トビタ
トビタ 今日も星は見つからなかった。
花形からそんな報告を受けた伴は、仕事が終わったあと、行く宛もなく街をぶらつく。
花形いわく、興信所を使い、日本全国のみならず外国にも捜索の網を張り巡らせているそうだが、今に至るまで良い報告は聞こえてこない。
一体全体、どこで何をしているのか。
あれから早数年。もしかして、などと嫌な考えが頭に浮かんでは消える。
実は、花形は星の行方を知っていて、自分には知らせぬつもりではないか、とそんな疑心暗鬼にまで陥る始末。星、生きているのならせめて一言でいい、声を聞かせてくれ。手紙を寄越してくれ。会いたくないというのなら、それでもいい。どうか元気にしているというその知らせだけでも…………。
わしはどうすればよかったんだろう。
中日には入らん、と、星の手を取り、逃げ出せばよかったのだろうか。野球にこだわることはない、星は自分の幸せを考え、自分の人生を生きろと言ってやれば、今も一緒にいられたんだろうか。
星、お前は今、どこで何をしている。幸せに、生きているのか。
ぼんやり、日の落ちゆく空を眺め、とぼとぼと舗装された道を歩いていた伴は、ふと、目線を下げた先に見知った男の姿を見つけ、駆け出す。
星、星よ、待ってくれ。行かないでくれ、わしを置いていくな。
「…………!」
道行く人にぶつかり、人混みを掻き分け、伴はようやく辿り着いた先で、前を行く青年の腕を掴む。
しかして、振り向いた彼は、星飛雄馬とは似ても似つかぬ男性で、伴は、慌てて掴んだ腕を離すと、深々と頭を下げた。
「昔の知り合いに似ていたもんで……すまんのう、突然……」
「はぁ……」
一瞬、驚いた表情を見せた彼だったが、伴が素直に謝罪したことで合点がいったか、愛想笑いを浮かべると、小さく会釈をしてから再び人混みに紛れた。
このやり取りも、もう何度目だろうか。
その度に人違いでしたと頭を下げ、今回などまだいい方で────気安く触るなとあわや警察沙汰になったこともあると言うのに──それでも、星の面影を目にすると追わずにはいられない。
あれから三年、四年が過ぎ、あの頃のままの出で立ちで日々を過ごしているかもわからんと言うのに。
「誰か、お探しかい」
がっくり、肩を落とした伴の顔を上げるに至った、背後からふいに投げ掛けられた声。
伴は驚きのあまり体を跳ねさせつつも、ゆっくりと振り返って、己に声を掛けてきた青年の顔を見つめる。
第一印象は怪しい──と、そう思った。
野球帽を深々とかぶっているばかりか、色の濃いサングラスを着用し、髪を肩まで無造作に伸ばした厚手のトレンチコートを羽織る青年。無視をしようか、とも思ったが、伴は、このまま帰宅したところでどうせ酒を煽って寝るばかりだし、とこの胡散臭い格好をした青年に少し、付き合うことにした。
「まあ、そんなところじゃい」
「へえ、昔の恋人かい。なんて、ふふ……男の腕を捕まえたあんたにそう尋ねるのも変な話だな。写真はあるのかい。この辺りで目撃されるのが多いのかい」
「こ、恋人じゃないわい!」
胡散臭い男の口から飛び出したまさかの言葉に、伴は声を荒らげたが、周りを行く人々が何事かと顔を覗き込んで来たために、お騒がせしてすんません、とぺこぺこ頭を下げて回った。
「…………」
「写真は昔のならあるが、今はどんな格好をしとるかわからんでのう……この辺りで見かけたという話もないんじゃあ」
伴は青年にそう、語って聞かせつつ、着用している三揃えのスーツ、そのジャケットの内ポケットから手帳を取り出すと、挟んでいた写真を一枚、彼に手渡す。
星と何かの折に撮影したツーショット。
思い返せば、写真など撮る余裕もなく練習に、特訓に励んでいたあの頃。今、己と星が並んで写るものはこの一枚と、青雲に今も飾られている甲子園準優勝時の集合写真のみではないだろうか。
「……星、飛雄馬」
回想にふける伴の前で、写真を手にした青年がぼそりと呟く。
「星を、知っちょるのか」
