選択肢
選択肢 伴に誘われ、花形の屋敷で夕食を摂ることになったのはいいが……飛雄馬は寝心地の悪い、姉夫婦の客室のベッド上で寝返りを打ちつつ、今晩の記憶を反芻する。
まったく、とんだことになったと親友の失態に胸中で悪態を吐きながら、大きな溜息を吐く。
酒に酔い、花形やねえちゃん、おれに絡み、歌い出したかと思えば、人が便所に行っている間に急用ができたとひとり去っていくなんて───。
高い天井を見上げ、幾度目かの溜息を吐いたところで、部屋の扉が叩かれたような気がした飛雄馬は息を潜める。ああ、やはり留まるのではなかった。
適当に言い繕って、おれも屋敷を発つべきだったのだ。 泊まっていけと言うねえちゃんの言葉にほだされて、首を縦に振るのではなかった。
「…………」
そんなことを頭の中で思案していた飛雄馬の耳に再び、扉を叩く音が届いた。
はい、と返事をする間もなく、扉が開くや否や顔を見せたのは屋敷の主である花形であった。
飛雄馬は身を起こし、何の用ですかと彼に対し、問うつもりであったが、無言のまま花形はこちらに歩み寄ってくるなり、何を思ったかベッドに乗り上げたのだ。
そうして一言、明子と囁いて、飛雄馬の口元に唇を寄せてきたのである。
「は、っ…………」
この人は、花形さんは、おれをねえちゃんだと錯覚している。まずいことになった、こんなことなら扉に鍵を掛けて…………。
花形の柔らかな唇が何度も飛雄馬の口元を啄み、明子と名を呼ぶ。触れる唇は熱く、吐息には嗜んでいた酒の香が混じっている。
花形の手は飛雄馬の身に着けるランニングシャツの裾に滑り込んで、直接肌に触れた。
「っ、花形、さ」
声で、肌や肉付きの違いで、花形は気付くだろう。
そもそも、花形がこんな人違いをするとは思えない。自分が普段眠る寝室と客室の違いくらい判別がつくだろうに。
飛雄馬の首筋に触れた花形の唇は、明子の名を紡ぎ、その指は肌の表面を滑る。
「く……ぅ、」
人違いだと花形の体を押し退け、出て行けと怒りをぶつけても良いのだろうか。それとも、花形に恥をかかせぬよう、彼が自分で間違いに気付くまでこのままやり過ごすべきか。
ねえちゃんが、いつまで経っても寝室を訪ねてこない花形を心配して、ここに来やしないだろうか。
こんなところを見られたら──ねえちゃんに知られたら──。
どの策を講じるべきか案じながら飛雄馬は奥歯を噛み締めるも、まさか自身が組み敷く人物が己が妻だと信じて疑いもしていないであろう花形は、躊躇いもせず義弟の下着に手を掛けた。
下着を下ろした刹那、花形は察するだろう。
すまないと頭を下げ、何事もなかったかのように部屋を出て行くだろう。
このことはおれの胸中にしまっておけばいいことであって、花形とは、ねえちゃんとは今まで通りの関係を保っていけばいい。
ああ、こんなことなら、寝苦しいからと下着一枚でベッドに入るのではなかった。スラックスを穿いていたら、花形はベルトに触れた瞬間に、違う、と感じただろうに。
臍の下から肌の表面を花形の指先がなぞり、飛雄馬の男根へと触れた。と、花形の動きが止まる。
