年の瀬
年の瀬 「坊ちゃん、宙太坊ちゃん。お客様ですよ」
「ええい!うるさいのう!わしゃ留守じゃ、おらんと伝えてくれい!」
「そうですか。承知しました。星さん、星さん、すみませんが、宙太坊ちゃんはただいま留守にしておいでで……」
「あわわわ!!星ならそうと言ってくれえ!」
おばさんと伴の漫才のようなやり取りを、飛雄馬は訪ねた屋敷の玄関先で聞きながら、慌てて彼女を追ってきているであろう親友が廊下を駆ける豪快な足音を聞く。
間一髪、間に合ったか伴がおばさんを押し退けるようにして玄関先へと顔を出し、ニコッと笑んだもので、飛雄馬はそこでひとつ、大きな溜息を吐いた。
多くの企業が仕事納めとなる十二月末。
忘年会を身内だけで行うつもりだからぜひ来てほしい、と花形から直々に誘いを受けた伴と飛雄馬はこの晩、彼の屋敷を訪ねることになっていた。
古くからの友人である左門や牧場たちも顔を出すらしく、それならば、と普段であれば花形邸に寄るのはあまり気の乗らない飛雄馬もわざわざ時間を作り、わしの車に乗って行けという伴の屋敷を約束の時間通りに訪ねたのだが、どうやらまだ支度ができていないらしい。
どうぞ中でお待ちになってください、とおばさんに誘われるがままに飛雄馬は玄関先で靴を脱ぎ、先を行く伴と、後ろを着いてくるおばさんに挟まれる形で廊下を歩くことになった。
「宙太坊ちゃんたら、大造様に頼まれたお仕事がまだ終わらんとついさっきまで嘆いていらしてそれはもう大変で……」
「なっ、なんでそれを星に話すんじゃ!」
居室へと続く部屋の襖を開きかけていた伴がおばさんを振り返り、声を荒げた。
伴の柔道で鍛えた大きな体、その腹の底から発せられた屋敷を揺るがすような大声にもおばさんは動じることなく、お茶を入れて参ります、と頭を下げるなり、廊下を引き返していく。
飛雄馬は、ああ、そういうことか、と屋敷の中に通された理由に納得し、伴の居室へと足を踏み入れると背後で敷居の上を襖が滑る音を聞いた。
「す、すまん。星、おばさんの言うたとおりじゃい。少し、待っとってもらえんかのう。すぐ、終わるから」
「それは構わんが……花形さんには遅れる旨を伝えたのか?」
「ち、遅刻はせんつもりじゃい!今から急いでやればまだ十分間に合う!」
伴は言うと、今まで座っていたらしき座布団の場所に腰を下ろしてから、宴会用に使用するような大きな座卓の上に目一杯広げた書類を手にすると眉間に皺を寄せた。
「おれが電話を入れてこようか。きみを信用していないわけじゃないが、念のために」
「ええい、気が散るから静かにしちょってくれい!」
「………………」
それなら、部屋の中に招かず、どこか別の場所で待たせてくれたらよいものを、と飛雄馬は思ったものの、それを口に出すことはせず、出入口の襖を開け、急須と湯呑みを差し入れてくれたおばさんに小さく会釈した。
伴の邪魔にならぬ場所で受け取った盆に乗った湯呑みふたつにそれぞれ急須の中身を注ぎ入れ、飛雄馬はとりあえず自分ひとり、喉を潤すこととした。
おばさんが冷えた体のことを考えてくださったか、普段より熱めの温度で入れられた緑茶の味は甘く、舌触りは優しく体を芯から全身を暖めてくれる。
おばさんの気遣いにはいつも頭が下がる──それに比べて伴と来たら、こっちの気も知らないで──。
飛雄馬は私服姿のまま、うんうんと唸る伴の横顔を一瞥し、そっと湯呑みに口を付ける。
約束の時間まではあと一時間ほど余裕がある。
部屋を出て、おばさんと久しぶりに話でもしてこようかと飛雄馬は腰を上げたが、伴にそこでじっとしとれい!とたしなめられ、渋々その場に着座することとなった。
