酔態
酔態 それにしても伴のやつ、あまりに遅すぎるな、と飛雄馬はソファーに腰掛けたまま、手首にはめた腕時計に視線を落としてから客間の出入り口の扉を一瞥する。
飛雄馬はこの日、姉の明子に呼ばれ、花形邸を訪ねている。
むろん、飛雄馬ひとりというわけではなく、彼の親友である伴宙太も共に招待を受けていたのだが、どうしても外せぬ会議があるとかで花形宅を訪れるのが予定より遅くなるとの連絡が入ったのがつい先程のことであった。
飛雄馬はその報を聞き、こんなことなら花形が迎えに来てくれた際、後から伴と一緒に行くと断るべきであったなと今更ながら己の軽率さに歯噛みする。
そうして、さっき封を切ったばかりのウイスキーをグラスに注ぎ、水で割っているとは言えやたらに飲む速度の速い花形をたしなめるように口を開く。
半ば憂さ晴らしに近いような、そんな剣幕で飛雄馬は一言、飲みすぎじゃないか、と短く、そして鋭く声を発した。
「…………」
唇を寄せかけたグラスから顔を離し、こちらを見据えてきた花形から飛雄馬は視線を逸らす。
「飲むなとは言わんが、少し控えるべきだと思う」
「義兄の体が心配かね」
ふふっ、と笑み混じりにそうからかわれ、飛雄馬はあからさまに表情に怒りの色を滲ませた。
「そうじゃない。ねえちゃんは酒飲みの親父のせいで散々苦労をしてきている。夫である花形さんまで酒浸りの身となってはあまりにねえちゃんが不憫だからだ」
「伴くんへの苛立ちをこちらに向けられる方が迷惑だよ飛雄馬くん。彼も遊んでいるわけではない」
「…………」
一度は花形へと向けた顔を再び逸らし、飛雄馬は眉根を微かに寄せた。
なぜ、この男にはおれの考えが手に取るようにわかるというのだ。
おれは未だに、花形さんの考えは読めない。
今もなぜ、こちらを見つめながら例の彼特有の笑みを浮かべているのかも見当がつかない。
「……花形さんは、なぜ、おれの考えが読めるんだろう。気味が悪い。フフッ、こんなところかい」
花形が手にしたグラスを回し、淡い琥珀色の液体の中に浮かぶ氷が立てた音に飛雄馬は俯けていた顔を上げる。
「…………」
寒くもないのに、花形の言葉を聞いた瞬間、飛雄馬の肌が粟立った。
「ずっと飛雄馬くんのことだけを見てきたからね。きみの考えていることははばかりながらこの花形、すべて察しがつく」
「…………!!」
花形は驚き、固まった飛雄馬を更に煽るがごとく、ニヤリと微笑むと手にしていたグラスに口を付け、呆けたままになっている彼の唇へと己のそれを押し当てる。
そうして、身をよじり、逃れようとした飛雄馬の口内へと花形は口に含んだままになっていたウイスキーを流し込んだ。
「やめてくれっ、一体、なに……を」
拒絶の言葉を口にし、腕で花形の体を押し退けた飛雄馬だが、ウイスキーを飲み下した喉から胃腑にかけてがかあっと熱を持ち、視界がぐらりと揺れた。
目の前に佇んでいるであろう花形の顔さえ歪んで見え、頭がじわじわと痛み始める。
一時期、毎晩のように焼酎を飲みふけっていた過去があるために、酒には強いとの自負があったが、花形が飲んでいた酒は、洋酒は、あの味は、おれは……。
「おっと。フフ、酔いが回ったかね」
ふらついた飛雄馬を支え、花形はソファーの座面へと彼の体を横たわらせた。
「あ、う……う、」
全身が燃えるように熱い。
なんの酒だ、あれは、おれは何を飲まされた。
花形はなぜ平気でいられる。
くらっと眩暈を起こした頭を抱え、目を閉じた飛雄馬だが、ふと、閉じたまぶたの前に何やら気配を感じ、何事かと目を開ける。
と、花形の顔がすぐそこまで迫っており、うっ!と短く呻いて距離を取るべくもがいたが、アルコールが入り、酔った手足はろくに動かずそのまま口付けを受ける結果になった。
再び、口内に液体が注がれ──今度は冷えた水が口の中を満たして、飛雄馬はびくっと震える。