その刹那、飛雄馬は全身の緊張を解き、ふうっと息を吐いた。ようやくこの永遠にも感じた一幕から解放されると安堵した飛雄馬だったが、花形は止めた手をそろりと動かし、男根を握ったのだ。
「フフ、優しいね。飛雄馬くんは」
男根を握った手が、ゆっくりと根元から先までを往来する。じわじわとそこが熱を持ち、首をもたげつつあるのを自覚し、飛雄馬は花形を睨み据えた。
「最初からっ、知っていたんですか」
「さあ、それはきみの想像に任せるよ、飛雄馬くん。過剰な優しさは身を滅ぼしかねない。時には何もかもを無に返す覚悟を持って、保身に走るべきだとぼくは思うがね」
花形は下着から露出させた飛雄馬の男根を手でゆるゆると上下に擦りつつ、そんな言葉を口にする。
「人を、なんだと、思っ……っう」
「腰を上げて。下着が汚れてしまう」
「出て行っ、っ、花形っ、ここから出て行ってくれ」
「どうして。中途半端はきみも嫌だろう」
「ねえちゃんに知れたら、あぁっ!」
「知れたら、どうする?」
ニッ、と花形は口角を上げ微笑むと、体を震わせた飛雄馬の腰から下着を剥ぎ取った。
そうして、膝を立て、左右に開いた飛雄馬の足の間へと身を置く。
「気でも、狂ったのか……こんな真似……!」
自身の足の間から身を乗り出し、こちらを見下ろす花形を見上げ、飛雄馬は問い掛ける。
思い留まってくれ、とそんな願いを込めて。
今ならまだ、間に合う、と。
「飛雄馬くんは、自分はまともだと言い切れるのかね」
飛雄馬の両足をそれぞれ左右の脇に抱え込んだ花形はスラックスを留めるベルトを緩め、ボタンを外すとファスナーを下ろした。
「っ……」
目を逸らし、飛雄馬は唇を引き結ぶ。
中途半端に刺激を与えられた男根が震え、肌の表面が粟立つのを感じる。それは恐れからか、あるいは。
ぬるっ、と尻の中心に熱いものが触れて、飛雄馬は身を強張らせる。きつく閉じた中心が戦慄くのがわかる。
廊下に届くほどの声量で助けを求めれば、ねえちゃんは来てくれるだろうか。いやだと口にしたら花形は思い留まるだろうか。
「明子には飛雄馬くんの部屋に行くと言ってある」
花形は笑み混じりに呟くと飛雄馬の立ち上がった男根の裏筋を指の腹でなぞった。
「ふ、っ……う、ぅ……ん」
「訪ねてくることはなかろうが、万一ということもあるからね」
飛雄馬の男根から溢れる先走りを指先で掬って、花形は鈴口へとそれを撫でつける。男根は刺激を受けたことで脈動し、更に先走りをそこに滲ませた。
「だったら、はやっ……早く、終わらせ……」
「終わらせるとは、何を?」
「誰が、言うか……!」
「…………」
花形のあてがった熱が飛雄馬の尻の中心に触れ、そこを強引に抉じ開ける。
「あ、ぁ、ああっ」
花形の腰が進み、体の奥へと入り込んでくる感覚が脳天を突き抜け、飛雄馬の体を震わせる。
その感覚から逃れようと目を閉じ背中を反らす飛雄馬の腰を掴み、まだ半分もいっていないよと花形は囁いて、仰け反り、露わになった首筋へと口付けを落とした。 まだ、半分も、だって?