目の前で人の往来があると気が散ると言うのもわからんでもないが、それならおれはどうやって時間を潰せと言うのか、と飛雄馬は口を噤んだまま、再び伴の横顔に視線を合わせた。
「こんなの年が明けてからでもええじゃろうに親父のやつぅ〜!」
「…………」
「あと一時間か」
「間に合いそうか」
「う、うむ。間に合わせてみせるわい」
しかし、ただ漠然と待つ、というのは暇である。それならそうと、あらかじめおれに仕事がある旨を伝えておいてほしかった。
そうすれば伴の屋敷を訪ねる時間をずらしたと言うのに。飛雄馬は時折唸りながら書類の一枚を放り投げ、また違う一枚を拾い上げる伴に、小用を足してくると囁いてから部屋を出た。
一体何をしているのかまったく見当がつかんが、伴がああも切羽詰まっているということは相当無理難題を押し付けられたのだろうな、と飛雄馬は親友の身を案じつつ、恐らくまだ台所にいるであろうおばさんの許に向かった。
飛雄馬が小用を足しに、と言ったのは嘘である。
あのまま部屋にいても埒が明かぬ、とそう思ってのこと。顔を出した先、台所ではちょうど後始末を終えたか、割烹着を脱いでいる彼女と鉢合わせ、飛雄馬は、どうも、と小さく頭を下げた。
「あら、星さん」
「伴のやつ、まだまだかかりそうで……」
「ふふふ、そうでしょう、そうでしょう。あの調子だと忘年会とやらには間に合わないんじゃないかと……あ、いやだ、私ったら星さんも招かれているっていうのに」
慌てて脱いだ割烹着を頭から被ろうとするおばさんを、いえ、もうお帰りになってください、と制し、元々気が乗らなかったので、とも続ける。
「それはそれは……お待ちになるのでしたらお茶のお代わりでも、と思ったんですがねえ……星さんがそうおっしゃるなら、失礼させていただきます」
「そうしてください。いつも遅くまでお疲れ様です」
「なんの、もう何十年もこうしてますから疲れるなんてことはありませんよ。まあ、あとは宙太坊っちゃんがモダンな奥様でも見つけてくだされば言うことなしなんですけどねえ」
「………………」
早く宙太坊っちゃんの子供をこの手に抱きたいものです、とおばさんは笑い、飛雄馬に見送られるままに屋敷を出て行った。
飛雄馬はおばさんを見送った玄関先から、伴のいる部屋に引き返す合間に、手首に巻いた腕時計で時間を確認する。
約束の時間まであと二十分を切った。
伴に一言断ってから、残念だが今日は行けない、と花形さんに話をしよう。
飛雄馬は伴の待つ部屋まで戻ると、襖を開け、中の様子を伺った。
「だめじゃあ〜無理じゃあ〜こんなの終わるわけがないわい」
「花形さんに一本、電話を入れてくる。今日は仕事に集中しろ」
座卓に突っ伏し、唸る伴の姿を目の当たりにして、飛雄馬は引き返す最中に考えたとおりのことを彼に告げる。
「星だけでも行ってこい!明子さんも花形も星に会うのを楽しみにしとるぞい」
「ふたりで誘われたんだ。おれだけというわけにはいかんだろう」
「うんにゃ、それは違うぞい、星よ。わしゃ星のふろくみたいなもんじゃい。花形夫婦が本当に呼びたいのは星じゃぞ」
「いや、いい。付き合うさ、伴に。きみだってひとりぼっちは寂しかろう」
飛雄馬は言うと、襖を閉めてから電話の置かれている玄関先に引き返し、花形邸へと電話を掛けた。
電話口に出た姉に今日は行けぬことを伝え、名残惜しそうに語りかけてくる、その声色に後ろ髪を引かれつつも飛雄馬は受話器を元の位置に戻した。
