終電
終電 ふらりと飛び乗った東京都内から郊外へと向かう最終電車の終点で、駅のホームへと降り立った飛雄馬は、タッチの差で乗り遅れたらしき男の叫び声を聞いた。
気の毒に、可哀想ではあるが、こちらがしてやれることなど何もない。飛雄馬は、ホームに流れ込む冷たい夜風に着込むコートの襟を合わせつつ、改札へと足を向ける。と、サングラスのレンズ越しではあるが、視界に叫び声を上げた男の横顔がちらりと映り込み、飛雄馬は思わず立ち止まった。
「駅前にタクシーはおらんかったしのう……親父のやつう。こんな僻地に行かせおってえ」
伴、と男の名前を口走りそうになって、飛雄馬は開きかけた唇を噤む。
あの独特の訛りを、聞き間違えるものか。
「…………」
声を掛けようか、一瞬、ためらったが、飛雄馬は努めて冷静に、そして軽薄に、どうかしたのかい?と彼に尋ねた。心臓はいやに高鳴っている。
正体に気付かれることより、この心臓の鼓動が目の前の男──伴に聞かれやしないかと、飛雄馬にはそればかりが気になった。
「なんじゃい。わしゃ電車に置いて行かれてむしゃくしゃしとるんじゃい。放っといてもらおう」
「ここで始発を待つつもりか?しばらく歩けば流しのタクシーくらい見つかろうが、どこかで朝を待つというのなら付き合ってやらんこともないが」
「…………」
伴の瞳が、疑いの色を宿したまま飛雄馬をまじまじと見つめる。自分で言うのもなんだが、野球帽を目深にかぶった上に、サングラスまで着用した胡散臭い男を、信用する方もする方であろう。
飛雄馬はあっちへ行けと言われるのが落ちだろうと、そこまで思案したが、考えに反し、伴が、お言葉に甘えさせてもらうわい、と口走ったために、その後に続く言葉を紡ぐのにしばらくの時間を要した。
「ふ、ふふ……わかった。ついてくるといい」
「なんじゃい、急に笑ったりして……酔っとるのか」
「いや、酔ってなどいないさ。ところで、あんたの名は?」
ホームから改札口へと向かいつつ、飛雄馬は後ろをのそのそと着いてくる伴に尋ねた。
「わし?わしは伴宙太よ」
「伴、宙太……」
なんと、懐かしい名だろう、と飛雄馬は伴の名乗りを反芻し、ふと天井を仰ぎ見る。
もう、二度と呼ぶこともないと思っていた名前、会うこともないだろうと思っていた親友。
「きさまの、ええと、お宅の、あ、いや……」
「おれは」
伴の迷うような問い掛けにかぶるように、飛雄馬は口を開き、トビタだ、と一言、短く名乗った。
「トビタ……ふむ、初めて会う気がせんのう」
「ふふ、おれもそう思っていた。あんた、名前を聞いて思い出したが、昔、中日にいたことがあるだろう」
「わ、わしを知っちょるのか?」
中日、の言葉に伴の目の色が変わり、飛雄馬は苦笑すると、ああ、巨人時代から知っているさと答える。
それなら、と伴は続け、星を知っちょるか?と慌てた様子で訊いた。
「……星、飛雄馬だろう。野球好きなら知らん人間はいないだろうさ」
ずきん、と左腕が疼いて、飛雄馬は唇を引き結ぶ。
しかして伴はそれに気付いた様子はなく、星飛雄馬は高校生時分からの知り合いで、親友であったこと、共に野球をしたこと、星飛雄馬の長年の夢であった巨人に共に入団できた日の夕日がとても美しかったこと、彼の魔球開発の特訓に体中に痣を作ったこと、様々な思い出を飛雄馬へと語り、懐かしそうに目を細めた。
飛雄馬はそれらを黙って聞きながら、駅員に切符を渡し、改札を出ると、駅前でぽつんと光る赤提灯の店へと伴を連れ込んだ。