「…………ああ、もちろん知っている。昔、巨人にいただろう。中日戦で腕を壊し、表舞台から姿を消した……今、何をしているのか疑問ではあったが、行方不明なのか」
「う、うむ……左門の結婚式の日からのう。あ、いや、こっちの話……」
「……確か、星の最終戦の相手は、伴……伴宙太」
もしや、あんたが、その伴か、と青年は続け、伴は頷いた。
「あんたに言っても仕方のないことじゃが……わしは星の腕がひどい状態だったなんてまったく知らんかったんじゃい。知っていれば……」
「知っていれば、一緒に逃げたか」
「!」
くすりと青年が微笑み、発した言葉に伴は硬直する。
なぜ、そんなことを訊く。恋人か、などとふざけたことを尋ねるやつだとは思ったが、もしや、この男は、わしと星の仲を知っているとでも言うのか。
なぜ、一体どこで、そもそも、この男は誰なのか。
「ふふ……まあ、今更何を言ってももう終わったことだ。時間を巻き戻せるわけでもない。それで、あんたはその星とやらに会ってどうしたいんだ。その理由次第では捜索を手伝ってやらんこともない」
「な、なんじゃい。偉そうに。きさまひとりの手を借りたところで見つかりっこないわい。今まで何年も探してきて手がかりひとつ見つからんと言うのに」
「それもそうだな。いらんお節介をしてしまったようだ。写真は返そう」
「…………」
青年から写真を受け取り、伴は、そう言えばあんたの名前を聞いてなかったのう、となんの気なしに、そう訊いた。
「おれか、おれは────」
「…………」
「トビタだ」
「トビタ……」
青年が一瞬、言い淀み、発した言葉に、ふと星の面影を見て、伴は人混みに紛れるべく歩み出した彼を呼び止めた。
「まだ何か」
「う、そのう……今からめしでも一緒に食わんか。奢るぞい」
「ナンパかい、それは」
「なっ……!!」
「ふふ、冗談……ありがたく、ご馳走にならせてもらおう」
伴は、ぶつぶつと軟派な男に見られたことに対し文句を言いながらも、トビタと名乗った青年を連れ、馴染みの居酒屋へと向かった。
そこで、現役時代の思い出話に花を咲かせながら、トビタの素性についても尋ねてみたが、彼は話をはぐらかすばかりで要領を得ない。
変わった男だなと思いはしたものの、野球についても詳しいようで、そちらの談議も盛り上がり、気付けば看板となった。
聞けば、今夜泊まる場所を探していたと彼は言い、それならと伴は居酒屋から少し歩いた駅前のビジネス・ホテルを勧め、己もまた、そこで一夜を明かすことに決めた。アルコールも入り、白熱した野球談議で気分は高揚している。
シングル・ルームはあいにく満室とのことで、ダブル・ルームに入ることを決め、男ふたりと妙な組み合わせではあるが、この数時間の談議のおかげで、伴はこのトビタと言う男を信用しきっていた。
それほど、彼との野球談議は心躍り、そして熱を帯びていた。
「トビタよう、わしはこのまま寝るぞい。風呂に入るなり好きにしてくれて構わんぞい」
「…………」
広いベッドにジャケットも脱がぬまま、ごろりと横になった伴は、青年──トビタがシャワーを使う水音を子守唄にそのまま寝入ってしまう。そうして、尿意を催し、目を覚ましてもトビタはまだ起きており、何やら物思いにふけっている風で、まだ寝らんのかあ、と間の抜けた声でそう訊いた。
「眠れなくてな……」
「わしと同じ部屋は嫌じゃったか。すまんのう。今からでも部屋を分けてもらうかあ」
「いや、そうじゃない。少し、考えごとをしていてな……」
明かりの灯されていない、暗い部屋に徐々に目が慣れて来ると、浴衣姿のトビタがサングラスを外していることに伴は気付く。そして、彼の顔が、かつての親友・星飛雄馬に酷似していることにも。
「星……?」
思わず、伴は部屋に置かれている椅子に座る彼を、そう呼んでいた。しかして、尿意には抗えず、慌ててベッドから体を起こすと、バスルームと一体になっているトイレへと駆け込み、用を済ませてから部屋へと戻った。