酔いが回った体をじわりとその冷水が解してくれ、飛雄馬は熱っぽい吐息を口から漏らした。
「まだご入り用かね」
いつの間に携えていたかソファーに深く座ったまま足を組み、煙草を咥えた格好で残りのウイスキーを煽っている花形を睨み付け、飛雄馬は、いらん、と短く吐き捨てる。
「そんなに、強い酒を、花形さんは」
「なに。きみとふたりっきりの時間を過ごすには酒の力を借りんと身が持たんのでね。ぼくも伴くんには文句を言いたいくらいさ」
おれは、やはり、この男のことがわからない。
そうでなくとも、花形に飲まされたあの酒のせいでうまく頭が回らないと言うのに。
己の上に跨るようにしてソファーの座面に乗り上げてきた花形を仰いで、飛雄馬は唇を強く引き結ぶ。
花形はネクタイを緩めつつ飛雄馬に顔を寄せ、その吐息を己が唇で奪おうとするが、ついとそれを躱され、ふふっと声を漏らした。
「なんの、つもりか知らんが、花形さんの、っ……気まぐれに付き合わされるのはごめんこうむる」
「…………」
逸らした顔、その顎を掴まれ、正面を向かされた飛雄馬は無理やり花形の口付けを受ける羽目になる。
固く閉じ合わせた唇を舌がゆるりと撫で、わざとらしく音を立ててからそこを離れた。
ピクッ、と体を震わせ、飛雄馬が呼吸のためにわずかに開けた唇に花形は再び口を寄せ、その隙間から舌を滑り込ませる。
「う、ぐっ、………」
「口を開けて、飛雄馬くん。意地を張っても何もならんだろう」
「…………」
頭が、くらくらと揺れ、正常な判断ができない。
口を開けたらどうなる?花形は何をするつもりなのか。
飛雄馬は言われるがままに口を開き、花形の侵入をまんまと許した。
舌を出してと命令され、差し出した舌を吸われ、それに花形の舌を絡められる。
時折、軽いリップ音を立てながらふたりは唾液と吐息とを絡め合い、貪欲に唇を求め合った。
いつの間にか花形の指は飛雄馬のそれと絡み合っていて、ソファーの座面の上、飛雄馬の頭の辺りで揺れている。
花形はちゅっ、と飛雄馬の唇を小さく啄んでから、今度は彼の首筋へと顔を埋めた。
「う……」
熱い唇がそこに触れて、飛雄馬は戦慄くと、目を固く閉じ合わせ奥歯を噛み締める。
濡れた舌が肌の表面を滑ったかと思うと、ふいに薄い皮膚を吸い上げられ、そこから甘い痺れが全身に走る。
花形は飛雄馬の首筋に唇を寄せつつ、彼の身に纏うシャツの裾から握っていた手を一旦は振り解いてからその中へと差し入れた。
腹から脇腹を撫で、シャツをたくし上げつつ、シャンデリアの明かりの下に晒した飛雄馬の腹に花形はソファーの座面に置く体の位置を変えながら口付け、衣服の下に隠れるのをいいことに今度は痕を残すように強くそこに吸い付く。
突如として走った痛みの感覚に飛雄馬はビクッ!と身を震わせ、体を弓なりに反らした。
頭の芯が痺れて、何も考えられない。
花形は飛雄馬の肌に吸い付きながら、彼の穿くスラックス、そのベルトを緩め、ファスナーを下ろすと中からやや立ち上がりつつあった男根を取り出し、溢れつつあった先走りを親指で掬い取って、裏筋をぬるりと撫でた。
「あっ、く……ぅっ」
背中を反らした飛雄馬を追って花形は体をずり上がらせ、不意打ちのようにして彼の胸の突起を唇で吸い上げる。
強烈な刺激を受け、膨らんだそれを舌で押しつぶして、花形は窄めた唇で強く吸った。
「ひ、っ………っ」
悲鳴にも似た声を上げた飛雄馬の男根は今の瞬間に完全に勃起し、とろっとその先から先走りを溢した。
しかして花形は立ち上がった男根から手を離すと、彼もまた体を起こしてから飛雄馬のスラックスと下着とを足から抜き取ってやり、片足を己の脇の下に抱え込むようにして足を開かせる。
「伴くんはまだ来ないようだね」
伴、の名に飛雄馬は花形を睨み付け、じわりと目元に涙を滲ませた。
「伴に、っ……見られでもしたら、おれも、花形さんも、っ、破滅……っ!」
