届け物
届け物 「わざわざ出向いてもらって申し訳ないね」
「いえ……ついででしたから」
花形が所有する自社ビルの一室にてふたりはそんな会話を繰り広げる。
元はと言えば、飛雄馬がここにいるのも花形が珍しく忘れ物なぞをしたからであった。
事の発端は昼食でも一緒にどうかしら、と明子に呼ばれたために、花形邸へ出向いたところから始まる。
明子の作った料理に舌鼓をうち、ほっと一息ついた、そこまでは何の変哲もない姉弟の貴重な団欒のひとときである。
しかして、食器類の片付けをしていた明子がにわかに慌て始め、飛雄馬は何事か、とその様子を見かね、彼女に声をかけた。
すると、今日は大事な会議があると言っていたのに、あの人ったら書類を忘れていってしまったわ、と顔面蒼白の状態で明子がそんなことを口にしたために、宿舎に帰りがてら飛雄馬はここに立ち寄った、というのがここまでの経緯である。
「まったく、ぼくとしたことが大事な書類を忘れるなんてどうかしている」
「……ふふ、おれからしてみれば花形さんも普通の人間らしいところがあるのだなと親近感さえ覚えますよ」
はは、と自分の失態を笑い飛ばす花形をフォローするかのような言葉を口にし、飛雄馬は薄く笑みを浮かべた。
普段、花形が大半の業務時間を過ごすのもここ専務室であり、ほとんど人の出入りはない。
今では一線を退き、会長となった彼の父でさえこの部屋を訪れることはなく、他の役員たちからの連絡も内線で済んでしまうことがほとんどである。
ゆえに、この部屋に花形以外の誰かがいる、と言う状態は非常に珍しいことであった。
「それは光栄だね。今をときめく巨人の星がぼくに親近感を抱いてくれるとは」
「…………」
「家に帰ると野球の中継ばかり観ているから明子に呆れられてしまったよ。羨ましい限りだ」
「羨ましい?おれが、ですか」
部屋を訪れるなり、革張りのソファーに座るよう促され、そのまま腰を下ろした飛雄馬が傍らに立つ花形を見上げ、そんな問いかけをする。
コーヒーでも飲んで行きたまえと花形は飛雄馬にインスタントではあるがそれなりに値の張るコーヒーを淹れてやり、彼を引き留めたのがついさっきのこと。
花形は自分用に淹れたコーヒーを啜ると、飛雄馬の問いに、それもあるが、と何やら含みのある言葉を口にした。
「ぼくが羨ましいと言うのはきみと対峙する打者に対してだ。きみはマウンドに立つと今とはまるっきり別人のような顔をする。虫も殺さないような顔をしておきながら、いざあの場に立つと…………ふっ、ふふっ。冗談さ」
目の前の男の顔をまじまじと見つめながら、自分はそんなに変な顔をしているんだろうかと試合中の様子を思い返していた飛雄馬をからかうように花形は吹き出すと、声を上げて笑う。
「冗談?」
ぼうっと呆けたような表情を浮かべていた飛雄馬が眉間に皺を寄せ、花形を睨んだ。
「…………」
花形は何も言わず、黙ったままで、それが更に飛雄馬を煽る形になる。
冗談でもそんなことを言うのはよしてくれ。
一瞬、あなたも球界に戻りたい、とそう思っているのかとそんな考えが頭をよぎった。
でも、そうではないのが今のやり取りでわかった、と飛雄馬は一息に捲し立てた。
「……ぼくはね、野球そのものに興味はさほど持っていないのさ。では、なぜ、高校まで野球を続けていたか。プロ野球の道を選んだか。なぜだと思う」
「そんな話を、なぜ今になって?おれに知ってもらってどうしようと言うんです」
花形はカップを書類やファイルの乗ったデスクの上に置いてから、飛雄馬の座るソファーに腰掛けた。
飛雄馬はじっと隣に座った花形の瞳を見据える。
「知りたいかね」
「…………知ってしまったら、戻れない気がする。今までの、あなたと、花形さんとおれとの関係には」
「フッ、ハハ、ハハッ。それでこそぼくのライバル。ふふっ、そうさ、それでいい……」
くっくっ、と喉を鳴らし、花形は自分を真っ直ぐに見つめている飛雄馬の頬を撫でた。
「………なに、を?よしてくれ。急に、そんな」
「きみからしたら、急だろうが。ぼくはずっとこうしたいと思っていたよ」
ソファーに浅く座った花形の長い指が飛雄馬の頬を滑り、唇に触れる。
今まで花形が向けてきたどんな視線よりも、目の前にいる彼の瞳が映す色は優しげで、飛雄馬はその双眸から目が離せない。
ああ、もしかすると、この表情、この言葉でさえ嘘なのかもしれない。
花形さんはおれをからかって遊んでいるのかもしれない。
それなのに、なぜおれはこの人を拒めないのか?
