相談
相談 あなたが訪ねてきたら自分の部屋に来るように、と花形が言っていたわ。
明子に呼ばれ、午後から等々力の花形邸を訪れた飛雄馬は屋敷に招き入れられるなりそんな言葉を聞かされ、目を丸くする。
はて、花形さんがおれを部屋に招くとは、一体何の用だろう。
飛雄馬は明子に花形の部屋の場所を尋ね、足早にそちらへと向かった。
確か、ねえちゃんが教えてくれたのはこの部屋だったな、と飛雄馬は明子の言葉を脳内で反芻しながら扉をノックする。
すると、そう間を置かずに、入室を許す声が扉越しに耳に入り、飛雄馬は失礼しますとまるで他人行儀な文句を口にしつつ中へと入った。
「失礼します、とはあんまりじゃないかね、飛雄馬くん」
「え、はあ……」
愛想笑いを浮かべ、飛雄馬は花形の言葉を軽く流しながら室内を見渡す。 
この豪邸にはあまり似つかわしくない、狭く質素な部屋の造りに飛雄馬は些か面食らったが、仕事をするにはこれくらいの間取りが丁度いいのかも知れんな、と自分を納得させた。
「まあいい、よく来てくれたね。歓迎するよ。そちらに掛けたまえ」
室内に足を踏み入れるなり固まった飛雄馬に対し、花形は近くにあるソファーに着座を促す。
が、飛雄馬はソファーを一瞥したものの、いや、話ならここで聞く──と、明かり取りの窓を背にするような形で置かれていた作業机の椅子に座り、こちらを見つめている花形の誘いを蹴った。
飛雄馬が座るように促されたソファーは部屋を入ってすぐの位置にある。
仕事に疲れ、ここで仮眠でも取るためのものだろうかと飛雄馬は頭の片隅でそんなことを考えつつも、それで、用件は?と切り出した。
「例の彼女とは上手くいったかね」
「例の……?」
何の話だ、と飛雄馬は眉根を寄せたが、すぐにその意味を察し、息を呑む。
花形が言うのは、鷹丿羽圭子のことだ──。
なぜ、それを訊く。そしてなぜ、そのことを知っているのだこの男は。
「花形さんには関係のない話だ」
「いや、なに、彼女をぼくの会社のCMに使ってはどうかとの話が上がってね。まだ話は企画段階だが、一応きみにもお伺いを立てておこうと考えてのことさ。むろん、明子にも伝えてはいないよ」
「勝手にしたらいいじゃないか。おれには関係ない」
「フフ、あちらもプロだ。まさか仕事に私情を持ち込むようなことはないだろうがね」
「話と言うのはそのことか」
飛雄馬は大きく深呼吸すると、花形を見据え、淡々と言葉を紡いだ。
もう、彼女とは終わったことだ。
彼女が、鷹丿羽圭子が、女優業を続けていくというのなら、テレビで目にすることも今後あるだろう。
それはおれがプロ野球選手である以上、彼女も同じこと。
そこに何か特別な感情があるわけでも、何かが生まれるわけでもない。
ただ、互いに信じる道を進んでいる結果でしかない。
それをなぜ、花形は今更蒸し返そうとする?
おれの反応を見て、からかっているのだろうか。
この大事な時期に、妙なことを言ってこちらの気を昂ぶらせるのはやめてもらいたいものだ。
「彼女は、そう、かつてきみが、宮崎で心を通わせあった彼女に似ていた。飛雄馬くんはそこに惹かれたんだろう」
「…………!」
花形の口を吐いた予想だにせぬ言葉に、飛雄馬はあからさまに動揺し、その額から鼻の横にかけて汗を滴らせた。
その、生ぬるい感触と裏腹に、妙に口の中は渇いている。
「フフフ、きみのことならわかるさ、なんでもね」
「っ、なぜ、それを……彼女との、美奈さんとのことは親父とねえちゃん、それに伴しか知らないはず」
「何も知らずにぼくがきみを電報で呼び出したとでも?伴くんが着いてきているのも知っていたさ」
花形が席を立ち、飛雄馬の許に歩み寄って来る。
しかし、飛雄馬の足は床に縫い留められたかのごとく、指一本動かせなかった。
「う…………」
「ぼくはずっと飛雄馬くんのことばかり考えていたのに、きみはいつの間にか伴くんと距離を縮めていたこともあったね」
「そ、そんな……」
声が裏返り、飛雄馬は口を噤む。
いつの間にか目の前にまで来ていた花形が耳元に顔を寄せたかと思うと、そこに口付けて来たために、飛雄馬はそこで初めて身をよじった。
そのままふらふらとバランスを崩して、飛雄馬は絨毯敷きの床へと倒れ込む。
唇の触れた耳が熱を持ち、じんじんと疼いている。
こんなことを言うために、花形はおれを呼んだのか?
