定食
定食 「ちょっと、待て、そこの──」
どこかで、おれはこの声を聞いたことがある。
どこで、何年も前、まだこの左腕が、自由に動いた頃……。
その一瞬、足を止めた刹那に、腕を掴まれ、飛雄馬はハッと背後を振り仰いだ。
するとそこには肩を激しく上下させ、こちらを睨む背広姿の大男の姿があって、飛雄馬は息を呑む。
誰だと訊くまでもない、格好こそ見慣れぬがこの顔、この匂い、この腕の力強さ。
あの日、別れたきりの親友。
「何か?」
あくまで平静を装い、飛雄馬は尋ねる。
「あっ、いやっ、すまん、いや、申し訳ない……昔の知り合いに、よく似ちょって……」
しどろもどろになった伴が慌てて手を離し、飛雄馬もまた、指の感触が残る腕をさする。
しらばっくれてしまうか、それとも少し、からかってやろうか。飛雄馬は大きな体を折り曲げ、頭を下げるかつての親友・伴宙太をサングラスのレンズ越しに見つめ、一杯付き合ってくれないか、と近くの定食屋を指さす。
日はとっくに暮れ、夜の闇が世間を包む時間帯。街中を行く人も皆疲れきっている。
「つ、付き合う?わ、わしが?」
「誰かと話したい気分でな。あんたさえよければ、だが」
「わっ、わしでよければ、ぜひ……」
ニカッ、とはにかんだような笑みを見せる伴につられ、笑いそうになるのを堪え、飛雄馬は先を歩き始める。肌を撫でる風が今日はやたらと冷たい。
一人には、慣れたはずなのに。
伴と別れたのも、確か冬だった。
季節が巡るたびに、伴と過ごした日々が思い出される。おれのことなどとっくに忘れていると思っていた。
「で、ブチョーのやつがよ〜」
「すいません、おかわり」
定食屋の引き戸を開ければ、すっかり出来上がった酔客たちが笑い声を上げ、注文した料理を平らげる様子が目に飛び込んでくる。年季の入った店内は壁も元は白かったのであろうが、煙草のヤニや料理の油が染み付いているのか黄色く変色していた。
飛雄馬は中を数回見渡してから、空いたテーブル席へと伴を案内し、そこに着座する。
「そういえば、名前を訊いてなかったな」
テーブル上のメニュー表を席に着いたばかりの伴に勧め、飛雄馬は店内を駆け回る女性店員に焼酎を注文してからふいに、そんな言葉を投げかけた。
「名前、名前ならいいものがあるぞい」
定食屋の粗末な椅子に窮屈そうに座る伴はまたニコッと微笑むと、纏う背広の両ポケットに左右の手を突っ込み、飴の包み紙や丸めたティッシュなどを数点、中から引き出した後に、掌サイズの紙を一枚、飛雄馬へと寄越してきた。
「…………」
飛雄馬は何とも粗末な紙片を受け取り、表に印字された文字列を目で追う。
伴重工業 常務取締役 伴宙太
ああ、思ったとおりだ、の言葉を飛雄馬は飲み込み、角の折れ、薄汚れた紙片──名刺を着用するコートの胸ポケットへと仕舞う。
常務取締役、か。ジャイアンツの万年二軍からずいぶん出世したものだ。
飛雄馬は口元に小さく笑みを湛えると、トビタだ、と呟く。
「ん?トビ、なんじゃ?最後がよう聞こえんかったわい」
「トビタだ、おれのことはそう、呼んでくれ」
「…………」
「好きなものを頼むといい。誘ったのはこちらだ。食事代くらいは出させてもらおう」
話題を逸らすべく、飛雄馬は伴から視線を外すとテーブルに置かれたままになっていたメニュー表を手に取る。するとちょうど先程注文した焼酎がグラスに並々と入ったものが運ばれてきて、飛雄馬は例を言うと、彼女からそれを受け取った。
「いや、わしに出させてくれ。腕をいきなり掴んでしまった詫びの意味も込めてのう」
「そんなこと気にしてたのか。ふふ、見かけによらず繊細なんだな」
「み、見かけによらずとは失礼じゃぞい」
「ふふ……」
焼酎を啜り、飛雄馬は近くに来た店員に豚の生姜焼き定食をと告げる。
「わしもそれで。あ、ご飯大盛りで。あと瓶ビールを一本。グラスをふたつ」
「気が合うな」