おれは、花形さんの何なんだ?
「っ……!」
花形の唇が重なる寸前に飛雄馬は顔を逸らす。
閉じていた目を開け、花形はなぜ?とでも言いたげな表情を浮かべ、飛雄馬を見遣る。
「…………」
「おれはあなたのおもちゃじゃない。あなたがどういう理由で、どういう目的で野球をしていたかは知らない。球界から引退した今、知ろうとも思わない。おれはただ、目の前に立ち塞がる相手を倒し続けていただけで、その中のひとりにあなたがいたに過ぎない」
「降りかかる火の粉は払わねばならない。フフ、きみにとって、ぼくはたったそれだけ、降りかかる火の粉のうちのひとつか」
「……そうじゃない。花形さんがいたから、おれは巨人で活躍できたとも言える。おれが親友伴と血を吐く思いで作り上げた大リーグボールをあなたは見事打ち破ってくれた。だからこそ、次こそは必ず勝ってやる、と思えた。花形さんには感謝している。ねえちゃんも、あなたのおかげで…………」
言葉に詰まり、飛雄馬はぐっと唇を引き結ぶ。
「…………飛雄馬くん、きみは」
「え……っ」
紡がれかけた言葉の続きを聞くためにぐっと身を乗り出すような体勢を取った飛雄馬の呼吸を半ば無理やり、花形は奪った。
「花形っ、……いや、なん、っで」
頭を振り、口付けから逃れようとする飛雄馬の両頬にそれぞれ手を添え、花形は彼の上唇を優しく食んだ。
ぴく、と飛雄馬の体はそれを受け、小さく震えたかと思うとゆっくりと緊張を解く。
「……抵抗しない方が身のためと思ったかい」
唇を離し、花形が尋ねた。
「…………」
答えない飛雄馬の唇に再び花形は唇を押し付け、閉じられた上下の唇の隙間を縫うようにして彼の口内へと舌を捩じ込む。
あっ、と思わず声を上げた飛雄馬の舌へと花形は自分のそれを触れ合わせたかと思うと、それ以上深追いはせず、一度唇を離した。
「今日だけ、いや、今だけでいい。ほかの打者の誰でもない、ぼくだけを見てほしい」
言うなり、花形は頬を真っ赤にし、自分を仰ぎ見る飛雄馬の体をなんの前触れもなく抱き締めた。
かあっ、と飛雄馬の全身が火照る。
一体、この人は何をしようとしているのか。
なぜ、今になってこんなことをしてくるのか。
今でも、この人の考えや行動は理解しがたい──。
鼓動の音を悟られぬよう、僅かに体を離した飛雄馬の耳元に顔を寄せ、花形は音を立てそこに口付ける。
「あ、っう……」
びくん、と大きく震え、脱力した飛雄馬の体をソファー上へと押し倒し、花形自身も座面へと片膝をつきそこに乗り上げた。
かと思えば、飛雄馬の上に膝立ちで乗り上げたまま彼の穿くスラックスを留めているベルトを緩めるや否や、ボタンを外し、ファスナーをゆっくりと下ろす。
「…………」
「な、にを、して……」
スラックスの開いた前から下着の中に手を差し入れ、花形はやや勃起しかけた飛雄馬の男根をそこから取り出す。
「足を開いて、飛雄馬くん」
「い、いやだ……なんで、こんなっ、こと」
声が裏返り、飛雄馬の瞳は涙で潤んだ。
花形は答えることなく飛雄馬の半立ち状態のものを握り、それをそろそろと上下にしごく。
「あ、っ……」
花形の掌の中で男根は次第に充血し、その首をゆっくりともたげ始めた。
クスッ、と花形の唇が笑みの形を作って、飛雄馬の羞恥で真っ赤に染まった顔を見下ろしている。
