失恋
失恋 「……」
酒に酔い、布団の上に大の字で高いびきをかく伴の傍らに飛雄馬は座り、閉じた瞳から涙を頬へと滴らせていた。
しばらくそうして伴との高校時代からの思い出やらに浸り、静かに泣いていたが、それを腕で一息に拭くと屋敷を後にしよう、と立ち上がるために畳についた手をぐっと掴まれる。
「伴」
飛雄馬は己の手を握った大きな手を一瞥してから赤ら顔でこちらを仰ぐ彼を呼んだ。あれほど親友だ古女房だと言った星飛雄馬の存在も忘れ、伴は女優・鷹ノ羽圭子への恋に狂った。
彼の父が経営し、伴自身は常務として働く伴重工業のCMにまで起用し、ようやく独身生活ともオサラバだと飛雄馬に語って聞かせたのがつい先日のこと。
飛雄馬もまた、かつて愛を語らった日高美奈に似た彼女に好意を寄せ、伴が彼女に惚れており、鷹ノ羽圭子もまた伴に惚れているのならそっと身を引こうと思っていた。
けれども、彼女は星飛雄馬がすきなのだ、と。
今や売れっ子漫画家となった牧場春彦が巡り合わせた伴と鷹ノ羽圭子の縁は、彼の言葉によって終止符を打った。
「もっと寄れ」
「……」
瞳孔の座った瞳を飛雄馬に向け、伴は低い声で囁く。何か勘違いしているな、と飛雄馬は眉間に皺を寄せ握られた手を一度は振り払ったが、今度は更に強い力で握られ、ばたんと布団の上に引き倒された。
「……!」
「飛雄馬さん?」
部屋の外で様子を伺っていたらしき伴の身の回りの世話をしている飛雄馬とも長年の付き合いのある老女が怪訝な声を上げた。
「だ、いじょうぶです!おばさんはもう下がってください」
飛雄馬がそう言うと、老女はしばらく辺りをうろうろとしていたが、その内廊下の向こうへと消えた。気配が消えたのを察し、飛雄馬はほっと胸を撫で下ろしてから、体を起こすと己を引き倒した伴をキッと睨む。
「伴!おれが誰か分からんくらいに酔ったか。おまえらしくもない」
「分かっちょる。星のことを一日たりとも忘れたことはなかったわい」
「……」
「フフ、おまえがここに連れてきてくれたんか。そんな細い腕でのう……まったく星には驚かされてばかりじゃあ」
うつらうつらと船を漕ぎながら伴はひとりごちる。そのまま再び寝入るかと思ったが、伴は飛雄馬の体を抱き寄せ、ぎゅうと抱いた。
「彼女にうつつを抜かしておまえを蔑ろにしてすまんかったのう……」
「何が……そんなこと思ってはおらん」
「星よう……」
とろんとした目を伴は飛雄馬に向けたかと思うと、彼目掛け唇を突き出し口付けを迫った。
「おい、よせ。おばさんもいるのに」
「今星が追っ払ったろう」
「よ、よせっ……」
飛雄馬が言うのも聞かず、伴はアルコールの入った熱い唇を彼の口へと押し当てる。
しかして、ほんの一瞬触れたのみで伴は飛雄馬を抱く腕の力を緩めた。
「今日はとんだ醜態を晒してしもうた。ふふ、なに星なら来てくれると思ってのことじゃい。いつまで経ってもわしは星に甘えっぱなしじゃあ」
「……それは」
言いかけた飛雄馬の言葉を伴が制す。飛雄馬の口を大きな手で塞いで伴は顔を左右に振ってみせた。
「わしがしたことなど星がわしに教えてくれたことに比べたら微々たるもんじゃ。逆に甘えてくれて嬉しいぞい」
ニコッと伴の浮かべた笑顔がぐらりと歪む。飛雄馬の瞳が涙に濡れたのだ。その双眸から流れ落ちる雫は伴の手を濡らし、その腕を滑った。
「ほ、星」
驚き、伴は飛雄馬から手を離したものの彼の頬を流れる涙をその指でそろそろと拭ってやった。
「ふふ、おまえを慰めるつもりが……」
「……」
ふいに伴は飛雄馬の頬から指を離すと、今度は己の顔を寄せる。頬を滑る涙を唇で掬い取って、その目尻へと口付けた。
「まったく。泣きたいのはこっちじゃあ……圭子さんにも振られ星にも泣かれちゃあわしは立つ瀬がないぞい」
苦笑して、伴は今度こそ飛雄馬の唇に口付ける。飛雄馬も一瞬たじろいだものの、すぐにその両腕で彼の首を抱いた。
「あ……ふ、っ」
久しぶりに、数年ぶりに触れた伴の唇の熱に飛雄馬はゾクリとその肌を粟立たせた。
最後にこうして触れたのはいつだったか。とうちゃんが中日に伴を引き抜くと言った、あの年の正月。年始の挨拶に来た伴になぜいついつまでも一緒だと言わん、と胸倉を掴まれたあの冬。
