接点
接点 「左門さんの弟さんたちですか」
「わっ!星くん!」
ふいに話しかけられ、左門は手にしていた写真をいそいそと羽織っているグラウンドコートのポケットに押し込んだ。
「左門さんも今帰りですか」
そう言って、ニコリと微笑んだのは巨人のユニフォームを身に纏った星飛雄馬、その人で左門もまた、釣られるように笑みを浮かべる。
本日の巨人対大洋戦は、巨人の勝利に終わり、巨人ファンらは喜々とした面持ちで帰路につく一方で大洋ファンたちはどこかどんよりと暗い表情を浮かべ、帰宅する様子が見られた。
むろん、大洋にて99の背番号を預かる左門も例に漏れず、選手ロッカー室でも神妙な表情を浮かべていたし、帰ったら弟や妹たちにがっかりされるであろうことが容易に想像でき、その足取りは重い。
しかも、勝利投手である星飛雄馬に声をかけられたとなっては、気分がやや沈んでしまうのも無理もないというもの。
左門は努めて明るく振る舞いながら、得意の熊本訛りで、「そぎゃんです。星くんも今帰りですか?」と尋ねた。
「左門さんと帰りがかぶるのは珍しい。いつも左門さんは試合が終わるとすぐに家に帰るそうですね」
「弟や妹たちが腹ば空かせて待っとるもんですけん」
「……ふふ、優しい左門さんらしい。まだ小さいんですか。弟さんたちは」
言って、飛雄馬は、自分が話を引き伸ばそうとしていることを察したか、あっ!と口元を押さえてから、すみませんと頭を下げる。
「いや、星くんが気にすることじゃなか。下は10くらい離れとるともおります。食べ盛りの育ち盛りで毎日賑やかですたい」
ふたりはそのまま球場を出てすぐ、タクシー乗り場までの道のりを連れたって歩いていく。
「おれには姉がひとりいるだけだから、左門さんの家のように賑やかなのが羨ましくもある。結局、ないものねだりなんだと思うが」
「人それぞれ、悩みはありますたい。考えたってしょうがなか。自分の人生を一生懸命生きるしかなかとです」
「左門さんに、そう言われると弱いな」
「なに、お互い様とです。星くんも言わんだけで色々あると感じとります」
「…………」
左門はふと、飛雄馬の表情が陰ったのを見逃さず、眼鏡の厚いレンズの奥で目を細めた。
「ふふ、本当のこつ言うと、今日の試合のことで家に帰るとの少し気が重かったとばってんが、星くんと話せて少し肩の荷が下りたばい」
「え?」
「いや、こっちの話たい」
忘れてほしか、と左門は顔を逸らしてから、わしはこっちだけん、と飛雄馬にそのまま背を向ける。
「……左門さん、また」
その声を背後に聞きながら、左門はしばらく歩いたのち、一度は仕舞い込んだ写真をポケットから取り出した。
そうして、皺が寄り、折れた跡のついた弟や妹たちの顔をひとりずつ見遣ってから、明日は絶対、勝つばい、と決意新たに唇を引き結んだ。