「まったく、終電を逃したときはどうしようかと思ったわい。トビタのおかげで命拾いしたぞい」
店内のテーブル席に腰を下ろした伴が、ガハハと声を上げ、店をひとりで切り盛りしているらしい店主へと、まずは瓶ビールを持ってくるように言った。
平日深夜ということもあってか、飛雄馬たち以外に客の姿はない。
「おれも降りたはいいものの、行く当てもなかったからな」
店主から冷えた瓶ビールとグラスをそれぞれ受け取り、飛雄馬は伴の前に置かれたグラスへと栓を抜いた瓶を傾ける。
ガラス製のグラスは瞬く間に黄金色の液体に満たされ、辺りには炭酸の弾ける音が微かに響いた。
それぞれのグラスをビールで満たし、ふたりは乾杯とばかりに手にしたそれらをカチンとぶつけると、一息に中身を飲み干す。
冷たく、苦い炭酸が喉を抜け、胃腑へと滑り落ちる。
伴が店主へとつまみの類を言い付けるのを聞きながら、飛雄馬は手にしたグラスを指先で弄ぶ。
「さっきの話に戻るが、伴さんと言ったか、あんたは自分の武勇伝を語るより、星飛雄馬のことを語る数が多かったように思うが、星飛雄馬とやらはそんなにすごい選手だったとは思えんが……」
「すごいなんてもんじゃないわい。星はなあ、天才じゃぞい。大リーグボールはトビタももちろん知っとるじゃろうが、それを思いついても誰が投げられるんじゃ。あれは星じゃから出来た芸当で……ヒック、血と汗と、泥にまみれ、体格の不利を補おうと、必死で星が編み出した魔球ぞい。阪神の花形や大洋の左門らに敗れても、それでも、と自分を奮い立たせてのう……」
運ばれてきた茹でたての枝豆を太い指で皮からぷちぷちと取り出しながら伴が語る。
「消息は、まだ掴めんらしいな」
瓶から二杯目を注ぎつつ、飛雄馬が訊く。
「おうい、すまんがビールをもう一本。あと鶏ももを四本頼むぞい。親友のわしにも黙って……ヒック……星のやつう……会ったらぶん投げてやるわい。わし、野球をやる前は柔道をやっちょってのう……高校柔道界では敵なしで……」
「柔道か。柔道には明るくないが、なぜ柔道から野球に転向しようと?」
二杯目に口を付け、飛雄馬が訊く。
転向の理由など、聞くまでもないのだが──。
「そりゃあ星に惚れたからじゃい。男心に男が惚れて〜」
名月赤城山の一節を口ずさみながら、伴が店主から受け取ったねぎまにかぶりつく。
「…………」
「トビタも食え。いけるぞい」
「ふふ……すまんが、持ち合わせがあまりなくてな。このビール代を払うのがやっとだ」
「にゃに?水臭いことを言うでないわい。わしの奢りよ。腹いっぱい食うとええ」
「……変わらないな、伴は」
飛雄馬はアルコールの酔いに任せ、ぽつりとそんな一言を呟く。伴には聞こえていないようで、二本目のねぎまをもぐもぐとやりながら、酔いが回っているのか顔を真っ赤に染めている。
「ほら、熱いうちに食べんともったいないぞい」
「ありがとう。いただこう」
伴に差し出された皿から、飛雄馬はねぎまの串を手に取り、そのまま口へと運ぶ。
タレを纏った香ばしく柔らかい鶏もも肉と、炭火で炙られたことで甘みを増した葱の旨みが口の中いっぱいに広がり、飛雄馬は、うまい、と無意識のうちに呟いていた。
「うむ。客がいないのが不思議なぐらいじゃい」
「ふふ、時間が悪いんだろうさ」
二本目のビールの栓を抜き、グラスへと注ぐ伴の唇の端に、焼き鳥のタレが微量、付着していることを飛雄馬は伝える。ん?と伴はとろりと半開きの目を飛雄馬へと向け、どっちじゃ?とあらぬ方向の口元を指で触り、首を傾げる。
