友達
友達 「あら、今日は先日の方はご一緒じゃないんですね」
沖診療所のある山中から宮崎の街に下りてきた日高美奈は待ち合わせ場所に到着するなり開口一番、飛雄馬にそんなことを尋ねた。
先日の?と飛雄馬は美奈の顔を見つめ、一瞬何のことだかわからず呆けたが、すぐに伴のことだなと合点がいき、彼はちょっとと言葉を濁す。
なぜ、伴のことを美奈さんは訊くのだろう。
美奈さんは伴のような体格のいい男性が好きなんだろうか。
そうすると、おれは美奈さんの好みから外れてしまったわけか。
行きましょう、と先に歩き始めた美奈の横顔を寂しげに眺めながら、飛雄馬は唇を引き結ぶ。
この初恋と呼べるのかもわからない淡い感情も、体格に恵まれないがゆえに泡沫のように儚く消えゆく運命らしい。
「…………」
「彼は、星さんのお友達?」
「そう、ですね。友達……親友です。高校時代からの、とは言え、おれは中退の身で、彼は、伴はおれの2学年上にはなるんですが」
美奈さんが伴のことを口にするたび、胸が痛む。
ああ、親友よ、伴よ。おれはきみが羨ましいぜ。
おれの初恋の女性のハートを見事射止めたきみが。
飛雄馬は、ふふっ、と自嘲気味に笑ってから、もう美奈さんに会うのはやめてしまおうか、とも思った。美奈さんの顔を見るだけで、その声を聞くだけで胸は高鳴り、全身は熱病に浮かされたように熱く火照ると言うのに、彼女が熱を上げるのはおれの親友だなんて状況、耐えられるもんか。
「そうなのね。美奈、友達がいないから羨ましいわ」
「え?」
美奈の口から告げられたまさかの言葉に、飛雄馬は歩みを止め、赤いワンピースを身に纏った彼女を見つめる。
「高校を辞めて、クラスメイトたちとはそれっきり。でも寂しくなんてないわ。沖先生はとても優しい方だし、患者さんたちも先生を慕って毎日たくさんの方がいらっしゃるもの」
「そ、そうだったんですか…………」
飛雄馬は美奈の境遇に思わず、涙しそうになるのを堪え、何か彼女を励ます言葉をかけようと一生懸命頭を働かせるが上手い言葉が出てこない。
そればかりか、もしかして美奈さんは伴のことを、などと考えてしまった自分がいたことが恥ずかしく、つんとこみ上げた熱いものを飲み込むべく、鼻を啜った。
「だから星さん、お友達のことは大事にしてあげて。親友と呼べる相手がいらっしゃることは素直に羨ましいし、とても素晴らしいことだと美奈は思うわ」
「じ、じゃあ、美奈さん、おれが美奈さんの友達になります。住んでるところは宮崎と、東京で少し離れてますが、キャンプがあるときは必ず会いに来ますし、手紙だって書きます」
しどろもどろになりつつ、飛雄馬は美奈に自分の思いを告げる。
言い終わるが早いか、かーっと顔が赤くなるのがわかって、飛雄馬は俯くとそのまま目を閉じた。
「星さんは優しい方ね。不思議な人」
「え?」
美奈の言葉に飛雄馬は顔を上げると、微笑む彼女に釣られ、顔を綻ばせる。
「お気持ちは嬉しいけれど、伴さんとおっしゃったかしら。星さんの親友に怒られてしまう気がするわ」
「ば、伴がですか?まさか!」
「うふふ。ありがとう、星さん。あなたにそう言っていただけて、何だか元気になれたみたい」
「…………」
美奈さんはおれと同い年のはずなのに、東京で見たことのある女子学生に比べてひどく落ち着いていてまるで何かを悟っているような、そんな印象を受ける。何が彼女をそうさせたんだろう。
「星さんは海はお好き?」
「海、ですか。海にはあまり馴染みがなくて……」
「今度、日南海岸を案内しますわ」
「美奈さん……」
また、会ってくださるんですねの言葉を飛雄馬は飲み込み、先を行く彼女の隣に並ぶように歩く。
日が暮れ、辺りには夜の気配が漂い始めており、別れの時が刻一刻と近付いてくる。
それにしても、宮崎の夜空の何と美しいことだろうと飛雄馬は空を仰ぎ、瞬きするのも忘れその光景に見入る。
彼女と共に歩いた宮崎の街を、この風景をこの匂いを、飛雄馬は未来永劫、覚えていようとこのときはまだ何気なく、そんなことをひとり思った。