口元を両手で押さえ、飛雄馬は閉じていた目を開けると眼前にあった花形の顔に驚きギクリと身を震わせた。
ゆっくりと、時間をかけて花形が腹の中を侵食していくのがわかって飛雄馬は声を漏らすまいと口を覆う指の力を強める。
「あのまま、最後まで明子のフリをして切り抜けるつもりだったのかね」
挿入の角度を変えるように尻を引き寄せ、花形は膝立ちになると、飛雄馬の両足を押し広げてから一息に最後まで腰を突き入れた。
「っ〜〜〜!!」
突然腹の中を満たされ、腰を叩きつけられた衝撃に飛雄馬は叫びそうになるのを堪えるのが精一杯であった。
では、どうすれば良かったと言うんだ。
花形が腰を引き、ゆるゆると根元まで挿入した男根を飛雄馬の中から抜いていく。
腹の中を引きずられて、飛雄馬の全身が戦慄いた。
その感覚に慣れる間もなく、花形は飛雄馬の尻に腰を打ち付け、より深い場所を犯しにかかる。
飛雄馬の視界がぐらりと歪んで、目の前には閃光が走った。全身更に熱く火照って、花形をきつく締め付けるのがわかる。
「う、ぅっ…………」
今ので、軽く達してしまった飛雄馬は首を振り、やめろと花形に訴えた。しかして花形は、唇に笑みを湛えたまま腰を回し、飛雄馬の中を掻き乱しにかかったのだ。
と、それと時同じくして部屋の扉を叩く音が響くのとほぼ同時に、「あなた、まだ飛雄馬の部屋にいらっしゃるの?」との声がふたりのもとに届いた。
チッ、と花形は小さく舌打ちをすると、極めて平穏に、そうして優しい声色で、「まだ起きていたのか」と扉を隔て、廊下に立つ妻・明子に声を掛けたのである。
今や義理の兄弟の間柄となった明子の実弟、飛雄馬を組み敷いたまま。
「その、ごめんなさい。眠れなくて……つい」
「飛雄馬くんと話が弾んでしまってね」
「あんまり遅いから心配で……」
「きみは先に休んでいたまえ」
「…………」
「愛しているよ」
花形は、会話の最中に一度も明子が立つ、扉の方に視線を遣ることなく、淡々と言葉を紡いでいた。
音を立てぬよう、ゆっくりと腰を使い、飛雄馬に快感のそれを寄与しながら。
愛しているよと口にしたとき、花形は明子の名を呼ばなかった。ただ静かに、声を上げまいと口を両手で塞ぎ、与えられる快感にうち震える飛雄馬を見下ろしながら、花形はそう、言ったのだ。
「……私も愛しているわ。おやすみなさい、あなた」
「人でなしっ……!」
思わず叫んだ飛雄馬の口を花形の手が塞ぐ。
「静かにしたまえ。明子が戻ってきてしまうよ」
花形は覆っていた飛雄馬の唇を親指でなぞると、その指を口内へと捩じ込む。
反射的に飛雄馬はその指に歯を立てそうになったが、一瞬、脳裏に姉の顔がよぎったことで躊躇いが生まれ、思い留まってしまう。
その一瞬の間に、花形の指は飛雄馬の上顎を撫でた。
直接、頭の中をくすぐられたような、そんな錯覚を起こして、飛雄馬は花形の指に愛撫されるがままに声を上げる。指は上顎から歯列の噛み合わせをなぞって、頬の内側を撫でた。
「人を一方的に悪魔に仕立てあげて、自分は一切悪くない、と飛雄馬くんはそう言うのかね」
花形は飛雄馬の口から指を抜き、ふいに唇へと口付ける。
「……ん、む……」
腰の動きを再開させ、花形は飛雄馬の唇を貪った。ベッドは激しく軋んで、飛雄馬は幾度となく花形の体の下で絶頂を迎える。
熱を帯び、尖った胸の突起を吸われ、軽く歯を立てられて飛雄馬は花形の頭に縋りついた。
射精し、放出した己が体液で飛雄馬の腹はぐちゃぐちゃに濡れていたが、それを諸ともせず、花形は組み敷く弟の体を抱き締め、腹の中に精を吐く。
そうして、花形は軽い口付けを飛雄馬に与えてからベッドから下り、乱れていた衣服を正した。
朝が近いのか、空は白みつつある。
「もう一日、泊まっていくかい」
尋ねながら髪を撫でくる花形に、飛雄馬は返事をせず、ただ一言、ねえちゃんのところにいけと両目を掌で覆ったまま呟く。