「違う、右だ」
思わず、飛雄馬はねぎまの串を皿へと戻すと席を立ち、伴の口元へと手を伸ばす。
「付いとらんぞい」
「子供と同じだな」
伸ばした左手の、親指で飛雄馬は伴の唇の端からタレを拭い取る。
「ん、すまん」
そう、言うが早いか、伴は飛雄馬の指をぱくりと咥え、タレの付着していた指先を舌先で舐め上げた。
「…………!」
「ん、なんじゃあ。まだ付いとるかあ」
立ったまま、呆然と立ちすくむ飛雄馬の姿を見上げ、伴が間の抜けた声を漏らした。咥えられた指先にはまだ伴の舌の感触が残っていて、飛雄馬は火照り始めた左手を握り締めると、そのまま席へと腰を下ろす。
なんてことをしてくれたんだ、伴のやつ──その言葉を飲み込んで、飛雄馬は一本目の瓶を空にすると、伴が注文したばかりの二本目をグラスに注ぎ、それをまた、一息で飲み下す。
空きっ腹にアルコールを詰め込んだせいで、酔いが回るが、そんなことは気にしてはいられない。
それよりも、今は火照り、疼く指先の感覚を消してしまいたかった。
「おうい、茶漬けを一杯…………」
それから、どこをどう歩いたのか、記憶がない。
気付けば飛雄馬は薄暗い部屋の布団の上に寝ており、部屋の中を天井に設置された電灯の豆電球が橙色に薄っすらと照らしている。
テレビ、もしくはラジオでも付いているのか人の声が微かに聞こえてくるようでもある。
「ん、目が覚めたか。トビタ、きさま酔い潰れて眠っとったんじゃぞい。それをわしが担いであっちへふらふらこっちへふらふらしながらようやくホテルに連れて入って……」
飛雄馬に気付いたか、テレビを眺めていたらしい伴が振り返り、事の顛末を語って聞かせる。
ホテル、にしては、布団があるのは妙だな、と飛雄馬は痛む頭を抱え、体を起こす。と、帽子とサングラスがないことに気付いて、ハッ、と顔を上げた。
「なんじゃ、どうした。頭が痛むか?ジュースがあるぞい」
言うと伴は近くにある小型冷蔵庫を開け、中からオレンジジュースの瓶を取り出し、飛雄馬へと差し出してきた。
「サングラス、は……」
伴から顔を背け、飛雄馬は尋ねる。
「サングラス?ああ、寝るのに邪魔だと思ってのう……」
どうやら、気付かれてはいないらしい。
アルコールのおかげと言うべきか、アルコールのせいで、と言うべきか。気付かれなかったのは良いとしても、まさか、こんな場所に来てしまうとは。
栓抜きを渡してきた伴と指先が触れ、互いに顔を見合わせる。
「すまん……まさかこんなことになるとは」
「ん、いや。疲れとったんじゃろう。しかし、よかったわい。駅前のホテルを当たってみたが、どこも満室と言われてしまってのう……とは言え、ホテルなぞ洒落たのはひとつしかなかったが……ダメ元で当たった連れ込み宿が客がおらんからと言うことで一部屋、貸してくれてな……ワハハ、男同士、連れ込み宿と言うのも妙じゃが、寝る分には構わんじゃろうて」
「…………」
栓を抜いた瓶に飛雄馬は口を付け、冷たく、甘いオレンジジュースで喉を潤す。
伴は部屋に来てからもひとり、飲んでいたのか近くにはビール瓶が二本ほど転がっている。
「明かりを、付けるぞい。暗いままじゃと不便じゃろう」
「付けなくていい。そのままで……」
立ち上がりかけた伴を制し、飛雄馬は再び、瓶に口を付けると中身をすべて飲み干す。
「ん、ん……しかし、」
