三人
三人 「お、おじゃましまぁ〜す」
おずおずと伴は旅行鞄を胸に抱き、飛雄馬たち姉弟が住まうクラウンマンションの室内へと足を踏み入れた。明日は試合もミーティングも組まれていない、久しぶりに何の予定もないオフ日で、どうしようかと考えあぐねていた伴を、飛雄馬がどうせならとうちに泊りに来てはどうだ?と声をかけたことから今に至る。
球場の公衆電話からクラウンマンションへ電話をかけ、姉の明子に了承を取ってからその足でふたりは伴の荷物を取りに巨人軍の寮へと出向く。
久々の飛雄馬の来訪に寮長は嬉しげで、伴の外泊許可も二つ返事で承諾してくれた。
そこからタクシーを使い帰宅したのが、球場から姉に電話をしてからおよそ二時間程経過したあとで、扉をあけてすぐ、夕食らしき良い匂いがふたりの鼻をくすぐった。
「おかえりなさい。外、寒かったでしょう。先にお風呂に入ってきたら?」
「ただいま、ねえちゃん。急にごめんよ。伴を泊まらせるなんてわがまま言って」
「いいのよ。伴さんみたいにたくさん食べてくれる人がいた方が料理も作り甲斐があるもの。飛雄馬ったら食が細くて」
「す、すぃませぇん、明子さん、急にお邪魔して……」
ぺこぺこと伴は頭を下げ、飛雄馬におれの部屋に荷物を置いて来いよと促されるままにリビングの奥にある扉の向こうへと消えた。
「今日はシチューかい」
「そう。鶏肉が安かったの。牛乳も賞味期限が近かったから」
「…………」
飛雄馬は部屋に越してくる際、新調したダイニングテーブルの椅子に腰掛け、くつくつと鍋の中で音を立てて煮立つシチューの香りに顔を綻ばせる。
ここに越して来てからねえちゃんの料理のレパートリーは格段に増えた。洋風の料理はあまり好まなかったとうちゃんの口に合わせ、長屋にいた頃、食卓に並ぶのは主に日本料理のそればかりで、もちろんそれらも抜群に美味しくはあったけれど、ねえちゃんが見様見真似で作ってみたというカレーやハンバーグも絶品で、おれはここに越してきてよかった、としみじみ思ったものだった。
これでいつでもお嫁に行けるじゃないかとからかうと、ねえちゃんは顔を真っ赤にしていたが、いつまでもおれの世話をしているわけにもいくまいに、誰かいい人でも現れてくれたらいいのだが……。
飛雄馬は姉が器に盛るシチューから立ち昇る湯気に目を細めながら、手伝おうか、と彼女に話しかけた。
「いいのよ、飛雄馬は座っていてちょうだい。今日もお疲れ様。飛雄馬のお陰でこんな素敵なマンションに住んでいられるんだもの。これくらいねえさんに任せてちょうだい」
「おれのお陰だなんてそんな……おれだってねえちゃんがいてくれるからこうして野球だけに専念していられるんだぜ」
「おまたせしました〜」
明子と飛雄馬は互いを労い、顔を見合わせくすくすと笑い声を漏らしていたが、場の雰囲気を壊すような間の抜けた伴の登場に、ふたり、声を上げて笑った。
状況が飲み込めず、伴はふたりの顔を交互に見つめ合い、はて?とばかりに首をひねった。
「ふふ、すまん。まあ、座れよ。夕飯にしよう」
「そうね、伴さん、たくさん作ったからおかわりしてね」
「うほほーい!いただきます!」
椅子に勢い良く腰掛けた伴の着いたテーブルに明子はシチューの注がれた器を置き、ご飯の盛られた皿をその横に並べた。
いただきまーす!と大声を発すると共に伴は両手を合わせ、渡されたスプーンでシチューとご飯とを恐るべき速度で口へと運んでいく。
「ちゃんと噛んで食べろよ」
「そんなに焦らなくても大丈夫よ」
明子と飛雄馬もそれぞれテーブルに着くと、各々のタイミングでシチューとご飯を口に含んだ。
まろやかなホワイトソースに混ざって、よく煮込まれた野菜の甘みや鶏肉の味わいが口いっぱいに広がる。
うまい、と自然に頬が緩んでしまう。こんな寒い日には体が暖まる。
「美味しいですわい、明子さん。また料理の腕を上げなさったのう」
「ふふ、そう言っていただけると作り甲斐がありますわ。おかわり、いかがかしら」
「いいよ、おれがやる」
伴の前の空になった器を満たそうと席を立ちかけた明子を制し、飛雄馬は立ち上がると皿と器を手に台所へと向かう。
炊飯器の中には普段の倍以上炊かれた米が保温されており、飛雄馬はねえちゃん……と苦笑してから皿にしゃもじでそれらを盛ると、鍋の中からお玉でシチューを器に注いだ。
「味わって食べろよ、伴」
ねえちゃんがせっかく作ってくれたんだからな、と飛雄馬は続け、伴の前に器と皿を置いてから自分の席へと着く。
「にゃにおう。おれがろくに味わって食べとらんみたいな言い方をするのはよしてもらおう。今も明子さんにシチューの感想を話しておったところじゃい」
