聖夜
聖夜 さすがクリスマス、それとも、真冬の真夜中ゆえか、歩く人影もほとんど見当たらない国道沿いの歩道を飛雄馬はひとり、歩いている。
この日一日のために皆ご苦労なことだな、と飛雄馬は他人の動向に苦笑しつつも、己は共に過ごす家族も、恋人と呼べる相手もいないことに気付いて、ふと、立ち止まった。
吐く息は、やたらと白く、呼吸のたびに冷たい空気が肺の中を満たす。
もしかすると雪が降るかもしれんな、早いところ今晩の宿を見つけなければ、凍え死んでしまうかもしれぬ。なんて、それも悪くない気がしてしまうのは、寒さからくる心細さゆえか。
知らなければ、こうも胸を締め付けられることもなかっただろうに、と飛雄馬は自分の両腕を抱き締め、かじかむ指をそこに食い込ませる。
どうしてこんな時に思い出すのは、親友の腕の暖かさなのだろう。彼の体はおれよりもっとずっと大きくて、体温だっておれのそれより高くて、いつだって抱き締めてもらえると安心できた。
あの匂いも、肌の感触も、全部思い出せるのに、あの場から去ることも自分で選んだはずなのに。
人の目がないからこそ、感傷に浸ってしまうのか。それとも、いつの間にか視界にちらちらと映り込んでくる雪のせいか。
「………………」
鼻を小さく啜ってから、飛雄馬は再び歩き始める。
立ち止まっていても、何も始まらない。
感傷に浸って、女々しくあの熱を思い出して鼻の奥を熱くするより今は、宿を探すことに専念すべきだ。
「星、飛雄馬くんだね」
ふと、目の前に現れた得体の知れぬ男に名を呼ばれ、飛雄馬は、やや震えた声で、あんたは?と尋ねた。
しかして、この不気味な男は飛雄馬の素気ない態度などまったく意に介さぬ様子で、そればかりか、余裕有りげに口元に笑みなど湛えて、わからない?と問い掛けて来たではないか。
「わかるわけがないだろう。こんな真冬の夜更けに気でも狂ったか」
一見すると、男は高級そうなオーバーコートを着用しており、裾から覗く、中はスーツでも着用しているのか──革靴もまた、どこぞの舶来の上等品のようで、身なりのきちんとした人間らしいが、意味のわからぬ質問を投げ掛けてきたことから察するに、気でも触れているのだろうか。
飛雄馬はしばし、この男と見つめ合い、降りしきる雪に身を任せていたが、埒が明かぬとばかりに歩き出す。すると、ここに来て初めて、その男が自分の名を、花形満だよ、と名乗ったもので、飛雄馬は再び、歩みを止める羽目になった。
寒さとは違う体の震えが来て、飛雄馬はニッ、と彼独特の笑みを口元に携えた花形から、視線が離せない。
何故──?いや、そんなことを考えている暇はない──逃げなければ、ここから──!
飛雄馬は花形から視線を外すと、駆け出すべく、足を踏み出す。けれども、それよりも早く、こうなるであろうことを見越していたか花形が、飛雄馬の腕を取るなり、強くその体を腕に抱き留めた。
「な…………、っ!」
花形の胸の中に顔から突っ込むことになって、飛雄馬は彼の纏う人工的な香りに、軽く目眩を覚える。
しかして、抱かれた肌は暖かい。
心許ないコートひとつの身に、花形の体の熱が変に染み渡って、飛雄馬はたじろいだ。
「こんなに冷たくなって。これからどうするつもりだったのかね」
「ど、う……とは、っ……あんたには関係ない!離してくれ!」
飛雄馬の叫びが、音もなく雪の降り積もる辺りに響き渡る。そのまま、花形の腕を振り解こうと飛雄馬はもがくが、腕の力は一向に緩みはせず、それどころか強さを増す一方であった。
「きみがぼくの屋敷に来ると言うのなら手を離そうじゃかないか」
「馬鹿な、見ず知らずのあんたの家に、なぜおれが……」
「それなら、さっきはどうして逃げようとしたのか答えてくれたまえ」
「あんたのような得体の知れん男にいきなり話しかけられたら誰だって逃げると思うが、っ……」
