心配
心配 「風呂、入らんのか」
髪を拭きつつ伴が部屋に入ってくる。飛雄馬は己に充てがわれたベッドの端に腰掛けたまま、ぐったりと項垂れていた。大リーグボール一号と称される変化球。これをひとつ放つにはとてつもない集中力を要し、一試合終えた彼はまるで魂の抜けたようなぼうっとした状態になってしまう。今日の飛雄馬も例に漏れず、試合を終え寮の部屋に帰ってきたときにはベッドに腰掛けたまま微動だにしなかった。
同室の伴が先に風呂に行くから後から来いと言い残し、入浴を済ませ帰室したときも出て行ったときと同じ格好で飛雄馬はそこに座っていたのだ。
「ああ……伴」
飛雄馬は伴の声に気付いたか、ゆっくりと顔を上げる。白いユニフォームは土に汚れ、その小柄な体は疲れゆえか一回り小さく見えた。打者のバット一本のみを見据え、その芯に球を寸分の狂いなくぶつけるという常人離れした芸当は、幼少期より実の父と血の滲むような特訓をし、針の穴も通すという飛雄馬のコントロールを持って初めて成し遂げることが可能な代物である。飛雄馬は伴の協力があったからだ、とそう言ってくれるが、伴自身はこれっぽっちもそうは思っていない。
彼が目隠しをし、バッターボックスに立てと言ったからそうしたまでであって、闇雲に振り回すバットに球を当てるなんてことを星飛雄馬以外の誰が出来ると言うのだ。
「星よ、おまえ疲れとらんか、最近」
「え……?」
虚ろな目をして飛雄馬は伴を仰ぐ。飛雄馬の疲労の色の浮かぶ黒い双眸は伴を映してはいるものの、焦点が合っていないようで、ぼんやりと鈍く光った。
「夜、しっかり眠れとるか」
「……ふふ、伴のいびきを子守唄にしつつお陰で朝までぐっすりさ」
彼らしくない冗談を口にして飛雄馬は目を細め、ほんの少し笑ってみせる。伴は頭を拭いていたタオルを己の両肩に掛けると、飛雄馬の体を抱き締めた。
一瞬、飛雄馬もたじろいだもののすぐに目を閉じその身を伴へと預ける。巨人軍の寮に身を置き、投手としてマウンドに立つ飛雄馬が唯一気を許し、ゆっくりと寛げる場所がこの寮の一室であり、親友の伴宙太の腕の中でもあった。
触れ合う体の前面と、太い大きな腕の回る背中から伴の体温がじんわりと染み渡って、飛雄馬は思わず笑みをその顔に浮かべる。もちろん伴に飛雄馬の顔は見えていない。
「伴、すまんが離れてくれ」
「お、おう!すまん……」
飛雄馬が小さく囁いたため、伴は慌ててその体を離した。すると飛雄馬は腕を伸ばして伴の首を抱くと距離を取った彼に己の体を寄せ、その唇に口付けた。
「う、うぐっ」
狼狽え、よろめいた伴であったがすぐに体勢を立て直すと飛雄馬の体を逆に後ろへと押しやる。むろん、飛雄馬の体を押し倒した先はたった今まで彼が座っていたベッドの上だ。
「っ、ふ……うっ」
絡ませていた舌を離して、伴は飛雄馬の唇を啄んでから一度体を起こすと、彼の額を大きな掌で撫でてやった。ベッドに倒れた弾みで帽子が脱げ、白いシーツの上に黒い帽子が転がっている。伴は飛雄馬の額を撫でてからその頬に触れ、指先で彼の唇をなぞった。と、飛雄馬は口を開いて伴の指を咥える。ぬるっ、と柔らかくしっとりと濡れた飛雄馬の舌が伴の指を撫でたかと思うと、唇をすぼめてそれを吸った。
伴はぞくっと肌を粟立たせ、こちらをじっと見据えながら己の指をいやらしく舐め上げる飛雄馬を見下ろす。
「む、む……星、疲れとるんじゃないのか」
「火を付けたのはおまえだぞ、伴よ」
