扇動
扇動 選手ロッカー室を出た一人の男が目に留まり、飛雄馬は歩みを止めると視線を逸らす。
すると、彼は廊下をゆっくりと歩きこちらに近寄ってくる。飛雄馬はよほど踵を返し、ここから立ち去ってしまおうかとも考えたが、それでは彼の──廊下の向こうからやって来る花形満と言う男の思う壺のような気がして奥歯を噛み締め、その場に留まった。
靴をスパイクから普段履きのスニーカーにでも履き替えたか廊下のコンクリートと金属がぶつかるカチャカチャと言う耳障りな音は聞こえて来ず、ただ淡々と花形が歩み寄って来る足音が聞こえるのみで、飛雄馬は道を譲るために壁際に背をついた。
しかして、この判断が間違いであった。
何も言わず通り過ぎてくれるであろうと思った花形が、飛雄馬が背を預ける壁に手をつき、顔を覗き込んで来たではないか。
「……………!」
「きみ一人か」
吐息が交わりそうな距離で花形が問う。
「ど、うでも、いいだろう!試合は終わったんだ、早く帰ったらどうだ」
なるべく花形と視線を合わせぬようにして飛雄馬は声を振り絞った。
それを受け、花形はくっくっ、と喉を鳴らして、「つれないなあ、星くん。昨日はあんなに──」と何やら含蓄有りげな台詞を口にしつつ飛雄馬の耳に舌を這わせてくる。
「や、め、っ…………くっ!」
花形の壁に触れる手を飛雄馬は叩いて、「昨日のことは忘れてくれ」と消え入りそうな声で呟く。
「ふふ、忘れろとはずいぶんだね。楽しんだだろう。きみも」
「それは、花形さんが………いえ、失礼します」
飛雄馬は眉をひそめ、唇を引き結ぶと花形の脇を通り過ぎようとしたが、それを目の前の彼が許さなかった。歩み出した飛雄馬の腕を掴み、待ちたまえと後ろから声をかけたのである。
「…………あなたと、話すことなんてありませんよ」
吐き捨てるように言った飛雄馬の腕を掴んだまま、花形はつい先程まで阪神の選手らが使用していたロッカー室まで引き摺って来ると、扉を開け、そのまま彼を中へと押し込んだ。
飛雄馬は突き飛ばされたためによろよろと床に両膝をつき、何をするんですかと後に続くようにして部屋に入ってきた花形を睨む。
後ろ手に扉を締め、花形はにやりといつもの笑みを浮かべつつ、膝をついた飛雄馬の目線まで身を屈めると、くいと彼の顎に指をかけ、顔を上向かせる。
「………」
飛雄馬の視線が泳ぐ。今日の試合でことごとく花形に打たれたからではない。
昨夜、自宅マンションを訪れた花形に飛雄馬は半ば強引に抱かれたからだ。
明子さんはいるかね?と好青年を気取りながらやって来た花形はまさかの来訪に狼狽えた飛雄馬の体をリビングのソファーの上に組み敷いた。
何のためにと喚く飛雄馬を無視し、花形は独りよがりの欲をぶつけ満足すると、放心状態の部屋の主を労ることもせず明日、球場でと言い残し去っていったのだ。
そんな屈辱を受けた飛雄馬が先発で出た本日の試合、花形が姿を表すまでは巨人の独擅場であったが、背番号10を背負った彼が登場してからはまるでダメ──川上監督がピッチャー交代を言い渡し、飛雄馬はマウンドを降りたがそれでも開いた点差は取り返せず、阪神の勝利と相成った。
ONふたりには励まされたものの川上監督には叱責され、観客には野次られ散々な目に遭った飛雄馬が再び不倶戴天の敵である花形と対峙し、平穏でいられる筈がなかった。