喘いだ飛雄馬だったが、ふと、腕の力が緩んだことに安堵し、気が緩んだ一瞬を突かれ、花形の口付けを受けることとなった。
反射的に閉じてしまった目を開け、飛雄馬は目の前の男の顔を見つめる。花形の熱い唇は、外気に晒され、氷のように冷たくなった飛雄馬の唇に熱を点す。
逃げるべく身をよじった飛雄馬は両頬にそれぞれ花形の手を添えられ、身動きの取れぬまま、自分の肌が粟立ち、体の奥が火照るのを感じる。
何も、何も聞こえない。
車が国道を行き交う音も、誰かが道を歩く足音も、会話の声も、何も。今、飛雄馬の目の前にあるのは花形の姿だけだ。
「う……ぁ、っ、」
「雪がひどくなる前に帰ろうじゃないか。このままでは身動きが取れなくなってしまう」
花形は囁くと、飛雄馬のかぶる野球帽にうっすらと積もった雪を払ってやってから、その腰に腕を回し、近くに道の端に寄せるようにして停車していたキャデラックまでの道のりをふたり、歩いた。
「…………」
今なら、逃げられる、と飛雄馬は後部座席のドアを開けてくれた花形を前にし、立ち止まる。
花形も、こちらの魂胆はお見通しか、何も言わず、手を出すこともせず、黙っている。
雪は飛雄馬の心境などお構いなしに、その足元へと舞い降りて歩道を白く染め上げていく。
「まったく、寒くて嫌になっちまうぜ」
「雪が降るなんて聞いてねえよな」
ハッ、と飛雄馬は道の向こうからやってくる酔っ払い二人組を視界の端に捉えるや否や、ほとんど無意識に花形の車へと飛び乗った。
すると、背後でドアは閉められ──続いて運転席に滑り込んだ花形の手により、キャデラックは軽やかに国道を走り出す。
「……明日は暖かくなるような予報だったから、発つのなら明日を強く勧めるがね」
「………………」
「食事は、済んだのかい」
今まで何をしていた、とは訊かないんだな、と飛雄馬は程よく暖まった車内で座席に深く座り直すと足を組む。訊かれたところで正直に答えるつもりもないが、その心遣いがありがたくもある。
「あんたは、っ……花形さんはなぜ、ここに?」
飛雄馬は一瞬、ためらったが、運転席で外車をまるで自分の手足のように巧みに操る男──花形満を、以前と同じような呼び方で呼ぶと、そう、尋ねた。
「フフッ、やっとぼくの名前を呼んでくれたね──いや、それはいい。なに、クリスマスだと言うのに明子は早々に寝てしまってね。眠れぬもので深夜のドライブに出掛けたところ、きみを見つけたのさ」
「…………」
果たして、嘘か、真か。
飛雄馬はバックミラーにちらりと写った花形の顔を見遣り、それからふいに視線を逸らす。
尋ねたところで、おれが納得いく答えが返ってくるとも思えぬ。そればかりか、却って悩む羽目になる。
これ以上掘り下げるのはよそう、と飛雄馬はそのまま車窓の外へと視線を投げる。
日が昇れば街はまた違った顔を見せるであろう。
クリスマスと言った諸外国の行事の真似事から、日本らしい正月の飾りで街は彩られ、年末に向けてより一層、人々は慌ただしく日々を過ごしていく。
そんな俗世とは、しばらく距離を置いていたつもりだったのだが。
飛雄馬はしばらくそうして窓の向こうを眺めていたが、ふと、車がホテルの門をくぐるのを目の当たりにし、慌てて花形の顔をバックミラー越しに見つめる。
「ぼくの屋敷では心配で休めんだろうと考えてね。急遽ここを選んだのさ」
花形はホテルの入口でキャデラックを停めると、建物の中から現れた男性にキーを渡し、運転席から地上へと降り立った。
飛雄馬もまた、花形の後を追うようにして車を降りて、彼に促されるままに中へ入り、流されるままにエレベーターへと乗り込む。
「…………」
建物入口に書かれていたホテルの名は、記憶に間違いがなければ確か、最近テレビコマーシャルなどで目にすることの増えたリゾートホテルのそれでは、と飛雄馬は隣に佇む男の顔を盗み見た。