指から口を離して、飛雄馬は己の穿いているユニフォームのズボン、それを留めているベルトを緩め、バックルから抜き取った。伴は飛雄馬の緩んだズボンからはみ出したユニフォーム、その下にあるアンダーシャツの中に手を差し入れ、腹を指先で撫であげるようにしながらたくし上げていく。黒いシャツから覗く白い肌がやたらに鮮明に伴の目には映った。
ごくり、と伴の喉仏が大きく動いて、飛雄馬はふふっ、と思わず吹き出してしまう。 鎖骨辺りまで伴は飛雄馬の衣服を捲ってやってから、一度彼の顔を見遣った。些か恥ずかしそうに頬を染める飛雄馬が可愛いやらいじらしいやらで伴も思わず赤面する。かあっと湯気の上がりそうなほどに染まった伴を見て、飛雄馬は視線を逸らすと、その目元を覆い隠すように顔に腕を乗せた。 と、飛雄馬の様子を窺っていた伴はユニフォームのたくし上げた裾から覗いた彼の乳首へとそっと吸い付く。
「は、あ、あっ!」
大きく喘いでから、飛雄馬はぎゅっと奥歯を噛み締める。全く予想していなかった刺激を与えられ、思わず声が漏れてしまったが恥ずかしさゆえに体温が上がって耳まで火照ったのが飛雄馬自身にも感じ取れたし、彼の肌に触れる伴にもそれは分かった。飛雄馬の声に驚いて伴は口を離したが、再び突起に口付けてそれを吸い上げる。飛雄馬の体がそれを受けぴくん、と跳ね上がって、伴の体の下、足の間を通るようにして床に付けられている彼の両腿はぎゅうっと摺り合わされた。
伴は吸い上げた突起に軽く歯を立て、歯軋りをするかのごとく顎を動かす。
「う、っ……っ――」
噛み合わせた歯の隙間から喘ぎと吐息を漏らしながら飛雄馬はその背を逸らし、伴を呼ぶ。呼ばれた彼は返事をすることもなく、飛雄馬の胸を弄りながら今度は彼のズボンと下着の中へと手を滑らせ、ガチガチに首をもたげている逸物をそこから取り出すと飛雄馬の腹に押し当てるようにして撫でた。
「あ、あっ!伴っ!」
ちゅっとわざとらしく音を立て乳首から口を離して伴は飛雄馬の唇に己のそれを押し当てる。彼の口の中をゆっくりと味わいつつ、その手は飛雄馬の下腹部を弄んだ。鈴口から漏れる先走りが飛雄馬の腹を濡らし、彼の体は伴が手を動かすたびにビクッと跳ねる。
「星よ、出したら風呂に行け……早う寝らんと明日に響くぞ」
「は、っ……う、うーっ」
己の腹と伴の掌とで挟まれ、しごかれた飛雄馬の男根はその鈴口から精を迸らせ、己の腹を白で汚した。
「……ッ、う、ふっ……ふう、う」
「……」
いつの間にかベッドの上に落ちていたタオルで飛雄馬の精液に汚れた手を拭ってから伴は彼の上から下りた。
「……伴」
飛雄馬は目元を腕で覆ったまま伴を呼ぶ。伴もまた、彼の汚れた腹を拭ってやるべく身を寄せたが、悪夢再びとばかりに飛雄馬の腕は伴の首に縋りついた。
「な、あ、あっ!」
驚き、目を見開いた伴の唇に飛雄馬は吸い付いて、彼の首を抱いていた片手を外すと腰を上げ下着とユニフォームとを脱ぎ去る。
「おまえの方こそ、そこをそんなにしていては眠れんのじゃないか……」
「う、う、おれはいいんじゃい!こんなのすぐ治まるわい」
「……本当に?」
「よ、余計な心配せんでもええわい!早く行け!」
ぶんぶんと顔を左右に振り、自身に風呂に行くように喚き散らす伴の体を飛雄馬は受け入れるかのように足を開く。
「ほ、星」
「……風呂に行けと言うなら強情を張るな」
「……」
ふいと伴は飛雄馬から目線を外し、しばし視線を泳がせていたが腹を決めたか一度体を起こしてから飛雄馬の机の上からハンドクリームの容器を取って、ベッドへと戻ってくる。蓋を開け中身を掬ってから伴は飛雄馬の足の間へとそれを塗りつけた。刺激に慣らすように尻の窄まりを伴は指の腹で撫でていたが、ふとそこへ指を忍ばせる。
