「飛雄馬くん」
「は……、っ、!」
訪れた花形邸で、通された客間にて明子の淹れてくれたコーヒーを啜っていた飛雄馬は、ふいに名を呼んできた花形を見上げる形で俯けていた顔を上げる。
と、その上げた顔ギリギリのところに名を呼んできた花形の顔があって、飛雄馬は驚き、身を強張らせた。
しかして、躊躇うこともせず顔を傾け、身を寄せてくる花形から離れるべく後ろに後退ったが、己を呼ぶ明子の声に気を取られた一瞬を狙われ、飛雄馬はその唇を塞がれる結果となった。
「飛雄馬?聞こえてる?どうしたの?」
「ぅ……、っ!!」
花形が嗜んでいたブランデーのほのかな甘さに乗る形で何やら丸い粒が口の中に流し込まれて、飛雄馬は彼の体を突き飛ばす形で距離を取った。
間一髪、花形が離れた瞬間に客間へと顔を出した明子に、飛雄馬は微笑みかけ、ねえちゃんどうしたの、と問いかける。今の弾みで、得体のしれない粒のようなものは飲み込んでしまっている。
氷のそれではない。花形が持つグラスの中に氷は浮かんでいない。体が熱い。
普段遠ざけているアルコールを口にしたせいか。
飛雄馬は次第にぼやける視界を明瞭なものにすべく頭を振るが、思ったような効果は得られず、立ち上がろうと腰を上げるが、足元も覚束ず、その場にへたり込んだ。違う、アルコールのせいじゃない。
こんな、こんなはずは──。
「飛雄馬?どうしたの」
「日頃の、疲れが出たんだろう。あとはぼくがやる。きみは戻るといい」
日頃の疲れ──?馬鹿な、そんなわけ──。
花形さんの声が妙に頭に響く…………。
「っ…………」
「肩を貸そう」
飛雄馬はへたり込んだ己のそばで膝を折り、身を寄せてきた花形に霞んだ瞳を向けたが、その腕を取られた瞬間、ビクッ!と体を大きく震わせ、あっ!と大きな声を上げた。
「飛雄馬、大丈夫?救急車……」
「…………」
「っ……♡ふ、ぅ、っ……」
花形に触れられた腕から走った甘い痺れが、この刹那に全身を駆け抜け、飛雄馬は今の衝撃で下着を汚してしまった。
これでは立てない。
今は下着を濡らすだけで済んでいるが、立ち上がればスラックスを汚してしまうかもしれない。
飛雄馬は明子に、大丈夫、大丈夫らから、あっちにいって……♡と紅潮し、汗ばんだ顔を向け、固く目を閉じる。おかしい、これはアルコールのせいじゃない、絶対に。
「何かあったらすぐに呼ぶのよ」
明子の言葉に頷き、飛雄馬は姉が部屋を出ていく足音を聞きながら、目の前に佇む男を睨んだ。
「なにを、のませた……っ、」
「うちの、花形コンツェルン傘下の製薬会社の試薬さ。なに、役員会でちょっとした話題になってね」
「しやく……?」
呼吸のたびに、飛雄馬の腹の奥が疼く。
それどころか、下着として着用しているシャツの下、タンクトップの生地が胸の突起に擦れ、膨らんでいるのが自覚できる。
思考ははっきりとしないのに、体の感覚だけはやたらに敏感で、足の指一本動かせない。
「そう、試薬。研究員が薬の配合を間違えたらしく、とんだ代物が出来上がってしまってね。まあ、試薬と言うよりこれは失敗作だが」
しっぱいさく?そんなものをなぜ?