「二棟目をね、近々、北関東あたりに建てるつもりで寝。こちらは海沿いだが、二棟目はスキー場を併設しようかとね、考えている最中さ」
「…………」
すなわち、ここは花形さんの息の掛かった企業のひとつと言うことであり──気を遣うことはないと言いたかったのであろうが、飛雄馬からしてみれば、何とも気の遠くなるような話の連続で、ただ黙って聞いているのがやっとであった。
そのうちにエレベーターの箱は目的地へとふたりを運び、飛雄馬は花形に少し出遅れる格好で、柔らかな絨毯敷の廊下へと降り立つ。
「まずは身体を暖めたまえ。雪で少し服も濡れたことだろう」
「…………」
「その顔を見ると、花形さんが先に、とでも言いたげだが、ぼくに構うことはない」
ニッ、と再び、花形は例の笑みを見せると、一階で受け取った鍵で客室の錠を開けた。
どうぞ、と中に通され、飛雄馬はためらいつつも暗闇の中へと足を踏み入れる。
後ろで花形がスイッチを入れたか、部屋の明かりが着き、飛雄馬は眩さにサングラスの下で目を細めた。
広い室内に置かれた大きなふたつのベッド、昼間は恐らく海が望めるのであろう、窓に引かれたカーテンを目に留めつつ、飛雄馬は花形の言葉に甘えるようにして、バスルームに繋がっているであろう扉を開ける。
こんな上等な部屋に泊まるのは数年ぶりにかも知れぬ。雨風凌げれば良い、と専ら安いドヤの一室や空き家の軒下で野宿することのほうが多く、わざわざ日雇いで稼いだ金でホテルに泊まろうなどと考えたことはなかったのだ。その代わり、偶然関わり合いになった少年野球部のコーチや監督に誘われ、家に泊めてもらうことは何度かあったが──。
飛雄馬は衣服を脱ぎ、熱い湯を頭からかぶりつつそんなことを思う。
久しぶりに浴びる清潔な湯で髪を洗い、体の泡を流す。誰か訪ねて来たのか、花形さんと誰かが玄関口で話しているような声が聞こえたが、飛雄馬はシャワーで体を暖めてから、バスルームを後にした。そうして、ここに来て初めて自分が何も所持せず、シャワーを浴びたことに気付き慌てたが、入口の扉の向こうからバスローブを手渡してくる手があって、飛雄馬はそれを受け取ると、見様見真似で羽織ってみせた。
柔らかい素材でできたタオル地のローブが肌についた水気を吸い取ってくれるようで、飛雄馬はさすが、こういったところは違うな、と妙なところに感心しながら、バスルームを出た。
「さっきはすまないね、ノックもせず」
部屋に備え付けられている椅子に座り、煙草を燻らす花形に声を掛けられ、飛雄馬はタオルで頭を拭きつつ、いや……と続ける。
「こちらこそすまない。気付いてくれて助かった。そうでなければ裸のまま出てくることになった」
「……なに、ぼくはそれでもよかったんだが」
「………………」
聞き間違いか?と飛雄馬はクスクスと笑みを溢す花形を見遣り、濡れたタオルを頭から肩に移動させ、首から下げた。
と、花形が座る椅子付近、テーブルの上には何やら小さめのホールケーキとワインの瓶、それにグラスと食器類がふたつ並べてあって、飛雄馬は、それは?と彼に尋ねた。
「ああ、クリスマスのサービスさ。きみもこちらに掛けたまえ」
「…………」
粋なことをしてくれるものだ、やはり高級ホテルともなると大衆店とは違うな、と飛雄馬はサービスの良さに舌を巻きつつも、花形の座る対面へと腰掛ける。
それから花形がワインのコルク栓を抜き、中身をグラスのひとつへと注ぎ入れたのを見て、飛雄馬は自分は飲まない、と首を横に振り、彼にだけ飲むように勧めた。
「……ワインは嫌いかね」
「いや、そうじゃないが、ここまでしてもらう義理も謂れもない。なんの気まぐれか知らんが、おれは状況を受け入れるのがやっとだ」
「義理、ね。フフ……それはぼくと飛雄馬くんが明子を介して義理の兄弟となった縁、とでも言わせてもらおうかな」
