正月も過ぎ、観光に行く人々の数もだんだんと減っていき、学生の冬休みも明けたせいか体を預け揺られる列車の乗客も閑散としている1月中旬。プロ野球選手の貴重なオフシーズンである。
伴と飛雄馬の二人は鈍行列車に乗り、温泉地を目指していた。とはいえ、温泉にでも行ってゆっくりせんかと言った伴に対し、関東近郊ならば、と飛雄馬は条件付きでその誘いに乗った。
オフシーズンとは言うものの、プロの選手ゆえに完全に丸っきり長い休みを取れると言うわけでもなく、真面目が服を着て歩いているようなこの男、星飛雄馬はそんな中でも自主トレーニングを欠かさない。
休めば休むだけ体がなまり、2月からのキャンプで痛い目を見る羽目になるのは他でもない自分自身だからである。
飛雄馬は列車に乗り込んでからと言うもの、ずっと車窓の向こう、流れゆく景色を眺めている。そんな飛雄馬をクロスシートの向かいに座る伴も何を言うでもなく黙って見ていた。そうして、3つめの剥いたばかりのみかんの一房を口に運ぶ。
「二人で、こうして遠出をするのはもしかすると初めてじゃないかのう」
窓の縁に肘を置き、頬杖をついていた飛雄馬はその言葉を聞くと、伴に視線を投げた。
「……そう言われると、そんな気もするな」
「ふふ、わしは嬉しいぞ。星と出掛けることができて」
そうか、と飛雄馬は薄くその口元に笑みを湛え、伴の手からみかんを一房貰い受けると、それを口に運んだ。
言われてみると、伴と一緒に云々と言う以前に、誰かと遠くに出掛けたことなど未だかつてなかったように思うな、と飛雄馬は咀嚼した甘いみかんを飲み込みつつ、自分の頭の中の記憶の引き出しをゆっくり一つずつ開けていく。
来る日も来る日も、雨が降ろうと雪が降ろうと野球、野球の日々であった。
一度、おれたち姉弟の境遇を不憫に思った長屋の住人たちが温泉にでも行ってきたらいいなどと言って金を少しずつ出し合ってくれたこともあったが、とうちゃんはそれを断った。
その時は憤慨したものだが、今になってみればそれは子供のうちからそんな贅沢をするなと言うとうちゃんの教えだったということが分かる。
自分の汗水垂らして稼いだ金で行くのなら行け、とそう言いたかったのだろう、と。
念願の巨人に入団してからもそれは同じで、この目の前の伴相手にそれこそ毎日野球の日々。それがおれの青春であったし、目標でもあった。幼き頃よりとうちゃんと目指した巨人の星に駆け上るべく、ただひたすらに。
「しかし、電車で移動なんぞしてよかったのか?今をときめく星飛雄馬が列車なんぞに乗っとると知れたら」
物思いにふける飛雄馬のことなど露知らず、伴はコソコソと小声ではあるにせよそんな現実に引き戻すような台詞を耳打ちした。
「……思い出を、作ろうと言ったのは伴だろう。それにお前のところの運転手に送り迎えだけさせてあとは『はいサヨウナラ』という方が酷だと思わんか」
「そりゃあ、そうじゃが……」
「皆、車窓からの景色に夢中で他の乗客の顔など見てはいない。現に駅からここまで、誰も声を掛けて来ないだろう」
飛雄馬は乗りがけに買った緑茶の入った容器の蓋を取り、コップも兼ねているそれに茶を注ぐと伴へと差し出す。
「むう……」
「おれはお前と出掛けられて嬉しいぞ」
飛雄馬からコップを受け取り、中身を啜っていた伴は彼の言葉にぶうっと口に含んだばかりの緑茶を吹き出した。
「ほ、星っ」
「ふふ……」
着ているオーダーメイドのスリーピース、そのスラックスのポケットからハンカチを取り出すと、伴は緑茶まみれとなった座席やらスラックスやらを拭った。
すると、よく通る声の車掌が次の停車駅を告げ、伴は次じゃぞい、と座席に座り直しつつ囁いた。
東京に近くもなく、そう離れてもいないとある県の海沿いの旅館を伴は予約した、と言った。それもこれも、発端は去年のクリスマスの日だ。伴がなんの気なしに言った温泉にでも行ってゆっくりせんか、の一言に飛雄馬が珍しく乗ったのだ。
これにはびっくり仰天、伴もひっくり返りそうになったが、仕事の合間合間に手頃な旅館を探し、電話をかけ、予約を取り付けたのが正月が明けたばかりの妙に冷える日だった。
飛雄馬はそうか、とだけ答え、伴も内心、冗談だったのかのう、と肩を落としたものの、約束の日、自家用車で待ち合わせ場所の駅前にやって来た彼に対し、飛雄馬は突然に列車で行こうと言ってのけた。
