通り雨
通り雨 伴に呼ばれ、彼の邸宅に徒歩で向かっていた飛雄馬はまさかの通り雨に降られ、全身ずぶ濡れのまま玄関のチャイムを鳴らした。
一旦、引き返そうとも思ったがもう伴の屋敷に向かう方が早い、と思ったがゆえの判断だった。
しかして、出迎えてくれたのは屋敷の家事手伝いを一手に担う老女──飛雄馬は彼女を名前ではなく親しみを込めておばさんと呼んでいる──で、飛雄馬は却って気を遣わせてしまったな、今度何か手土産でも持ってこなければなるまい、とそんなことを考えつつ濡れた髪をタオルで拭う。
濡れたままでは風邪をひきますからどうぞシャワーを浴びられてくださいと背中を押され、流されるままに冷えた体を温めた飛雄馬は通された伴の部屋で髪を拭いたタオルを座卓の上に置いてから、彼女の用意してくれた熱い茶を煌々と光る蛍光灯の下で啜った。
彼女もお手伝いさんではあるが、もう勝手知ったる何とやらと言ったところで、家主がいない間もこうして飛雄馬を招き入れたり食事をご馳走したりとまるで我が家同然の振る舞いを見せることが多かった。
最早伴宙太だけではなく、その父である大造氏も彼女には頭が上がらぬようで、いつも面白おかしく彼をやり込めた話を語ってくれる。
その身振り手振りを交えた会話劇を思い出し、フフと微笑みつつ飛雄馬は彼女に渡された伴が普段、部屋着兼寝間着として使っている浴衣を着たまま彼の帰りを待っている。
濡れた服は洗濯をして乾燥機にかけていますから、しばらくお時間はいただきますがお帰りになる頃には乾いておりますよとおばさんは言っていたか。
と、玄関の引き戸がガラガラガラッ!とけたたましい音を立て開く音がしたかと思うと、そのまま屋敷全体を揺らしながらドスドスと板張りの廊下を歩む独特の足音が飛雄馬の耳に入った。
「ぼっちゃま、もう少しお静かに。星さんがびっくりされますよう」
老女は脇目も振らず飛雄馬の待つ部屋に向かう伴をなだめるが、当の本人は聞く耳持たずといった様子でやや小走りになりながらも先へと進む。
「ええい、わかっとるわい!星ぃ!遅くなってすまんのう!」
伴はそのまま飛雄馬のいる部屋の前まで来ると室内に入る許可も得ず、出入り口の襖を勢い良く開いた。
「そう、待ってもいないさ。それより伴、おばさんの言うとおりだぞ。少し静かに歩く癖をつけろ」
「…………」
飛雄馬がピシャリと冷たく突き放したのに対し、伴は何があったのか襖を開けたままの姿勢で固まってしまっている。
老女とふたり、飛雄馬がハテ?と言うような顔をしてそれぞれに顔を見合わせたところでようやく伴も我に返ったらしく、ええからおばさんは下がっちょれ!と老女を奥に下がらせると、その足で部屋の敷居をまたいだ。
「どうした、伴。急に固まったりして」
「あ、いや、なぜ、星がわしの浴衣なんぞ着ちょるのかと思って……ぼうっとなってしもうたんじゃい」
飛雄馬のそばで膝を折り、畳の上に正座をした伴が頬を指で掻きつつ、言葉を濁す。
ああ、と飛雄馬はそこでやっと先程、伴が固まった理由に合点がいった。
いつもと服装が違ったゆえなのだな、と。
「ここに来る途中、雨に降られてな。一旦引き返せばよかったんだが」
「あ、う、すまん。本当は迎えに行くつもりがまさか会議が長引くとは、その」
伴の目が不自然に泳いでいるのがわかり、飛雄馬は首を傾げ、目の前の彼の名を口にする。
「………伴?」
「う、うむ。それでじゃ、今日、うちに呼んだ理由と言うのがじゃな」
「…………」