花形さんにはまだしも、ねえちゃんには悪いことをしたな……新年の挨拶には今日の詫びも兼ねて伺うこととしよう、と胸中でひとりぼやきつつ、飛雄馬は薄暗い廊下の奥で煌々と光る部屋の襖を開ける。
「すまんのう、星……わしのせいで」
「気にするな、伴。早いところ終わらせて外に食事に行こうじゃないか。おれが簡単なものを作ってもいいが」
「ん、お、おう。そうしよう…………」
言いかけた伴の腹の虫が、豪快に鳴き声を上げた。
互いに呆気に取られ、ふたりはしばし固まったが、先に伴が吹き出したために飛雄馬もつられ、吹き出すこととなり、ひとしきり笑い声を上げたあとそれぞれ背を向ける。
飛雄馬は台所に向かい、伴は再び座卓と向かい合う。
おばさんが綺麗に掃除をして行った台所を汚すのは気が引けたが、飛雄馬はとりあえず簡単なものを、と流し下の棚を開ける。
中にあったインスタント袋麺に目が留まり、飛雄馬はそれを手に取ると、袋裏の作り方をまじまじと見つめ、水切り籠に置かれていた雪平鍋に軽量カップできっちり計った分量の水道水を注ぎ入れた。
これだけでは心許ないな、と飛雄馬は鍋で湯を沸かす間に、炒めた野菜でもラーメンの上に乗せるかとばかりに冷蔵庫を開ける。
例のクラウンマンションにひとりで住んでいたときの経験が今更生きるとは、人生わからんものだなと苦笑し、冷蔵庫の中から使いかけのキャベツや人参、玉ねぎを取り出し、まな板の上で器用にそれらを刻んでいく。
その間に鍋の湯が沸騰して、飛雄馬は袋の中から出したばかりの乾麺をその中に投入した。
麺が煮えてから、スープの粉を入れろと袋裏には書いてあったな、とコンロの火を調節し、刻んだ野菜類をゴマ油を引いたフライパンで炒めにかかる。
辺りには火の通った野菜の良い匂いと、次第に湯の中で解け出すラーメンの香りが漂い始め、飛雄馬は腹が減ったな、と雪平鍋の中で菜箸にて乾麺を解き、そこで粉スープを溶かしてから丼にそれらを注ぎ入れた。
陶器の丼の中に注がれたスープの中を泳ぐ、縮れた麺の様が食欲を唆る。
その上に、塩コショウを振り炒めたばかりの野菜を乗せ、飛雄馬は箸と盆を用意すると、伴の許へと向かう。部屋の前で一度、床の上に盆を置いてから襖を開け、中へと足を踏み入れる。
「終わったか?」
「う、うむ。あと少しじゃい。めしを食ったらすぐ終わらせるわい」
座卓の上から書類を退かし、親友の帰りを今か今かと待っていたらしき彼の前へ丼の乗った盆を置き、飛雄馬は口に合えばいいが、と呟いた。
「おばさんが伴の子供を抱きたいと言っていたぞ」
いただきます!と言うなり、箸で手繰ったラーメンと野菜に息を吹きかけ、それを啜った伴だったが、飛雄馬がぽつりと溢した一言に、口の中に入れたものをすべて吹き出すこととなった。
「なっ、何を言うんじゃ藪から棒に!わっ、わしの子供じゃと?」
ゲホゲホと噎せる伴を見つめ、伴が嫁さんをもらえばおばさんもおれもきみに振り回されることはなくなるだろうな、と続ける。
「星はそれでいいのか?」
噎せたお陰か、涙目になった伴が飛雄馬に問い掛ける。
「それでいい、とは?伴ももういい年頃だ。そろそろ伴重工業の次の跡継ぎのことを考えてもいいんじゃないのか」
「別に世襲制でもあるまい。血筋にこだわる必要はないじゃろう。誰か優秀な人材が他におるのなら今だって常務の地位を譲り渡したいくらいじゃい」
「またそんなことを……親父さんが泣くぞ」
「親父なんて泣かせとけばええわい。わしだって好きでこんな家に生まれたわけじゃなし。結婚なんてもん、するつもりないわい」
「なぜ?」
丼片手にラーメンを啜る伴に飛雄馬が尋ねる。