目を白黒させる運転手に伴は今日は帰っていい、明日も明後日も休暇をやると告げ、飛雄馬と共に駅の改札を抜け、それからやっと一体全体どうしたと尋ねたが、飛雄馬は何も答えなかった。
二人はそれぞれにみかんやら飲み物やらを買ってから、ホームに滑り込んできた列車に乗り込んだ、というわけである。
伴は先ほどの飛雄馬の言葉を反芻し、鼻から大きく息を吸った。
またてっきり、余計なことをしてしまったとばかり思っていたが、そうか、星も嬉しかったのか──と、伴は目の前で長い足を窮屈そうに組んで座席に腰掛けている男を見つめる。
星とはもう何年の付き合いになるだろうか。出会った頃はそれこそ投げる球はめっぽう早く、対峙した打者や捕手たちは恐れ慄いたものだった。
しかして、プロ入りしてすぐに発覚した球質が軽い、という致命的欠点を補うために星は魔球を修得したという経緯がある。
今でこそ体重こそ軽い方であろうが、星飛雄馬の背はあれからだいぶ伸びた。小柄な体格とは誰にも言わせない。それだけに、あの頃とはまた違った雰囲気を纏っているような気がして……。
視線に気付いたか、飛雄馬が何事か尋ねようと唇を開いたのと、列車が駅に到着したらしく、車掌が停車駅を告げたのがほぼ同時で、伴は慌てて立ち上がり、出入り口へと駆けた。飛雄馬は伴が置いたままにしていった荷物と自分のそれとを持ち、彼の後を追うようにしてホームに降り立った。
改札から一歩外に出ると、目の前には太陽光をきらきらと反射しては光り輝く大きな海が広がっており、飛雄馬は額に手をやり、目元に影を作りつつそれを眺める。
夏には海水浴客が大勢詰めかけるのだろうな、と飛雄馬は顔を綻ばせ、伴もまた海に見とれているらしく、黙ってその場に立っていた。
潮の香りがどこか懐かしく、二人はしばし言葉を忘れ目の前の光景に見入った。
すると、向こうから古ぼけたバスが一台のろのろと走ってきて、二人の前を通り過ぎた。長年この道を走っているのか潮風に晒され、ところどころ錆びているようだった。
伴はそれで我に返ったか、道行くタクシーを一台停車させるとそれに乗り込んで、予約した旅館の名を告げた。飛雄馬も伴の隣に腰を下ろしつつ、帰りはバスでもいいかもしれんな、とそんなことを思う。
それから、タクシーに揺られること一時間程度、予約していた旅館に到着し、飛雄馬は先に降りると、再び眼前に広がった海の光景に目を細める。
伴は運転手に代金を支払うと彼もまたタクシーから降りて、飛雄馬の肩を叩いた。
「いいところじゃろう」
「……ああ」
素直に頷き、飛雄馬は伴の後を着いていく。中に入るとすぐ、お待ちしておりましたと従業員総出で出迎えられ、飛雄馬は驚いたものの伴は慣れたものらしく、いつものように豪傑笑いでなんだかんだと仕事の話なんぞしつつ従業員らに囲まれ、長い廊下を先に歩いて行ってしまった。
飛雄馬は脱いだ靴を玄関先にそっと屈んで揃えてから伴たちの後を着いて行こうとしたが、ふと物陰からの視線に気付いてそちらを見遣る。すると、YGのマークのついた野球帽をかぶった男の子と目が合って、飛雄馬はニコッと笑んだ。
恥ずかしそうに飛雄馬を見ていた少年も笑顔を見せられたことで緊張が解れたか、ニッ!と年相応らしい笑顔を見せた。
「おにいちゃん、ほしひゅうまでしょう」
「……知ってるのかい」
少年の目線まで屈んで、飛雄馬は訊く。
「しってるよ!ジャイアンツのほしひゅうま!!かっこいい!ぼく、だいすきだよ!」
「ふふ、そうか。嬉しいな、ありがとう」
飛雄馬は手にしていたバッグのファスナーを開け、持ってきていた硬球を取り出すと、少年にハイと手渡した。
「えっ!いいの!!これ、やきゅうのボールでしょう」
「野球は、好きかい」
「うん!ぼくね、ほしせんしゅみたいなやきゅうせんしゅになるのがゆめなんだ!」
「………」
飛雄馬は着ている防寒着の上から左肩をさすって、ニコニコと嬉しそうに笑っている少年の顔からほんの少し視線を逸らした。
「星ぃ!!どうした?早く来んかあ」
廊下の先からいつまで経ってもやって来ない飛雄馬を心配してか、伴が大きな声で彼を呼んだ。
「あ、よびとめちゃって、ごめんなさい。いま、オフシーズンなんだよね」