困ったように口ごもる伴の背後で、テレビが女性の嬌声を流し始め、驚いた伴が慌ててスイッチを切った。
「…………」
「や、宿が宿じゃからのう。夜中じゃし、こんなものしかやっとらんで……」
「伴」
「あ、ほ、星っ!?いや、違う……その、すまん。酔っとるらしい。トビタが星に見えて……」
伴が目を擦り、首を振るのを見つめ、飛雄馬は布団から僅かに外れた、畳の上へと座る彼の胸元へと身を寄せる。
「…………」
「なっ、トビタ?きさま、一体何を……妙な気を起こすのはよせ!わしは」
「星に悪い、か」
「うっ!」
「あんた、さっきおれが星に見えると言ったな。それではおれと寝る理由にはならんか。ふふ……その反応を見るに星とはまだらしい。それならおれで試してみたらどうだ」
「ばっ、馬鹿を言うな、トビタよ!もっと自分を大事にせい!おれはそんなつもりできさまをここに連れ込んだわけじゃないぞい!」
「なに、星だって今頃お楽しみだろうさ。うるさい親友気取りの……っ!」
飛雄馬の両腕を伴が掴み、それ以上星を侮辱するとトビタと言えども許さんぞい、と怒鳴りつけた。
「ふっ……ふふっ。説得力に欠けるな、伴。それならあんたの股の間のそれはなんだ」
「……言い訳はせんわい。似とるんじゃい、きさまは星に似すぎとる。匂いも、顔も、仕草も。酔っ払いの男ひとり、店の外に放り出したところで普段のわしなら良心も痛まん。じゃが、わしはトビタに星を見てしまった。サングラスを取るまでは気の迷いじゃ、アルコールのせいでと思っていたが、部屋に着いて素顔を目の当たりにしたら、もう、な……しかし、トビタはトビタ、星は星じゃ。気色悪いものを見せてしまってすまんのう」
ぽつりぽつりと胸の内を伴は語ると、腕、悪かったのう、と飛雄馬から手を離し、顔を背けてから小さく鼻を啜る。
「伴……」
「もう、呼ぶな。頼む、呼ばんでくれえ……」
伴の声は震えており、その大きな体もまた、小さく戦慄いている。伴、いいやつ。きみと出会えて、おれは本当に良かったと思っているよ。
「…………」
ふ、と飛雄馬は微笑し、再び伴を呼ぶ。
「きさま、絞め落とされたいの、っ……」
声を荒げつつ、振り返った伴の唇に飛雄馬はふと、己のそれを寄せた。
「…………」
「…………」
目を大きく見開いた伴を前に、微笑んだ飛雄馬の体が、ぐるりと回る。畳の上に押し倒され、大きく広げられた足の間には伴の体があって、寄せられた腰の熱が飛雄馬の臀部に触れている。
「後悔しても知らんぞい」
「…………」
言葉こそ荒っぽいが、おそるおそる身を屈めてきた伴の首に腕を回し、飛雄馬は彼を力任せに抱き寄せるとそのまま唇へと口付けた。
「わっ、ばかっ……」
触れる肌よりも更に熱い舌が絡んで、飛雄馬の体の奥を火照らせる。そろりとコートの下に着込むシャツの裾から伴の指が素肌に触れて、飛雄馬は小さく声を上げた。
けれども、伴はためらうことなく指を滑らせ、刺激に粟立つ飛雄馬の腹から胸へと触れ、その先にある突起をくすぐった。
「っ、う……」
指先で弄ばれる突起が膨らみ、尖る感覚に飛雄馬は呻き、背中を反らす。すると、腕の力が緩んだことで、飛雄馬の両腕は畳の上へと落ち、そのおかげである程度自由の身となった伴が飛雄馬の首筋へと唇を寄せた。
「ああ、いかん。トビタよ、きさまを楽しませてやりたいのは山々じゃが、もう……」
「いや、構わんさ……少し、っ、慣らしてから来るといい」