口に含み、唾液をたっぷりと纏わせた指を花形は飛雄馬の開かせた足の中心に這わせ、その入り口を指の腹でじっくりと撫でる。
その刺激に飛雄馬の腰が無意識に揺れ、呼吸が荒くなるのを花形は見下ろし、ふふっと思わず愉悦の笑みを浮かべた。
しかして飛雄馬はそれには気付いておらず、花形の指がそろりそろりと這う箇所に完全に意識が向いている。
もはや、酔いのせいでひとつのことにしか気が回らず、飛雄馬はただただ、花形の指の到来を今か今かと待ち侘びるのみだ。
「ん、ぁ……あ、ァっ」
ふいに体の中心を貫かれ、飛雄馬は嬌声を上げ、花形の脇に抱えられた足に力を込める。
中をゆっくり、探るようにしながら進んでくる花形の指の感覚に飛雄馬は先程、吸われた胸の突起を更に尖らせ、体を赤く火照らせた。
「中、ずいぶんと熱いじゃないか。フフッ……待ち侘びた?」
「まち、わびてなん、か」
飛雄馬は声を震わせ、無意識の内か花形の指をきゅうきゅうと締め付ける。
「腰が揺れているよ飛雄馬くん。指じゃ足らない、と、そう言いたいのかね」
「誰も、そん、っ……な、ァっ」
半ばまで入れた指を関節で曲げ、花形は飛雄馬の腹側の内壁を指の腹で撫でた。
すると、とろとろっと飛雄馬の男根からは先走りが溢れ、滴り落ちる。
「フフ、それじゃあ飛雄馬くん、こうしよう。きみからぼくに跨ってきたまえ。ぼくに好き勝手やられてしまうよりはいいと思うがね」
「…………!」
挿入する指を2本に増やし、花形は根元まで入れた指の先で中をゆるゆるとくすぐり、下から内側を軽く叩いてやる。
「っ、ひ……ぅ、う、それ……っ」
「それ?ここを触られるのは嫌かい」
「いや、いやじゃ、な……ぁ、うっ!」
逃れようともがく腰を追われ、指は執拗に飛雄馬のそこを責め立てる。
その度に、自分の体が自分のものでないような感覚に陥って、飛雄馬の頭の中に火花が散る。
おれは、なんでこんなことになっているのか。
花形となぜ、おれは、どうして。
ぬるっ、と花形は飛雄馬から指を抜くと、ソファーに深く腰掛ける。
飛雄馬は花形の指が抜けたことに一瞬、ビクッと体を震わせたが、彼を拒絶するがごとく顔を横に振った。
けれども、花形が探った腹の中が熱く火照ってしまっている。
ここを探られる前だったら、引き返せたかもしれない。いいや、もう、何もかも言い訳だ。
おれは、取り返しのつかないところにまで来てしまっている。この男に、まんまと乗せられた格好で。
飛雄馬は体をゆっくりと起こすと、ソファーから降り、花形に呼ばれるままに彼のそばに歩み寄って、そのまま腕の中に抱き留められる格好を取った。
飛雄馬の背中を花形の掌が這って、次第に腰へと下ってからついには尻を撫でる。
「フフッ、震えているようだが怖いのかね。それともこれから何をされるか、期待している?」
「…………」
もう飛雄馬は答えず、口を噤んだまま、花形の愛撫に黙って身を委ねている。
酔いはとっくに覚めている、そう言われればそうだろう。
もういっそ、あの出入り口の扉から伴が来てくれたら……そんなことを考える余裕があるくらいに──。
「飛雄馬くん、後ろにあるグラスを取ってくれたまえ」
「!」
目を閉じ、花形の指の感触に震えていた飛雄馬だが、ふいにかけられた声にハッ!と目を開け、目の前に佇む男の顔を見下ろす。
「まだ、中身が残っていただろう」
「…………」
飛雄馬は背後を振り返り、ガラスのテーブルの上に置かれているウイスキー入りのグラスを手繰った。
そうして、それを花形に手渡そうとしたが、きみが飲ませてくれたまえと返ってきて、しまった、と奥歯を噛む。
花形は、おれの酔いが幾分か覚めかかっていたことに気付いていたのだ。
飛雄馬は尻の谷間を伝う指の感覚にゾクッと肌を粟立たせ、勢いのままに手にしているグラスの中身を煽った。
瞬間、強いアルコールの匂いが鼻を抜け、それは喉を焼く。