「星は何か食べんのか?腹が減ったろうに」
「はぐらかすな伴、おばさんや親父さんを安心させてやりたいとは思わないのか」
「なぜって、また野暮なことを訊く星じゃい。わしゃ星の女房じゃぞい。女房が女房をもらうのはおかしいじゃろ」
丼を傾け、スープを飲む伴の横顔を見つめ、飛雄馬はまさかの答えに一瞬、怯みはしたが、それとこれとは話が別だろう、と切り返す。
それに、それは昔の話で、サンダーさんのことで伴には世話になったが、今はおれも無事ジャイアンツ入りを果たし、右腕投手としてそれなりに活躍できている。今度は伴のその後を考えるときに来ているのではないか、と。
「……そうじゃなあ、そのうち考えるとするわい」
「…………」
空になった丼を座卓の足下に置かれた盆の上に乗せ、伴は書類の一枚に何やら万年筆で書き込み始める。
伴は、自分の幸せ、というものを考えたことがないのだろうか。おれが行方不明の間に、ねえちゃんや花形さん、左門さんや京子さんたちの姿を見て、何も思うところはなかったんだろうか。
おばさんだって、親父さんだっていつまでも元気でいられるに越したことはないが、ふたりのことを思うのであれば、身を固めるのは早い方がいいに決まっている。それをなぜ、尻込みする。 「星、ちょっと間違いがないか見てはくれんかのう」
「……おれが?」
万年筆の蓋を閉めつつ、伴が飛雄馬を呼んだ。
尋ねた飛雄馬に頷くことで返事をし、こっちに来てくれ、とも手招く。
おれが見たところで間違いなどわかるはずもないだろうに、と飛雄馬は思ったものの、とりあえず目は通しておくべきだろうか、と伴の許へとにじり寄る。
「おう。星じゃ、星じゃなきゃだめなんじゃい……」
「…………」
飛雄馬は伴の発言に、些か胸騒ぎを覚えつつも、彼の隣へと身を置くと、座卓の上に置かれたままの書類の一枚に手を伸ばす。
その刹那、飛雄馬はおもむろに肩を抱いてきた伴に抱き寄せられ、何事かと慌てて、隣に座る彼の顔を見上げる羽目になった。
と、その顔が不自然に距離を詰めてきて、飛雄馬は反射的に顔を逸らす。しかして、この動作により隙が生まれ、伴にそのまま畳の上に押し倒されることになり、掴まれた手首の痛さに眉をひそめた。
そうでなくとも、強かに打ち付けた背中と後頭部が鈍く痛む。
力では伴に敵わぬことは、これまでの付き合いの中で痛いほど身に沁みている。
だからこそ、この力に物言わせた仕打ちに腹が立つ。
何が伴の逆鱗に触れたと言うのか。
「い、っっ……伴っ、手を、離せっ……!痛めでもしたら投げられなく、なる」
「投げられなくなってしまえばいいんじゃあ、いっそのこと。そうすれば野球はできなくなる。引退せざるを得なくなるじゃろう」
低い声で囁いた伴の、手の力が次第に強くなっていく。握られた右手首にぎりぎりと指が食い込んで、飛雄馬は背中を反らすと、痛みに顔をしかめる。
「伴っ…………おまえがっ、そんなことを言うなんて、っ……一体、何が、っ──」
「嫁をもらえなぞほざくからよ。ええい、他人事のように言いおってから」
「っ、おれは、伴のことを思っ、て……」
「わしのためを思うのなら、おれのそばを一生離れるなくらい言ってほしいもんじゃい」
「な、ぁっ…………、」
何を言って──言いかけた飛雄馬は伴に唇へと強引にむしゃぶりつかれる。
いつものようにこちらの様子を伺うような優しい口付けではなく、強引に力任せに与えられた唇の熱に、飛雄馬は思わず身震いした。
そうして唇を離すと、伴は飛雄馬の首筋に顔を寄せ、そこにわざとらしく音を立てながら小さく口付けを落としていく。ちゅっ、と皮膚を吸う音が耳を犯して、飛雄馬の体の奥を火照らせる。