「目が赤いようだが、眠れなかったかい」
花形が意地悪く訊く。
飛雄馬は答えず、離してくれ、と拒絶の言葉を口にした。
「あんなに声を上げておいてそれはないだろう。ふふ、川上監督に絞られたのが効いたかな」
「っ、おれの、せいで………今日の、試合」
「ふふ、巨人を撃ち落とすにはきみを懐柔するのが一番かな」
「卑怯な、手を………」
じわっ、と飛雄馬の瞳に涙が浮かび、口元が戦慄いた。
「……阪神が負けようが巨人が勝とうがそんなことはぼくの知ったことではない」
「それでも、っ……プロですか」
「笑わせる。私情を神聖なグラウンドに持ち込み、巨人の勝利をふいにしたのは星くん、きみだろう。人のことをとやかく言えるのか」
「…………」
図星を突かれ、目を見開いた飛雄馬の瞳から涙が頬を滑り落ちる。
ふふ、と花形は口元に笑みを湛えてから、飛雄馬の唇に自身のそれを押し付けた。
「く………ぅ、っ」
「昨日、教えたじゃないか星くん。口を開けてごらん」
呻き声を上げ、自身が着用するユニフォームの袖口を掴んだ飛雄馬に花形は耳打ちし、指で頬を濡らす涙を拭ってやる。
「だれ、がっ、聞くもんか……」
花形は今しがた指で拭った飛雄馬の頬を啄み、彼の背へと腕を回す。びくん、と飛雄馬は震え、花形の袖口を掴む手の力を強める。
「昨日もそうしてぼくを拒絶したからあんなに目に遭ったんだろう。まだ懲りないと見えるね」
「何の、目的でこんなこと、を」
「…………」
飛雄馬の顔の輪郭に口付け、やや顔を傾けた彼の現れた首筋に花形は吸い付く。
それから逃れようと身をよじった飛雄馬を勢いのまま床に押し倒し、花形はニッと笑んだ。
「あ、っ………」
花形の腕の中に組み敷かれ、飛雄馬は瞬きも忘れ己の上に跨る男を仰ぎ見る。
「学習しないね、きみという男も」
クスクスと笑みを零しつつ花形は飛雄馬の首筋に顔を埋め、その柔らかな皮膚に跡を残していく。
これでは昨日の二の舞いだ、と飛雄馬はやめろと叫び、花形の下から這い出ようとする。
しかして花形は飛雄馬の呼吸を奪うかのように唇に口付け、舌を彼の口内へと滑らせてきた。
ああ、これがいけないのだ、と飛雄馬は上顎をなぞる舌の感触に喘ぎつつ眉間に皺を寄せる。
昨日だって、この口付けのせいで全身の力が抜けてしまって、それで、臍の下が熱くなって──。
「は、っ………ん、ふ……ぅ」
花形の肩を掴んで、飛雄馬は吐息を漏らす。
ちゅっ、ちゅっと音を立て唇を啄む花形の口付けを受けているうちに飛雄馬の頭からは帽子が離れ、床に落ちる。
口付けを与えながら花形は飛雄馬の股へと手を差し伸べ、ユニフォームの上から彼の男根を撫でた。
「ひ…………っ」
ぞくっ、と飛雄馬の全身が総毛立ち、床に預ける背が弓なりに反る。花形の手の中、ユニフォームとスライディングパンツの内部で飛雄馬の男根は充血し、立ち上がり始めた。
「あっ、や………や、らっ、やだ、花形っ」
「静かにしたまえ。ふふ、ぼくもきみの声を聞きたいのは山々だが、ここは球場だからねえ。いつ誰が前を通るか……」
「く、ぅ…………」
奥歯を噛み締めた飛雄馬の下腹部がぐんと更に首をもたげる。へえ、と花形は笑みを浮かべ、星くんは見られると興奮するタイプかね、と彼を煽った。
「そん、な………っ、こと、」
「現に腰をぼくの手に押し付けてきているじゃないか。嘘が下手だ。相変わらず」