飛雄馬は火照る耳を押さえたまま、目の前に立つ男を睨み付けた。
「そんな顔を、しないでくれたまえよ飛雄馬くん」
「させてるのは、そっちじゃないか」
ニヤリ、と口角を笑みの形に吊り上げて、花形はその場に膝をつくと、飛雄馬の顎先に手をかけた。
「よせっ……」
その手を跳ね除け、飛雄馬は花形を涙に濡れた瞳に映す。
「…………」
一筋、涙が飛雄馬の頬を伝ったのを、花形が寄せた唇で掬い取った。
「っ、!」
ビク!と飛雄馬は身を震わせ、目を閉じる。
と、唇にあたたかな感触があって、飛雄馬は微かに口を開いた。
音もなく、滑り込んできた花形の舌の熱さに飛雄馬は小さく声を上げる。
「っ、あ……」
「声を抑えて」
花形は言うと、飛雄馬の体を優しく押し倒すと、その場に組み敷いて、今度は軽くその唇に口付けた。
「…………」
「く……!」
かあっと飛雄馬は顔を染め、花形の感触の残る唇を腕で拭うと視線を逸らす。
「ぼくのことは嫌いかね」
「なぜ、っそんなことを訊く。嫌いだと言ったらどうするつもりなんだ、花形さんは」
「さあ、どうしようか。フフ、きみが急にいなくなったら皆心配するだろうね。それとも、またかと早々に諦めるだろうか」
「な、に……?」
飛雄馬は己を組み敷く花形の顔を、まるで物の怪の類でも見たかのような表情で見上げた。
まさか、大企業の役員ともあろう男がそんな馬鹿げた真似をするはずがない。
しかし、この男なら、もしかすると──?
飛雄馬の脳裏には、左腕時代に編み出した大リーグボール一号を花形が打破したあの試合のことがよぎる。
満身創痍の状態にて担ぎ込まれた入院先で、しばらくベッドから起き上がれぬほどの重傷だったと教えてくれたのは誰だったか──?
「ぼくも年を取った。フフ、そこまでする勢いも度胸もないさ。安心したまえよ」
ニッ、と花形は笑むと、そのまま身を屈め、飛雄馬の首筋に顔を埋めた。
「う、っ!」
思わず口から漏れ出た声に、飛雄馬は赤面し、口元を腕で押さえる。
薄い皮膚の上を、花形の濡れた熱い舌が滑っていく。
ちゅっ、と軽い音を立て、首筋に吸い付かれた飛雄馬は背中を反らし、眉をひそめた。
すると、花形は首筋に跡を残しつつ、飛雄馬の穿くスラックスのベルトを緩めると、引き出したシャツと下着の裾から手を差し入れ、肌に直接触れていく。
指先が、腹を撫で、下着類をたくし上げていく感覚に飛雄馬はゾクゾクと肌が粟立つのを感じる。
次第に露わになっていく飛雄馬の腹に花形は身を置く位置を変え、そっと口付けを落としていく。
そのたびに、緊張し、体を強張らせる飛雄馬の反応に笑みを浮かべながら花形は臍からみぞおち、そうして胸に唇を押し当てる。
「は……っ、っふ」
「嫌いな男に、飛雄馬くんは体を許すのかい」
「!」
花形は言うと、飛雄馬の胸の突起にゆるく吸い付く。
瞬間、飛雄馬の全身が痺れた。
下腹が熱を持ち、スラックスを持ち上げるのがわかる。もう一方の突起も触ってくれと言わんばかりに疼き、妙な痛みを感じる始末だ。
口に含んだ突起を、強く花形は吸い上げ、力を緩めたところで舌の腹で優しく舐めあげる。
「ひ、ぅ、うっ……」
情けない声が口から上がって、飛雄馬は指を噛む。
「指は大事な商売道具だろう」
飛雄馬が指に歯を立てたことを察したか、花形は一旦、体を起こすと口を覆う腕を退けさせ、自分の人差し指と中指の二本を咥えさせた。
「ん……ん、っ」