「…………」
やはり、似ている。
他人の空似と一蹴するにはあまりにも似すぎている。
酔いが見せた幻覚と言えばそうかもしれない。
しかし────。
「星、きさま生きとったのか……」
「……そんなに似ているか、星に」
「あ、いや、すまん!その……わし」
トビタの呆れたような声に、伴ははたと我に返り、へらへらと笑みを浮かべながら頭を掻く。
まったく、悪い酒じゃのう。飲みすぎたわい。忘れてくれえ……ぼやいて、伴はベッドに潜ると、布団を頭からかぶって、再び眠るべく目を閉じる。
けれども、眠ろうとすればするほど目は冴えてしまい、眠気は遠ざかるばかりだ。
と、ふいにベッドがぎしっと何かが乗り上げたように軋んだ音を立て、マットレスが僅かに沈む。
「伴、布団に入れてくれ。そろそろ眠りたい」
「う、うむ……」
トビタに言われ、伴は胸に抱き込んでいた布団をゆるゆると離していく。すると、トビタが布団の中に体を滑らせてきて、ふわりとシャワーの際に使用したらしいボディーソープ、あるいはシャンプーの匂いが鼻を突いた。瞬間、伴の心臓は馬鹿に高鳴り、体温がみるみるうちに上昇していくのを感じる。
臍の下が意図せぬまま、首をもたげ始め、伴はトビタに背を向けるように寝返りを打った。
「伴」
「…………」 
「もう眠ったか」
ふと、ひとりごちたトビタだったが、何を思ってか伴が取った距離を詰めるように体を寄せ、その背にぴたりと身体を密着させたのだ。
「う、ぅっ……」
じわりとトビタが触れる伴の背中に汗が滲む。
こちらに顔を向けているのか、微かに吐息が背中を撫でているような感触もあって、伴はごくりと生唾を飲んだ。臍の下は、痛いほど張り詰めている。
「伴、おれを星だとさっき、あんたはそう言ったな。一宿一飯の恩と言ってはなんだが、星の代わりにしてくれても──」
「ば、馬鹿なことを言うなトビタよ!恩など感じることはないわい。わしが好きでやったことよ。それに恩ならさっきの野球談議で十分返させてもらったわい。星がいなくなり、めっきり笑うことも何かを楽しむことも減ったが、久しぶりに楽しかったぞい」
「…………」
「は、早く寝るんじゃい」
「痩せ我慢はよせ、伴……」
「が、我慢なんぞしとらんわい!」
「伴」
「ええい!うるさいぞい!せっかくいい気分じゃったのに妙なことを言うんじゃないわい!」
「それならこっちを向け」
「…………」
伴、と再度、名を呼ばれ、伴はおそるおそる寝返りを打つと、トビタと向き合うような格好を取る。
似ている。腹が立つほどに。いっそ、おれが星だと言ってくれた方がまだ救われる。星によく似た男とこの距離で見つめ合って、平常でいられる自信はない。
伴は目を閉じ、トビタの戯れが終わってしまうことだけを願う。しかしてトビタは、何を思ってか伴の口元に唇を寄せた。
柔らかく、そして熱い唇の感触に伴は理性を失う。トビタを体の下に組み敷いて、彼の体に跨ったまま、誘ったのはそっちぞい、と低い声で忠告した。
「…………」
口を噤むトビタの唇に口付け、伴は目を閉じるとそろりと口の中に挿入された舌に己のそれを絡めた。微かにトビタの口から漏れた吐息が伴の肌を粟立たせる。
そのまま、トビタの腕が首に絡みついて、伴は驚き、目を開けたが、されるがままに目を閉じた。
上手い、と伴は口内をゆるゆると責めあげるトビタの舌の動きに文字通り舌を巻く。初めてではないらしい。そうでもなければ、仕掛けて来るはずもないのだが、どこかホッとした自分がいることに気付いて、伴は、再度、いいのか、と彼に問うた。
「あんたが嫌でなければ、おれは構わんが。ふふ、怖気づいたか」
「トビタを見ちょると、どうしてもその……星に重ねてしまうんじゃあ。それはトビタにも、星にも悪いじゃろう」
「おれに?こんなところに連れ込んだのは最初からそのつもりだとおれは思っていたが、あんたは違うのか」
「ちっ、違うわい!なんでそんな真似……わしはそんなに軽薄な男じゃないぞい」
