登校
登校 「星!」
「ああ、伴。おはよう」
背後からポンと肩を叩かれ、飛雄馬は名を呼んだ彼を仰ぎ見る。ニコリと笑んで伴はよう!とばかりに手を挙げた。
周りは伴と飛雄馬と同じく学生帽を被り制服を身に纏った少年やセーラー服に身を包んだ女学生らがワイワイガヤガヤと通学路を友人らと肩を並べ歩いている。
「朝から元気だな」
「ん、そうかのう。ワハハ」
巨体を揺らし伴が大声で笑ったもので、道行く人皆ぎょっと目を丸くしつつ飛雄馬たちを振り返った。
「ば、伴!もう少し声を抑えてくれ」
「あ、すまん」
口を押さえ、伴はしゅんと肩を落とす。その落差が滑稽で飛雄馬はふふ、と吹き出して、行こう、と促す。
「お、おう」
頷いて、伴は先を歩み始めた飛雄馬の歩調に合わせるよう隣を歩く。
「しかし、どうしてまた急に待ち合わせなんて……」
「そ、そりゃあ。バッテリーを組むからには色々知っていた方がええと思うて」
ご存知の通り、飛雄馬が住んでいるのはドヤ街の長屋の一角、比較的収入の少ない人々が肩を寄せ合い暮らすようなそんな場所であるのに対し、青雲高校のPTA会長であり、自動車工業会社社長の父を持つ伴はいわゆる高級住宅地に居を構えている。それは正反対の場所にあり、高校の正門から右と左に綺麗に分かれるような始末であるのに、伴はわざわざ朝から飛雄馬の家のそばまで訪ねて来ているのだ。
「……バッテリーを組むからと言っていちいち一緒に学校に行く必要はないと思うけれど」
言いながら飛雄馬は自分が被っている学生帽のひさしを下げ、目元を隠す。
「い、嫌か?」
「いや、わざわざ学校を通り過ぎてまで来てくれるのはありがたいが、負担ではないかと思ってな」
「負担?なにを言うちょるか。負担などとは思っとらん。むしろ、星が迷惑じゃないかと……」
「迷惑?まさか、ふふ……嬉しいさ。ねえちゃんとも年が離れているし、誰かとこうして学校に通ったことなどなかったから」
「そ、そうか」
互いにゆでだこのように顔を赤くし、にやにやとその口元に笑みを湛えながら人々に混ざり道を行く。
「星は好きな食べ物はあるか?」
「唐突だな」
「おれも友達が出来て嬉しいんじゃい。それも並のそれではなく、お互いに高めあっていけるような」
「……」
飛雄馬は頭の中で友達の二文字を思い描いて再びふふと笑い声を漏らした。
「な、なんじゃあ。気味の悪い」
「末永くよろしくな、友よ」
「……そっくりその言葉お返しするわい」
一人にやにやと笑顔を作る飛雄馬の顔を見やって伴は妙な顔をしたが、ふいに手を差し出されそんな台詞を吐かれたもので、強くその手を握ってバシバシと彼の背を叩いた。
「たたたっ!すぐそうやって調子に乗る!」
「満更でもない顔をしてよく言うわい!」
飛雄馬の頭を帽子の上からぐりぐりと撫で回して伴は軽快に笑い声を上げる。
そんなやり取りをしていると、そのうちに青雲高校の正門が見えてきた。二人はそれぞれの学年、所属する級の教室に向かうために門を入ったところで、また後で!と互いに手を振る。放課後、野球部の練習が始まるまでのしばしの別れであった。