星座
星座 「まだ起きちょったのか」
縁側にて空を見上げていた飛雄馬は、屋敷の主である親友・伴宙太に話しかけられ、ついと視線を彼の方へ向けた。
「伴こそ、明日は早いと言っていなかったか」
風呂で汗を流したあと、晩酌でも楽しんでいたか浴衣姿の赤ら顔をした伴を見つめ、飛雄馬は小さく微笑む。
「わしは別に……大した用事じゃないからのう。そんなことより、こんなところでひとり何をしちょったんじゃ?夜はまだ冷える。体を悪くするぞい」
「星が、綺麗でな」
「星が?」
何とも間の抜けた声を漏らした伴だったが、飛雄馬がしていたように空を仰ぎ、おお、と感嘆の声を上げた。大小様々な無数の星々が空一面を埋め尽くしており、そのひとつひとつがきらきらと煌めている。
ふたりはしばし、言葉も交わすことなく空を仰いでいたが、ふいに伴が口を開く。
「巨人の星は見えるかのう」
「まだ遥か遠くに、天高くに光っているのが見えるさ」
「そうかのう。わしにはもうすぐそこにあるように見えるが」
「ふふ……酔いがだいぶ回っているようだな」
「ば、馬鹿を言え。わしは本気ぞい」
「…………」
ふふ、と再び飛雄馬は笑みを溢し、伴のためにも頑張らなくてはな、と隣に立つ伴の顔を見上げた。
「なに、わしのことなんぞどうでもええわい。わしがやりたくてやっとるだけじゃからな」
「きみはいつもそう言うな。どうでもいいことはないだろう。あの頃とは違う、もうそれなりの社会的地位があり、そろそろ家庭だって……」
「え、ええい!うるさいのう。星は自分のことだけ考えとったらええんじゃい!いらんことは考えんでいいわい」
そこまで言ったところで、伴が盛大にくしゃみをする。
「……冷えてきたな」
苦笑し、飛雄馬は伴を寝室に向かうよう促して、自分もまた、あてがわれた部屋へと戻るべく板張りの廊下を歩み始める。
「星、わしがついちょるからな。いいや、わしだけじゃのうてサンダーさんも一緒じゃから。今は余計なことは考えず、自分のやるべきことに集中せい」
「……ありがとう」
足を止め、飛雄馬は伴を振り返ると、そう、礼を述べてから廊下を行く。背後では伴がまたくしゃみをし、小さく鼻を啜る声がした。
まったく、伴のやつと来たら、相変わらずだ。
明日の朝一の会議とやらに支障がないといいが。
廊下から部屋へと繋がる障子を開け、飛雄馬は後ろ手で戸を閉めると、予め敷いておいた布団の中へと身を滑らせる。隣の部屋ではサンダーさんが深く寝入っているのか、時折いびきが耳へと入る。
巨人の星、か。
度々、手が届きそうになりながらも、遂には掴み取ることができなかった明星。
長島さんが描く栄光の星座の中に輝く星。
「…………」
天井に向かい右腕を伸ばすと、飛雄馬は強く拳を握り、待っててください、長島さん、と小さく呟いた。
すると、何やら障子の向こうを歩く足音がし、星、起きちょるか、と伴の声で問い掛けがあった。
「…………」
お節介な親友は、感傷にも浸らせてくれぬらしい。
飛雄馬は無視を決め込もうとも考えたが、伴、と障子一枚隔てた先にいる親友の名を呼ぶ。
と、すり足で去っていこうとした伴がそろりと障子を開け、にっこりと微笑んだ。その笑顔を目の当たりにしては帰れとも言えず、やれやれと溜息を吐いてから飛雄馬は今日だけだからなと、一緒の布団で眠ることを承諾する。
「まったく子供じゃないんだぞ」
「たまにはええじゃろう。懐かしいわい。寮でも、クラウンマンションでもこうやって寝たことがあったのう」
「あの頃はまだ伴もそんなに大きくはなかっただろう」
「気にしちょることを言ってくれおって」
「ふふ……」
狭い布団の中で身を寄せ合い、ふたりは共に天井を仰ぐ。
「おやすみ、星」
「ああ、おやすみ」
「…………」
「…………」
「そのう、星よ」
「早く寝ろ、伴」
「う、うむ……」
また妙な気を起こしたらしき伴から声が掛かったが、飛雄馬はそれを一蹴し、目を閉じる。
しばらく伴は起きていたか、畳の上で寝返りを打ったりと落ち着かない様子だったが、そのうち眠ってしまったらしく、大きないびきをかき始めた。
畳の上で大の字になって眠った親友に布団を掛けてやり、飛雄馬はそっと部屋を抜け出す。
そうして屋敷内の廊下を通り抜け、伴の寝室に敷かれた布団の中へ潜り込む。
さっきまで横になっていたらしい彼の体がほのかに感じられ、飛雄馬は安心感からうとうとと微睡む。懐かしい、伴はおれのことを遠ざかった青春のシンボルだとか言っていたが、おれにとってはこのぬくもりこそが青春であったようにも思う。
なんて、そんなことは口が裂けても言えないが……。
親友・伴の匂いとぬくもりに包まれたまま、飛雄馬もまた、深い眠りへと落ちていく。
まだ夜明けまでは遠く、暗い夜空には先程飛雄馬が見上げた星々が無数に光り輝いている。