これは中に氷こそ浮いているものの、水割りなどと言った生易しいものではない。
ほぼ原液に等しい、ロックのそれ。
花形は、いつの間に。
「あ………っ!」
まずい。してやられたのだ、再び花形に、おれは。
飛雄馬の握っていたグラスが支えを失い、絨毯敷きの床へと転がる。
「少しくらい酔っていた方が飛雄馬くんも楽しいだろう」
クスクス、と声を上げた花形の声をどこか遠くに聞きながら、飛雄馬はソファーに座った彼の両足の上に跨るような格好を取らせられる。
そうして、花形に導かれるままに、己の体内に彼の怒張を受け入れた。
「腰を落として。奥まで入らんよ」
「っ……ふ、ぅ、うっ」
飛雄馬の足は膝の位置で曲げられ、ソファーの上に乗せられる。
すると花形はソファーに浅く座り直し、やや離れぎみにあった飛雄馬の腰を抱き寄せると下から軽く彼の体を突き上げた。
やっと身体が慣れつつあったところにいきなり奥を突かれ、飛雄馬はあっ!と大きな声を上げる。
「腰が浮いてしまっている」
「……〜〜っ、」
花形は飛雄馬の腕を取り、己の肩の上にそれぞれ乗せてやってからふと、彼の唇を啄む。
「朦朧としているようだね。フフ、それくらいがいいね。きみは変に気に病んでしまうだろうから」
はあっ、と飛雄馬は唇からとろっと唾液を垂らし、腹の中を限界にまで満たしている花形の圧に身震いする。
からだがあつい。
とけてしまいそうだ。
おれは、なんで、こんな……。
酔いが回った頭で懸命に飛雄馬は己の置かれた状況を振り返るが、花形の腰の動きに翻弄され、彼らしからぬ高い声を今は上げるばかりだ。
彼の腰に合わせるように飛雄馬も無意識に腰を振って、欲に溺れた。
どちらともなく始めた口付けで、互いに呼吸をすることも忘れて唇を貪る。
汗が浮き、線となって流れる飛雄馬の首筋に花形は噛み付いて、薄く血の滲んだそこに舌を寄せた。
「あっ、はながたっ……!」
きゅうっ、と瞬間、飛雄馬は花形を締め上げ、絶頂に身をよじる。
飛雄馬の絶頂を迎え、震える腰に手を添え、花形は彼の体を突き上げるように腰を叩きつけた。
「う、ぁ、あっ」
絶頂し、敏感になった体を再び揺さぶられ、喘ぐ飛雄馬の口を花形は己の口で塞いで、その体を強く抱き締めたまま、彼の腹の中へと欲を吐く。
「……っ、む……ふ、ぅっ」
ちゅっ、ちゅっと唇を啄んでから花形は飛雄馬に立てるかい?と尋ねた。
飛雄馬はぐったりと花形に体を預けたまま、首を横に振った。
「落ち着くまでこうしていたらいい。ぼくは構わんよ」
「…………」
飛雄馬はそう言われ、少し、体の緊張を解いた。
頭がずきずきと痛む。
しかして、そう甘えていられるわけもなく、飛雄馬は花形の肩を支えに、床に足をつくと彼から距離を取る。
抜けた男根に掻き出された精液がとろりと股に伝って、飛雄馬はその不快さに顔をしかめた。
ふらふらと足下は覚束ないが、こんなところを誰かに見られる方が恐ろしい。
飛雄馬はやっとのことで花形から離れた後に、床に落ちていた下着とスラックスを手に取り、それらを身に着けていく。
それから、ベルトを締めたのとほぼ同時に出入り口の扉が勢い良く開かれ、顔を出した伴に飛雄馬はビクッ!と驚きのあまり、体を跳ねさせた。
「星!遅れてすまんのう!花形も待たせてしまったわい」
「…………」
「いや、待ってはいないさ。安心したまえ」
花形のみ、平静を保ったままソファーに腰掛け、足を組んだ格好で煙草に火を付けている。
「星?」
飛雄馬は心配そうにこちらを見遣る伴に仕事なら仕方ないだろう、と返し、酒を飲んだのか?と尋ねてきた彼に対して慌てて口を手で覆う。
瞬間、訪れた沈黙に伴はたまにはええじゃろうてと声を上げて笑い、飛雄馬の背中を叩いた。
「…………」
花形の煙草の煙がアルコールの入った脳にはひどく染み渡って飛雄馬は痛みに頭を押さえ、伴から顔を背けたが、彼に悟られぬように頭痛を堪えつつ、小さく取り繕うように微笑んだ。