二口目を喉奥に追いやりつつ飛雄馬がからかう。
「なんだかトビタとは初めて会った気がしないんじゃ……懐かしい匂いがする。不思議じゃい」
「…………」
どこに行くにも、何をするにも一緒だった親友。
好みも、考え方も、似てくるのは当然のことだろう。
「ん、なんじゃい。急に黙ったりして……」
「あんたも」
「む?」
「あんたも、おれの昔の知り合いによく似ている。べらべらとおしゃべりなところも、見た目も……」
「もしや、どこかで会ったことが──」
「ビールお待ちどおさま〜!」
詰め寄るようにして尋ねた伴の目の前に、店員がビール瓶とグラスとを無造作に並べたかと思うと、そのまま振り返りもせず去っていく。
互いに調子を崩され、無言のままに伴が栓抜きで瓶の蓋を外す。飲むか?の問いに、飛雄馬は首を横に振り、焼酎の三口目を口に含んだ。
「よく、こういう店には来るのか」
きょろきょろと辺りを見回し、グラスに手酌でビールを注いだ伴が訊く。
「あんたのようないい暮らしをしている人間からして見れば衝撃的だろうな。こんな店があること自体」
「逆じゃい。会社に務めるようになってのう、なかなかこういう店には来られんようになってしまった。昼飯をゆっくり食う時間もないような有様じゃい。わしは高級料亭で仕事の話をするより、ラーメン屋や定食屋で気の合う友人とバカ話に花を咲かせながらめしを食う方が性に合っとるわい」
「…………」
「生姜焼き定食ご飯大盛りですう」
先程とは違う店員が膳に乗せられた定食の一式を持ち寄り、飛雄馬は彼女に伴の前を勧めた。
テーブルの半分を占める膳に乗せられるは、飛雄馬から見て手前から生姜焼きとキャベツの千切りの皿、そしてその奥左手に味噌汁の椀、その隣には茶碗に山盛りに盛られた白米、小皿に乗せられた漬物で一揃い。
薄切りの豚肉によくタレが絡んでおり、くし切りに切られ、炒められた玉ねぎと共に蛍光灯に照らされつやつやと輝いている。
続いて飛雄馬の分も配膳され、ふたりはいただきますと手を合わせてからそれぞれ、思い思いの品に手を付けた。飛雄馬はまず汁物の椀に口を付け、ちょうど良い温度に調整され、出汁の利いた味噌汁で喉を潤す。
「うん、美味いのう。味が濃くてめしが進むわい」
「ああ」
ろくに咀嚼もせず、次々と肉、飯、千切りキャベツと口に運んでいく伴を見つめつつ、飛雄馬は伴の食べっぷりを見ているだけで腹いっぱいになるな、と苦笑しながら自分もまた、タレのたっぷりと絡んだ生姜焼きを頬張る。
そうして、各々のペースで食事を摂り、改めての晩酌と洒落込んでいるうちにあれほど賑わっていた店内もひとり、ふたりと客が消え、終いにはお客さん閉店ですよと肩を叩かれることとなった。
飛雄馬は日雇いの給金で勘定を払うと、テーブルに突っ伏し大いびきをかく伴を揺り起こし、半ば引きずるようにして店を後にする。
あれから立て続けに瓶ビールを五本ほど飲み干した伴は文字通りへべれけの泥酔状態で、歩くのもままならず、飛雄馬はようやく大通りでタクシーを捕まえると後部座席に彼を押し込んだ。
「後はすまんが、お願いします──」
そう言って、タクシーの運転手に伴を託し、これで終わりのはずだった。懐かしい、一夜の思い出として、胸に秘めておくつもりだったというのに。
「トビタもくるんじゃあ……わしをひとりにするなんてひどいぞい」
「…………!」
「お客さん、出しますよ」
「トビタとここでわかれるのはいやじゃあ」
「っ…………」
待った、と飛雄馬はドアを閉めようとする運転手を制し、自分もまた、伴の隣、タクシーの後部座席へと乗り込む。一種の気の迷い、酒の勢い、といえばそうだろう。何かを、期待しているわけじゃない。
ただ、あの声を無視して駆け出す勇気を、おれは持ち合わせていなかった。
隣で眠りこける伴の大いびきを背景音楽としながら、飛雄馬は運転手のお客さん、どちらまで?の問いに対し、親友の屋敷の住所を告げる。