「そう、ちゃんと舐めたまえ。この指がきみの中に入るんだからね」
奥歯を撫でられ、頬の粘膜を弄ばれて飛雄馬は開きっぱなしの口から唾液を滴らせる。
痛いほどに張った前は下着を押し上げ、染みを作っていることだろう。
上顎を指の腹でさすられて、飛雄馬はとろんとした顔を花形へと向ける。
「噛まないでくれたまえよ。飛雄馬くん同様、大事な商売道具だ」
「ちゅ、……ふ、ぅ……っ」
「フフフ……」
ぬるっ、と花形は口から指を抜くと、唾液の糸を引いたそれを、飛雄馬のベルトを緩めたスラックスの中へと差し入れた。
下着の中は飛雄馬の亀頭から漏れ出た先走りでまるで失禁したように濡れており、花形はまたしてもニヤリと微笑むことになった。
「あ、あぁっ……っ、ァ」
ぬるぬると濡れた男根をさすられ、飛雄馬は白い喉を晒すように体を仰け反らせる。
「こんなに濡らして……はしたないな、飛雄馬くんは」
からかいつつ、花形は下着を押し上げる飛雄馬の男根を握り、それを上下にしごいていく。
そうすると、再び先走りがとろとろと溢れ、花形の指を濡らしていった。
「だめ……だめ、っ、出っ……っく、ぅっ」
「…………」
あと、あと少し。
飛雄馬はもう、目と鼻の先まで来ている絶頂を貪ろうと無意識のうちに腰をかくかくと揺らす。
臍の下がじわじわと熱くなって、花形が握るそこに熱が溜まっていく。
「いっ、いく……」
喘いで、飛雄馬は全身に汗を放出させる。
全神経が花形の手の内に集まって、その先からほとばしることを全身が今か今かと待ち侘びている。
しかして花形は、すんでのところで手を止め、呆気にとられ、呆けている飛雄馬の唇に口付けると、そのままぐちゃぐちゃに濡れた下着とスラックスとを汗ばんだ足から剥ぎ取った。
「膝を立てて、飛雄馬くん」
「な、なんで……?」
飛雄馬は涙をぐずぐずに浮かべた瞳で、熱く腫れ上がった己の臍下を見遣ってから、花形を仰ぐ。
「なんで、とは?」
「な、なんで……いっ、っ!」
両足の膝をそれぞれ立たせ、その足の間に身を置いた花形は先走りを十二分に纏わせた指を、飛雄馬の中へと挿入した。
微細な痛みを感じはしたが、すぐに指先が男根の付け根を中から叩いて来たせいで、飛雄馬は引き攣った声を上げる。
「ここで出すより、中で絶頂を迎える方がいいとぼくは思うがね」
「かっ、てな、ことをっ……」
指先が粘膜を押し上げ、そこに円を描く。
むずむずとした得も言われぬ気味の悪い感覚が、寸止めされた男根を襲って、飛雄馬は立てた膝をふらふらと揺らす。
立ちっぱなしの男根から漏れた先走りが、飛雄馬の腹をべっとりと濡らしている。
「気持ちいいね、フフッ」
「きっ、もち、よくなんか、ぁっ……」
「その割にきみはぼくを締め付けてくるがね」
「そ、っ……ん、なの、っ……!」
ひく、ひくと飛雄馬は全身を揺らし、身をよじる。
「…………じゃあ、少し協力しようじゃないか。ぼくも鬼ではないからね」
花形は飛雄馬から指を抜くと、膝立ちになり、スラックスの前をくつろげた中から臍につくほど大きく反り返ったそれ、を取り出してみせた。
「あ……っ!」
飛雄馬は己の開いた足の間からそれを目の当たりにし、そして喉を鳴らす。
あれが、今、触られていたところを掻いたら、どんな気持ちがするんだろうか。
腹の中を、めちゃくちゃに嬲って──飛雄馬はそこまで考えてから、ぎゅっと唇を噛む。
違う、おれは、そんなこと望んじゃいない!