「…………」
また妙なことを言い出したものだ、と飛雄馬は目を細め、花形から視線を逸らすが、それなら一口だけ、と続け、手渡されたグラスを受け取る。
「メリー・クリスマス、飛雄馬くん」
小洒落たことが相変わらず、好きな人だ、と飛雄馬は花形の掲げてきたグラスに自分もまた、目線の位置までグラスを掲げ、ほんの少しそれを傾けた。
飲み慣れぬ洋酒の味に飛雄馬は眉間に小さく皺を刻み、花形がケーキを切り分ける様を見つめる。
ふたりで食べるには十分な大きさの、見た目から察するにいわゆる、チョコレートケーキのようで、こちらの視線に気付いたらしき花形が、このケーキはフォンダンショコラと言うのだと語って聞かせた。
何でも、この赤ワインには抜群に合うそうで、色々と考えられているものだな、と飛雄馬はホテル側の配慮の行き届いた気遣いに再び唸った。
白い皿の中心に乗せられ、フォークと共に渡されたチョコレートケーキの上に掛かる白い粉は粉砂糖であろうか。ずいぶんと洒落ている。
綺麗に切り分けられたケーキの尖った端に、一口分の幅だけフォークを入れ、そのまま口へと運ぶ。
なるほど、赤ワインのおかげかケーキの甘さが引き立つような気がして、飛雄馬は思わず顔を綻ばせた。
「フフッ……ゆっくり、食べたまえ」
微笑み、花形が立ち上がる。
思わず失笑してしまうほど、おれは間の抜けた顔をしていただろうか、と飛雄馬はバスルームに向かう花形の後ろ姿を見送りつつ、ケーキの一片を口に含む。
普段、酒など味も素っ気もないまま煽るばかりで、飲み合わせなど考えたこともなかった。
「…………」
クリスマスか、と飛雄馬は改めて、今日の日付を思い出し、グラスにそっと口付ける。
親父がこういった類のものは好まぬゆえに、年末のこの時期がおれは苦手だった。クラスメイトたちがサンタクロースやケーキの話をするのを尻目に、おれは寒さに凍えながら白球を追っていたのだから。
いい子にしていればサンタが来る、なんて一体誰が言い始めたことなのか。一度もその姿を拝んだことのないおれは、悪い子だったのだろうか。
飛雄馬はほろ苦いケーキを思い出と共に、赤ワインで流し込む。
おれはなぜ、ここに来てしまったのだろう。
誰かと一緒にいたかったからだろうか。
「ケーキとワインはお気に召さなかったかね」
ふいに、耳に入った声に飛雄馬は顔を上げ、自分と同じくバスローブに身を包んだ花形を見上げた。
「い、いや……そんなことはない。おれにはもったいないくらいだ」
取り繕うように飛雄馬は言葉を紡ぎ、花形が対面に置かれた椅子に座るのを目で追う。
「どこか浮かない顔をしている。まあ、わけもわからぬままにこんなところに連れ込まれたのでは無理もないことと思うが」
「…………」
「バスローブから着替えた方がいい。もう汗も引いたことだろう」
グラスに瓶の中身を新たに注ぎながら、パジャマは確か、クロゼットの中に入っていたと思うがねと花形が囁くのを聞きながら、飛雄馬はおもむろに立ち上がりはしたものの、酔いが回ったか僅かに足元がふらついたのを支えられることとなった。
「う……、す、すまん。少し、飲みすぎたらしい」
「夕食もろくに食べていないところにアルコールを入れたからだろう。無理をさせてこちらこそすまないね」
何か食べるかい?と尋ねられ、飛雄馬は頭を左右に振ると、少し、休ませてほしい、とだけ返して、己を抱く花形の腕を突き放し、そのまま近くにあるベッドに腰を下ろした。
飲み慣れないワインのせいか、食べ付けていないチョコレートケーキのせいか、それとも、未だかつて経験したことのない雰囲気に胸焼けを起こしたか。
飛雄馬はベッドに頭まで潜り込むと、目を閉じ、頭の中の揺れが治まるのを待つこととした。
