久しぶりに帰りにラーメンでも食いに行こうじゃないか、と伴は練習終わりに飛雄馬を誘った。
伴はビル・サンダー氏も一緒にどうだと身振り手振りで誘ってはみたものの、彼は今日は疲れたから一足先に帰ります、と汗を拭き拭き伴の用意したベンツに乗り込んだもので、そのマフラー音を聞きながら二人は伴重工業専用グラウンドから去るべく、荷物を手にその場を後にする。
「ふふっ」
伸ばした黒髪を風になびかせながら飛雄馬が笑みを漏らしたもので、伴はなんじゃい?と首を傾げた。
「いや、なに。懐かしいなと思ったんだ。現役時代もこうして道具を手に夕焼けを仰ぎながら帰ったな、と」
「む、そうじゃったな。星の投球練習に毎日のように付き合って送迎バスがあると言うのにまさに行きはよいよい帰りはこわいで、血を吐くような練習を終えたくったくたの体で帰るのはちと堪えたわい」
「フフ、それが今じゃ送迎付きの会社役員というのだから驚きだ」
「そ、それを言うな星よう……」
しゅんと肩を落とした伴に飛雄馬は再び笑みを見せ、ゆっくりと建ち並ぶ家々の影に隠れ沈んでいく夕陽に目を細める。
「変わらないな」
「ん?何か言うたかいのう」
「夕陽は、変わらんなと、そう思ったんだ。晴れて巨人の入団テストに受かった日に伴と見上げた夕陽も今日と同じ色をしていた。とても、とても綺麗だった」
そう言って歩みを止めた飛雄馬の横顔を見つめ、伴も言葉を紡ぐ。
「星も変わっとらんじゃないか。あの頃と同じ、ひたむきにただ一途に野球に打ち込み、再び不死鳥のように蘇ろうとしている。そんな星が好きじゃからわしも力になりたいと思ったんじゃい。いや、あの頃よりだいぶ美人にはなったが──あ、いや、なに、これは独り言じゃい」
テヘヘと伴は照れ臭そうに笑って頬を掻き、立ち止まっている飛雄馬より先を歩み始めた。
「まだまだ始まったばかりじゃろう。高校時代からお前を支えた女房役の伴宙太がついとるんじゃあ。旦那である星は大船に乗ったつもりで一生懸命野球に打ち込んだらええんじゃい」
「………」
なんて、またちょっとキザっぽかったのう、と伴はまたもや照れ隠しにニコニコと笑うと、立ち止まったままの飛雄馬の元に駆け寄ってから、顔を隠していた帽子のつばを抓んでひょいとそれを持ち上げた。
すると、閉じた飛雄馬の目元から頬にかけて涙の筋が光っていて、伴は一瞬ギョッとしたが、ああ、やっぱり星は変わっとらんな、と彼もまたグスンと鼻を鳴らす。
「今日はラーメンが一段と美味いじゃろうな」
「ふふ、だいぶ互いに汗をかいたからな……」
飛雄馬は目元をシャツの袖で拭ってから、目の前に立つ男の顔を見上げた。
視線に気付いた伴はニコッと笑みを返すと、再び歩き始める。飛雄馬もまた、彼に続くようにして歩みを再開させる。
陽は間もなく沈み、夜がやってくる。しかして、もう星飛雄馬は一人ではない。
彼を支え続けてきた親友が共にあり、地に落ちかけていた不死鳥への火を再び灯して、空に掛け上がらせてくれるのだから。
橙と紫と闇とが丁寧に混ざり合い、夜を作り上げる空を仰いで、飛雄馬はその中に光る一際大きな星目掛け、右手をすうっと伸ばすと、力強くそれを握り込むようにして拳を作った。