「……あとで部屋に来るといい。キャッチボールくらいなら付き合うさ」
「えっ!?でも、そんな」
「気が向いたらでいい。きみはここの子?」
「うん。ここがぼくのうちさ。ぼく、うまれてはじめてここのうちにうまれてきてうれしいとおもったよ。ほしひゅうまにあえたんだもん」
ウインクをして、少年は伴のいる廊下とは逆の方向に駆けていく。飛雄馬はその後ろ姿をしばし眺めていたが、ふいに振り返ると伴の方へと足を踏み出した。
「なんじゃあ?誰かと話をしとったようだが」
「ふふ、未来のプロ野球選手とな」
「未来の?プロ野球選手?」
はて?と伴は首を傾げたものの、飛雄馬がそれきり何も言わないので持ってきた荷物を解いて、食事前に汗を流そうと持ち掛けた。飛雄馬も長旅の疲れが少し出ており、そうするか、とバッグの中から着替えを取り出す。と、廊下と部屋とを繋ぐ襖がそれこそバシーン!と勢いよく開け放たれ、二人はびくうっ!と体が跳ね上がるほどに驚いた。
「ほしせんしゅ!あ、あ!!ばんちゅうたせんしゅでしょ!ねえ!ぼく、しってる!ちゅうにちの!」
あまりのことに目を見開いた伴だったが、現れた少年に【中日の伴宙太選手】と言われて、顔を思いっきり綻ばせた。
飛雄馬に比べ、どちらかと言えば影の薄い、縁の下の力持ちという言葉がこれほどまでに似合うのも珍しい伴宙太という男はあまりファンに恵まれず、サインを書いたこともこれまで数回程度しかなかったが、まさか野球界を引退して早数年、こんなところで中日の伴宙太選手と呼ばれるなどとは夢にも思わず、見慣れぬ土地に来て気が昂ぶっているせいもあるのかやたらと上機嫌であった。
「すごい!ゆめみたいだ!ばんせんしゅとほしせんしゅにあえるなんて!」
そう言って笑う少年に付き合い、二人は夕食の時間までしばし彼とキャッチボールをしたり、バットの持ち方やそれを振るタイミングなどを懇切丁寧に教えてやった。
地元の少年野球チームに在籍こそしているが、上手く守れず、かと言って投げれるわけでも打てるわけでもなく悲しい思いをしている、と少年──アツシと名乗る彼は夕日の沈む地平線を眺めつつそんなことを口にする。
飛雄馬は自分たちがここにいる間は練習に付き合ってあげよう、とアツシの頭を撫でてやったし、子供好きな面もある伴宙太も任せろい!とばかりに彼の背を叩いた。
うん、とアツシは目に涙をいっぱい溜めて頷く。そうして、汗を流し、糊の利いた浴衣に身を包んだ二人は部屋の真ん中に置かれた大きな長方形の座卓の上に所狭しと置かれた海の幸や地元の名物料理やらに舌鼓を打った。
こんなに頼んではいないはずだがと料理を運んできた従業員に伴はコッソリと伝えたが、女将が息子のお礼ですと話しておりました、と言っていたために、それならばと二人納得し、ちびちびとビールなんぞも煽りつつ、料理をすべて平らげた。
満腹の腹をさすり、二人は従業員の敷いてくれた布団の上に腰掛けている。すると、波の音がかすかに部屋の中まで響いてくる。
「波の音を聞きつつ眠るなんてめったにない経験だのう」
「ふふ、ロマンチックでいいな」
先ほど、布団を敷きに来た一人に改めて瓶ビールを注文し、二人で寝る前にそれをゆっくりと煽っていた。
「星がまさか誘いに乗ってくれるとはのう」
グラスの中のビールを啜って、伴はひとりごちる。
「……冗談だったのか」
「なっ、ちっ、違う!さっき、列車の中で星が嬉しいと言ってくれて、わしは天にも昇る気持ちじゃった」
「……たまには、都会の喧騒から離れてみるのもいいのではないかと思ったのだが、やはり離れてみると、変に寂しい気にもなるな」
「そんな、もんかのう」
グラスの中身を一気に飲み干して、伴は畳の上に置いた盆の上にそれを乗せると飛雄馬の手をぎゅっと握った。
「おい、よせ。明日の約束、間に合わなくなるぞ」
「話を逸らさんでもらおう!」
いくら宿泊客が自分たちしかいないとは言え、伴の声は旅館自体を揺らすほどに大きく、飛雄馬は藪蛇だった、と肩をすくめる。
「満腹で動けんとさっき言ってなかったか」
「それはさっきの話じゃい!」
顔を真っ赤にして叫ぶ伴に飛雄馬は苦笑し、なんで笑うんじゃあ!と声を裏返らせ詰め寄る彼の額に小さく口付ける。