飛雄馬は言うと、身につけているスラックスのベルトを緩めてから腰を浮かせ、下着ごと引き下げた一式を足元を放った。そうして再び、伴の前に足を広げてから大きく息を吸う。
「久しぶりすぎて、やり方が、そのう、朧げで……」
「久しぶりか。誰となどと野暮なことを訊く気はないが、ふふ……初めてではなさそうだな」
「なっ、にゃにを吐かすか。星以外としたことなぞ……あっ!」
「つまらんな。もっと気の利いた答えが聞けると思ったが」
「つ、つまらんじゃと?」
口に咥え、唾液を纏わせた伴の指が飛雄馬の尻へと触れ、腹の中にゆっくりと入り込んでくる。
「っ、奥は、い、っ……から、入口を、っ、うぅ……」
伴の指が浅い位置を撫で、しばらくそこを解していたかと思えば、急に奥まで滑り込んできて、飛雄馬はふいに立ち上がった男根からとろとろと先走りを垂らした。
「加減がわからんわい……二本目、ええかのう」
「ん、ぁ、あっ……ばかっ、奥は、やめろと、いったじゃないかぁっ……」
「えっ、すまん……悪気は──」
「いっ……から、伴、来てくれ……」
驚き、指を抜いた伴を見上げ、飛雄馬は彼を呼ぶ。
すると、伴は距離を取ると、スラックスの前をはだけさせ、取り出した爆発寸前だという男根を飛雄馬の尻へと押し付けた。
「いくぞい」
ふっ、と飛雄馬は雰囲気に似合わぬ掛け声に苦笑しつつも、挿入を果たした伴が腹の中を押し広げていく圧に目を閉じ、体を震わせる。
「…………───っ、」
ぞくぞくと飛雄馬の腹の奥は期待に疼き、全身に力が篭った。達しそうなのはこちらも同じこと。
久しぶりに腹の中を満たすこの懐かしい感覚だけで、気が狂いそうなほどだ。
「う、ぅっ」
腰を突き入れた伴が呻き、奥深くへの挿入を許した飛雄馬もまた、呼吸をするのがやっとの状態でうっすらと目を開ける。
「少し、っ……待ってほしい。今動かれる、ぅっ!」
息を整え、そう言った飛雄馬だったが、伴がずるりと腰を引き、強く尻へと打ち付けて来たため、ほとんど不意打ちの状況で絶頂を迎えた。
突かれ、飛雄馬が達した箇所を、伴は腰を引くことなく、掻き回すように執拗に責め立てる。
飛雄馬の全身からは汗が吹き出し、頭の芯がじんと痺れた。大きく反らすことになった飛雄馬の背中を伴は抱くと、声を上げまいと必死に閉じ合わせた唇に口付けた。そうして、ひくひくと痙攣する飛雄馬が落ち着いてから、伴は再び腰を使い始める。
「ッ、あ……よせ、ぇっ……!やめっ、」
「つまらんなどと寝惚けたことをきさまが言うからじゃい」
中を抉るように伴は腰を回すと、一度、射精のために体を離し、飛雄馬の腹の上に放出した。
しかして、伴の男根はそれで萎えることもせず、そのままの状態を保ったまま、放心状態となっている飛雄馬の尻へとあてがわれた。
「ばっ、伴……謝る、さっきのこと……あ、ぁっ……!」
今度は容易く奥まで到達した伴の男根に擦られた腹の中から、全身へと広がった甘い痺れが飛雄馬の脳を焼く。
「謝って済めば警察はいらんわい。しかし、トビタもとんだ好き者じゃのう」
「いっ、い加減に……ッう、ァ……」
伴にのしかかられ、飛雄馬は呼吸もままならぬまま、与えられる快感に身をよじる。
首筋をそろりと撫でる舌に唇を噛み締め、飛雄馬は震える声でやめてくれとそればかりを口走った。
「仕掛けたのはそっちじゃろう」
飛雄馬の体を抱え上げ、伴は足を開くと、飛雄馬を下から突き上げる。
伴の体に縋りつくように彼の太い首へと腕を回し、飛雄馬は寄せられた唇に口付ける。
