裏切り
裏切り 「すまんのう、急に来てもらうことになってしもうて」
「いや、招いてもらえてありがたい。おばさんにも長らく会っていなかったしな」
本来であればこの日、飛雄馬は伴の馴染みのすき焼き屋でいつものように夕食を摂ることになっていた。しかして、直近になって伴から選手寮に連絡があり、何でも早急に終わらせねばならない仕事があるとかで飛雄馬は彼の自宅を訪ねている。
また別の日に振り替えてはどうだ?と飛雄馬は伴を案じ、そう伝えたが、どうしても会いたいと押し切られてしまい、屋敷の敷居を跨ぐに至った。
午前中から昼にかけては姉夫婦の家に招かれており、正直なところ疲労困憊の有様で、早く寮に帰って休みたいと言うのが本音であった。
が、せっかくの親友の誘いを無下にするわけにもいかず、飛雄馬は胸の内を隠したままおばさんが用意してくれていた手料理に舌鼓を打ち、やっと一息ついたのがついさっきのこと。
伴は食事を終えるなり畳敷きの和室に篭もるや否や、持ち帰ったという仕事に手を付け、飛雄馬のことなど眼中にないといった様子で作業に没頭している。
珍しい、一体どういう風の吹き回しだろうかと飛雄馬はその様を見守りつつも、その社会人らしい姿に顔を綻ばせ、目を細めた。
「む、なんで笑うんじゃい」
「ふふ、きみが仕事をする姿を目の当たりにしたのは初めてだなと思ってな。意外と様になっている」
「意外とは失礼じゃのう。意外とは」
「…………」
互いに顔を見合わせ、ぷっと吹き出してから、声を上げて笑い合う。
「笑わんでもいいじゃろう、いくらなんでもひどいぞい」
「おれは伴に釣られて笑っただけだ」
飛雄馬は咳払いと共に笑いを誤魔化しながら、すまない、続けてくれと顔を背けた。
「…………」
と、伴は作業の手を止め、座卓を挟み向かいに座っていた飛雄馬のそばににじり寄る。
「伴?」
「星……」
熱っぽい視線を向け、顔を寄せてきた伴から距離を取り、飛雄馬はそういうことをする気ならもう帰る、と彼の誘いに対し難色を示す。
「すぐ終わるから、頼むぞい」
「伴はいつも、そう、だな」
そのまま腕を取られ、飛雄馬は体を戦慄かせると目を伏せ、薄く唇を開く。
「…………」
閉じられた視界の中、唇に触れた伴の感触に飛雄馬は微かに声を上げる。
薄く開いた唇の隙間から滑り込んだ舌に翻弄されつつ、飛雄馬は押し倒されるがまま畳の上に背を預けた。
「っ、う……」
「珍しいのは星もじゃい。いつもなら絶対させてくれんのに」
「……そんな気分のときだってあるさ」
己を組み敷く彼の首を抱き、飛雄馬は伴の唇に自身のそれを押し当てる。
飛雄馬が、素直に伴の誘いを受けるに至ったのも午前中から昼過ぎにかけて訪ねた姉夫婦の屋敷での一件に起因する。
姉の──明子の──妻の目を盗むようにして行われた不貞行為。
目を閉じればあの熱さが、肌の感触が、唇の熱が思い出されて、飛雄馬くんと呼ぶあの声が頭の中に強烈に蘇る。
何食わぬ顔をして姉の手料理を口に運ぶ彼が悪魔でないのなら、一体なんだと言うのだろう。
「ん、っ……ふ、ぅっ」
「星、なんか違うことを考えとるじゃろう。何か悩みでもあるのか」
「…………!」
「わしにできることなら何でもするぞい。遠慮せず言うてみてくれい」
「伴は相変わらず心配性だな」
腹の奥がきゅんと疼いて、飛雄馬は伴を心配させぬようにと無理に笑顔を作る。
「そうかのう、わしの取り越し苦労ならそれに越したことはないんじゃが……」
伴は飛雄馬の唇を軽く啄みながら、彼の穿くスラックスを留めるベルトを緩め、開けたその中に手を忍ばせた。
「ん、っ……」
半ば膨らみつつある男根に直に触れ、伴は飛雄馬の僅かに汗ばんだ首筋に顔を埋める。
ぞくっ、と伴の唇が喉元に触れた瞬間、飛雄馬の肌が粟立ち、妙な汗が背中を濡らした。
まさか、昼間の痕跡が残っていやしないだろうか。
歯を立てられた痕が、首筋についてはいないだろうか。
それを咎められたとき、おれは一体何と答えたらいいのか。
「星、花形に会ったのか」
「え?!」
飛雄馬は顔を上げ、そう、尋ねてきた伴を仰ぎ見る。
「いや、あの男のほれ、いつも身につけとる匂いがしたから」