「あまり大きな声を出すな。何時と思っとるんだ」
「ほしが、せっかく、来たのに……あの少年と、ばかり……」
「ぷっ、なんだそれは。お前も嬉しそうに付き合ってやっていたじゃないか」
「今はわしのことだけ見ていてくれたらいいんじゃい!だのにこの期に及んであの少年の約束の話をするからじゃあ」
よっぽど、おれと離れていた数年が堪えたのか伴は酔うとすぐこれだ、と飛雄馬は伴の口付けに応えつつ、目を閉じる。
伴の太い首に腕を回して、飛雄馬は彼の促すとおりに布団に仰向けに倒れた。互いの吐息と、衣擦れの音に混じって波が砂浜を撫でる音が耳に入る。
「あ、っ………!」
仰け反った首筋に唇が触れて、その表面を伴の舌が滑ったかと思うと、音を立てて吸い付く。飛雄馬の口からはそんな鼻がかった声が漏れて、小さく震えた。
と、伴は飛雄馬の着ている浴衣の合わせから手を差し入れて、その腹を指先でそうっと撫でる。それを受け、ピクッ、と飛雄馬の身体は小さく跳ねたかと思えば、畳の目を爪で掻いた。
心臓の鼓動の音がやたらに大きく、もしかすると伴にも聞こえているのではないだろうかとさえ錯覚する。
自分を組み敷く彼の潤んだような熱い瞳が辺に肌を粟立たせて、飛雄馬はごくりと唾を飲み込む。伴は飛雄馬の耳元で囁くように名を呼んで、その耳に自身の唇を押し当てると、彼の下着の中に手を忍ばせた。
「う、うっ……」
ぎゅうっと飛雄馬の体が強ばって、伴も一度たじろいだものの、すぐに彼の首をもたげている逸物に触れた。
食いしばった歯の隙間から飛雄馬は声を上げ、背を弓なりに逸らす。
すると、伴はわざとらしく飛雄馬の耳に音を立てるようにして口付けを与えつつ、彼の男根を握ったまま下着の中から取り出すと、それをゆっくりと上下にしごく。
伴の手の中で飛雄馬の逸物は脈動し、その鈴口からはとろとろと先走りが溢れる。
それを手指にまぶしつつ、伴は飛雄馬の男根を責め上げた。飛雄馬の長い足は時折、跳ねるように震え、その口からは吐息が漏れる。その手は既に畳ではなく、伴の着ている浴衣の肩口を強く握り締め、その頬には涙を滴らせていた。
「あっ、っ……ばっ、伴……いっ、!」
「遠慮せんでもええんじゃ。ここはわしの屋敷じゃないんじゃからのう」
「ん、あっ……」
優しく諭され、飛雄馬は伴の掌の中にて精を放つ。伴は口付けを与えつつ、飛雄馬が落ち着くまでしばしそのまま待った。
「ふ、ぅ……っく、く……」
舌を絡ませ合い、濡れた唇同士を触れ合わせていたが、伴は飛雄馬の穿いている下着を片手で脱がせ、彼もまた、腰を浮かせそれを手伝った。
「星もいつにも増して素直じゃのう」
「…………」
飛雄馬は答えず、伴から目線を逸らす。
くっくっと伴は喉を鳴らしてから飛雄馬が左右に開いた足の間に身を置き、彼の腰の下にそば殻の入った枕を敷いてやると、両方の膝をそれぞれ立たせてやってから再び身を屈め、飛雄馬の唇へと口付ける。
そうして、彼の頬へと口付けてやりながら、伴は飛雄馬の白い双丘の中心に精液に濡れた指を充てがうと、ぬるぬるとそこにその白濁を塗り付けた。
「………!」
飛雄馬は口元に当てた浴衣の袖で声を殺し、腹の中へと入り込んできた伴の指に神経を集中させる。第三関節までを挿入させ、伴は飛雄馬のそこを慣らすように指をぐりぐりと回転させた。
その度に、飛雄馬は伴の指を締め付け、声を漏らす。伴は飛雄馬の様子を見ながら、二本目の指を飲み込ませ、今度は指先で探り当てた飛雄馬の前立腺を腹の中から撫でさすった。
飛雄馬の腰が揺れ、伴を飲み込むそこは彼の指を引きちぎらんばかりに締め上げる。
伴は一度、飛雄馬から指を抜くと、布団の枕元に置いていたカバンから何やら取り出して指先にその中身を取り出すと、指の腹同士でそれを捏ね上げ、程よく溶けたそれを再び飛雄馬の尻へと塗り付けた。
「……っ、なに……?」
「傷に塗る軟膏じゃい。星、お前の中に、入れてもええか」
「…………」
頷き、飛雄馬は己を真っ直ぐに見つめてくる男の顔を見上げる。伴は意を決し、浴衣の合わせ部分を左右に割ると、下着を下ろし、中から完全に出来上がっている男根を取り出して、その亀頭にも軟膏を塗布した。
「無理は、せんでええからのう」