「ふふ……だろうな。あんたがそんな男じゃないのは見ればわかる。それなら、ここは大人しく眠ろうじゃないか。妙なことをして悪かったな」
言うとトビタは伴の首から腕を離し、微かに微笑んでみせた。
「…………」
「相当、惚れていたようだな、星とやらに」
トビタにそう言われても、退くことが出来なかった伴は更なる追い打ちを掛けられ、言葉に詰まる。
惚れている──図星だった。
その証拠に、今でも、あのときああしていれば、こうしていればとそんなことばかり考える。
いつも頭の中を占めるは親友のことだ。
あの小さな体で、親父さんの夢を叶えることだけを目標に、一生懸命前を向いて走っていた。
わしはそんな星がとても好きであったし、そんな彼の傍らで一緒に走っていたかった。
壁にぶつかったとしても、共にその壁を乗り越えたかった。一生、そばにいると、いられると思っていたのに。わしはずっと星の横にいたのに、やつのことを何もわかってはいなかったのだ。
だから今、こうして苦しんでいるのだ。
「……少なくとも、わしはそうじゃった。星さえいれば、何もいらんと思った。星のことを何もかもわかっていたつもりだった。じゃが、それは自惚れも、思い上がりもいいところよ。わしは星を突き放した。明子さん……いや、星のお姉さんや親父さんに言われるがままに、やつの敵になることを選んだ。ふふ、地獄の底までついていくと誓っておきながら、この体たらくよ……っ、すまん。こんな話をするつもりじゃ……」
いつの間にか、伴の目から溢れた涙が組み敷いたトビタの顔に滴り落ちる。
「…………」
「こんなんじゃから星にも愛想を尽かされたんじゃあ……馬鹿じゃ、わしは大馬鹿者じゃい……」
「伴、星はきみにも幸せになってほしかったんだとおれは思う。自分の女房役としてではなく、一軍の野球選手として、打者として生きてほしかったんだ。だから、大リーグボール三号を作ろうと、そう言ったきみを突き放した。何も、自分を責める必要はない」
「な、んで、それを、トビタが知っとるんじゃ……」
「……当時の、新聞記事に載っていたのを読んだのさ。左門選手の一打を後頭部に受けながらも、失意に沈む星選手に歩み寄るあんたの姿は、ひときわ目を引いた」
「う、ぅっ……」
「泣くな、伴。泣かなくていい」
諭すように言う、トビタの声も心なしか震えているようで、伴はしゃくり上げながら鼻を啜る。
「すまん、トビタ……わし……っく」
「伴……」
伴の頬を、トビタの指が撫で、伝う涙に触れた。
その涙を拭う所作が星の仕草そのままで、伴は、思わずトビタを星と呼んだ。
ふたりで汗と泥にまみれ、大リーグボールを作り上げ、手を取り合って喜んだ際、お互い涙を流して喜んだと言うのに、星は、泣くなよと、そのマメだらけの指であざだらけのわしの顔に流れる涙を拭ってくれた。
ああ、なんで、どうしてこんなにもこの男は星に似ているのだ。
伴は己の頬を撫でるトビタの腕を取り、かつて彼が星飛雄馬にそうしてやったように、その手に口付けた。
皮膚が破け、血にまみれた指を、慈しむように、そして労いの意味を込めて。
「っ……!」
それに驚いたか、トビタが手を振り払い、伴を睨む。
「…………」
「よせ、伴。それ以上、されたら……」
キラリとトビタの目元に光るは、己の瞳から落ちた涙の滴だろうか。もしかして、ではなく、本当に、この男は、トビタは…………。
伴は、勢いのままに、トビタの唇に自分のそれを押し付け、彼の両手に指を絡ませた。
もう何も言うまい、何も考えまい。
「ふ……っ、んぅ……」
口の中にそろりと差し入れた舌に、トビタの舌が絡んで、互いの吐息が混ざり合う。伴の手をトビタは強く握り返し、与えられる口付けに素直に応えた。
一度離した唇を再び重ね合うことを幾度となく繰り返し、伴はトビタの名を口にする。
「…………」