体を起こし、飛雄馬は身を反転させ、四つん這いの格好から立ち上がろうとする。
しかして、それよりも早く花形の手は飛雄馬の腕を絡め取っていた。
「…………!!」
強引に尻を突き出し、頭を下げる格好を取らされた飛雄馬は、しまった──と、奥歯を噛み締めたが、腹の中に花形のそれが埋められた瞬間、閉じ合わせた唇を開ける羽目になった。
一気に奥まで貫かれて、飛雄馬はその強い快感に順応することもままならず、全身を戦慄かせる。
「どうして逃げようとしたの?」
花形が腕を振りかぶり、飛雄馬の白く、肉付きのいい尻を叩いた。
「っ──!!」
痛みさえも、今は快感となって飛雄馬の全身を掛け巡っては脳を焼き切る。
「巨人の星がこんな変態だったとは驚きだな」
「ち、ちがっ……ちが、ぁっ!!」
二度、三度と尻を叩かれ、飛雄馬は絨毯を涙で濡らす。
「例の女優が飛雄馬くんのこんな姿を知ったらどう思うだろうね」
花形は腰を引き、一息に中へとそれを突き込む。
「ひぃっ……ん、ぅ、う」
「腰が下がってきたよ」
再び、尻に鋭い痛みが走って、飛雄馬は腰を突き出す。
「っ、っ……あ、ぁっ!」
花形が本格的に腰を使い始め、飛雄馬は目を閉じる。
叩かれた尻が熱く火照っているのがわかる。
反った花形の男根が、前立腺の上を粘膜越しに擦り上げて、飛雄馬は全身に汗をびっしょりとかきながら幾度となく与えられる絶頂に喘いだ。
飛雄馬が息も絶え絶えの、意識も朦朧として来たところで花形は一度、男根を抜くと、彼に仰向けの格好を取らせる。
うっとりと快楽に酔いしれる飛雄馬の顔を見下ろしつつ、花形は汗ばんだ両足をそれぞれ自分の両脇に抱えると、再び男根を飲み込ませた。
「う、ぅ〜〜っ!!」
今度は違う角度から腹の中を抉られ、飛雄馬は背中を反らす。
「…………」
花形は身を屈めると飛雄馬の唇に口付け、腰を叩く速度を速めた。
「っ、ふ……ん、む……」
「出すよ、飛雄馬くん」
唇を離し、花形が囁く。
「は……ぁ、ぁっ」
虚ろな目を、瞬かせる飛雄馬の口を己のそれで塞いでから、花形はそのまま彼の中へと射精する。
何度も何度も唇を重ね合わせ、舌を絡めて、互いに甘い唾液を飲み下すことを繰り返してからようやく、花形は飛雄馬から離れる。
最低限の後始末をしてから花形は身支度を整えると、再び作業机そばの椅子へと腰を下ろした。
飛雄馬はしばらく、絨毯敷きの床の上に横になっていたが、花形から受け取ったティッシュで後処理を終えると、元の通りにスラックスを穿く。
濡れた下着は、洗っておくよと花形は言うが、飛雄馬はいらんと言うなり、スラックスの尻ポケットへとそれを無造作に押し込んだ。
「……明子には後から行くと伝えてくれたまえ」
飛雄馬は部屋を出るまで一度も花形を見ることはなく、廊下に出ると、後ろ手で扉を閉めた。
花形は、鷹丿羽圭子を、本当に自社CMに起用するだろうか。
いや、おれには関係のないことだ。
長い廊下を行きつつ、飛雄馬はあの日別れた女優の顔を思い浮かべる。
そうして、明子の待つリビングに足を踏み入れながら飛雄馬は、待ちくたびれたか大きなソファーの肘置きを枕に眠る姉の姿に、ひどく胸が締め付けられるのを感じながら、唇を強く引き結んだ。