断りを入れ、伴は飛雄馬の尻に己を充てがうとぐっと腰を押し付ける。飛雄馬はそこに意識を集中させ、伴を受け入れると、あとはゆっくりと伴の動きに身を委ねた。
痛くはないか、と尋ねられ、飛雄馬は小さく頷いて、腹の中が馴染むより先に伴に動いてくれ、と催促した。
「い、今入れたばかりじゃろう!?」
「いいっ、から……好きに、動け」
「星……?」
「伴……!!」
伴は恐る恐る腰を引き、ぐっとそのまま飛雄馬の腹の奥まで押し込むように腰を叩く。
「あ、あぁっ………!!」
一際大きく仰け反って、飛雄馬は声を上げる。目の前に火花が散るような衝撃と骨盤を叩き割らんばかりに穿つその腰の激しさに飛雄馬はここに来て初めて眉間に皺を寄せた。
「星、っ、星ぃ……」
「っ、ふ、ふっ………伴……」
ギシギシと布団と組み敷く飛雄馬の体をを揺らして、伴は快楽のままに腰を振る。次第に飛雄馬の体もそれに馴染んで、快感を覚えるまでになってくる。
伴の浴衣の肩を強く、皺になるほどに掴んで、飛雄馬ははしたなく声を上げる。どうせ誰も聞いてなどいないのだ。多少の声など波の音がかき消してくれる。
互いの下半身が溶け合って、交わりあって、変に気持ちがいい。
「あ、あ───っ、」
「星……」
伴に腹の中を突かれ、飛雄馬は先に一人果てた。けれども、まだ一度も達していない伴の腰がそれで止まるわけもなく、それから飛雄馬がニ、三いく間に、やっと彼は一度飛雄馬の中に射精する。
その猛りをすべて注ぐ逸物の脈動を飛雄馬は感じつつ、絶頂の余韻に一人浸っていた。なかなかの量を伴は吐き出してから、ゆっくりと飛雄馬から男根を抜くと、中から精液が掻き出され、彼の尻を伝い布団に溢れた。
「あ、すまん、星」
「いや、気にするな。どうせ布団はふたつある、伴の布団で寝たらいいさ」
「わ、わしのでか」
後処理をしつつ聞いていた伴は目を丸くしたが、飛雄馬がキョトンとした顔でこちらを見てきたためにそれ以上何も言えず、二人仲良く狭い布団にて眠ることになった。太い伴の腕を枕にし、二人は向かい合うような形で布団に入っている。
「さっきは、妙なことを言うて悪かった」
「妙なこと?何か言ったか」
ニッ、と飛雄馬は微笑んで、伴の顔を仰ぐ。伴は目を泳がせ、何でもないわい、と言うなり瞼を閉じる。
それきり眠ってしまったらしく、大きないびきが聞こえてきた。
確か、二泊取ったと伴は言っていたな、と飛雄馬は目の前で眠る男の顔を見つめていたが、そのうち自分もすっかり眠ってしまっていたようで、ハッ!と目を覚ませばとっくに朝日は昇っており、何だかんだでアツシと約束した時間の三十分前に起きることが出来たようだった。
そうっと伴の隣から抜け出し、飛雄馬は顔を洗ったり何だのと身支度を整えてから、再び上着を着込んで、旅館の外に出る。
すると、アツシと名乗った少年はとっくに待ち合わせ場所に来ており、飛雄馬の顔を見るなり、えへへっ!と笑った。
「……おはよう」
「おはようございます。ほしせんしゅ」
嬉しそうに少年は軟球を取り出し、手にグラブをはめると、それを飛雄馬目掛け投げやった。昨日、あの後一人練習でもしたのか、別れたときよりもだいぶ投球フォームも綺麗になっており、球速も速い。
元々、筋は良いらしい。
「野球は、楽しい?」
「うん、とっても」
それは、良かった、と飛雄馬は微笑み、少年も笑った。肩もだいぶあったまったところで、飛雄馬は今度は打球練習だ、とアツシが持ち寄ったバットを彼に握らせると、実践さながらの投球モーションを起こし、球を投げた。
昨日はそれこそ五球に一度であった当たりもおよそ半分程度は当たるようになって来ている。アツシが持ち寄った球がなくなってしまい、飛雄馬はタイムをかけると球拾いに走った。アツシも飛雄馬と共に球を拾い集める。
小さな少年の投げ、打った球だ。いくらいい当たりをしたとはいえそこまで遠くは飛んではいない。
「こんしゅうのにちようび、しあいがあるんだ。ぼくはほけつ、なんだけど」
「…………」
「でもね、いつかしあいにでるひがきたら、ほしせんしゅにおそわったことをいかしてガンガンうつし、あいてになげかってみせるよ」
嬉しそうにアツシは笑って、球を拾い終えると、もう一回、とせがんだ。