体の奥深くを突き上げる動きとは裏腹に、優しい口付けに飛雄馬は頬を涙で濡らす。
「なっ、泣くことはないじゃろ、トビタよ。い、痛かったか?無茶しすぎたかの」
「いや……なんでもない。なんでも……っ、」
「……トビタは、何から何まで星に似とるわい。なんて、きさまからしたらいい気はせんのう」
「ふ……あんたも、似ている。おれの、古い知り合いに……」
「…………」
何やら、言いかけた伴の唇に飛雄馬は口付け、腹の中に出された熱に、小さく微笑んだ。
そうして、再び唇をどちらともなく重ねて、畳の上に横たわらせた飛雄馬の中から伴は男根を抜き取る。
「絶倫め……」
「口が減らんのう、トビタは。その古い知り合いとやらも苦労するわい」
布団の枕元にあったティッシュを投げて寄越した伴の嫌味を聞き流し、飛雄馬もまた、体液に濡れた腹や尻を拭うと、布団の上に転がった。
「あんた、親父さんがどうのとぼやいていたが、本当は星飛雄馬を探しにここに来たんだろう」
「ちょっと違うぞい。いるかもしれん、と思って来たんじゃが、当て外れの終電逃し。朝帰りでまた親父に叱られるわい」
「どこかで会ったら、伝えておくさ。おれに瓜ふたつらしい星飛雄馬に、あんたが探していた、と」
「……わしもトビタの知り合いとやらに会ったら寂しがっていたぞと伝えておくわい」
「ふふ……」
「わ、笑いごとじゃないぞい、わしは本気で……」
「もう寝ようじゃないか、伴」
先に布団の上に横になっていた飛雄馬が伴を呼び、ふたり、並んで寝転がると仲良く天井を見上げる。
「名前を呼ばれるのに弱いのう」
「あんた、相当星飛雄馬に惚れているんだな」
「わしは星のためなら死ねるぞい」
「…………」
「笑わんのか」
伴が寝返りを打ち、そう訊いた。
「笑わないさ。羨ましいとは思うが」
「羨ましい?」
「あんたにそう思われる星飛雄馬がな」
「そ、そうかのう。また臭いだとかなんじゃとか星には言われそうじゃが、トビタにそう言ってもらえると嬉しいわい」
「……明日、始発で帰るんだろう。早く寝るんだな。今度は寝過ごすぞ」
「おう……」
小さく、声を上げた伴が寝入るのを待って、飛雄馬は布団から抜け出すと、羽織るコートから有り金をすべて取り出し、彼の枕元へ置いた。
始発はもう間もなく動き始める。
伴が起き出す前にここを出なければ。
「むにゃ……星、星よう……」
「…………」
きみは、酒の勢いを借りて抱いたトビタが、星飛雄馬と知ったとき、一体どんな顔をするだろうか。
もう、二度と会うこともない親友よ。
テレビの近くに置かれていたサングラスと帽子を身に着け、飛雄馬は立ち上がると、部屋を出るために歩み始める。これから寒くなる。南に向かい、春を待とう。とは言え、どこかで日雇いの仕事を探さねば、それどころではないのだが。
「戻ってこい……星、星ぃ」
「さよなら、伴」
悪夢でも見ているのかうなされる伴を残し、飛雄馬は宿を後にする。空は白み始め、夜明けが近いことを知らせる。西に浮かぶ星と、東から顔を覗かせる太陽が同じ空に輝いている。昔、これに似た空を眺めたことがあったな、と飛雄馬は苦笑すると、歩き始める。置き手紙のひとつでも書いてくるべきであったな、なんて、今更そんなことを考えてもどうしようもないのだが。始発電車が駅のホームに滑り込む様を見上げつつ、飛雄馬は未だ体に残る伴の体の熱に、泣くのを堪えるよう、唇を引き結んだ。