今でも諳んじることができる、彼の自宅住所と電話番号。運転手は合点がいったか、それきり口を開くことはなく、目的地まで車を走らせた。
それから程なく、タクシーは伴の屋敷前に到着し、飛雄馬は運転手に料金を支払ってから未だ眠ったままの伴を背負い、玄関先のチャイムを押した。
もう夜も深く、辺りを歩く人もない。
屋敷のお手伝いさんらもとっくに休んでいることだろう。伴を叩き起こし、鍵を開けてもらうか。
そう、飛雄馬が考えたところで、屋敷の引き戸がゆっくりと開いたかと思うと、中から白髪を綺麗に結い上げた小柄な老婦が顔を出し、どなたですか?と尋ねるより前に、宙太坊ちゃん!と体格に似合わぬ大きな声を上げた。
ここでまた見知った顔に出会ったことに驚きもしたが、今は屋敷の戸が開いたことが何よりも嬉しい。
飛雄馬は、こんばんは、と頭を下げてから、定食屋の一件を掻い摘んで話し、ひとまず伴を彼の部屋、老婦が敷いてくれた布団の上に転がすことに成功した。
「本当、すみませんねえ……ご迷惑をおかけしました」
記憶よりも幾分小さくなってしまった老婦──おばさんを飛雄馬はお気になさらず、と労い、自分はこれで、と伴が熟睡しているのをいいことにこの場から去ろうとしたが、せめてお茶でも飲まれて行ってくださいの言葉にまんまと丸め込まれる。
綺麗に整頓された台所のダイニングテーブルに着き、飛雄馬はおばさんが入れてくれた緑茶入りの湯呑みに口を付けた。
「まったく。宙太坊ちゃんたら人の気も知らないで……」
「だいぶ、お疲れのようでしたから、彼」
「そうでしょうね。連日接待だ〜残業だ〜なんて言って帰るのは日が変わってから。私も年ですから、さすがに坊ちゃんが帰ってくるまで起きてるなんてことはとてもできませんで、夕食の準備をして床につくんです。でも、朝起きてみたらそれが手付かずのままということがここ数日続いていて……朝も食べたり食べなかったりですし、昼も何を召し上がっているのやら……このままだと宙太坊ちゃんが体を壊しはしないかと心配で……」
「…………」
「あらやだ、私ったらこんなことまで……ごめんなさい。忘れてくださいね。引き留めちゃって申し訳ない」
酔った体に、濃い緑茶が染み渡る。
飛雄馬は程よい温度で入れられた緑茶の甘みにホッと一息吐きつつ、何が彼をそんなに掻き立てるんでしょうね、とぽつりと溢した。
「一番は、親友の、星さんが失踪されたせいでしょうね。あなた、野球はご存知?巨人の星、飛雄馬って選手。その星さん、宙太坊ちゃんのお友達だったんです」
「ほし……ひゅうま」
懐かしい響きに、飛雄馬は胸がぎゅっと詰まる感覚を覚えつつも、そうですか、と当たり障りなく返事をすると、それとその、何の関係が?と尋ねた。
「何の……星さんがいなくなって張り合いをなくしたとでも言うのでしょうか。打ち込むものをなくし、仕事に入れ込んだ……いつか星が帰ってきたとき、受け入れてやる基盤を作っておくんじゃ、ともおっしゃっていましたかね」
「…………」
「宙太坊ちゃんは、見かけによらず繊細なところがお有りで……それが長所といえばそうでしょうが、もう結婚を考えても良い年ですのに、これでは……」
「あなたも、少し休まれては?宙太さんのことは、おれが見ています」
どうせ帰ろうにも、もうタクシーも捕まらないでしょうから、と飛雄馬は続け、湯呑みの中身を飲み干すと、伴の眠る寝室に向かうため席を立つ。
「そ、そんな、そこまでお世話には……」
「気にしないでください。ここで会ったのも何かの縁でしょう。あなたも宙太さんのことが心配でここ最近は眠れていない様子だ。しっかり眠ってください」
「…………」
ありがとうございます、の声を背後に聞きつつ、飛雄馬は先程、伴を転がした寝室へと続く廊下を歩く。
あの頃より、少し狭く感じるのは自分が成長したからだろうか。最後にここを訪ねてからもう何年になるのか。二度と、会うこともあるまいと思っていたのに。
