お腹
お腹 「伴、最近また太ったんじゃないか?」
選手ロッカー室でユニフォームから私服に着替えている伴の腹と顔を交互に見遣ってから、飛雄馬はそんな言葉を投げ掛けた。
「そうかのう。おれは別にそんな気はせんが」
ユニフォームとアンダーシャツを脱ぎ、上半身裸となった伴は自分の太鼓腹をポンポンと叩きつつ、不思議そうに首を傾げる。
「腹がそんなに出ていたら走りにくいだろう。少し食べる量を減らしたほうがいいんじゃないか」
「言うほど動き辛くはないわい。失礼な……しかし、星にそう言われるとちとショックじゃい」
「……おれは伴の体のことを思って言っとるだけで、ふふ、正直、本音を言えば、その腹が例の行為の最中、おれの腹を圧迫する感覚は嫌いじゃない」
「え、っ!?」
下着代わりのタンクトップに頭を通している最中だった伴は飛雄馬の言葉にバランスを崩し、よたよたとよろめいた。
「ほら見ろ、膝に来ているじゃないか」
クスクスと飛雄馬は微笑を湛えつつ、自身もまたユニフォームを脱ぎ、タンクトップを着用してからタートルネックのセーターに腕を通す。
「今のは星が妙なことを言うからで……」
「まあ、なんだかんだ言いつつも、伴のこの体のおかげでおれはここまで来られたんだからな……」
柔道で鳴らした伴の肉体は一見、脂肪を纏った肥満のそれにしか見えぬが、実際のところ鍛え抜かれた筋肉が彼の全身を包んでおり、触れるとその違いは一目瞭然であった。
伴が運動不足が祟った贅肉だらけのただの脂肪の塊であったならば、青雲高時代に飛雄馬の豪速球を見事捕ることもなかったであろうし、大リーグボール開発特訓の際、体を壊し、野球からは身を引いていただろう。
伴の前にせり出し、スラックスを留めているベルトの上に乗っている腹を飛雄馬は叩くと、彼の顔を見上げてから目を閉じる。
「ほ、星?!」
驚き、声を裏返らせた伴だったが、飛雄馬が微動だにしないもので辺りを2、3度キョロキョロと見回すと、彼の両肩にそれぞれ手を置き、唇を尖らせる。
「なんだ、伴と星はまだいたのか」
唇同士が触れ合おうとした瞬間、出入り口の扉が開いて中尾二軍監督が顔を出したものでふたりはドキッ!と身が跳ね上がらんばかりに体を震わせ、互いに距離を取った。
「か、カントク。何かご用ですかのう。わざわざロッカー室までお越しになるとは珍しい」
「川上監督がお前らふたりに用があって探しているが姿が見えんとおっしゃっていたからな。高校時代からの親友同士、色々聞かれたくない話もあるだろうが、ロッカー室は談話室ではないぞ」
「川上監督が?」
一体何事だ?とふたりは顔を見合わせ、わざわざロッカー室まで出向いてくれた中尾二軍監督に礼を言うとそれぞれ廊下へと出る。
そうして、戸締まりを済ませ、ふたりとは反対方向に廊下を行く監督の後ろ姿を見送ると、飛雄馬は呆けている伴の腹をポンと軽く叩いてから、ふふ、と笑みを溢した。
「あ、星!」
「ほら、行こうぜ」
伴をせっつくように飛雄馬は言うと、再び、ニコッと微笑む。
その笑顔を目の当たりにした伴も緩い笑みを浮かべると、先を行く飛雄馬の後を追うように駆け出した。