言いつつ、花形は飛雄馬のユニフォームを留めるベルトを緩め、前を解放させてから中に手を滑り込ませる。直に花形の指が男根に触れて、飛雄馬は大きく身を反らした。
「ん、う、う……!」
「さて、ユニフォームを脱ぎたまえ」
花形がユニフォームのズボンを脱がせようとするも、飛雄馬はいやいやと首を横に振り、腰を浮かせようとしない。それならばと花形は飛雄馬の右腕を掴むと己から見て左の方に思い切り彼の腕を引いた。そうしてそのまま彼の体をくるんと回転させ、床にうつ伏せの状態を取らせる。
「………!」
「腰を上げて」
うつ伏せのまま、飛雄馬は再びいやいやと首を振る。花形は無言のまま先程飛雄馬の腕を掴んだ右手で彼の尻を叩いた。
「ぐ、っう!」
びく、と飛雄馬はそれに驚き膝を使い腰を上げる。
「膝を立てたまえ」
「っ………」
顔を真っ赤に染めつつ、飛雄馬は両膝と床を擦り合わせ尻を高く持ち上げた。
開かれたユニフォームの前がはだけ、スライディングパンツに勃起した男根の先走りが滲む。
花形は飛雄馬の尻に触れると、そのままズボンとパンツとを膝辺りまでずり下げてやり、蛍光灯の下に飛雄馬の白い尻を晒した。白い双丘の中心にある窄まりがきゅうっと震えて、その下、股ぐらにある勃起しきった男根が切なげに先走りを溢している。
と、花形は指を口に含んで唾液を纏わせると、ひくつく飛雄馬の後孔を嬲りにかかった。
容易く飛雄馬のそこは花形の指を飲み込み、その白い尻を震わせる。
「あっ、っん…………」
「ふふ、だいぶ出来上がってるじゃないか」
指を抜き差しし、花形は飛雄馬のそこを刺激に慣らし、自身が通れるまでに拡張させていく。
白い尻が段々と薄い桃色に染まることで、飛雄馬の興奮具合を物語っていた。
花形が指を使うたびに飛雄馬の腰も震え、もっと奥を触れと言わんばかりに尻を押し付けてくる。
何もかも無意識の内であろうし、顔は見えぬがきっと床に這いつくばりながらも星飛雄馬と言う男は泣き声を上げぬよう懸命に歯を食いしばり堪えているのだろうなと言うことが想像でき、花形はほくそ笑んだ。
そうして彼は、自身のユニフォームのファスナーを下ろし、そこから痛みを覚えるほどに立ち上がった男根を取り出すと、今まで慣らしていた飛雄馬の尻へとそれを宛てがい、一息に腰を突き入れた。
「あ…………っ!」
指などでは到底到達し得ない奥を花形の角度のついた男根がこすって、ぐりぐりとそこを責めあげる。
腹の中が馴染むのも待たずに花形は腰を打ち付け、飛雄馬の粘膜に己の形を無理矢理に覚え込ませた。
「いっ、いや………っひ……い」
床に頬を擦り付け、飛雄馬はそこに唾液を滴らせる。花形の固い男根が腹の中を抉り、激しく粘膜をこすった。
次第に立っていられなくなり、脱力する飛雄馬の尻を掴み、花形は腰を穿つ。
「ん、あ………あっ、あ、あ、ぐっ!」
今まで腰を叩くだけであった花形が飛雄馬の腹の中を掻き回し始め、ようやく刺激に慣れ始めていた彼の感覚を作り変えていく。
「はながた、っ………花形さ、っ、ん、あ!だめ、だめぇ」
「だめ?ふふ、自分から押し付けてきておいてそれはない。それともいきそうかね」
ぬるっ、と花形は飛雄馬から男根を抜くと、彼に仰向けに寝転がってと指示を出す。