しかして、それも束の間のことで、気付かぬうちに眠ってしまっていたようであり、飛雄馬は慌てて体を起こすと格好こそバスローブからパジャマに変わってはいるが、先程腰を掛けた椅子に座ったまま、ワイングラスに口を付ける花形の姿を大きく見開いた瞳へと映した。
「……まだ寝ていたまえ。夜明けにはしばらく時間がある」
「花形さん、は……ずっと、起きていたのか」
僅かに軽くなった頭を抱え、飛雄馬が尋ねる。
「きみに何かあったらと思うと、眠るどころではなくてね。それに、ワインがまだ残っている」
「すまないが、花形さん。水を一杯もらえんだろうか」
頼みごとをするのは気が引けたが、今、下手に動くとようやく軽減しかけた頭痛がぶり返すのではなかろうか、とそんな思いがあり、飛雄馬は花形に問い掛けた。
「水?冷えているものもあるが、ぬるめのものとどちらがいいかね」
「ぬるめの、ものを」
花形が席を立ち、チェイサーとして飲んでいたかミネラルウォーターらしき瓶の中身をコップに注ぐと、飛雄馬の許へと歩み寄る。
それを受け取ろうと腕を伸ばすが、微妙に外れた位置を握ろうとしてしまい、飛雄馬は眉間に皺を刻むと、その手で拳を握る。
もしやこの頭の痛みは酔いのそれではなく、風邪でもひいてしまったか。体が変に熱いのも、熱のせいか。 歯噛みした飛雄馬だが、ふと、目の前の花形がコップに口を付けるのに気付いて、何事かと目を見張る。
すると花形はベッドに片膝をつき、そこに乗り上がるようにして身を寄せ、飛雄馬の口へと唇を押し付けた。空のコップが床に落ち、辺りを転がった。
「…………」
驚きのあまり、身を強張らせた飛雄馬だが、薄く唇を開いて花形を受け入れる。
と、口の中が花形が口移しに注いできた水で満たされ、飛雄馬はそれを、ごくり、と音を立て、喉奥に追いやると、まだ必要?の声に首を横に振った。
「ふ…………、っ、」
再び、花形の唇によって口を塞がれ、飛雄馬は肌が粟立つのを感じながらも、勢いのままに彼の体の下に組み敷かれ、またしてもベッドに背中を預けることとなる。頭の痛みは、引きつつあった。
ベッドにも入らず、椅子に座っていたからであろうか、花形の唇はやけに冷たく──だと言うのに、口内に捩じ込まれた舌はやたらに熱を帯びていて、飛雄馬は目を閉じ、与えられる口付けに応えながら彼の肩へと縋る。互いの舌が絡み合って、微かに漏れる吐息が静かな部屋の中に響いて、飛雄馬はやめろ、と拒絶するかのように首を振った。
すると花形は怖気づく様子もなく、飛雄馬の纏うバスローブの紐を解くなり、現れた肌へと顔を寄せる。
仰け反った胸元に唇を押し付けられて、危うく漏れ出そうになった声を、すんでで堪えた。
胸から腹へと花形の唇はゆっくりと下っていき、飛雄馬はそのたびに体を震わせ、身をよじる。
と、そのうちに花形は何の断りもなく到達した飛雄馬の臍下で首をもたげつつあった男根を口に含んだ。
「う、ぁ、っ…………!」
まさか、と飛雄馬は上体を上げ、起こした顔で花形を見つめる。すると、こちらを見上げる花形と視線が絡んで、飛雄馬は恥ずかしさのあまり頬を一瞬にして紅潮させた。
根元まで咥え込んだ花形の髪を、離してくれ、とばかりに掴むが、その柔らかな粘膜に包み込まれた分身が解放されることはなく、飛雄馬は彼から与えられる快感を享受する。
いやらしく音を立てながら飛雄馬のそれを吸い上げていたかと思うと、花形は口を離し、舌の先で男根の裏筋を辿った。フフッ、と時折花形が漏らすあの笑みを見るにつけ、すべて見透かされているようで、飛雄馬は強く奥歯を噛む。
「っ、く…………」
「何をしてほしいか言いたまえ」
唾液を纏わせた指を、花形は飛雄馬の男根と陰嚢の下にある窄まりへと挿入し、中を掻き回すように動かした。
「あ、あっ、!」
「こっちの方が反応がいいね」
続けざまに花形は二本目の指を飲み込ませ、入口を解すべく飛雄馬の腹の中の浅い位置を撫でる。
