深夜の来客者
深夜の来客者 勢い良く廊下側の襖が開けられた音で飛雄馬は目を覚ますと、伴?と部屋の畳を踏みしめながらこちらに歩み寄ってきているであろう、男の名前を呼んだ。
伴、と呼ばれた彼は答えることなく飛雄馬の眠る布団の側までやって来ると、事もあろうに掛布団を剥ぎ取るなり、体の上へと跨ったのだ。
強い酒の臭いが鼻を突いて、飛雄馬は、ああ、酔っているなと自分の上に跨る彼の体臭から正常でないことを察して、どうした?と優しく問い掛ける。
こういうとき、向きになって抵抗すると逆上されることを飛雄馬は知っていた。
ゆえに、当たり障りない言葉を掛け、ひとまずは自分から離れてくれることを最優先とした。
野球のことしか知らぬ飛雄馬だが、会社勤めというものは日々神経を擦り減らし、様々な鬱憤が溜まるのであろうことを薄々感じている。ましてや、少しは大人しくなったとはいえ、あの親父さんの下で働いているのだ、気苦労も耐えないことだろう。
それは、伴の親父さんも同じだろうが───。
飛雄馬は暗い部屋の中で目ばかりを爛々と光らせつつこちらを見つめている彼──伴の顔を見上げる。
だいぶ飲んできているらしい。どう対処すべきか。
「…………」
膠着状態のまま固まっていた飛雄馬だったが、ふと、伴が身を屈め、酒臭い息を吹きかけてきたために顔を逸らし、眉間に皺を寄せる。
怒鳴りつけては逆効果だ。しかし、こちらの声が届いているのかいないのか、先程から話し掛けてみてもそれらしい答えが返ってこない。
奥の手──いわゆる急所への一撃を見舞って、強制的に距離を取らせるか。だが、できれば手荒な真似はしたくない。今日も取引先の会社との接待で遅くなると言っていた。立場上、付き合いたくもない酒に付き合わねばならないこともあるのだろう。
それにより、人恋しくなることもあるのだろう。
とは言ってみても、一緒の布団で眠ることは構わんが、一戦交えようとされるのは非常に迷惑だ。
明日も朝早くからビル・サンダーさんとのランニングやトレーニングが控えているというのに。
「にゃんで、にげるんじゃあ、星ぃ」
「っ、っ……逃げているわけじゃないさ、伴。落ち着け」
「嘘を言うでないぞ星よう。そうやって顔を背けるのは逃げちょる証拠じゃい」
飛雄馬が逸らした分だけ伴が身を寄せ、顔を覗き込んでくる。この酔っ払いが、いい加減にしろと喉元まで出掛かった言葉を飛雄馬は飲み込んで、伴、疲れただろう。今日は一緒の布団で眠るのを許可しよう。だから、退いてくれと優しく、諭すように囁いた。
「一緒に寝て、いいのかあ」
「いっ、いいから……静かにしてくれ。声が大きい」
「…………」
「…………」
「チューしていいなら退くわい」
「またそんなふざけたことを……」
一瞬の間ののち、伴が発した一言に飛雄馬は呆れて溜息を吐いたが、わしは本気ぞい!と叫ばれたために、わかったわかったと彼を宥め、目を閉じてから頭を定位置に戻した。
「…………」
目を閉じているせいか、伴が到達するまでがとてつもなく長く感じる。早くしてくれと急かしたくなるのを堪えて、飛雄馬は伴を待つ。
と、吐息らしきものが唇に触れ、肌がじわりと熱を持った刹那に口元に吸い付かれて、飛雄馬は身を強張らせた。
「口を開けろ星」
「…………」
伴が口を離し、囁く。涎に濡れた口元を拭いたい衝動を懸命に押さえ、飛雄馬は首を振る。
すると、伴の手が突然、飛雄馬の鼻を抓んだ。
鼻からの呼吸を遮られ飛雄馬は驚き、目を開けると共に口を開いた。しまった、と思ったときには既に伴の唇が飛雄馬のそれに触れている。体に体重を掛けられ、身動きの取れないまま飛雄馬は口付けを受けることとなる。
「くっ……!」
伴の背中に腕を回し、背広を掴んで体を退かそうと藻掻くも、巨体はびくともせず、抵抗することもままならぬまま、アルコールのせいか普段より熱い舌が口の中をゆっくりと犯していく。背中に爪を立て、飛雄馬は喘ぐが伴が退く気配はない。
それどころか時折、口付けに混ざって星と名を呼ぶ甘い声が脳をじわじわと焦がしていく。
息ができないのは口付けのせいじゃない。体の上に伴が乗っているからだ。満足に酸素を取り込めず、意識が朦朧としてくる。
ひとしきり唇を貪ったあとようやく伴は離れたが、飛雄馬に最早抵抗する意思はなく、そればかりか指一本まともに動かせぬ状態で布団の上に転がっていた。