辿り着いた先でそっと襖を開けると、明かりも付けぬまま伴が布団の上であぐらをかいているのが目に入って、飛雄馬はギクッ、と体を震わせた。
「…………トビタ、おったのか」
「起きていたのか」
「い、今起きたところじゃい。その、目が覚めたら布団の上で寝とるんじゃから驚いてのう……トビタが連れてきてくれたんじゃろう。すまん」
ペコリ、と伴が頭を垂れたのを見て、飛雄馬は、いや、気にするな、と囁いてから、こっちに来たらどうじゃい、の声に導かれるままに室内へと足を踏み入れる。酔いはもう、とっくに覚めているのに。
サングラスのせいで視界が悪い。
飛雄馬はかけていたサングラスを外すと、纏うコートの胸ポケットにそれを押し込み、伴の傍に歩み寄る。
「っ、星……?」
今度は伴がギクリ、と身構える羽目になって、飛雄馬はこちらを見つめる彼との距離を縮めるべく、その場で膝を折るとそっと身を寄せた。
「目を閉じろ、伴」
「目……、う、!」
恐らく、目を閉じたであろう伴の口元へと飛雄馬は自分の唇を押し付け、一度距離を取る。
「星じゃないと嫌か」
「わし、そんな……その、っ」
暗闇に目が慣れてきたか、朧げながらも伴の取り乱す様子が目に入って飛雄馬は小さく吹き出すと、初めてじゃないだろう、と彼をからかう。
「初めてじゃ、ないが……経験はあまり、ない……そういう、トビタは、どうなんじゃい」
「……答える義務はないな」
「なっ、そりゃ、ないぞい……っ、」
再び、飛雄馬は伴に唇を寄せ、ギクッと身を震わせはしたが、ゆるゆると口を開けてきた相手に合わせるように自分もまた、口を開くと、そっと舌同士を絡ませ合う。瞬間、肌が粟立ち、体の奥が熱を持つのがわかった。
「ふ……、っあ、」
思わず自分の口から漏れた高い声に、飛雄馬はカッと頬が赤く染まったのを感じる。
「い、いいのか、トビタは、わしと……」
「あんたこそ、いいのか。その星とやらに悪いとは思わんのか」
「う、ぐ……」
「…………」
口ごもった伴を前に飛雄馬は苦笑し、ここで一切を終わりにしようかとも考えたが、ふと、目に留まった彼の下腹部を目の当たりにし、そろりとそこに手を這わせた。
「わっ、なっ、えっ!?」
「気付いてなかったのか」
「さっ、触るな、トビタ。放っておけばそのうち治まるわい」
スラックスの上からでもはっきりと分かるその主張。
這わせた手を滑らせ、指で刺激を与えてやると伴は顔を歪め、切なげに声を漏らした。
飛雄馬はそれを受け、そっとスラックスのファスナーを下ろしにかかる。金属が触れ合い、擦れる音が部屋の中に響いて、伴がゴクリと唾を飲み込むのが分かった。
「口だけか、伴。逃げもせずにされるがままのようだが」
「う、う……」
開いたスラックスの前へと手を差し入れ、飛雄馬は下着の中で窮屈そうにしている伴のそれ、を取り出すと、今度は直にそれに触れ、這わせた指で刺激を加えていく。ぴくりと震えたモノの頂上から垂れた液体が飛雄馬の指を濡らす。
触れた当初から固く、反り返っていたそれも擦り、撫でることを繰り返していると、一段と大きくなっていくようで、飛雄馬は自分の腹の中が変に疼く感覚を覚える。越えてはならぬ一線だと、わかっているつもりだ。
「…………」
「あっ、いかん、いかんぞ、トビタ……っ、出る、出てしまうぞい」
手を離すんじゃあ、と言い終えるが早いか、伴は飛雄馬の手の内で射精し、びくびくと脈動に合わせ白濁を飛ばす。飛雄馬は手を濡らした伴の体液の熱さに身震いし、ティッシュはどこじゃあと辺りを手で探る彼を見つめた。
「…………」
「あった、トビタ、すまん!これで手を拭いてくれ」
ようやく探り当てたか、伴が寄越してきた箱の中身を数枚抜き出し、飛雄馬は自分の手を拭う。
未だ、伴のモノの感触が指に残っている。