「星はわしが他の誰かとこんなことをしても許せるのか」
「それ、はっ…………伴がそれを、望むのなら、おれが口出しできる、っことじゃない……」
「またそうやって優等生ぶりおって。嫌じゃと言え、星よ、自分の口から」
僅かに首筋に歯を立てたことで、ビクンと跳ねた飛雄馬の腰から伴はベルトを緩めたスラックスを剥ぎ取った。外気に晒された飛雄馬の男根が、切なげに先から先走りを溢している。
伴は飛雄馬の首筋へと口付けながら、何も身に着けていない、たった今脱がせたばかりの下半身へ手を遣った。やや膨らみかけの下着の中を掌でさすりつつ、立っとるのう、と伴は飛雄馬をからかう。
「部屋の中、っ、寒いから…………あ、ぅっ」
一息に伴の広い掌で根元から先までをしごかれて、飛雄馬は男根の鈴口からとろとろと先走りを溢した。
「言い訳かい。まだ理性が残っとるようじゃのう」
「いっ…………わけじゃあ、っ、」
伴の手が、男根の上を行き来するたびに溢れた先走りのせいでくちゅ、くちゅと音を立てる。
ああ、いく、と奥歯を噛み締めた瞬間、今の今まで下腹部を嬲っていた手が離れ、飛雄馬は閉じていた目を開け、涙に濡れた瞳を伴へと向けた。
「残念じゃったのう。出せば楽になったじゃろうに」
「っ、伴……おまえ…………」
意地悪く目を細め伴は微笑むと、自分の指を咥え、そこに唾液を纏わせる。
飛雄馬は一体何をされるのか、と伴を見つめていたが、すぐに彼を睨みつけると、これ以上妙なことをすると絶好だぞ、と叫んだ。
「………………」
無言のまま伴は口から指を抜き、たっぷりと唾液を纏ったそれを飛雄馬の尻へと塗りつける。
ぬるい液体が体の中心へとすりつけられて、飛雄馬は小さく呻くとともに肌を粟立たせた。
間を置かぬまま腹の中に太い指が入り込んできたかと思うと、中を掻き回す。
声を出さぬように唇を引き結ぶ飛雄馬の口元にそっと口付けを落として、伴は腹の中を犯す指の本数を増やした。
「い、っ……、」
無理矢理に指を増やされたことにより、入口が引き攣れ、痛みのあまり飛雄馬は体を震わせる。
しかして伴は、飛雄馬の訴えなどお構いなしに挿入した指を奥まで飲み込ませ、指先で何かを探るように腹の中を撫で回した。
その体の奥を掻かれる気味悪さに、背筋を駆け上がる感覚があって飛雄馬は身をよじる。
「星よ、わしゃお前にいらんと言われたようで悲しいわい」
「誰も、そんなこと言っ、て…………ぁ、あっ」
指先がとある箇所をかすめ、飛雄馬の体が大きく跳ねた。萎えつつあった男根もまた首をもたげ始め、飛雄馬の腹の上を先走りで濡らす。
「じゃあなんで嫁さんをもらえなんぞ言うんじゃあ。わしが不要になったからじゃろう」
飛雄馬から指を抜き、伴は私服のスラックスの前をはだけるとそこから男根を取り出した。
何を勘違いして──飛雄馬は弁解するべく目を開けたが、己の足の間から覗く、彼の大きさに目を見張り、伴の顔を仰ぎ見る。
「伴っ、ちがう……そうじゃ、っ、ない……おれは」
「言い訳なんか聞きたくないぞい」
ようやく右手首を握っていた手を離すと、伴は身を乗り出し飛雄馬の開いた足の間、その中心にいきり立った男根をあてがった。
「ばっ……伴、話を……っ、う」
腹の中を分け入り、伴が侵入してくる感触に飛雄馬は口から大きく息を吐く。
いつものようにこちらを気遣ってくれることはなく、強引に、こちらの意思などひとつも汲んではくれない。握られていた右手首から先の感覚はなく、飛雄馬は自分が力任せに体を暴かれていることより、そちらの方が気になった──。
