吐露
吐露 星くんじゃなかですか、と街中を人混みに紛れ歩いていた飛雄馬を特徴のある方言を話す男が呼び止めた。
「左門さん」
足を止め、飛雄馬は振り返ると声の主の名を口にする。阪神の花形と同じライバルという立場である大洋の左門だが、不思議と彼に対しては飛雄馬も妙に緊張することもなく、それこそ友人のような態度で接することができた。
「お一人ですか」
「星くんこそ伴さんは一緒じゃなかとですか?珍しか。喧嘩でもしたとですか」
「ふふ、先日も誰かに同じことを言われたなあ。いくら仲が良いとはいえ、別々に過ごしたいときだってありますよ」
「……星くんの一言はいつもグサリと来るたい。わしも今日は弟や妹たちに黙って街に出てきたとです。もちろん、弟や妹たちがおってくれたけんこその今があるとばってん、ふと……」
飛雄馬はポツリ、と胸の内を曝け出した左門の横顔を見つめつつ黙っている。
その顔を目の当たりにし、左門は失言だったとばかりに先を紡ぐことなく口を閉ざした。
「左門さんのこと、尊敬してます。何よりもまず幼い弟さんや妹さんたちを優先して、自分のことは二の次。そのバットひとつで五人を養っているんですから」
「そんな風に、言ってくれるのも星くんだけですたい。優しか人ですな、相変わらず」
ずり落ちた眼鏡を指で上げつつ、左門は力なく笑う。
「……左門さんの方言、九州、熊本でしたっけ」
「は?そ、それがどぎゃんしたとですか」
「おれは東京生まれの東京育ちで方言らしい方言を聞いたことがないから、なんだか興味深くて」
「…………」
話が辛気臭くなるのを回避するために飛雄馬が話題を変えたであろうことを左門は察し、眼鏡の分厚いレンズ越しに彼の顔を見据える。
こうして話をしていると、心のもやもやがゆっくりと晴れていくような気がして、左門はやはり星くんはすごい人ばい、と飛雄馬に対し改めて尊敬の念を抱く。
「川上監督も熊本のご出身で、生まれ育ったところの話をされることがあって……一度、行ってみたいと思っている場所です。宮崎には何度か訪れたことがあるんだが……」
「……今度、行ってみるとよか。川上監督の出身地は南の方で、宮崎からも近いけん」
「ふふ、その時はぜひ左門さんに道案内してもらえたら嬉しいな」
「約束しまっしょたい。熊本ちゅうとは正直、あまり好きじゃなかったとばってんが、今になって思うと懐かしか、良か思い出ばっかり思い出すとです。農林高校の皆もそれぞれ家の農家だったりば手伝う傍ら、よく手紙ば書いてくれて」
「…………」
飛雄馬は柔らかい微笑を浮かべたまま、左門の話に聞き入る。
左門はまたしてもハッと我に返り、おしゃべりが過ぎますたい、と恥ずかしそうに頬を染めた。
「星くんは不思議な人たい。きみには何でも話してしまいたくなるばい」
「左門さん、まだまだ聞きたい話はあるが、申し訳ない……」
「あ、すまんこっです。いきなり呼び止めて、星くんの都合も聞かんと」
「いや、大丈夫……左門さんこそ、家で弟さんや妹さんが待ってますよ」
「もう、帰りますたい」
左門の言葉に頷き、飛雄馬は会釈すると歩き始める。人混みに紛れ、次第に見えなくなっていく飛雄馬から視線を外すと左門もまた、自宅アパートへの道のりを引き返した。