それに味を占めたか伴の唇が飛雄馬の首筋を捉え、薄い皮膚に跡を残しながら布団の上に投げ出したままの体へと触れていく。飛雄馬が寝間着代わりに身に纏う浴衣の、はだけた帯の下から差し入れた手、その指がそろりと腿に這わせられた。
「…………っ、」
意識こそはっきりとしないが、触れられている感覚はあって飛雄馬は伴の指が肌の表面を滑るたびに身を震わせ、小さく声を上げた。
「すぐ、済むからのう……ちょっとの辛抱じゃい、星……」
ぼんやりとした意識の中では浴衣の帯を解かれ、下着をも剥ぎ取られるのを拒絶することもできない。
「あ、う……!」
ふと、下着を取り去られた尻にあたたかいものが触れて、飛雄馬は目線を自分の足元へと向ける。
すると、股座へと伴が顔を埋め、一心不乱に尻の中心を舌で舐め解している光景が目に飛び込んできて、飛雄馬はぞくりと腹の奥が疼くのを感じた。
唾液を纏った舌が尻の窄まりの上を行き来しているのが、目を閉じていてもわかる。そのたびに下腹部のものが反応し、立ち上がりつつあるのも感じる。
尖らせた舌が窄まりの皺を辿っていたかと思うと、腹の中に入り込んできて、飛雄馬は思わず背中を反らした。入口付近を舌はしばらく行き来し、されるがままに声を上げる。
声を抑えようにも、指が、手が、腕が未だ言うことを聞かない。身をよじろうにも体が動かない。上げる声は次第に掠れていき、じわりじわりと迫りくる絶頂の波に抗う術を今の飛雄馬は持たない。
「っ、て……まてっ、っ!伴、あっ──!」
頭の中でぷつんと何かが弾けて、脳天までを一息に貫いた絶頂の快感に飛雄馬は悲鳴を上げた。
全身は余韻に戦慄き、痙攣する。
達したばかりの体は、背中に敷いた浴衣が肌に触れるだけで鈍い快楽をもたらす。
「行くぞい、星っ……」
そうして息を吐く間も与えられないまま、飛雄馬は伴に体の中心を貫かれる。飛雄馬の広げた足の間に陣取った伴が、勢いのままに男根を尻の窄まりに突き立てたのだ。舌が触れることのなかった腹の中側を擦られて、飛雄馬の全身に汗がほとばしった。
「う、ぁ、あ……あ……」
開いたままの口から吐息と言葉にならぬ声を漏らして、飛雄馬は虚ろな目を伴へと向ける。
すると、腰を強く尻に打ち付けられて、飛雄馬は引き攣った声を上げた。しかし、それ以上の追求はなく、息を整えつつあった飛雄馬だが、伴の指が胸の突起に触れたことで再び快楽に支配されることとなる。
ぷくりと膨らんだ突起を抓り、押しつぶし、伴は執拗にそこを責めたてる。
「い"っ、っ……〜〜!!」
上げる声とは裏腹に、立ち上がった飛雄馬の男根からは先走りが溢れ、腹に滴っている。
ゆっくりと伴が引いた腰で尻を叩くことを始め、飛雄馬は浴衣と布団を汗に濡らした。
「お預けばかりは嫌じゃぞい、星ぃ」
「う、ァ、ああっ……」
胸の突起からの快感と腹の中を嬲られるそれとがない混ぜになって、飛雄馬は二度目の絶頂を迎える。
力任せに伴が腰を打ち込んで、飛雄馬はやめてくれと喚いて、されるがまま与えられた口付けに応えた。
そうして三度目の絶頂を迎えたとと同時に腹の上に出された伴の体液の熱さに、ようやく解放されたのだと安堵し、その後申し訳なさげに項垂れる伴を、ぼんやりと涙に濡れた目で見遣った。
「すまん、星よ。この通りじゃい。煮るなり焼くなり殴るなり罵るなりしてくれえ……」
汗をかいたことで酔いが覚めたか、突然しおらしくなった伴が正座の格好を取ると、畳に額を擦り付け、謝罪の言葉を口にする。
またこれだ、お決まりのパターン。いいさ、伴も鬱憤が溜まっているんだろうと言ってやればいいんだろうが、どうもそんな気分にはなれない。水を持ってきてくれとか細い声で呟いて、伴がばたばたと部屋を出て行く音を聞きながら、飛雄馬はようやく動くようになった手で涙を拭うと、目を閉じ、寝返りを打つ。
明日はしばらく口を利かないでいよう、そうすれば伴も反省するだろう。落胆し、しょんぼりと肩を落とす伴を想像しながら、飛雄馬は薄く笑みを浮かべると、どたどたと廊下を引き返してくる伴の足音を聞きながら、ゆっくりと眠りに落ちた。
次の日、一言も言葉を交わさないふたりを不審がり、ビル・サンダーとおばさんは顔を見合わせ、首を傾げていたが、飛雄馬は伴の反省を促すためにも、心を鬼にして彼をおよそ丸一日ほど無視し続けたのだった。
伴の気落ちぶりはひどいもので、その日一日はまったく仕事にならず、大きな溜息をしきりに吐いていたことで、例の親父さんにも心配されたという話──。