と、腹の中を押し進むだけであった男根が、やや浅い位置まで戻ったかと思うと、より深い場所を抉りにかかって、飛雄馬は現実へと引き戻される。
「うぁ゛、っ…………あ、」
指先で頼りなく掻かれるだけであった位置を、伴のそれが突き上げ、擦り立てた。
「わしが星の知らん相手と、こんなことをしてもいいと言うのか貴様は」
「ん、ぁ…………あっ、」
喘ぐ唇を塞がれて、飛雄馬は伴の腕へと縋る。
いいか、悪いか、じゃない。
これはきみのためでもあるし、きみの親父さんや、おばさんのためでもある──。
おれは、再び伴たちの前に姿を現したときから野球に生き、野球に殉ずると決めている。でも、伴はそうじゃないはず。
その気持ちはありがたいが、…………。
伴の唇が口元に触れ、飛雄馬は彼を受け入れるように口を開く。どちらともなく舌を絡めて、唇を食んで、再び貪り合う。
「星はわしがすっ、好きか」
「…………」
「なっ、なんで黙っとるんじゃあ」
腰を打ち付けつつ、伴が尋ねる。
馬鹿なことを、と笑いながらも飛雄馬は腕を伸ばし、伴の名を囁く。
それに何事か、と身を屈めてきた伴の太い首に腕を回し飛雄馬は好きに決まってるだろう、と小さな声で耳打ちした。
「えっ、あっ……ばかっ、星のやつぅ……」
「ふふふ……」
今の囁きに驚いたか、腹の中で伴の男根が脈動するのを飛雄馬は感じつつ、ニッ、と笑ってみせる。
「その、なっ、中で出してよかったのか」
「伴は長いことおれと一緒にいるのに何も知らんのだな」
伴の体の下から抜け出つつ、飛雄馬は再び、ふふっ、と笑みを溢す。右手首の感覚が徐々に戻りつつあることに安堵した飛雄馬だったが、尻から掻き出された精液が肌の上を滑り落ちる生温さに、眉をひそめた。
「わかるわけないわい!超能力者じゃあるまいに」
「いつまでもおれのことを最優先に考えてくれることは嬉しいしありがたいが、親父さんやおばさんのことも考えてやるべきだ」
伴からティッシュの箱を受け取り、体液に濡れた腹と尻を拭いながら飛雄馬は淡々と言葉を紡ぐ。
「だったら星がうちに来てくれたらええじゃろ。親父だって貴様のことは知っちょるし、おばさんだって大歓迎じゃい」
「……今までおばさんに何もかもを任せっきりで、自分のパンツひとつ畳んだことのないような男のところには行きたくないな」
近くに落ちていたスラックスと下着とを引き寄せ、飛雄馬はそれに足を通しつつ伴をからかう。
「ばっ、馬鹿を言うのはよすんじゃ星ぃ!寮の同じ部屋に住んどったときは自分で洗濯したり掃除したりしたじゃろ!」
「ふふ……そうだったかな」
「こいつぅ」
「……考えてはおくさ」
言ったものの、飛雄馬はおれが現役の間に気が変わってくれるといいのだが、と、それはつまり、OKってことかのう、とばかりに嬉しげににやにやと微笑みを浮かべる伴の顔を横目で見遣り、スラックスのベルトを締める。
「それなら星よ、貰い物の酒があるからわしとふたり、ささやかながら忘年会の開催じゃい」
「おれは飲まないぞ」
飛雄馬の声など耳に入っていない様子で伴は部屋を出て行く。途中、転んだか大きな音が立つと共に屋敷が揺れ、飛雄馬は苦笑する。
そりゃあ、できればこんな生活をこれからもずっと続けていけたらいいが、とひとり残された伴の居室でぼんやりとそんなことを思う。
とりあえず、彼が戻ってきたら終わったという仕事を親父さんへ届けることを優先させねば、と飛雄馬は畳の上に乱雑に散らばったままの書類を一枚一枚掻き集め、伴の座っていた座布団の近くに置いた。
年が明けるまで、あと少し──。