身を乗り出し、飛雄馬は伴の先の言葉を待つ。 しかして、伴はいつまで経っても口をもごもごと動かすばかりで要領を得ず、飛雄馬は眉間に皺を寄せる。
「ほ、ほし、その」
「そんなに勿体つけるような話か?」
ふふ、と飛雄馬が苦笑を浮かべ、乗り出した体を元の位置に戻したところで、伴はその浴衣の襟下へと手を滑らせ、そのまま白い腿に手を這わせた。
「星よう……」
今度は伴が身を乗り出す番で、目を閉じつつ僅かに開けた唇を飛雄馬へと寄せてきた。
「伴!」
叫んで、飛雄馬は己の腿を撫でる伴の手をはたくと、乱れた浴衣の襟下を直し、どういうつもりだ?と低い声で尋ねる。
「どうも、こうも………うう、わしの浴衣を着とる星にこう、その、ドキドキして、つい」
「……それで、話とは」
「星を見とったらどっかに飛んでいってしまったわい!」
「…………」
飛雄馬はふう、と溜息を吐くと、本当ならこのまま怒りに任せてここを出ていくところだが、服もまだ乾いてはいないし、と目に見えてしょぼくれる伴を慰めるような言葉を口にすると、再び、目の前の彼の名を呼んだ。
「星……」
こちらに膝を使い、にじり寄ってくる伴に押し倒されるような形で飛雄馬は畳に背を預けると、そのまま彼の口付けを受けた。
相変わらず、勢いに任せとんでもないことをしでかす男だと飛雄馬は自分の体の上にまたがりつつ、その首筋に顔を埋めてくる伴の頭を撫でながら小さく微笑む。
すると伴は、飛雄馬の浴衣の襟から手を差し入れ、そのまま胸をまさぐりつつ、見下ろす彼の唇をそっと啄んだ。
いつまで、こんな関係を続ける気なのだろうか、おれも、伴も。
ぬるりと口内に滑り込んだ舌に飛雄馬は身を弾ませ、眉根を寄せる。
きっと、今日だって会議がどうのと伴は濁していたが、あの親父さんにいつまで星の尻を追っかけているつもりだ、とそう言われていたに違いないのだ。
おれが行方をくらましている間に、嫁でも娶っていてくれたらよかったのに。
そうすれば、おれは『親友』として、彼ら夫婦を心から祝福したろうに。
興奮し、膨らんだ胸の突起を伴の指によって弄ばれる切なさが下腹部を疼かせて、飛雄馬は身をよじる。
「何か、妙なことを考えちょったろう」
「…………」
唇を離した伴が低い声でそう、尋ねた。
こういうときばかりはやたらに察しがいいのは長年の付き合いゆえか、それとも親友の勘か。
「親父のことなんぞ気にせんでええ。いつまでも人を子供扱いしおって」
「それだけ、伴のことを大事に思ってくれているんだろう。親父さんからしてみればいつまで経っても小さい子供のままなんだろうな」
「…………」
伴は一度、困惑したように顔をしかめたが、再び飛雄馬に小さく口付ける。
「う……」
「ええい、癪じゃのう。あのバカ親父め」
ぶつぶつと文句を口にしつつ、伴は飛雄馬の首筋に顔を寄せ、そこから鎖骨のあたりへと唇を滑らせると襟元に差し入れていた手でそのまま浴衣の帯を解いた。
微かなリップ音を立て、伴の唇が皮膚を吸い上げる感覚がぞくぞくと飛雄馬の肌を粟立たせる。
「あ、ぁっ、」
鎖骨から徐々に下ってきた唇がついに突起を捉え、それに優しく吸い付いた。
びくっ、と明らかに飛雄馬はこれまでとは違う反応を見せ、自身の口元にやった手で拳を握る。
じんじんと痛みにも似た感覚がそこから全身に走って、飛雄馬の体が急速に火照った。
飛雄馬のはだけられた浴衣の下には何も身に着けてはいない。