伴の羽織る浴衣の襟を掴んで、飛雄馬は身をよじった。酒の残る舌を絡ませながら伴は飛雄馬の身に纏っているシャツの中に手を滑らせる。指先が腹を撫で、その掌が肌をさすった。
「っ……」
震え、顔を上ずらせた飛雄馬の顎下に伴は吸いついて、舌を這わせる。
「星……」
囁いて、伴は飛雄馬の腰に手を添えるとそのまま布団の上へと押し倒した。
そうして再び、彼の首筋へと顔を埋めたかと思うと、飛雄馬の耳の形に沿って舌を滑らせ、音を立て吸い上げる。
「……!」
背を反らし、飛雄馬は声を上げぬよう口元に手を遣った。いくら伴の屋敷が広いとはいえ、おばさんに聞かぬ保証はないからだ。
が、伴はそれが気に食わぬのか、飛雄馬をじろりと見やってから、ぐいと彼の着ているシャツを胸の辺りまでたくし上げた。これまではしきりに大丈夫かと、痛くはないかと飛雄馬の身を案ずる言葉ばかり吐いていた伴であったが、今日は前後不覚になるまで酔ったせいであろうか、いつになく強引である。
やや身を屈めて、伴は飛雄馬の乳首をなんの前触れもなく吸い上げた。
「っあ、っ……ぐ」
痛みを覚えるほどに強く吸われ、刺激を受けた突起は伴の口内で膨らんだ。すると伴はそれを吸い上げつつ、舌先でちろちろと舐め上げる。飛雄馬の体はより強くビクンと戦慄いて、その自由な方の指は布団を包むシーツを掻いた。
「ん、ぅっ――」
ちゅうちゅうと音を立て、突起をその周りの皮膚ごと吸っていた伴だったが、空いた手で飛雄馬の穿くスラックスのベルトを緩め始める。もう既にスラックスと下着の中で首をもたげ、先走りを垂らしていた飛雄馬の腹の下は、締め付けを解かれ、下着の中から顔を出した。
「随分と元気がええのう。行方不明の間使い込んだか」
嫌味たっぷりに伴は言って、飛雄馬の逸物をぐっと握るや否や、それを擦りたて始める。亀頭と陰茎を繋ぐカリ首の位置を執拗に掌で責められ、飛雄馬は気を遣りそうになるが、伴がそれを許さない。ゆらゆらと腰が揺れ、飛雄馬は奥歯を噛んだ。
固く立ち上がった男根はその鈴口から涎を垂らし、伴の手を濡らした。伴い、飛雄馬の眉間にも深く皺が寄る。
「っ、ふ、……っ――!」
伴の少し痛みを伴うような責めがどことなく懐かしいような、妙な感覚が飛雄馬を包む。何とも不器用で向こう見ずで、力の加減を知らない。
「いっ、伴……いくっ」
言うが早いか、飛雄馬は己の逸物から白濁を迸らせる。受け留めようと伸ばした伴の手も間に合わず、大半は飛雄馬の腹に落ちた。
「……は、ぁふ……ぅう」
「星、ええか」
「……」
恥ずかしそうに尋ねた伴の下半身に飛雄馬は視線をやって、コクリと頷く。
伴は辺りをぐるりと見渡してから、傷などに塗る軟膏のチューブを棚の中に見つけ、それを手に飛雄馬の元へと戻ってくる。
そうして伴は、飛雄馬の口を隠す手を払ってから彼に再び口付けを与えつつ、スラックスと下着を彼の足から抜き取った。
「っ……む、っ」
「無理をするなよ」
唇を飛雄馬から離して、伴は忠告すると己の指先に軟膏を絞り出してから、飛雄馬の膝を立たせると尻へと塗布していく。その固く閉じられた窄まりを柔らかくすべく何度も何度もそこに指を滑らせ、まずは刺激に慣れさせ、周りの皮膚を解す。
「……」
ちらと伴は飛雄馬の顔色を窺ってから、指をそろりと彼の中に飲み込ませた。
「あ、っく」
「……」
飛雄馬が喘いで、体に力を込めたために伴はそれ以上指を進めるのをやめ、彼が落ち着くのを待った。そうしてまた様子を見ながら指を奥へと忍ばせ、飛雄馬の窄まりを慣らし、解していく。
飛雄馬は顔をしかめ、腹の中を探る伴の動きに集中した。二本目の指が腹の奥を撫でて、飛雄馬はううっ、と大きく声を漏らす。けれども伴の指はその動きを止めることなく、飛雄馬の体内を探って己を受け入れる体制を整わせた。
伴は己の浴衣の前をはだけて、下履きの中から逸物を取り出すと飛雄馬の尻へとそれを充てがい、腰を押し付ける。周りの皮膚を少し巻き込みつつも伴は飛雄馬の中にまずは潜り込んだ。
数年越しの行為は手順こそそれなりに覚えているものの、体がついてこない。
飛雄馬はその大きさ分肉壁を押し広げつつ、奥へとやってくるその異物感に歯噛みした。
「星……星っ」
「ふ……そ、っ、呼ばずとも、聞こえとるさ……」