「あう、うっ」
「……痛くはないか」
頷いて、飛雄馬は入り口を慣らす伴の指に意識を集中させた。奥に無理に突き進んで来るわけでもなく、あくまでここを解すために伴は指を動かしている。クリームが伴が指を動かす度にくちゅくちゅと鳴って、飛雄馬は羞恥に歯噛みした。
続いて二本目を伴は飛雄馬の中へと飲み込ませ、ゆっくりと飛雄馬の尻を己が入り込む分だけ広がるように慣らしていった。
「ん、あ、あっ……あ」
「そろそろ、ええか……」
ひとりごちるように伴は呟いて、下着を下げ逸物を取り出すと、飛雄馬の足を抱き寄せて解していた窄まりへとそれを充てがう。飛雄馬は目元を覆う腕を少し上へずり上げて、出来た隙間から伴の姿を覗いた。
まごつきつつも伴は己の男根に手を添え、飛雄馬の中へとそれを突き入れる。指とは固さも太さも何もかもが違うそれが体の中心を貫いて、飛雄馬は眉間に皺を寄せ、圧に耐えた。伴は心配そうに眉を下げ、飛雄馬を見ている。
その様が愛おしくて、その優しさに何だか泣きそうになって飛雄馬は下唇を噛んだ。伴は飛雄馬の体の脇に手をついて、ゆっくりと彼の中へと己を飲み込ませていく。
緩やかにではあるが確実に腹の中を拡張し、奥へと進んでくる伴の熱に飛雄馬は拳を握ってそれを堪えた。
「星よう……」
伴が情けなく飛雄馬を呼んで、彼の目元を隠す腕を取り去るとぎゅうとその身を抱きすくめた。勢いで根元までが中に埋まって、飛雄馬は大きく呻いた。
「あっ、星」
「っ、ん、んっ」
急に腹の中を押し広げられたために飛雄馬は伴の背中に爪を立て、体に一瞬力を篭もらせたがすぐにふうっと脱力した。
すると伴はそっとその体を揺らし始める。ベッドが軋んで、飛雄馬の腹の奥も伴の逸物によって擦り上げられることとなる。
「う、あっ……ああっ」
指である程度は慣らされていたものの、やはり比べ物にならない大きさと骨盤を叩かれる衝撃に飛雄馬は喘いだ。
「伴っ、ば、んっ……」
「星……星よう」
腹の奥で深く繋がって、強く抱き締められて、何だかこのまま溶けていってしまいそうだ、と飛雄馬は思う。どうしてこの男はこんなに優しくて、おれの欲しいものをすべてくれるのだろうか。
「あ、っ……っ」
「うっ」
身震いし、飛雄馬は伴の背に強くしがみつく。すると伴も少し遅れて飛雄馬の中で果てた。二人達した後も抱き合ったまま、互いの体温を噛み締める。
「……伴、おい。どいてくれ」
「……ぐおー」
しばらくそうしていた二人だったが、いつまで経っても伴が体を離さないために飛雄馬は痺れを切らし、彼の背を叩いたが、あろうことか伴はいびきなんぞをかき始めたのだ。
「伴!こらあ!」
強く伴の頭を拳で叩いたものの一向に起きる気配がなく、飛雄馬は溜息を吐くとどうにか身をよじり、大きな体を押し退けるようにして彼の体の下から這い出した。
「星、星よう……ふふふ」
何の夢を見ているのだかそんな寝言を言いつつ伴はニヤニヤと笑みを浮かべている。飛雄馬は乱れたユニフォームを直しつつ、下着とズボンとを再び身につけてから風呂に向かうために荷物を漁ってから、伴の頬に口付ける。
「ん、ん……星ぃ」
「おやすみ、伴」
飛雄馬は微笑みつつ自身のベッドに突っ伏し寝入ってしまった伴の背に布団を掛けてやってから、部屋の明かりを消すと廊下へと出た。
「星……むにゃむにゃ」
「まだ言ってる」
呆れつつも飛雄馬はニコニコと笑みを浮かべたまま浴室へと繋がる長い廊下を一人歩いたのだった。