徒歩
徒歩 大洋とのデーゲームを終えた帰路にて飛雄馬は見慣れた後ろ姿を発見し、左門さん!と名を呼ぶなり彼の許へと駆け寄った。
「星くん」
分厚い眼鏡の奥にある目を驚いたように見開いて、呼ばれた彼──左門豊作は距離を詰めてくる飛雄馬の到着を待つ。
「今から帰るところですか」
「そぎゃんです。星くん……は、おひとりですか?」
左門は隣に立つ飛雄馬の姿を一瞥してから、そんな言葉を吐いた。
ひとり?と飛雄馬は首を傾げてから、ああ!と合点がいったか笑顔を見せ、伴は先に帰りましたよと答えた。
「珍しかこつもあるもんですたい。星くんがひとりとは」
「ふふ、そんな日もありますよ。それで左門さんは今からタクシーですか?」
「いや、わしは今から歩いて帰りますたい。弟や妹にひもじか思いはさせたくなかけん、給料日前はいつも近かところなら歩いて帰っとります」
「え?!」
飛雄馬はぎょっとして、隣で佇む左門の顔を見つめる。いくら弟や妹がいるとは言え、左門さんの年俸を考えたら足りないなんてことはないはず。
それに、球場からアパートはだいぶ距離が離れている。今から歩いて帰るとなると確実に日付が変わるだろう。
「将来、高校に行きたいとか大学に行きたいと言われたとき、金んなかては言いたくないですけん」
「左門さん……」
飛雄馬は弟妹を思う左門の気持ちに、じんと胸にこみ上げるものを感じつつ、帽子を取ると顔を逸らし、汗を拭くふりをして目元を拭った。
「そぎゃんわけですけん、ここで失礼します」
「そ、それなら左門さん、途中まで」
「巨人の宿舎は反対方向と記憶しとります。その優しさだけでたくさんですたい」
「…………」
帽子を取ると、軽く会釈し、ひとり歩き出す左門の背中にひどく感銘を受け、飛雄馬は彼を追いかけ、どうか足しにしてください、と財布の中身をすべて渡してしまいたい衝動に駆られる。
けれども左門さんはこの金を受け取らぬだろうし、そればかりか却っておれを軽蔑さえするだろう。
おれだって左門さんの立場だったら同情心からとは言え、そんな扱いを受けたくはない。
飛雄馬は次第に小さくなる左門の姿を、その場に呆然と立ち尽くしたまま見つめる。
あの、弟さんと妹さんの思いを乗せたバットから繰り出される一打は、おれが今まで対峙した打者の誰よりも重い。
バット一本で一家を支える兄の執念がそれを感じさせるのか。
どうか左門さん兄弟が、今後何不自由なく幸せに暮らせますように、と飛雄馬はそんな祈りにも似た思いを彼ら六人に対し、抱かずにはおれなかった。
そうして、飛雄馬自身もまた、宿舎に帰るべく歩みを再開させつつ、ふと、頭上高く輝く星のひとつに目を奪われる。
微動だにせず、ただひたすらに己を見下ろしてくるその輝きに、飛雄馬は目を細めると、唇を強く引き結んでから先を急いだ。