飛雄馬は頷いて、再びアツシに付き合い、キャッチボールをし、打たせてやるために球を投げた。すっかり自信がついたか、アツシはありがとう!とニコニコ顔で持ってきた球や道具類を手に帰っていく。
飛雄馬は朝食の前に汗でも流すか、と空に浮かぶ朝日を仰いでから、部屋に戻った。
伴は昨日のアツシとの練習がよほど疲れたのか、まだ眠っている。飛雄馬は彼を起こさぬようにそっと荷物の中から着替えを取り出すと、一人大浴場へと向かった。
そうして、汗を流し貸し切り状態の大浴場を堪能してから部屋に戻れば、とっくに伴は起きており、昨日と同じく座卓には色とりどりの朝食が用意されていた。
「おう、星、おはよう」
「ああ、おはよう」
後ろ手に襖を閉め、飛雄馬は伴の向かいに座る。それから二人、手を合わせ行儀よくいただきます、とやってから料理に手をつける。飛雄馬の疲れた体に味噌汁の塩気が程よく染みた。
「昨日の少年と会ったのか」
「ああ、だいぶ筋がいいぞ、彼は。補欠と言っていたが」
「補欠か」
口に漬物を放り込みつつ伴はぼやく。
「日曜に試合があるとも言っていた」
「………」
茶碗に盛られた飯を掻き込んで、伴は再び試合か、とぼやいた。飛雄馬は頷いて、焼鮭の身を口に運ぶ。
そうして、二人朝食を終え、特に何をする用事もないゆえに、海岸沿いを散歩でもしようかと言うことになった。
日が高いせいか、思ったほどは寒くない。 ゴミひとつ落ちていない砂浜を海風に吹かれつつ、二人は歩いた。
「夏は、賑わうんじゃろうなあ、さぞかし」
「ああ」
「今度は夏にでも来られたらええのう」
「…………そうだな」
太陽光を浴び、煌めく海を見つめ、飛雄馬は呟く。伴は一人先を歩いていたが、飛雄馬が着いてきていないことに気付くと、歩みを止め振り返った。
「星ぃ、なんじゃい急に立ち止まりおって」
「なに、人間、立ち止まりたいときだってあるさ」
苦笑し、飛雄馬は伴の後を追うように歩き始める。はて、おかしなことを言うもんじゃい、と伴は首を傾げた。
「おれは正直、海にいい思い出はない。かと言って、山もそう好きではない。ただ、こうして連れ出してくれた伴の気持ちがおれは嬉しい」
「あ……」
伴はいつだったか、あの宮崎での一件を思い出していた。そう年の変わらぬ看護婦との恋にのめり込み、我を忘れ、飛雄馬は野球を捨てようとまで思った。
「伴のお陰で海が好きになった」
「星」
「帰ろう、冷えてきた」
言って、踵を返す飛雄馬の手を取り、伴は顔が見えぬように先を行く。飛雄馬は己の手を握る力強い手にはっとなったが、小さく鼻を啜って彼の後をゆっくりと歩いた。
来たときと同じように部屋に戻って、二人は熱い茶を啜る。都会にはない、ゆっくりとした時間がここには流れているようで、じっとしていると何やら眠たくさえなってくる。
「どこか、観光にでも行かんか」
「何か、近くにあるのか」
「一応、調べはしたんじゃが」
「………」
茶請けの和菓子を口に運びつつ、飛雄馬は伴の顔を見た。
「あまり人が多いところは好かんじゃろう」
「昼食まで時間がある。出ようか」
言うなり、飛雄馬は立ち上がる。
和菓子の包みを開けたばかりであった伴はちょっと待ってくれと言ったが、飛雄馬は一人部屋を出ていってしまった。相変わらずじゃのう、と伴は菓子を口に放り込むと彼の後を追いかけた。

伴が飛雄馬を連れ出したのは、旅館から少し離れたそれほど大きくも小さくもない神社であった。
何でも、相当ご利益があるとかなんとかで全国から参拝客が訪れているそうな、と伴は言った。なんでまた神社なんぞにと飛雄馬は思ったが、きっと伴なりの何か考えのあってのことだろう、と飛雄馬は自身の何倍も大きな赤い鳥居の下をくぐった。
初詣の時期も終わったからか、やはりここにも人は少ない。飛雄馬は神主あたりが餌付けでもしているのか、こちらの様子を伺いつつ石灯籠の影から二人を見上げている猫をチョイチョイと指を動かし、呼んだ。 生い茂る木々が風に揺れ、木漏れ日が燦々と降り注ぐ。
猫は鼻をピクピクとさせながらと飛雄馬に導かれるままに顔を出し、屈んだ彼の腕の中にぴょんと飛び込んだ。
「それで、なんのご利益が」
「勝負ごとに強い、っちゅう話じゃい」
猫を抱き上げ、尋ねた飛雄馬に伴は鼻の頭を掻きつつ、答えた。
「勝負ごと、ね」
