体温
体温 うとうとと飛雄馬はまどろみつつベッドの枕元にある目覚まし時計を見遣る。
まだ起きる時間まで1時間近くある。
隣で眠る伴は間抜け面を晒して高いびきをかいていて、飛雄馬はくすっと微笑んだ。
辛うじて下着は身につけているものの、昨日伴とそういう行為をして、明日の話なんぞしながらいつの間にか眠ってしまったんだっけ、と昨晩のことを思い出しつつ飛雄馬は伴の大きな腕を枕にしつつ彼の顔を仰ぐ。
他人の体温を間近に感じることがこれほど幸福で、暖かくて、気持ちがいいことを伴は教えてくれた。
素肌に纏っていたあのギプスの冷たさや痛みを思い出し、夜中に目を覚ますことがあったが、その都度、伴がおれを優しく抱き締めてくれたお陰で今はもう悪夢を見ることはない。
自分のことなど二の次で、いつもおれのことを一番に考えてくれる。
いつもすまないと謝罪の言葉を口にすれば、こういうときはありがとうと言うんじゃぞいと彼独特の口調で微笑んでくれたとき、おれはこみ上げて来る涙のせいでまともに口が利けなかった。伴がいてくれたからこその巨人の星で、投手というポジションでいられる。
そう言うと伴は、星の努力のお陰と笑うが決してそうではない。
巨人軍の正捕手相手に投げつつも、おれはいつも伴の姿を見ている。
「星?」
少し掠れた声で伴が飛雄馬を呼ぶ。
「起こしたか?」
気だるそうに目を瞬かせる伴に飛雄馬が心配そうに尋ねた。
「……なに、そうじゃないわい。妙な夢を見たんじゃい」
「夢?」
「また星が花形たちに打たれて泣いとる夢じゃあ」
一瞬の間の後、飛雄馬はプッと吹き出して、おれが花形たちに打たれて泣いたことなんてあったか?と問い掛けた。
すると伴は飛雄馬を抱き寄せ、ぎゅうっとその胸に掻き抱く。それを受け、飛雄馬は目を閉じると彼の胸に顔を擦り寄せる。
「泣きたいならおれの胸で思う存分泣くがいい。星にはおれが付いとるからのう。心配せんでええ」
ああ、寝惚けているな、と飛雄馬は苦笑したもののそのまま黙って伴に抱かれている。
とくん、とくんと規則正しく脈打つ伴の鼓動が耳に心地良くて、飛雄馬はずっとこうしていられたらいいのに、などと再度訪れた睡魔に身を委ねながらそんなことを思う。
この腕の暖かさを知ってしまったことをおれはいつか後悔するんだろうか。
巨人の星が霞んでしまうほど、この男の熱を切望する日が、いつの日か来るんだろうか。
飛雄馬はそこまで考えて、意識を手放す。
そうして、再び彼らふたりが覚醒したのは目覚まし時計のけたたましいベルの音が聞こえてきたからで、朝練に遅れてはならぬと互いに飛び起き、身支度を始める。
「なあ、星よう、朝方、寝惚けてきさまに変なことを言った気がするんじゃが」
「ふふ、そうか?夢でも見たんじゃないか?」
「そう、その夢の話よ。小さな星がひとりぼっちで泣いとる夢を見たんじゃい。おかしなことに近くにいるおれは今の姿でな……おかしなこともあるもんじゃい」
はっ、と飛雄馬は支度をする手を止め、寝惚けた伴が口走った言葉を反芻する。
どれだけ欲しかっただろうかその言葉が、見返りを求めないぬくもりが。
ねえちゃんの前では強がってみたこともあった、とうちゃんに男のくせにと詰られたこともあった。それでも、おれは優しい腕が欲しかった。
「星?遅れるぞい」
「あ、すまない。先に行っててくれ」
「…………わかった」
何事か伴は言いかけたが、洗面を済ませるために首にタオルをかけ部屋を出て行く。
飛雄馬は背後で扉が閉まる音を聞きつつ、瞳を濡らす涙を拭い、はあっと息を吐いた。