さっきはながたさんは、やくいんかいでわだいになったといっていなかったか。
飛雄馬は口内に溜まった唾液を飲み込み、こちらに忍び寄って来る花形の気配を察すると、よるな!と声を荒げた。
「……静かにしたまえ」
「そんな、っ、きけんなものをなぜ……」
「試してみたくなったのさ。ちょっとした好奇心。ぼくが飲むよりは飛雄馬くんが口にする方が楽しかろうと思ってね」
「だったら、ねえちゃんにでも──っ、」
太腿をさする何物かの感触に、飛雄馬は体を震わせる。目元に溜まっていた涙が今の拍子に赤く火照った頬を滑り、飛雄馬はその僅かな刺激にも身を震わせた。
「これは男にしか効かんのさ、あいにくとね」
「…………!」
口元に熱い吐息がかすめて、体を強張らせた飛雄馬だったが、次の瞬間、唇に触れた感触に小さく呻く。
躊躇いなく、口の中を犯す舌の動きに飛雄馬は圧倒され、されるがままとなった。
「辛い?いや、そうじゃないね。飛雄馬くんの顔はそうは言っていない」
「はぁっ……♡っ……ふ、」
とろりと潤んだ瞳を花形に向け、飛雄馬はもっととでも言いたげにその口から舌を覗かせた。
いつもは癪に障るあの笑みも、今は体の奥を熱くさせる。ゆるく舌を吸われ、無意識に飛雄馬は花形の首に縋りついて、その唇を貪るように口付ける。
「腕を離して、苦しい」
「ん……ぅ、ぅ♡♡」
「…………」
飛雄馬は花形の首を抱いたままの格好で、彼の体の下に組み敷かれ、絨毯敷きの床に身を委ねることとなった。下着の中でこれ以上ないほどまでに膨らんだ男根はスラックスの前をはちきれんばかりに持ち上げており、飛雄馬は花形の口付けに応えつつ、自分の穿くスラックスのベルトを緩める金属音を聞く。
早く触ってくれとばかりに腰が揺れて、飛雄馬は、はやく……と花形に対し囁いた。
「……早く、なに?」
「さわって、はやく……っ、♡」
「どこを?」
ニッ、と微笑む顔が霞む瞳にぼやけて映って、飛雄馬ははだけられ、あとは下着を一枚残すのみとなった足、その太腿をすり合わせる。
「そこ、っ……それ、ぇっ♡」
「そこじゃわからないな、飛雄馬くん。ちゃんと教えてくれないと」
「っ……♡♡いじわる、」
「今知ったことじゃないと思うがね」
つうっ、と花形の指が張り詰めた下着の上から男根をなぞって、飛雄馬は大きく体を弓なりに反らす。
「あぁっ、──っ♡♡」
強い快感が足の爪先から脳天までを突き抜けて、飛雄馬は下着の中で再び射精してしまう。
びゅくびゅく♡♡と音を立て、脈動し精を吐き続ける男根の熱さに堪えきれず、飛雄馬は身をよじった。
「フフフ……」
「やっ、やだ……みるな、みるなっ、♡」
顔を腕を覆い、飛雄馬は体をくねらせるが、浮いた腰から下着とスラックスを剥ぎ取られ、その足の間に花形の身を置く結果を招く。
「効きがいいね。それともそれがきみの本来の姿かな」
「っ、ちがっ……♡そんなわけ、ぇ……」
「少し、声を抑えたまえ」
飛雄馬は立てた膝の間、尻の窄まりに何かが触れたことに奥歯を噛む。と、間髪入れず、それ、は腹の中へと押し入ってきて、飛雄馬はその刺激で立ち上がった己の下腹部が、先走りを腹の上へと滴らせたことに肌を粟立たせた。
「ひ……っ♡♡ぐ……ぅ、っ♡」
「逃げないで」
腹の中を弄る花形の指──が内壁を掻き、ある特定の位置を指先で叩くたびに腰が跳ねて、飛雄馬は顔を覆う腕の力を強める。
肌が汗ばみ、軽い絶頂のそれに似た感覚が先程から背筋を駆け抜けていく。
びく、びく♡と飛雄馬は反らした背中と腰を揺らし、腹の中を執拗に責める花形に挿入をせがむ。
タンクトップに擦れる乳首も限界で、その形をぷっくりとシャツに浮かび上がらせている。
「ッ……♡♡」
「あんなに出してまだこんなに立つとはね」
先走りを垂らす男根を花形の指で弾かれ、飛雄馬はうっ!と短く喘ぐなり、その鈴口から涎を垂らす。
「いっ……いれて、はながたさっ……♡きて、っ♡♡」
「また繰り返すのかい。学習したまえ、いい加減」
「ぁ、ぅっ……♡♡そこ……っん、ん♡♡」