雨に打たれ下着も濡れてしまったからだが、まさかこんな展開になるとわかっていれば、何か代わりになるものを穿いていたのに、と飛雄馬は歯噛みするが所詮、後の祭りである。
伴がいつものようにそのまま飛雄馬の臍下を探ろうと手をやったところにあったのは下着のそれではなく、屹立したそのものの感触であったために、彼はハッと吸い付いていた胸から顔を上げた。
「…………!」
「雨に、濡れたと言ったじゃないか……」
かあっ、と飛雄馬は頬を染め、呆気にとられ目を見開いている伴の顔を見据える。
そんな中でも、伴が今まさに触れんとしているそこは期待に膨らみ、鈴口からは先走りを垂らしている。
伴は唇を引き結ぶと、そのまま飛雄馬の男根に手を添え、一度亀頭から根元までをしごいた。
「っ、つ………!!」
あまりの刺激の強さに飛雄馬の腰がびくびくと跳ね、再びその鈴口からは先走りが溢れる。
「人の家でなんちゅう、格好をしとるんじゃ星は」
「こう、なることなど、誰も予想っ、あっ!」
伴が手にしている飛雄馬の男根を上下に擦り始める。
伴の大きな手が絶妙な強弱を繰り返しながら男根を擦る感覚に、飛雄馬はいつも呆気なく果ててしまう。
「は…………ぁ、あ……」
全身が燃えるように熱い。
腰がだらしなく揺れて、絶頂が近いことを飛雄馬は嫌でも自覚する。
出そうか?の声に飛雄馬は小さく頷き、そこでうっ!と短く喘いだ。
と、同時に飛雄馬は自身の腹の上にどくどくと白濁を吐き出し、絶頂の余韻に身を震わせる。
「…………」
伴が汗の滲む額に口付けてやると、飛雄馬は射精の際、僅かに逸らした顔を彼の方に向けそのまま両腕を伸ばした。
そうして、伴の首に縋り付きながら飛雄馬は唇を彼の口へと寄せる。
「あ、ん……っふ……」
どちらともなく唇を触れ合わせ、舌を絡ませ合ってふたりは互いの熱と唾液の甘さに酔いしれる。
「星……」
唾液に濡れる唇で名を紡いで、伴は己の首から飛雄馬の腕を離すと、その手で彼の両膝を左右に開かせそこに身を置いた。
伴は一瞬、何か潤滑剤になるものはと辺りを見回し、そう言えばと着ているジャケットのポケットから軟膏の容器を取り出す。
新しく下ろした革靴の靴擦れに塗るのに使ってそのままになっていたものだったが、伴はその蓋を開けると中身を指先に取り出してからよく指で練ってから飛雄馬の尻に塗布した。
「…………ん、」
ぴく、と飛雄馬は伴の指が触れたそこを窄め、眉間に皺を寄せる。
「あ、急にすまん……びっくりさせてしもうたのう」
気を遣い、指を引っ込めた伴に飛雄馬は首を横に振り、大丈夫だと告げてから開いた足を更に大きく広げた。
伴はゴクッと唾を飲み込んでから再び、飛雄馬の体を解すべくそこに手を遣る。
ためらいがちに伴は飛雄馬の体内に指を滑らせ、中を解すよう指を動かす。
「あ、ぅ、うぅ……」
伴の指が腹の中を探り、粘膜を撫でるたび飛雄馬は身をよじって吐息混じりに声を上げる。
そうして続けざまに2本目が挿入されたところで、飛雄馬は伴に来てくれ、と先に進むことを求めた。
「……わかった」
伴は頷き、一度膝立ちになってからベルトを緩め一連の動作を終えてから再び飛雄馬の左右に広げた足の前に身を置く。
飛雄馬は唇を引き結んだまま、己の腹の中に伴がゆっくりと入ってくるその動きをじっと見つめた。
指よりも何倍も大きなそれが腹の中を押し広げ、奥へと突き進んでくる。
「い、っ…………ッ、う」
その体内を駆け上がってくる異物の存在に飛雄馬は背中を反らし、伴の腕に縋った。