「自分よりも明子が大事かね」
「…………」
「降りてきたまえ。一緒に朝食を摂ろうじゃないか」
先に行っているよ、と花形は言うと部屋を出て行ったのか、扉が開き、閉まる音が響いて、飛雄馬はようやくそこで体の緊張を解く。
朝食を共に、だと。どの口がそれを言うのか。
飛雄馬は体を起こし、溜息を吐くと、脱いでいたシャツやスラックスを身に着けるためベッドから床へと足を下ろす。
花形のためじゃない、ねえちゃんのためだ。
ねえちゃんに一言、花形が帰らなかったことを詫びなければ。
衣服を着替え、飛雄馬もまた部屋を出ると、ふたりの待つ一階へ向かうべく、階段を一段一段降りていく。足がふらつく気がするのは寝不足のせいだろうか。花形に体を弄ばれたせいか。
「飛雄馬……」
「ねえちゃん……」
一階に降りてすぐのところに明子が立っており、飛雄馬は心配そうに声を掛けてきた彼女のもとに駆け寄ると、昨日は、花形さんを……と言いかけ、口を噤む。
「いいのよ。久しぶりに来てくれたのだし、積もる話もあったんでしょう」
そう、微笑みつつ優しく言葉を掛けてきた明子の目元は赤く腫れており、一晩の間夫の帰りを待ち、起きていたであろうことを飛雄馬に窺わせた。
「……花形、さん、は、ねえちゃんのことを褒めていたよ。料理も上手くて、その……」
「ふふ、ありがとう。飛雄馬……あなたが久しぶりに来てくれたもので、張り切っちゃって朝食作り過ぎちゃったの。たくさん食べていってね」
そう言って、力無く笑う明子の顔がまともに見られず、飛雄馬は視線を逸らすと、ありがとう、と小さく声を発した。
それから明子に案内され、身支度を整えてから花形の待つダイニングへと向かう。
「おはよう、飛雄馬くん。昨晩はゆっくり休めたかね」
「…………」
テーブルに着いたまま、読んでいた新聞を折り畳むと一切、悪びれる様子なくにこやかに微笑む花形を見据えはしたが、飛雄馬は小さく会釈をするに留める。
「ふふ、おかしなひと。朝まで一緒にいたんでしょう」
「まあ、座りたまえ。ゆっくり朝食でも食べてから帰るといい」
明子にどうぞ、と着席を促され、飛雄馬は引かれた椅子に腰を下ろす。
「コーヒーがいい?それともお茶?」
「コーヒーで、あ、いや……自分で淹れるよ」
花形とふたり、ダイニングに残されることを恐れ、飛雄馬は席を立ちかけたが、明子にお客様は座っていてと言われてしまい、渋々、着座するに至る。
明子はくすくすと笑みを溢しながらキッチンに向かい、飛雄馬はその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「明子に、何か言われたかい」
「特に、何も」
畳んでいた新聞を開き直しながら花形が問う。
「一晩中起きていたようだね、あの様子では」
「悪いとは、思わないのか」
「先に休んでいなさいと伝えたのをきみも聞いただろう。彼女が勝手にやったことに対して、なぜぼくが罪悪感を抱く必要が?」
「しかし……」
「おまちどうさま」
トレイにコーヒーを乗せた明子が戻ってきて、飛雄馬はハッと彼女の方を見た。
「…………」
「飛雄馬は気にしないでね。私が好きで起きていただけだから」
コーヒーや砂糖瓶、ミルク類をそれぞれテーブルに乗せ、明子はいただきましょうと花形の隣に腰を下ろす。
花形の好みなのか、パンやスープといった洋食の類がテーブル上には所狭しと並んでおり、冷たい料理は冷たく、温かい料理は今出来上がったかのような温かさを保っている。
長屋にいた頃、ねえちゃんはこうして毎日親父とおれに食事を提供してくれていたなそんなことを思い出しながら、飛雄馬はパンのひとつを一口大に千切りながらもそもそと口へと運ぶ。
本来であれば他愛のない話を交えながら楽しく朝食を摂るべきなのだろうが、どうにも居心地が悪い。