猫の喉をゴロゴロとやりつつ、飛雄馬は神社の境内に視線を遣る。神だなんだのと言うのはあまり信じてはいないが、せっかく来たのだし、と飛雄馬は尻ポケットに入れていた財布から小銭を出すと、賽銭箱にいくらかの硬貨を投げ入れ、手を叩く。
すると、猫の首に付けられていた首輪の鈴がチリン、とひとつ鳴った。
伴の柏手を打つ音はやたらに大きく、飛雄馬に抱かれていた猫はそれに驚き飛び退いた。ぷっ、と二人は顔を見合わせ吹き出して、もと来た道をゆっくりと引き返す。
次はどこに行くのかと尋ねると、美味い海鮮丼の店が近くにあるんじゃいと彼は答えた。旅館の刺身も相当に美味しかったがと飛雄馬は言ったが、せっかく来たんじゃから、と伴は言う。
真冬というのに、現役時代からだいぶ肥えた伴は汗を拭いつつ、着ているスーツの背広を邪魔くさそうに小脇に抱えて歩いている。ああ、たまにはこんな別段、これと言って当てもなく歩くのもいいな、と飛雄馬は思った。
すると、入った海鮮丼が名物だという店で飛雄馬は巨人の星飛雄馬と言うことがバレ、サインとツーショットの代わりにここのお代は伴と共にチャラとなった。
頑なに払うと言って聞かなかったが、夫婦二人でやっているという店主とその妻に押し切られ、飛雄馬はその好意に甘えることとした。なるほど、運ばれてきた海鮮丼を一口食べてみれば、脂の乗った刺身が舌の上でゆっくりととろけた。
旅館の刺身も美味しかったが、ここのはまた格別である。
話を聞けば、さすがにマグロなんぞは買っているが、他の魚やイカなどに関しては店主が毎朝目の前の海で釣っているとのことで、その日の当たりにより、刺身の種類はバラバラだと言うことだった。
飛雄馬の活躍は左腕時代から知っているし、もちろんその親友である伴宙太のこともちゃあんと見ていたよと店主は胸を叩き、二人を和ませてくれた。ゆったりとした時間を過ごして、二人は夫婦に見送られ店を出る。
海面スレスレをカモメだかなんだか種類までは分からぬ鳥が何羽も飛び交っていた。 「………」
「いつか、いつか星と日本全国、いや世界中を旅行するのがわしの夢じゃ」
柄にもなく、伴はそんなことを口にした。飛雄馬はそんなの、いつになるか分からんぞ、と笑って頬を撫でる海風に目を細める。
「別に、今すぐっちゅう訳じゃ」
「…………この右腕が、どこまで通用するかは分からんが、そうだな。やれるところまでは──」
「………」
ちらっと隣を歩く飛雄馬の顔を見遣って、伴は戻ろう、と言った。
「もういいのか」
「まったく運動不足ここに極まれりじゃい。足が痛くてかなわんわい」
「………そんなナリでは日本一周どころか世界一周なぞ夢のまた夢だな」
「はあ、まったく、面目ない」
ほうほうの体で伴は旅館の部屋まで引き返し、畳の上に大の字になって横たわる。 冷たい畳がひんやりとして気持ちがいい。 かすかに聞こえる波の音が子守唄のようで、伴はそのうちに寝入ってしまった。
まったく、子供かと飛雄馬はその様子を眺めていたが、ふいに吹き出すと上着を脱ぎ、彼の体の上に掛けてやった。
座卓のそばに置いてあったポットから急須に湯を注いで、飛雄馬は湯呑みへと茶を入れる。伴の大きないびきのせいで風情も何もあったものではないが、広い部屋に二人きりでなんだかここだけ別世界のような気にさえなってくる。
「ほしせんしゅ」
湯呑みに入れた茶を半分ほど啜ったところで、飛雄馬は廊下の方からそう呼ばれ、はっと顔を上げた。すると、例の少年がほんの少し襖を開け、こちらを覗いている。
飛雄馬は少年の元に歩み寄ると、襖を開け、廊下に出てからそうっとそれを閉めた。夕方の練習を終えてここに来たのであろう朝、真っ白であった野球のユニフォームは土に汚れ、真っ黒になってしまっている。
「ぼく、つぎのしあい、でられることになったんだ!きょう、そのテストがあったの」
照れ臭そうに少年──アツシは鼻の下を指でこすって、飛雄馬に笑いかけた。
「……そうか。それはよかった」
「うん!ほしせんしゅとばんせんしゅのおかげさ………ほしせんしゅ、あした、かえっちゃうんでしょ。おかあさんからきいたよ」
「………」
アツシは今にも泣き出しそうに瞳に涙をいっぱいに溜めて飛雄馬を仰ぐ。
「でも、ぼくおとこだからなかないよ……!ほしせんしゅとばんせんしゅにおそわったこと、ぜったい、ずっと、わすれない!」