「…………」
腰を押し進めつつ、伴は飛雄馬の仰け反ったために露わになった首筋に吸い付き、滲んだ汗に舌を這わせる。
「あ、ぁっ、伴……!」
ようやく、時間をかけ根元までを飛雄馬の中に挿入してから伴は彼の額に浮いた汗を掌で拭ってやった。
その行為に何事かと飛雄馬は閉じていた目を開け、とろんと潤んだ瞳を彼に向ける。
すると、伴はそれを見計らったかのように腰をゆっくりと動かし始め、飛雄馬の粘膜を擦った。
ともすれば逃げようとする飛雄馬の腰を捕まえ、伴は体重をかけるようにして腰を叩きつける。
「ん、ん……っ、う、腰……」
がつがつと勢いのままに腰を叩かれ、飛雄馬はそれから逃げるよう腕を使い上体を起こし尻の位置をずらしにかかるが、そうするとさらに奥を抉るよう伴が腰を使ってきて、力なく畳の上へとしなだれることになった。
いっそ、手を離してくれと願いながら、その腕に縋るのはいつだっておれの方。
「う、ぁ、あっ!」
声を上げ、飛雄馬は訪れた絶頂に身を委ね体をガクガクと震わせる。
けれども、伴の腰の勢いは衰えることなく飛雄馬の腹の中を容赦なく擦り上げ、抉った。
「ば、っ……伴!やめろ、やめ、っ」
2度目の絶頂が飛雄馬を襲い、目の前には火花が散る。
「妙なことを考えんでいいようにしてやるわい、星よう……わしは、ずっと……」
「いっ、っ……あぁっ」
きゅん、っと飛雄馬の腹の中が疼いて、伴を締め上げにかかる。
再び立ち上がった飛雄馬の男根は伴の腰の動きに合わせ、揺れ、腹にとろとろとだらしなく先走りを滴らせている。
飛雄馬の肌の表面を汗が滑り落ち、身をよじるたびに畳の上へと落ちた。
「…………」
はあっ、はあっと荒い呼吸を繰り返す飛雄馬の唇に伴は口付けてからふと、唇を離してから男根を抜き取り、そのまま組み敷く彼の腹の上に白濁を撒く。
「あ、………っ、」
飛雄馬は腹に出された伴の体液を虚ろな目を開け、見遣るとどっと畳に体を投げ出した。
絶頂の余韻が全身を戦慄かせ、ろくに身動きも取れぬまま飛雄馬は長い足を畳の上に伸ばす。
「はあ、はぁ。年じゃのう。ふふ、体力が持たんわい」
横たわる飛雄馬の隣でハアハアとやりながら伴は下着の中に男根を仕舞い、スラックスのファスナーを上げると、大きく深呼吸をした。
「……………」
飛雄馬は伴にティッシュを取るように掠れた声で言うと、体を起こして汗に濡れた髪を掻き上げる。
「………う」
その仕草が何とも艶かしく、はたまた乱れた浴衣が扇情的で伴はゴクリと喉を鳴らしたが、いかんいかんと首を振り、飛雄馬に箱ごとティッシュを手渡した。
「…………」
飛雄馬は不自然に視線を逸らした伴に大方、また妙な気でも起こしたんだろうなと苦笑しつつ、受け取ったティッシュで腹の上を拭うと浴衣を着直し、そこでようやく部屋の外をパタパタと走る足音に気が付いた。
ふたりがまずい──と距離を取り、体液を拭ったティッシュをゴミ箱に放るより早く廊下を駆けてきた老女が外から飛雄馬の洗濯物が乾いたことを告げてくれた。
「あ、ありがとうございます」
咳払いをしつつ、飛雄馬が礼を言うと伴は落ち着くまでここにおるとええ、と言い残し、部屋の外に出るとすでに奥に引っ込みつつあった彼女を追い、廊下を走った。
「……………」
もう、雨は上がったようだな、と飛雄馬は座卓の上に置いたままにしていた湯呑の中、残っていた冷たい緑茶で喉を潤すと、先程の伴の言葉を反芻しながら今まで体を横たえていた畳の目に指をそっと這わせた。