それはあまり食べつけない朝食のせいか。
食事を終え、食後に淹れてもらったコーヒーを飲んでから飛雄馬はそろそろ寮に戻るよと席を立つ。
「もう帰るの?もう少しゆっくりしていったら……?」
「いや、ねえちゃんに悪いからね」
「……また来てちょうだいね。きっとよ」
玄関先まで、そう言って見送る明子の目元には涙が滲んでおり、飛雄馬は唇を引き結ぶ。
ねえちゃんのためを思えば、訪ねてやりたいのは山々だが、しかし、どうしても首を縦には振れない。
「飛雄馬くんを送ってくるよ」
「いや、ひとりで帰れる」
「少しくらい兄貴面させてくれたまえよ、飛雄馬くん」
「またね、飛雄馬……」
今生の別れでもあるまいに、と飛雄馬は思ったが、よほど寂しいのか目尻に涙を湛え、手を振る明子に、また来るよと返し、花形に促されるまま屋敷の外へと出る。
「飛雄馬くん」
「っ、話しかけないでく……っ、」
屋敷を出てすぐの玄関扉の前で花形は飛雄馬を呼び止めると、身を屈めるなり口付けを寄越した。
扉一枚隔てた向こうに、ねえちゃんがいると言うのに……!ここで騒げば、また心配させることに……。
唇を割り、滑り込んできた舌の熱さに、飛雄馬は眉をひそめる。甘い唾液が数時間前の記憶を呼び起こしていくような気がして、身をよじるも、それを見越していたか花形の腕が飛雄馬の体をきつく抱いた。
「あ、ぁっ……よ、せっ……」
腰に回った腕が尻を撫で、飛雄馬は思わず声を上げる。
顔を背けることには成功したが、花形の唇は耳元へと寄せられた。音を立て、耳に口付けてから花形は飛雄馬の耳へと舌を這わせる。
「ここでしようか」
「!」
渾身の力で花形を押し退け、飛雄馬は、冗談でもそんなことを言うなと声を震わせた。
「フフ……満更でも、なかったようだがね」
車に乗りたまえと付け加え、花形は飛雄馬を呼ぶ。
「おれに構わないでくれ」
「そうはいかない。明子にもきみを送ると言って出てきているからね。彼女のためを思うなら早く」
「…………」
そう言われ、飛雄馬は車庫から車を回してきた花形の後ろに乗り込み、目を閉じる。
体はまだ熱を持っている。舌を這わせられた耳はそこに火がついたかのように火照ってしまっていた。
花形は何も言わない。寮までの道のりを最短距離で進んでいくだけだ。
「寮の前まで着けようか」
言われ、飛雄馬は目を開ける。気付けば寮まであと数キロという場所まで来ており、飛雄馬は無意識に花形に触れられた耳に手を遣った。
「いや、敷地の、門の前まででいい」
「…………」
花形は飛雄馬が伝えたとおりに、巨人軍独身寮の出入口付近に車を停め、降りたまえと声を掛けた。
車を降り、飛雄馬は振り返りもせず、寮の門を開けると敷地の中へと足を踏み入れる。
重い門戸を閉じ、寮の建物までの距離を飛雄馬は歩く。
間もなく昼になろうかという時間帯。日は高く、寝不足の体に降り注ぐ太陽光は息苦しささえ与えてくる。
花形は、帰宅したのち、ねえちゃんと何を話すのだろうか。おれに愛を説いたあの唇で────。
首を振り、飛雄馬は寮の建物の戸を開ける。
余計なことを考えるな、二度とおれは、あの人とこんな過ちは…………。
ふらふらと飛雄馬は自室に戻り、うつ伏せにベッド上に倒れ込んだ。嗅ぎ慣れた己の布団が眠りを誘い、飛雄馬はうとうととそのまま微睡む。
花形は、自分ひとりを悪魔に仕立てあげてと言っていたか……すぐさま人違いだと、やめてくれと本気で言っていたら結果は違っていて、おれはすべてにおいて間違った選択をしてしまったとでも言うのか。
そこまで考えてから、飛雄馬は軽い寝息を立てるとともに意識を手放す。そうして、夕方、伴から寮の公衆電話に昨晩の詫びが入るまで、飛雄馬はただただ眠り続けたのである。まるで、昨晩起こった出来事を、夢の中のことである、と一蹴するかのように。