「そうだね、この位置だ。ここをどうしてほしい?」
関節で曲げた指先、その腹で内壁の微妙な位置をトントン♡と叩かれて、飛雄馬は強く奥歯を噛む。
「我慢しなくていい、楽になりたまえ」
「はっ……はながたさんの、っ……♡♡」
「…………」
あたまが、ぜんしんがあつい。
とけてしまいそうだ。
すると、今まで腹の中を掻いていた指の動きが止まって、飛雄馬は顔を覆っていた腕を離し、涙で濡れた顔を花形へと向ける。言ってごらん、とでも言うように花形はゆっくりとそこから指を抜いていく。
「あ"っ……ぁ、あっ♡♡」
「早くしないと明子が来るのではないかね」
「はなっ……はながたさ、のっ──ちっ、ちんぽがっ……っ、♡♡」
「フフッ、よくできました」
「ぅ、あ"……っ♡♡っ──!!」
ぬるりと抜け出た指の代わりに、今度は花形のそれが体を貫いて、飛雄馬は一度達してしまう。
まだ半分も埋まっていない花形を入口で締め付け、両手で口を塞ぐ。
花形に反射的に閉じようとした両足を左右に押し広げられて、飛雄馬はより深く、奥へと訪れた熱に身震いする。
「こっちも辛そうだね」
飛雄馬は花形の言葉と、その指先が触れた胸の突起からの痺れに眉間に皺を寄せた。
指先は腹の方からタンクトップの中に滑り込み、尖った突起に直接触れたかと思うと、それを強く抓み上げる。
「だっ、だめ、だめ……♡」
突起の中の芯を捏ね上げられ、飛雄馬は腹の中にいる花形を締め付け、その体の脇で揺れる爪先をピンと伸ばした。その刹那、奥まで一息に腰を突き立てられて、中を掻き回すように腰を回されて、締まった喉奥から悲鳴を上げる。
「あ"、ァっ──♡♡♡♡」
今までにない、身を焼く快感が全身を駆け抜け、飛雄馬のギリギリのところで保っていた理性を飛ばす。
声を殺すこともせず、体を寄せてきた花形の背中に腕を回し、口付けをせがんでその唾液を飲み込む。
「は、っ……う"、♡♡あ、♡」
唾液に濡れる唇同士をすり合わせ、舌を絡めて吐息を重ねる。
「腕を離して」
花形に絡めた腕を解かれ、飛雄馬は口元にその手を遣った。と、花形は体を起こし、飛雄馬の足を腹の方へ押し曲げると、更に深く奥を抉る。
「それ、ぇ"っ……だめっ、♡♡」
「愛してるよ、飛雄馬くん」
「し……っ♡♡しゅきじゃなっ……い♡♡はながたさんなんかきらいだっ♡♡ひ、やめへ……♡♡もう、やめて……♡♡」
「嫌いな相手に抱かれて散々よがり狂って最低だねきみは」
「だれのっ♡♡せっ…………ばかになるっ、っ♡♡♡♡あ"、い"っ……く♡♡」
「なったらいいじゃないか。……変態め」
ずるり、とその瞬間、腹の中から花形が消え、飛雄馬は腹の中に出された熱さに身を戦慄かせる。
絶頂の波が押し寄せるたびに腹の中がきゅんきゅん♡と疼いて、飛雄馬もまた、自分の腹の上に自分の精液を撒き散らす。
「あ……、っ……は♡♡」
体を震わせ、飛雄馬は体を起こすと、既に身支度を終えた花形からティシュの箱を受け取る。
体はまだ痺れてしまっているし、頭は幾度となく与えられた絶頂のせいか激しく痛む。
「飛雄馬、気分はどう?」
「……今、やっと寝ついたところだからそっとしておいてあげたまえ」
廊下の向こうからやってきた明子を制するように花形が部屋の外へと出た。
飛雄馬は彼女の気配に一瞬、血の気が引いたが、すぐにホッと胸を撫で下ろす。
と、ふと自分が身を置く絨毯敷きの床、その位置から目に入った、テーブルの上、飲みかけのブランデー入りのグラス付近に転がっていたラムネ菓子の容器に、息を呑む。
おれは、花形さんに、担がれていたのか──。
ふふ、と吹き出し、飛雄馬は封を切られたばかりのその容器を指で手繰り寄せると、中身をひとつ取り出し、口に含む。
舌の上で溶ける小さな粒。
なんて頼りなく、そして喉を焼くほど甘いのか。
飛雄馬は受け取ったティシュの箱から数枚、中身を取り出すとそれで自分の腹を拭ってから、汚れたそれらを近くのゴミ箱に放り投げると、頬を伝う涙を拭おうともせず、声を押し殺すように唇を噛んだ。