と、汚れた手を拭くことばかりに専念していた飛雄馬は、こちらに忍び寄る伴の姿に気付かず、ハッ、と気付いたときにはその場に組み敷かれてしまっていた。
布団の上には半分、体が乗っている状態で、背中一面は畳の上にある。
「どういうつもりだ、ば……っ、ん」
伴を睨み据え、尋ねた飛雄馬だったが、すぐに唇を塞がれてしまい、それきり言葉にならない。
自由の利く両手で伴の体を押し返そうとするが、何の抵抗にもならず、あろうことかその両手を頭の上でひとつに纏められることとなった。
手首を掴む手の力は予想以上に強く、少し身をよじったくらいでは外れてくれそうにない。
それどころか、口の中を犯す舌のせいで、頭がぼうっとしてきてさえいる……。
はあっ、と一度、呼吸のために離した唇を再び塞がれて、飛雄馬は先程自分がしたのと同じように、半ば勃起しつつある下腹部を撫でられ、ビクン、と大きく体を震わせた。伴の大きな手が、スラックスの上から膨らみ全体を撫でさする。
「うあ、ぁっ…………」
ようやく唇が解放されはしたが、すぐに伴の唇は飛雄馬の首筋へと触れ、下腹部を撫でる手もまた、スラックスのボタンを外すとファスナーを下ろしていく。
すると、開かれたそこから顔を覗かせた飛雄馬のそれ、を伴は下着の中から取り出した。垂れ落ちたいわゆる先走りのような液体が腹の上に溢れたのを感じ、飛雄馬は目元に涙を滲ませる。
そろりと伴の手が先走りを垂らしたモノに触れたかと思うと、それを握るなりゆっくり上下に擦り始めた。 思わず背筋が伸び、飛雄馬は奥歯を強く噛みしめる。
「っ、手を……離せっ、伴……」
喘いだ飛雄馬だったが、再び首筋に口付けられ、小さく呻くと共に、じわじわと絶頂に向けて体の奥が昂るのを自覚し、伴、と再び、目の前の男の名を呼んだ。
すると、そこで正気に返ったか男根をする手の動きが止まったばかりか、手首を掴んでいた手までもが離れていって、飛雄馬は体を起こした伴の顔を見上げた。
手は痺れこそしているが、動かすことに支障はない。
それより、暗闇に紛れてはいるが、伴の表情は今にも泣きそうで、飛雄馬は自分もつられて泣きそうになりつつ体を起こした。
「おれに星を見たか」
「そっ、そんなこと……」
そう、答えた伴の声は震えている。
飛雄馬は、星とやらに操立てのつもりか?とも尋ねてから伴の体を痺れの残る手で突き飛ばすと、訳もわからず目を白黒させている彼の腹の上へ、スラックスと下着とを脱ぎ去った状態で跨った。
「その星とやらのことでも考えているといい……すぐ、済む」
「すぐ、済む、とは?トビタ?きさま、一体何を……?」
飛雄馬は腹の上に跨った状態で膝立ちになると、口に含み、唾液に濡らした指で伴の男根を湿らせる。
既に出来上がっているそれは一度出しているにも関わらず、先程触れたときよりも大きくなっているようで、飛雄馬は期待と不安から肌を微量、粟立たせた。
そうして、自分の尻の位置を調整し、伴の男根を体の中へと埋めていく。
びく、と跨る体が震え、飛雄馬もまた、喉を鳴らす。
入口に傷が付かぬよう、最新の注意を払いつつ飛雄馬は伴を体内に取り込み、全て飲み込んだところで大きく溜息を吐く。腹の中いっぱいに伴の存在が感じられ、その圧迫感と僅かな痛みに自然と笑みが溢れた。
それから、飛雄馬はゆっくりと体を上下させ、伴の男根を締め付けると、自分の良い位置を擦るように腰の角度を調整する。
「あ…………っ、く、ぅ……」
一瞬、伴のものが掠めた位置から全身に微細な痺れが走って、飛雄馬は声を上げる。いつの間にか伴の手が腰へと伸びてきていて、飛雄馬はそこに自分の手を添えると、一心不乱に腰を振った。
「ハァッ、ハァ……ううっ」
伴が時折漏らす声に飛雄馬は微笑み、腰に添えられた手、それに自分の指を絡めると、彼の名を呼ぶ。
よっぽど、打ち明けてしまおうかとも思った。
しかし、今、それをしてどうなる。
再会を喜び、慰め合うか?
