恥ずかしいわい、とぼやいた。
「いや、なに……いつもこちらのことを考えてくれてありがたいと思っていたところだ。その細やかさと気配りがありながらなぜ嫁さ──」
「言うな、星!今その話は聞きとうないわい」
「…………」
蓋を開けた容器の中身を指で掬い、伴は飛雄馬の開いた足の間、その中心へと指を這わせる。
指の熱と、飛雄馬の体温とで溶けた容器の中身、いわゆる切傷等に塗布する軟膏がくちゅっと音を立て、ふたりはその予想外の出来事に身を強張らせた。
伴もまた、一瞬固まりはしたものの、ゆっくりとその窄まりに軟膏を纏わせた指を飲み込ませる。
「は…………、っ、!」
入口がきつく指を締め上げるのを感じながら、伴は飛雄馬の体の緊張が解けるのを待ち、そこを慣らすように指で浅い位置を撫であげる。
人差し指を根元まで挿入し、指を曲げた位置にある指先が触れる場所をそろそろとくすぐって、伴は飛雄馬の反応を伺いながら中指を彼の腹の中に滑らせた。
「っふ、うぅっ……ん、ん」
「ちゃんと声を出すんじゃ星ぃ、中途半端じゃ辛いのはそっちじゃぞい」
声を殺しながら逃げる飛雄馬の腰を追って、伴は執拗に彼の腹の中を探り、そこを責め立てる。
擦られ、互いの肌の熱で溶けた軟膏が伴が指を動かすたびにいやらしく音を立て、飛雄馬はそれを聞くまいとしているのか顔を逸らす。
飛雄馬の白い腹には、男根からとめどなく溢れ出る先走りが滴り落ち、肌には汗が滲む。
「いっ、っ、伴……!たのむ、」
「いきそうか」
「あ、っ、ああっ…………っ、」
ぶるっ、と来たるべき絶頂に備え、身震いした飛雄馬から伴は指を抜くと、己の穿くスラックスの前をはだけた。
「ひとりでいくなんてひどいぞい、星よ」
「っ、伴……おまえというやつは」
組み敷いた飛雄馬の両足をそれぞれ左右の脇に抱えながら、伴はスラックスの中から取り出した自身のそれを、たった今まで指で解していた尻にあてがうと一息に奥まで腰を突き入れる。
軟膏のおかげで容易く伴は飛雄馬の体内に挿入を果たし、その熱さに震えた。
「──、〜〜〜ッ♡♡」
その下で腹の中を限界まで満たした伴の男根が、何の遠慮もなく、内壁を一気に擦り上げたために無理やり絶頂の快感を与えられた飛雄馬が、声ならぬ声を上げる。仰け反り、晒した白い喉に口付けながら伴は飛雄馬が落ち着くのを待った。
飛雄馬からしてみれば、達する寸前でお預けを食らったところに突然、腹の中を無遠慮に犯されたことになる。頭の中には白く靄がかかり、口では呼吸をするのがやっとの状態である。
けれども、伴の猛追はここで終わりではない。
飛雄馬の息が整いつつあると見るや、柔道で鍛えた腰を欲に任せ叩き込んできたのだった。
「うっ、っ♡伴、っ……!やめっ、やめ、ぇっ……!」
肩口に縋り、喘ぐ飛雄馬の声など耳に入らぬ様子で伴は腰を振り、それどころかより深い場所を抉るべく体勢を変えたのである。
ぎしぎしと伴の腰の動きに合わせ、部屋に置かれた箪笥や天井から下がる蛍光灯の傘が揺れた。
伴の額から落ちる汗が飛雄馬の頬を滑り、布団の上へと落下する。
「ふぅ、……っ、星、星ぃ」
「…………、……」
伴は飛雄馬の名前を呼びつつ一心不乱に腰を振る。
飛雄馬もまた、伴を呼び、口付けをせがむように目を閉じ両手を開いた。
「は……っ、あ♡ん、ん♡♡」
互いの存在をそれぞれ確認するかのように汗に濡れた唇を重ね、舌を絡め合う。離しては触れ、触れては重ねることを何度か繰り返して、伴が握ってきた手を飛雄馬もまた握り返す。
そうして、飛雄馬が何度めかの絶頂を迎えた際、伴もまた同時に達するに至り、何度か震えた後に落ち着いたかようやく距離を取った。
「満足したか?」
掠れた声で飛雄馬に訊かれ、伴は大満足したわい、と満面の笑みを見せる。
「あ、そうじゃ星よ」
「…………?」
伴は飛雄馬にティッシュの箱を渡してやりながら、さっきの嫁がどうとかの話じゃが、と話を振る。
「わしは星じゃから気も配るし細かいんじゃい。星の世話でいっぱいいっぱいじゃからのう。嫁さんなんて当分貰わんつもりじゃあ」
「それなら、早いところ巣立たねばなるまい。伴をいつまでも独身のままでいさせるわけにはいかんからな」
「に、にゃにおう!?」
「ふふ……」
どこか遠くを見つめ、微笑む彼に伴は何も言えず、ただただ押し黙った。
すると、雨が降り出したか、ぽつぽつと雨粒らしきものが屋敷の瓦屋根を叩き始めた。
「雨が降り出したのう」
「ああ……」
弱々しく同意の言葉を囁くと、浴衣の乱れを正すために立ち上がった親友の横顔を伴は仰ぎ見ながら、雨がずっと降り続いてくれたらいいのに、と彼の球界復帰を願う立場の人間が、決して考えてはならぬことを、ぼんやり思った。
雨足は次第に強くなりつつある。