「…………!」
「まったく星も大変じゃのう。明子さんが花形と結婚したばっかりに義理の兄弟なん、ぞっ……」
飛雄馬は伴が言葉を紡ぎ終えようとする前に、彼の首を強くかき抱く。
自ずと伴は飛雄馬の胸に顔を埋めることになり、目を白黒させながら彼を呼んだ。
「伴、頼む。今日は加減しなくていいから……全部、何もかも忘れたい」
「ほ、ほし?」
まさかの飛雄馬の言葉に思わず伴の声が裏返った。
「伴……」
理由を尋ねる間も与えず飛雄馬は伴を解放するなりその顔に手を添え、唇にむしゃぶりつく。
呼吸の隙もないほどに激しくその唇を貪り、吐息を絡ませる。
互いに汗をかき、重なる唇も唾液に濡れた。
伴は飛雄馬と唇を触れ合わせながら、再び組み敷く彼の下着の中を弄る。
先程はまだ柔らかかった男根も今は固く充血し、大きく勃起していた。
「あ、っ……!」
飛雄馬は背を反らし、顔を逸らすと口元に手を遣る。これは声が外に漏れぬようにと行う飛雄馬の癖になってしまったもので、夜な夜な同室の伴と他の選手らに隠れて体を重ねたことに因るものだ。
「どうせ向こうまでは聞こえん。そんなお上品では忘れるものも忘れられんぞい」
下着の中から男根を解き放ってやりながら伴は囁くと、そのまま手を添え、握ったそれを上下に擦っていく。
絶妙な力加減で裏筋からカリ首にかけてを擦り立てられ、飛雄馬の男根はビクビクと震える。
そればかりか飛雄馬自身も身をよじり、口を覆う手で拳を握った。
「……っ、ぅ、う」
「星、手を退かせ。大丈夫じゃい」
「でも、っ……あ、ぅ」
ぬる、ぬると先走りに濡れた伴の手が敏感な亀頭を責め、飛雄馬は白い喉を晒すと目尻に涙を浮かべる。
「星、ほら、出せ。出してみい」
「──〜〜っ、……!」
飛雄馬は拳を強く握り締め、伴の手の中でどくどくと欲を放出した。
臍の下がびくびくと射精に合わせて痙攣し、飛雄馬は恍惚の表情を浮かべたまま絶頂に酔い痴れる。
しかして伴は無言のまま、汚れた手を着ているジャケットのポケットから取り出したハンカチで拭うと、続けざまに飛雄馬のスラックスと下着とを剥ぎ取りにかかった。
射精し、惚けた飛雄馬は為すがままに下半身を一糸纏わぬ姿にされ、上気した顔を伴の眼下に晒す。
「星、きさま、もしや花形とそういう関係にあるんじゃなかろうな」
飛雄馬の臍の下を指先でなぞりつつ伴が低い声でふいにそう尋ねた。
「そ、んなことっ……」
弾かれたように顔を上げ、飛雄馬は体を起こした伴を真っ直ぐに見つめる。
「明子さんになかなか子供ができんと言うのもそういうカラクリかい。わしも明子さんも担がれとったとはのう」
「ちっ、ちがう、そんな、きみの勘違いだっ……おれは」
飛雄馬は肘を使い、上体を起こすと、必死に首を振る。
違う、伴、おれを信じてくれ。おれは、そんな──。
「足を開け、星ぃ……嫌とは言わせんぞい」
「……っ、伴、おれを信じてはくれんのか」
「どの口がそれを言うんじゃい。わしばかりか明子さんまで、そんな、わしは」
「…………」
飛雄馬はぎゅっと唇を左右に引き結ぶと、閉じていた膝頭をゆっくりと開く。
膝が震え、思わず涙が溢れそうになるのを飛雄馬は必死に堪えながら伴の眼前にて足を左右に開いた。
そして、伴はその大きく開いた飛雄馬の足を掴み、己の腹に彼の尻が当たる位置まで引き寄せると 一度口に含んでたっぷりと唾液を纏わせた指をそのまま腹にぶつかった尻の中心に挿入する。
慣らすこともせず、はたまた中を解していくこともせず一気に指の根元までを咥えさせてから伴は内壁を関節で曲げた指の腹で探っていく。
「ひ、ぁっ……」
触られ、飛雄馬が思わず声を上げた位置を伴は執拗に責めた。
軽くそこを突き上げるように指先で叩いたと思えば、指の本数を増やしその位置で円を描く。
射精したばかりの男根も中からの刺激のせいで再び顔をもたげつつある。
「どこをどんな風に触ってもらったんじゃ星。わしと花形を比べるとはいい身分じゃのう」
「ああっ、いっ……いくっ、」
伴の指が触れる位置から軽い電流のようなものが走って、全身が強張る。