根元までをようやっと伴は飛雄馬に飲み込ませてから、彼は両手をそれぞれ飛雄馬の体の脇に付いた。しかして、やはりいつものように馴染むのを待ってくれるでもなく、伴は腰を打ち付け始める。
呻いて、仰け反った飛雄馬の腰を掴んで、伴は腰を振る。まるで迷いを払拭するかのごとく一心不乱に。
「ば、っ……伴っ」
堪らず飛雄馬は伴を仰ぐ。赤ら顔の伴はがくがくと巨体を揺らして、飛雄馬の腹を抉った。顔を腕で覆って、飛雄馬は唇同士をすり合わせる。ぎっ、ぎっと伴の動きに合わせて布団と畳が擦れ、音を立てた。
「うぅっ……っ……」
ようやく腹の中を好き勝手に嬲る大きさと形に慣れてきた飛雄馬だったが、ふいに伴は一度引いた腰をがつんと強く打ち付けて来る。今までとは違う、飛雄馬の更に奥深くを伴は抉って、己の欲を満たす。
「〜〜〜〜っ、っ……!!」
重量級の体に中心を貫かれ、股関節が外れそうなほどに腰を叩きつけられ、飛雄馬は声にならぬ悲鳴を上げる。伴の浴衣の袖を掴んで、飛雄馬はその衝撃に耐えた。
伴の一打一打が重く飛雄馬の体を穿つ。 固く閉じていた目を開け、飛雄馬は伴を仰ぐ。己を組み敷くはいつもの彼ではない。酒に酔ってはいるが、真剣そのものだ。
次第に腹の中もその摩擦に慣れ、飛雄馬の声も甘さを帯びてくる。
それは伴にしても同じことで、彼自身を包む飛雄馬の肉壁も解され、柔らかく絡み付いた。
「あ、ぅ、うっ……あアッ」
再び目を閉じ、鼻がかった声を上げた飛雄馬の唇に伴は己の口を押し付けて、舌を滑り込ませる。飛雄馬は伴の浴衣の袖から肩へと腕を回して、その口付けに応えた。
「っ、ふぅ……う、伴……」
「星っ、イキそうじゃ……」
「は……伴、中に、中にくれ」
「中に?バカたれ、そんなこと……」
「伴……っ、あ、ああ……!」
「……」
一瞬、躊躇った伴だったが、外した唇を再度飛雄馬に押し当ててから望み通り彼の中にて果てた。飛雄馬の細い体の中に精をありったけ注いで、伴は己の逸物を抜き去った。全身に汗をびっしょりとかいた飛雄馬はぐったりと布団の上に足を投げ出して、はあっ、と深い吐息を漏らす。
後処理を終え乱れた浴衣を直してから、伴は飛雄馬の横へと寝転がる。
そうして、汗で額に貼り付いた飛雄馬の前髪を指で退けてやりつつ、伴はじっと彼を見た。
「……何をまじまじ見ている」
「み、見つめるくらいええじゃろう!」
「……」
飛雄馬は苦笑し、体をふらふらと起こすと近くにあったティッシュ箱から数枚を取り出して、己の腹と尻とを拭う。
「今日はゆっくり眠れ。伴……」
「む、泊まっていかんのかあ」
「明日も早いからな……」
布団の傍らに投げ捨てられていた下着とスラックスに足を通して、飛雄馬は立ち上がるときちんと身支度を整え、こちらを名残惜しげに見遣る伴を見下ろした。
しばし互いに物言わず見つめ合って、飛雄馬はフフッと笑みを浮かべると畳を踏み据え部屋と廊下とを繋ぐ戸を開ける。
「応援、しとるからな」
背後からかけられた言葉に返事を返すことなく飛雄馬は廊下に出て、戸を後ろ手に閉めると長い廊下を歩き出す。
みしみしと板張りの廊下が音を立て、色々な過去を思い出させた。伴と出会ったばかりの頃、花形や左門と全力を尽くし戦った甲子園時代。
皆それぞれに己の道をしっかりと歩いている。自身は未だに野球の呪縛から逃れられない。
鷹ノ羽圭子が自分を選んでくれたことは素直に嬉しかった、けれども、おれは……
とうちゃんに相談せずとも最初から腹は決まっていた。
玄関先で飛雄馬が靴を履いていると、先程下がった老女が、なんのお構いもしませんでと頭を下げつつやって来た。
お構いなく、と飛雄馬は頭を掻いてから、おばさんも休んでくださいと彼女を労う。
「伴に、よろしくお伝えください。酔って、寝ているようですから」
老女もまた頭を下げ、頷く。
「おやすみなさい、おばさん」
飛雄馬は伴の屋敷の玄関扉を閉め、己が身を置く巨人軍宿舎への道を引き返す。
ふと目を閉じれば浮かぶのはあの日高美奈であった。飛雄馬は首を振って彼女の幻覚を打ち消すと、一人静かに歩き出す。そしてしばらく歩いたあとに、ふいに空を仰げばかつて、幼き頃父と見たものと似た満天の星空が広がっており、飛雄馬は足を止めそれを見つめた。