と、何を思ったのか花形は男根から手を離すと、再びソファーの上から床へと下り、その場に膝をつくなり、身を屈め飛雄馬のそれを口に含んだ。
ぬるっ、とした温かく濡れたもので男根全体を包まれ、飛雄馬はあっ!と高い声を上げたかと思うと、今にも泣き出しそうな顔を花形へと向ける。
花形の口内では飛雄馬の男根が徐々に大きさを増し、亀頭の先からも先走りを漏らし始めた。
ほんの少し口をすぼめ、花形が舌と上顎とで男根を締め付けてやると、飛雄馬は腰を跳ね上げ、閉じたまぶたの縁から涙をポロポロと溢した。
「はなし、はなして……くち、いやだ……」
じろりと横目で飛雄馬の顔を見遣ってから、花形は根元までを咥え込む。
口元を両手で押さえ、飛雄馬は白い腹をしきりに上下させている。
花形は一度飛雄馬の男根を開放してやり、唾液でべっとりと濡れたそれに手で刺激を与え始めた。
「く、っ……っ……あ、ふ……ぅ」
先走りと唾液とが混ざって、花形が手を動かすたびにぬるぬると音を立てる。
気持ちいいかい?と花形が問うと、飛雄馬は目を閉じたまま小さく首を縦に振った。
「…………」
花形は再び飛雄馬の男根を咥え込むと粘膜の露出した亀頭を吸い上げる。鈴口からはとろとろと先走りが溢れ、花形の唾液と混ざった。
先走りがとめどなく溢れる鈴口を舌先で責めたかと思えば花形は喉奥まで飛雄馬を咥え、彼を絶頂へと導いていく。
「っ、花形……はな、っ……あ、あ!」
固く目を閉じ、飛雄馬は花形の口の中で射精する。
どくどくと舌の上で白濁を放出する男根の脈動を受け止めつつ、花形は口を離すと彼の精液をごくりと飲み下した。
ぐったりとソファーに身を預けたままの飛雄馬の足元に花形は膝で乗り上げると、彼のスラックスと下着を抜き取る。
「花形っ、待て……これ以上は、っ」
飛雄馬は膝を曲げ、肘を使い、上体を起こしつつ身を縮こまらせるようにして花形から距離を取った。
「ここまで来ておいてそれはないだろう飛雄馬くん。自分ひとりだけ気持ちよくなって逃げる気かね」
「逃げ、て、など……いない……」
「フフ、気持ちよくされている間だけとはね、大人しいのは……実に飛雄馬くんらしい。いつもきみはそうだ。自分のことばかり優先して、人の気持ちなど微塵も考えてくれやしない……」
「そ、んな……ことは」
飛雄馬の声が次第にか細く、小さくなっていく。
花形はおかしくて堪らないとばかりに口角を上げ、飛雄馬の縮こまらせた足、その足首を掴むとゆっくりと座面の上に伸ばさせた。
野球選手らしい程よく筋肉のついた白い足を撫で、花形は、飛雄馬を煽るようにくっくっ、と喉を鳴らす。
「心当たりがある。そう、ぼくやお義父さんだけじゃない、姉である明子の制止にも耳を貸さず、いつも優しくしてくれる親友に甘えてばかりいる」
「ち、がう。そんな、そんなことはない。おれは、おれの意思でここに、誰にも、おれがやりたいことを止める権利など持ち合わせちゃいない」
「きみのせいで皆不幸になっていく。堪らんだろう。優しいきみには」
「あ、あ……っ」
飛雄馬の瞳が揺れ、その頬には涙が一滴伝い落ちた。花形は飛雄馬の膝を左右に割ってやってから中指を口に含み、唾液をたっぷり纏わせると彼の尻へとそれを挿入する。