この電気信号が一気に脳天を貫き、一瞬、頭が真っ白になったような感覚を覚えるのがいわゆる絶頂と言われるそれだが、あと一息、という刹那、伴は飛雄馬の中から指を抜き取った。
「誰も達していいとは言うとらんぞい」
「は……っ、はぁっ……伴、へんなこと、するのはよしてくれ……」
飛雄馬はぐずぐずと疼く臍の下を自分の手でさすり、腰を揺らす。
「自分の口から言うてみい。何がほしい。どうしてほしいんじゃい」
「っ、う……うっ」
ぽろりと思わず飛雄馬の瞳から涙が溢れた。
「星……」
思わず伴は飛雄馬に対し、手を差し伸べかけたが顔を上げ、深呼吸をすると思い留まる。
「伴が、ほしい。っ、頼む……」
「…………」
伴は飛雄馬の言葉を聞くなり、スラックスの前をはだけると、中からガチガチに勃起した男根を取り出すと、そのまま組み敷く彼の中に挿入した。
「あ、ぁぁっ!」
固く、反った男根が飛雄馬の腹の中を擦り上げ、指でゆるく慣らされた箇所を一気に突き上げた。
瞬間、飛雄馬は絶頂を迎え、体を大きく反らす。
ひくひくと全身を震わせ、飛雄馬は肌の表面を瞬時にかいた汗で濡らした。
「達していい、と言った覚えはないがのう」
飛雄馬の曲げられた膝を掴み、彼の腹に押し付けるようにして伴は深く己を挿入させると、腰を動かし始める。
「は、ぁ……っ、伴、休憩、っ……」
「それは星の都合じゃろう。わしの都合も考えい」
「あ、ァ……っ、ん、ぁ、あ」
軽いピストン運動を繰り返しながら伴は己の形を飛雄馬に教えこんでいく。
伴の腕に飛雄馬は縋って、連続的に与えられる快感に奥歯を噛み締め、目を閉じる。
時折、腰を回し、中を掻き乱されて飛雄馬は呻いて眉間に深く皺を刻む。
そうして、ようやく飛雄馬が動きに慣れつつあったところで伴は大きく引いた腰に体重をかけ、彼の中を抉った。
「あ"っ……ぁ、あっ!」
どすん、どすんと伴の腰の一打ごとに骨盤が軋んで、飛雄馬は開けっ放しの口から悲鳴じみた声を上げる。
仰け反り、晒された白い喉に伴は口付け、ぐりぐりと飛雄馬の中を腰を使い掻き乱す。
「やっ……やめ、へ、やめて……ばん、しっ、しぬ、こわれ、ぇっ──っ!」
ちかちかと目の前に火花が散り、飛雄馬は口を閉めることもままならぬままだらしなく開いた唇から掠れた声を漏らした。
「あしたもっ、試合っ、あるからっ……伴っ!」
「試合?そんなもん、出らんでええわい……」
「馬鹿なこと、っ……う、う〜っ!」
ぎゅうぎゅうと伴を締め付け、飛雄馬は彼の腕にしがみつく。
「全部忘れて、わしとずっとにいよう。なあ星……」
「いっ、いやだっ……いやっ、」
涙ながらに言葉を紡ぐ飛雄馬の唇を塞ぎ、伴は彼もまた絶頂を迎えるべく腰の動きを速めた。
「───っ、」
舌を絡ませ、吐息を貪りつつ飛雄馬は今宵、数回目となる絶頂を伴の腕の中で迎えながら腹の中に撒かれた熱に酔う。
いつもより長く、そしていつもとは違う場所で出された伴の欲に飛雄馬は身震いしながらも、彼の首に縋りつきその体が離れていくことを許さなかった。
「う、ぐ……」
伴は飛雄馬の腕をやっとのことで引き剥がし、彼の中から男根を抜き取る。
瞬間、掻き出された精液が溢れ、畳と飛雄馬の尻を濡らした。
「……ん、っ」
その生温かさに飛雄馬はゾクゾクと肌を粟立たせ、絶頂の余韻に浸る。
「星、わし、その、頭に血が昇ってしまって……変なことを」
「…………」
「星、その」
体を起こしながら飛雄馬は掠れ、震えた声で伴を呼ぶ。
「その、花形のやつと何かあったなんて思っとらんぞい。全然、まさかなあ、ワハハハ」
「…………」
嘘をついている。
伴は誤魔化すとき、こうして頭を掻きながら無駄に大きな声で笑う。
伴は気付いていながらもおれを傷つけぬよう気を遣ってくれているのだ。
もう、花形の屋敷を訪ねることはよそう。
ねえちゃんになんと言われようと、おれは誰も泣かせたくない。
「よ、よっしゃ。寮まで送るぞい。わしはちょいと運転手を呼んでくるわい」
「…………」
部屋を慌てて出て行った伴を見送って、飛雄馬は顔を腕で覆うと己の不甲斐なさと情けなさに広い部屋の中でひとり、唇を噛み締めた。