「足を開いて。そう、もっと」
内壁をもどかしく掻く指の動きに惑わされるようにして、飛雄馬は花形を受け入れるべく、何の躊躇いもなく足を左右に開いていく。
そのたびに、指は微妙な位置をかすめ、飛雄馬は立ち上がったままの男根からだらしなく先走りを溢れさせることとなる。
「はぁ…………ぁっ、う、」
ここさえ触れてくれたら、と言う位置を花形の指は絶妙に躱していき、それを繰り返される回数分、飛雄馬は腰を揺らし、彼の指に追い縋る羽目になる。 気が狂いそうだ、と飛雄馬は涙の滲む目を開け、花形を見上げた。
「そんなに欲しい?」
「ほっ、欲しくな……っ、」
「ぼくはそろそろ限界が近い」
「っ…………ぁ、あ」
ぬるり、と飛雄馬の尻から花形の指が抜かれ、しばらく金属同士が触れ合う音が響いたかと思うと、その窄まりに何やらあてがわれてた。
「ほら、いくよ……飛雄馬くん」
声と共に、腹の中を強引にこじ開けられ、飛雄馬はもどかしく焦らされるばかりであった箇所を一息に撫でさすられて、花形の体の脇でそれぞれ左右の足、その爪先までを一直線に伸ばした。
絶頂の快感が一気に背筋を駆け抜け、脳を焼き焦がす。飛雄馬の括約筋が収縮を繰り返して受け入れている花形の男根を幾度となく締め付ける。
飛雄馬の臍の上で反り返る彼の男根からは濃い白濁液がとろりと溢れ、腹を濡らしていた。
「まだ入れたばかりじゃないか、そんなに良かった?フフフッ、それとも久しぶりだったからかい」
瞬きすることも忘れ、身を仰け反らせている飛雄馬の唇に花形は口を寄せ、中からゆっくり男根を引き抜くと、更にその奥目掛けて腰を叩きつけた。
「は…………ぁ、ぐ、ぅ、う」
「逃げないで」
腰の位置を変えようとする飛雄馬の腹を自分の腹で押さえつけ、花形は中を抉るように腰を回す。
「…………──!!!!」
最早声にならぬ喘ぎが飛雄馬の口からは漏れ、体を反らすと焦点の合わぬ目を見開いた。
尖り、膨らみきった飛雄馬の胸の突起に吸い付いて、花形はどうにか快楽から逃れようとベッドシーツを掴む手に指を絡める。
「飛雄馬くん、きみに会えてよかったよ」
「いっ…………いやだっ、またっ、い……っ、」
吸い上げた突起に歯を立て、白い肌に滲んだ赤に舌を這わせ、花形は体を起こし、飛雄馬の顔を見下ろす。
そうして、目を開けて、と小さく囁いてから、まぶたをゆるゆると上げた飛雄馬の唇に自分のそれを押し付けるようにしながら、彼もまた絶頂を迎えた。
腹の中に欲を注ぎ込んでやりながら、花形は飛雄馬の口内へ唾液を含ませる。
ごくり、と喉が微かに鳴る音を、確かに耳にしてからようやく花形は飛雄馬から距離を取った。
「………………」
ベッドに横になったまま、両腕で顔を覆う飛雄馬から花形は離れ、体液を拭ったティッシュをゴミ箱へと放って床へと降り立つ。
瓶にはまだほんの少し、ワインが残っていたが、花形はそれに手を付けることはせず、ハンガーに掛けたジャケットのポケットから煙草一式を取り出すと、中身を一本、口に咥える。
その先に、火を点す音を聞きながら飛雄馬は寝返りを打つ。
「気が付いたかね」
掛けられた声に返事はせず、飛雄馬は体を起こす。
体中に、花形さんの痕跡が残っている。
熱を植え付けられた肌は未だ火照りが残り、頭はぼうっと霞んだようになっている。
花形さんはこれからどんな顔をして自宅に戻ると言うのだろう。そして今、彼は何を考えているのだろう。 おれは、人肌恋しさに、勢いに身を任せてしまったのだろうか。
「会えたのが、花形さんでよかった」
「…………」
花形のくゆらす煙草の煙が、広い室内を漂う。
飛雄馬はグラスに残ったワインの赤を見つめながら、今後見ることなど到底叶わぬであろうクリスマスに現れる彼のことを頭に思い描きつつ、己と同じ罪を犯した義理の兄の顔へと視線を移した。