「………」
飛雄馬は唇を戦慄かせて、泣くのを堪えてそんなことを言うアツシのいじらしさに自分が泣きそうになるのを堪えて、一度廊下の天井を仰いだ。
「ぜったい、プロのやきゅうせんしゅになるんだから。ほしせんしゅにまけないくらいつよくなるんだから!」
俯き、肩を震わせて言ってのけるアツシの頭を撫で、飛雄馬は、「ずっと応援しているよ」と言うのが精一杯で、彼もまた鼻をぐすぐすと鳴らした。
「さよならじゃないもん!またきっとあえるよねっ!」
「ああ、また、きっと」
アツシはそう、言い残し長い廊下を駆けていく。飛雄馬は目の辺りをニ、三度こすってから襖を開け、部屋に戻った。
今のやり取りなんぞ露ほども知らぬ伴は幸せそうに眠っている。座卓の上に置いたままにしていた湯呑みの茶を飲み干して、飛雄馬は大きな溜息を吐いた。
そうして、目を覚ました伴と二人、夕餉に舌鼓を打って、日中の散歩でかいた汗を流すと、それぞれに敷かれた布団に寝転んだ。
「あっという間、じゃったのう」
「お前はほとんど寝ていたな」
「む、そ、そうかのう」
「………お前も、おれとは違う気苦労が耐えんのだろう。会社勤めと言うのも辛いと聞く」
「現役を退いてもう五年以上も経った、野球の世界もわしが知る頃とはまったく別物じゃろうて。星は本当にすごいとわしは思っちょる」
「何もかも、お前のお陰だぞ、伴」
「またそんなことを」
「ふふ、お世辞や社交辞令ばかりを聞いてきたせいで人の言葉が信じられなくなったか」
「ばっ、馬鹿な!星はそんな男では」
ガバっと伴は跳ね起き、こちらを見ている飛雄馬と視線を絡ませた。
「もう、寝るといい。ゆっくり車の音も聞かずに眠れるのも今日までだ」
「星………」
「………」
伴は暗い部屋の中、飛雄馬のそばににじり寄って、その唇にそっと己のそれを押し当てる。しかしてそれっきり、伴は何をしてくるでもなく布団に戻ると、頭からそれをかぶってしまった。
「伴」
「ぐう〜〜ごお〜〜」
狸寝入りを決め込み、伴はそんな見え見えの嘘をつく。
「……お前には感謝してもしきれん。いつもいつもありがとう。そして、今も昔も、おれはお前を愛している」
「っぐ!!」
いびきが止まり、伴がくるまる布団がこれまでにないくらいに大きく膨らんだ。けれども、すぐにそれは落ち着いて、伴は再び大きないびきをかき始めた。
飛雄馬ももちろん、伴が眠っていないことなど百も承知で、だからこそさっきはあんなに臭い台詞を吐いたのだ。
くすっ、と飛雄馬は吹き出すと、寝返りをうち、自分もまた目を閉じる。
その真夜中、伴がこっそりと布団の中にもぐり込んできて、飛雄馬はやれやれとばかりにそれに応じてやってから、それからまんじりともせず朝を待った。
一足先に汗を流して、起きた伴とともに朝食を終えてから飛雄馬は伴の風呂が済むまで、部屋のテレビをぼうっと眺めていた。
「ほしせんしゅ、しゃしん、とってください」
例の少年がインスタントカメラを手にやって来て、飛雄馬はそれを快く承諾した。 肩を仲良く並べ、飛雄馬はこちらにカメラのレンズを向けると、パチリとシャッターを押す。アツシはありがとう!と頭を下げ、部屋を出て行く。
すると、伴が髪を拭きながら戻ってきて、二人は荷物をもう一度整頓し、身支度を整えると部屋を出た。
入口でいつまでも手を振り、見送ってくれる従業員らに二人はいつまでも手を振り返しつつ、ついに見えなくなった辺りでタクシーを拾い、駅へと向かう。
再び茶やらみかんやら菓子やらを買い込んで、列車に伴と飛雄馬は乗り込む。これから列車は東京へと走っていく。また二人はそれぞれの場所で互いのことを思いながら懸命に汗を流す日々がやって来る。
この非日常もたまに味わえるからいいのであって、毎日これが続けば有り難みも何もなくなってしまう。山や海の風景を遠くに見ながら、飛雄馬はあの少年のことを思い出す。日曜日、こっそり見に行ってやろうか、きっと喜んでくれるだろうな、と飛雄馬はアツシの嬉しそうな顔を想像し、ふふっと微笑む。伴もまた、その飛雄馬の笑みに釣られ、ニッ、と小さく笑った。
列車は揺れる。東京へ引き返す様々な乗客を乗せて。今日もまた、きっと例年よりずっと暖かい一日であろうな、と飛雄馬は思った。