隙間風
隙間風 寒い、と飛雄馬は布団の中で寝返りを打つと体を小さく丸める。長屋のガラス張りの引き戸から冷たい空気が隙間風として入り込み、薄い煎餅布団では到底耐えられそうにない。だというのに、左右それぞれに布団を敷き、眠る姉と父はまったく意に介さない様子で寝息を立てている。
一旦、外に出て辺りを少しランニングでもして暖めてこようか。しかし、早朝の父との町内ランニングのことを考えると、少しでも睡眠時間を確保したいのが本音だ。ああ、考えれば考えるほど眠気は遠退き、寒さばかりが身に沁みる。
「寒いのか」
隣で眠る父がふと、口を開いた。
「…………」
起こしてしまったか、と飛雄馬は息を潜め、寝たふりを決め込む。眠れないのなら投球練習でもするかなどと言われては困るからだ。
「眠れないのならわしの布団に入るといい。冷えは野球選手には大敵じゃからな」
父の口から発せられたまさかの言葉に、飛雄馬は気配を殺すべく、閉じていた目をゆるゆると開くと、布団から体を起こし、いいのかい?と小声で尋ねた。
「二度は言わんぞ」
「……うん」
布団から這い出て、飛雄馬は傍らに眠る父・一徹の布団の中に体を滑らせる。暖かい。父の体温で布団の中は熱を持っている。
「狭くはないか」
「大丈夫……ありがとう、とうちゃん」
「早く寝ろ。明日も早いぞ」
「うん」
父にぴたりと密着し、飛雄馬は嬉しさから頬を緩ませる。とうちゃんと、こうして眠るなんて何年ぶりだろう。懐かしい。まだ小さい、物心つくかつかないか、そんなところだろう。酒臭いとうちゃんが嫌で、ねえちゃんの布団によく入れてもらっていたっけ。
野球キチガイのとうちゃんに嫌気が差して、どうしてこんな家に産まれちまったんだろうと思ったことも一度や二度ではないが、こうしているとやっぱりおれはとうちゃんのことが好きなんだなと実感する。
煙草の香りが染み付いた、懐かしい匂い。
これでようやく眠れそうだ。
飛雄馬は、うふふと小さく声を上げてから眠るべく目を閉じる。窓を冷たい風が叩いても、もう寒くはない。父のぬくもりに包まれて、飛雄馬は布団の中でゆっくりと眠りに落ちていくのだった。