飛雄馬はがくがくと全身を震わせつつ、言われるがまま床に横たわり、花形を仰ぐ。
と、彼は飛雄馬の両足をそれぞれに掴み、自身の方へ引き寄せ、そのまま先程まで繋がっていた場所を再び己の男根で貫いた。
完全に油断しきっていたところにいきなり最奥を抉られ、飛雄馬は声にならぬ声を上げ、花形に縋った。
「〜〜〜〜っ、」
飛雄馬の膝を曲げ、彼の腹に押し付けるようにしながら花形はがつがつと腰を打ち付ける。
「あっ、くぅ、う…………っ!」
口元を押さえるようにして喘ぐ飛雄馬の顔を見下ろしつつ、花形は自身の唇の端からぺろっと舌を出した。
昨日は苦痛に顔を歪めるばかりであった飛雄馬だが、今日はその表情にも恍惚の色が浮かんでいるようであった。スパイクを履いたままの足を花形の腰の動きに合わせ揺らし、与えられる快楽に飛雄馬は素直に酔う。
「気持ちいいかい?」
尋ねられた飛雄馬は唇を押さえたまま、首を左右に振る。するとどうだ、花形はピタリと動くのをやめ、男根を抜きにかかった。
「あ、あ…………っん」
「ふふっ、嘘は良くない。本当のことを言いたまえ」
「っ………」
ゆっくりと花形は抜きかけたモノを再び飛雄馬の中に挿入していく。
「ぼくはこのままやめてしまっても構わんが」
「気持ち、いっ………あっ!」
花形は飛雄馬が言い終わるのを聞くことなく、またしても彼の腹の中を掻き回すように腰を動かす。
ああ、っと飛雄馬は喘いで、体を反らすと喉を花形の眼下に晒した。
立ちっぱなしの男根からはとろ、とろと液体を溢しつつ飛雄馬は掠れた声を上げ続ける。
「ぼくのことは殺してしまいたいほど憎いだろう、星くん」
飛雄馬の体を揺さぶりつつ、花形は囁く。
顔を真っ赤に染め、そこに涙を幾重も滴らせる飛雄馬の耳には恐らく入っていないだろうと踏んでのことだ。花形も射精が近く、腰の動きが速くなる。
「っ……きらっ、いだ。だいきら、いっ……」
「ふふっ、その大嫌いな男に抱かれる気分はどうかね」
「あ、そこ、やっ………あ、あ、ッ!」
がくん、と飛雄馬は身を震わせ、思わず口元から手を離し嬌声を上げた。
そのまま余韻に身を震わせるも花形はそれでやめてくれるでもなく、初めて絶頂というものを迎えた飛雄馬の体を更に嬲りにかかる。
この花形満と言う男が与えた絶頂というものを彼の体に覚え込ませるために。
頭がおかしくなるとまで口走った飛雄馬の中に花形は精を吐き、ぐったりと脱力した彼の中から男根を抜き取るとユニフォームの中へと仕舞った。
「ふ、…………」
体を小さく震わせつつ、目を閉じ、吐息の声を漏らす飛雄馬を見守りつつ、花形は椅子へと腰を下ろす。明日もまた、目の前にいる彼が在籍している巨人と阪神との試合がこの後楽園球場で行われる。
膝を折り、背中を丸め全身を縮めた飛雄馬を花形は足を組んだまま見下ろす。
「……明日は負けない」
落ち着いたか掠れた声で飛雄馬は花形を呼び、ふらつく体に鞭打ち上体を起こした。
「…………そうで、なくては。ふふ。大嫌いだと罵ったぼくを殺すつもりで来るといい」
花形はくっくっ、と喉を鳴らし、飛雄馬の発言を嘲るように声を上げ笑う。
「…………」
「出来るならの話だが」
にやりと花形は微笑み、飛雄馬は眉間に深く皺を刻むと目の男を睨み据える。
その炎の燃える瞳に射抜かれ花形はゾクッ、と全身に鳥肌を立たせながら再び口角を笑みの形に吊り上げた。