トビタは答えなかったが、伴の唇が首筋に触れたことで体を震わせる。小さく呻き、震えた喉に伴は吸い付いて、肌に跡を残す。すると、トビタの肌にはじわりと汗が滲み、僅かに粟立ったのがわかる。
伴は繋いでいた指を解くと、トビタの羽織る浴衣の帯を解き、はだけた襟の中に手を滑らせた。
「つ、……」
声が漏れると同時に、トビタの体が跳ねる。
汗ばんだ肌の表面に指を這わせ、伴はトビタの腹から胸にかけてをそろりとなぞった。
ベッドが音を立てて軋み、伴の額にも汗が滲む。
指でなぞった先、辿り着いた胸の突起を抓って、伴は顔を逸し、声を殺したトビタの耳に唇を寄せた。
じわじわと突起が膨らみ、トビタの興奮を如実に物語るばかりか、伴にその様を知らせる。トビタの耳に舌をゆっくりと這わせ、伴は固く尖った突起を指で嬲った。
「っ、く……ぅうっ……」
口元で拳を握り、声を押し殺すトビタに愛おしささえ感じつつつも、もっと乱れさせたいと欲が働いて、伴は彼のもう一方の突起へと口付け、強くそれを吸い上げた。
「あ、ぁっ!」
芯を押しつぶすかのように指で捏ね、舌の表面でそれを舐めあげる。大きく背中を反らしたトビタの体を己の体で押さえつけ、伴は突起を口で嬲りつつも、もう一方からは手を離し、今度はその手を彼の下腹部へと遣った。
下着は身に着けていないらしい、トビタの臍下は既に立ち上がっており、腹の上に乗っている。
伴はそれを握ると、先走りを溢れさせる亀頭を掌に握り込み、そろそろと上下にしごいた。
「ば、んっ……!」
とろとろと尚も溢れ出るトビタの体液は伴の指や手を濡らし、男根を愛撫する挙動を円滑なものとする。
「我慢すると体に悪いぞい」
ようやく、突起から口を離し、伴はトビタの顔を覗き込みながら意地悪く囁く。閉じた目元の、眦には涙が滲んでいる。
「っ……伴、でるっ、いく……」
「おう、いくとええ。大丈夫じゃい、ちゃんと受け止めてやるから」
「ん、う、ぅっ……!」
どくっ、と伴の掌でトビタの男根が大きく脈動し、その先からは白濁液がほとばしった。
とくとくと耐えず、体液を放出する男根を伴は支え、トビタが落ち着くまでの間、じっと彼を見守った。
そうして、落ち着いたのを見計らい、トビタの両足を膝で左右に割ると、その間に体を置く。トビタもまた、それを迎えるように大きく足を開き、涙に濡れた瞳を伴に向けた。
心臓が、ここに来て破裂しそうなほど鼓動を打っている。これはこの星に似た男を今から抱こうという緊張ゆえか。もう戻れぬところまで来てしまったという不安の現れか。
伴は喉を鳴らし、トビタの腰の位置を自分のそれに合わせるよう、彼の足を引き寄せ、脇の下に挟み込む。
異様なほど膨らんだスラックスのフロントが、トビタの腹に乗っている。汗が額を滑り、鼻の横を伝う。
先程、精液に濡れた指を、伴はトビタの尻に滑らせ、中心にある窪みに這わせた。
「ゆっくり、いくぞい」
口にするより先に、伴はトビタの腹の中に指を忍ばせていた。狭い入口はまるで侵入を拒むかのように、指を締め付ける。根元までをゆっくりと飲み込ませ、入口を解すように指の抜き差しを繰り返す。
「っ、……ん、ン……」
トビタの体が戦慄き、達し、一度は萎えた男根が再度首をもたげ始めつつある。伴は二本目を挿入し、時折、中を関節で曲げた指で刺激してやった。
すると、トビタは、ああっ!と益々加虐心を煽るような声を上げ、伴はついつい、彼の反応を見るために指の位置を変え、腹の中を弄んだ。
柔らかい内壁が、声を漏らすたびにきつく伴の指を締め付ける。
伴は下着を濡らし始めた男根の限界を感じ始めて、トビタの中から指を抜くと、スラックスのベルトを緩め、前をはだけた。下着の中から取り出した己の男根は、痛みを覚えるほどに興奮しきり、臍につかんばかりに立ち上がっている。
「っ、っ…………」
トビタもまた、これを目の当たりにしたか息を呑み、体を強張らせたのがわかって、伴は、やめるか?とこの期に及んでそんなことを尋ねた。