「再び地獄に身を投じて何になる?長島さんの力になりたい、そうやって、また誰かのせいにして、きみには自分の意志がないのか?」
「ん、ん……っ、ふ」
体を戦慄かせる飛雄馬の中に2本目の指を飲み込ませ、花形は彼の腹の中を刺激に慣らす。
花形が指を曲げ、とある箇所を指の腹で掻くと全身が甘く痺れる。
飛雄馬はただ与えられるがままに喘ぎ、身を揺らす。
と、花形は指を抜き、スラックスのポケットから取り出した容器の中身を掬うと再度、飛雄馬の尻へとそれを塗り込み、今度は彼自身のスラックスのファスナーを下げた。
開けたそこから取り出した男根にも容器の中身を塗り付け、花形は飛雄馬の解したばかりの場所へと己を充てがう。
ぐっ、と亀頭をそこへ押し当て、花形はゆっくりと自身を飛雄馬の中を自分の形に作り変えていく。
「い、っ……つ!」
痛みに跳ね、逃げた飛雄馬の腰を掴み、花形は時間をかけ、すべてを彼の腹に埋め込むと、はぁ、はぁと目を閉じ、己が体の下で時折体を小さく震わせながら荒い呼吸を繰り返す男の顔を覗き込む。
「飛雄馬くん、目を開けて……ほら、いつもみたいにぼくを見て」
飛雄馬の汗で額に貼り付いた前髪を跳ね除けてやってから花形は腰を動かす。
「ア、ぁっ!」
反り返った花形のものが飛雄馬の中を抉って、思わず声が上がった。
目を見開き、飛雄馬は花形を睨み据える。
「…………」
ニッ、と花形は笑みを浮かべると、それから腰を使い始めた。
塗り込んだ軟膏が暖められ、溶けたようで花形が腰を叩きつけるたびに卑猥な音を立てた。
花形は飛雄馬の尻を腰で叩きながら、身を屈め、彼の唇へと己のそれを重ねる。
虚ろに目を開け、飛雄馬は花形を受け入れると、舌の愛撫を受けつつ、彼を締め付けた。
と、花形は飛雄馬の中に欲を吐き出し、小さく呻く。はあっ、と彼もまた肩で呼吸をしながら、目を閉じたまま腹を上下させる飛雄馬の頬に光る涙の跡を拭ってやった。
そうして、彼の中から自身を抜き取り、後処理を終えてから飛雄馬の傍ら、ソファーへと腰を下ろす。
「ふ……」
飛雄馬は体をゆっくりと起こしつつ、ソファーの隅へともたれるようにして体を預けた。
飛雄馬くん、と差し出された花形の手をはたいて飛雄馬は彼を涙の浮かぶ目で睨みつける。
「花形さんの考えていることは、おれには一生わからないだろう、いや、わかりたくもない」
はたき落とされた手をさすり、花形はふふっ、と微かに口元に微笑を湛えると、ソファーに深く座り直すと足を組む。
「……別に、わかってもらおうとも思わんがね」
「…………」
床に落とされた自分のスラックスと下着とを手に取り、それに足を通すことに意識をやっていた飛雄馬の頬へと花形はそっと口付けた。
何をするんだ、と冷ややかに拒絶の言葉を口にし、花形に冷たい視線を向けた飛雄馬は再び、あの優しげな瞳に射抜かれ、ハッと顔を逸らす。
「明子にも、後ほど謝っておこう。わざわざ出向いてくれてありがとう」
「っ…………」
身支度もそこそこに飛雄馬は立ち上がり、花形から距離を取る。
花形はその姿を目で追いつつも引き留めるでもなく、はたまた声をかけるでもなく、慌てた様子で部屋を出て行く彼を見つめていた。
が、ふいにフフッ、と花形は小さく吹き出してから飛雄馬が持ってきてくれた書類を躊躇う様子も見せず、近くにあったゴミ箱の中へと音もなく、落とし込んだ。