取材
取材 いい加減、飽きてきたな、と花形は試合後の選手インタビューに適当に答えつつかぶっていた帽子を脱ぐ。
事前に監督へインタビューは受けたくない、そんなことに時間を割くくらいなら一刻も早く宿舎に帰って練習なり休養を取るなりしたいと伝えた花形だったが、「皆お前のインタビュー楽しみにしとるんだ。たまには答えてやれ」と、笑い飛ばされてしまい、気が乗らぬままであったが色々と質問をぶつけてくる記者に対し、彼は当たり障りのない返答をしていた。
「それで、星くんのことについてだけど」
「星?」
ぴく、と花形は眉を動かし、眉間に皺を寄せてから抜いだ帽子をテーブルの上に置く。
他の選手はとうに宿舎に帰り、花形と雑誌の記者だけが残る選手ロッカー。
今日は阪神の本拠地である兵庫ではなく、東京の後楽園球場にて試合があったために阪神の選手たちは宿舎入りしている。
「やっぱり星くんの名前が出ると目の色が変わるね」
「ふふ、そりゃあ、ぼくが野球を始めたきっかけというのも星くんですからねえ。それで、彼がなんです?」
「星くんのことを、花形くんはどう思っているのか。あ、いや、これは記事にしない。ワタシの一個人としての興味。なぜ君ほどの天才が星飛雄馬という投手に固執するのか」
記者は録音しているレコーダーのスイッチを切り、背広の胸ポケットから煙草を取り出すとそれを咥えた。それからハッとしたように花形を見て、コレ、いい?と尋ねた。
どうぞ、と花形は答え、尋ねてきた記者に対し喫煙を許可するように手を差し出してから腕を組む。
「どう思っているのか──まあ、ライバル、親友と言ったところでしょう。彼がいてくれるからこそぼくがいる。俗な言い方をすれば、ぼくの目指す星ですよ」
「星?星くんが?花形くんの?」
煙草に火を付け、記者は驚いたように目を丸くし花形を凝視する。
ええ、と花形は頷いて今度はパイプ椅子に深く座り直してから足を組んだ。
「花形くんほどの天才が目指す目標が星くんとはねえ……彼、素直ないい子ではあるけど、見た目だって、それに変な話、実家の規模や学力にしたって君の方が上だろう?投手と打者じゃ全然違うし」
「ふふ、違いますよ。そんなことは問題じゃない。生き方だ、男の。人間としての在り方の話だ」
人間の?と記者は聞き返し、おっと、と煙草の灰を慌てて灰皿へと落とす。
「彼の野球に対する姿勢。数多の困難に見舞われようとも懸命に立ち上がり、前を向くひたむきさ。いくらぼくや左門に打たれようとも、再び強大な敵としてぼくらの前に立ちふさがってくる強さ。何もかも、ぼくの目標ですよ」
「ふ、ふ〜ん。なるほどねえ」
咥え煙草のまま記者は花形の言葉の意味を整理しようとしているのかしきりに目を瞬かせている。
「別に、理解してもらおうなどとは思っていない。訊かれたから答えたまでだ。さて、そろそろいいですか。明日も試合があるのでね」
「あ、ありがとう!花形くん。よければサインをくれないか。ワタシの妻が君の大ファンなんだ」
「……………」
花形は記者がゴソゴソと鞄から取り出した色紙とマジックペンを受け取るとそれにサインを記して、どうぞ、と手渡す。
「今度のマガジンにきみのインタビューが載るからさ。きっと子供たち喜ぶと思うよ」
「その時はぼくも読ませてもらいます。では」
「あ、謝礼は球団事務所から、花形く」
席を立ち、花形はバットを差し込んだ鞄を手に記者が呼び止めるのも聞かず足早に廊下を行く。明日も巨人戦だが、果たして星くんは登板するだろうか。
きみが登板しない試合での勝利など何の価値もない。燃えもしない。何もかもがつまらない。
それにしても、おしゃべりが過ぎた。
まさか勢いとは言えあんなことを口走ってしまうなんて──。
選手出入り口から花形は球場を出て、自分の車を停めている駐車場までの薄暗い道のりを歩く。そうして、黄色のオープンカーのドアに手をつき、運転席へと飛び乗った。
エンジンをかけつつ、空を仰げば夜空には大小様々な星たちが輝いている。
そんな中、一際明るく光る星がひとつ頭上にあって、ああ、あれが巨人の星だろうか、ぼくから見た星くんそのもののようだ、と花形はしばしその明星に見惚れたあと、ふふっ、と苦笑してからアクセルを踏み込み、その場を去った。