しかして──予想していたと言うべきか──トビタは首を横に振り、来てくれ、と、そう、小さな声で伴を迎え入れる言葉を紡ぐ。
伴は一度大きく深呼吸をして、手を添えた己の男根をトビタの尻へとあてがうと、腰をぐっと突き入れる。
きつい入口を傷付けぬよう、伴はゆっくりと時間を掛け、男根をトビタの中へと挿入していく。
「───っ、~~!!」
背中を反らし、全身に力を込めるトビタの汗に濡れた前髪を掻き上げ、伴はその額に口付けてやる。
そうしてそのまま唇へと口付け、伴は己をすべてトビタの中に飲み込ませると、彼の体が馴染むまで、しばしそのまま腰を据えていた。
啄むだけの口付けを与え、トビタの頬を、髪を撫でてやりながら伴はゆっくりと腰を使い始める。
「痛かったら言うんじゃぞい」
優しく、そう、声を掛けてやり、伴は腰を回すとトビタの腹の中を掻き回す。
「い、……っ、ん」
背中を反らしたトビタの体に伴は腕を回し、彼の体を抱きすくめるようにして腰を振る。ベッドが激しく音を立て、ぎしぎしと軋んだ。
伴、と縋るようにトビタは伴の名を呼び、その首にしがみついて、声を上げる。それから伴は一度はトビタの中で射精したものの、再び、回復した男根で彼の中を掻き乱す。トビタが掠れた声でやめてくれと喘ぎ、壊れてしまうと口走る。
「壊れてしまえばいいんじゃ、星……」
ぼそりと呟いて、伴はトビタの唇に己のそれを押し当てると、強く縋り、しがみついてくる腕に鼻の奥が熱くなる感覚を覚えながら、その体を強く掻き抱く。
そうして、二度目の絶頂をトビタの中で迎え、ようやく彼の体を解放した。
ぐったりとベッドの上に横たわるトビタから男根を抜くと、中から掻き出された体液がシーツを濡らし、伴は慌てて拭くものを取りにその場を離れる。
暗闇の中、衣服の乱れも整えず、やっとティッシュの箱を掴むと中から取り出した数枚でトビタの尻を拭ってやった。
いかん、やりすぎたわい──と今頃になって後悔の念が伴を襲うが、トビタは疲れからか、すうすうと寝息を立てており、ホッと胸を撫で下ろすに留まった。
「…………」
伴は自分の身支度を整え、大きく息を吐いてから、トビタの頭を撫でてやる。汗で長い黒髪はまるで風呂上がりのように濡れてしまっている。
おやすみ、星、と小さな声で囁いて、伴はベッドの真ん中で眠る──トビタの邪魔にならぬよう、隅に体を横たえる。
それからいつの間にやら眠ってしまっていたようで、何やら室内の物音で目を覚ますが、目を閉じたまま、息を殺すことに専念した。一足先に目を覚ましたトビタが、ちょうど部屋を出て行こうとする、その瞬間だったからだ。
「伴、またな……」
そう、彼が発したように聞こえたのは、錯覚か。
それとも、夢の中のひとときだろうか。
背後で閉じられた扉の余韻が、いつまでも部屋の中に残っている。
「星──!」
ベッドから跳ね起きると伴は部屋の扉を開け、廊下に顔を出したが、既にトビタの姿はそこにはなく、薄暗い蛍光灯に照らされた廊下がそこには広がるばかりであった。
夢、だったのかもしれんな。いや、わしは頭がおかしくなりつつあるのやもしれん。
自棄酒を食らい、適当に泊まったホテルで幻覚を見たのだろう。夢にしては、都合が良すぎる。幻覚にしては、出来すぎている。けれど、事実だと、そう思いたい自分がいる。
「星よう…………あれはきさまの本心じゃと、そう思ってもいいんじゃなあ……」
ずっと、心に引っかかっていたあの一件、トビタと名乗った男が伴は悪くない、と、そう言ってくれた。
伴の幸せを、星は望んだのだ、と。
わしの幸せは、星と共にあること、それだけなのに。
わしも星のことをわかってやれはしなかったが、それは星とて同じこと。
「星、わしはずっと、ずっと待っとるぞい」
未だトビタのぬくもりが残るベッドに横たわり、跳ね続けるスプリングに体を預けたまま、伴は見上げた天井がじわじわと涙で滲むのを感じつつ、星、と再び、親友の名を口にすると、目を閉じ、声を殺して嗚咽した。