「ふ、ぅ……うっ、」
「っ、トビタ……降りろ。わしが上になる」
「…………」
飛雄馬は言われるがまま、伴から離れると、その場に仰向けの格好で横たわり足を大きく開く。
互いに会話もないまま、荒い呼吸音のみが暗い部屋の中に響いて、飛雄馬は体の上へとのし掛かってきた伴を受け入れつつ、寄せられた唇へと自分もまた、口付ける。
すると、広げた足の中心を弄る手があって、飛雄馬が小さく、そこ、と囁くと、間髪入れず腹の中を熱いもので満たされ、軽く絶頂を迎えた。
広げた足、伴の体の脇で揺れる爪先に力が篭って、飛雄馬は自分を組み敷く彼の背中に腕を回した。
伴が腰を使うたびに脳天まで衝撃が走って、目の前に閃光が走る。唾液で濡れた唇を互いに貪り合って、縋る背中に爪を立てる。
腕を回す背中も、ジャケットまでじっとりと汗に濡れていて、飛雄馬が背中を預ける畳も汗を吸い、湿っている。
「いっ……いくっ、伴……!」
涙混じりに喘いだ飛雄馬のことなどお構いなしに伴は腰を使い、腹の中を抉り、奥を犯す。
腰の一打が重く、中を強く擦り立てた。
飛雄馬の口から漏れる嬌声は、それこそ喘ぎではなく悲鳴じみてきている。
「しぬ、死ぬっ……伴、やめろ……っ!」
「…………」
掠れる喉で懸命に叫んだ飛雄馬だったが、自分の腹の上へとどろりと放出された液体の熱さを感じたのを最後に、そのまま意識を手放す。
そうして気付けば布団の上に横になっており、窓の外もいつの間にか白み始めていて、飛雄馬は慌てて体にかけられていた掛け布団を跳ね除けた。
下半身こそ何も身に着けていないが、腹の上に感じた液体の形跡など残ってはおらず、飛雄馬は自分から少し離れたところに布団を敷き、眠っている伴に視線を遣った。
何か、声をかけようとも考えたが、黙って消えた方がお互いのためだな、と布団の足元にきちんと畳まれていた下着とスラックスを着用し、部屋の出入口の襖へと手をかける。
「…………」 何も言わぬまま部屋を抜け出し、襖を閉めると、飛雄馬は廊下を進んだ先にある玄関で靴を履く。
鍵を開け、足を踏み出した先は冬の朝らしく冷たく、薄暗い。鍵をかけぬまま屋敷を後にするのは後ろめたいが、日が昇るまであと少しと言ったところだろう。
もう数時間もしないうちにおばさんが朝食を作りに訪ねて来るはずだ。
屋敷の敷地から外へ出て、飛雄馬は立派な門構えと、伴と書かれた表札を見上げる。
またひとり、黙って消える自分を許してほしい。
伴、きみに会えてよかった。
飛雄馬はそのまま屋敷に背を向けると、それから一度も振り返ることなく、住宅街に紛れた。