「ありがとう、伴さん。嬉しいわ」
「…………」
まったく、妙なところでおしゃべりなんだから、と飛雄馬は残りのご飯とシチューとを平らげ、明子の使用した食器たちと共に台所のシンクへとそれらを下げた。伴は三杯目のおかわりをし、嬉しそうにシチューをスプーンから啜っている。
「飛雄馬、コーヒーでもどう?」
「あ、もらうよ。ありがとう」
席を立った明子を視線で追ってから、飛雄馬は目の前で一度目と同じ速度でシチューと米とを口に運んでいく親友に目線を戻した。
「ん、なんじゃあ。おれの顔に何かついとるか」
「いや、相変わらずよく食うなと思ってな」
「星ももっと食べたらどうじゃい。たった一杯だけとは」
「伴の食べる姿を見ているとそれだけで腹がいっぱいになってしまう」
ははは、と飛雄馬が笑い飛ばしたところで、明子が盆にマグカップをふたつ乗せ、戻ってきた。
コーヒーの香ばしい、良い匂いがあたりに漂う。
「伴さんには食事のあとに淹れるわね」
「あ、ありがとうございます。急いで食べますわい」
「ありがとう、ねえちゃん」
飛雄馬は、自分の前に置かれたマグカップに角砂糖をひとつ投入してから手渡されたスプーンでそれを掻き混ぜる。
「もう一杯食べてもいいですかのう」
「もう一杯でいいのか?」
「う、うむ……」
伴の申し出を苦笑を交え、からかってから飛雄馬はおかわりを取りに席を立った。
それから伴はシチュー鍋と炊飯器の中身をきれいに平らげ、コーヒーもしっかり飲み干してから明子の用意してくれた風呂に浸かっている。
「伴さんがいると賑やかでいいわね」
テレビに映し出されるバラエティ番組を眺めていた明子がぽつりと溢す。
食器の後片付けをしながら飛雄馬は、「どちらかというと賑やかと言うよりうるさいと思うよ」と返した。
「ねえさん、こうやって家に呼んだりするような友達なんていないから、あなたたちが時たま無性に羨ましいわ」
「…………」
これから、たくさん作ったらいいじゃないか。
色んな世界を見て、知って、ねえちゃんはもう、自由なんだから。
飛雄馬はその、喉元まで出かかった言葉を飲み込み、スポンジで汚れた食器を擦ることに専念する。
ねえちゃんの作ってくれた食事を食べ、洗濯してくれた服を着るおれがそんなこと言えた義理じゃない。
ねえちゃんの世話にばかりなっていてはいけない。
おれがやっていることは、とうちゃんと同じなんじゃないのか。
「お先しました~いや~いいお湯でしたわい」
「……伴」
飛雄馬は伴の来訪にハッ、と我に返り、柔和な笑みを彼へと向けた。
「な、なんじゃ?ニヤニヤして。どうした」
「い、いや……なんでもない。ねえちゃん、次、どうぞ。おれが最後の始末はするからさ」
「そう?ありがとう、飛雄馬。疲れてるのにごめんなさいね」
伴に体が冷える前に部屋に行っておけ、と話してから飛雄馬は食器の後片付けを終わらせ、明子の観ていたバラエティを眺める。
名前も顔もほとんど一致しない芸能人たちが何やら楽しそうに話しているが、その内容は何ひとつ頭には入ってこない。
ねえちゃんはこの部屋にひとりで一体何を考えているんだろう。口ではああ言ってくれているが、本当のところ、ねえちゃんの心はどうなんだろう。
次々と移り変わるテレビの画面を観続け、飛雄馬は東京タワーの望める大きな窓の前に置かれたベンチソファーに腰掛ける。
その肘置きを枕にし、体を横たえると簡易なベッドが出来上がる。
ねえちゃんはここで眠ることをあまり良しとしないが、長年煎餅布団で眠っていた身に上等な布団とベッドは寝心地が正直言ってよろしくない。寮のそれだってお世辞にも上質なものとは言えず、ねえちゃんが新調するのに合わせて買った布団とベッドはあまりに柔らかすぎるのだ。
ここはねえちゃんにとっては居心地がいいのかもしれんが、おれにとっては少し、息が詰まる……。
「飛雄馬、お先したわね。ありがとう」
「あ、うん。早かったね」
飛雄馬は風呂から上がったらしき明子に名を呼ばれ、慌ててベンチソファーから体を起こすと、変な飛雄馬ね、の声に、おやすみ、ねえちゃん、と返した。
ああ、また変なことを考えしまった。
どうしておれはこんなことばかり考えるんだ、と飛雄馬はリビングの明かりを消すと、浴室に向かい、その扉の前に設けられた少し狭くはあるが脱衣所のような場所で服を脱ぐ。
扉を開けた先の伴が入り、姉が入った浴槽に残った湯は浸かるには少々少なく、かと言って湯を足すのはもったいないような気がして、飛雄馬はその少ない湯を洗面器を使い頭からかぶった。
持ち込んだ歯ブラシで歯を磨き、全身を一気に洗い終えてから、飛雄馬は風呂の栓を抜くと浴槽を洗剤をつけたスポンジで一通りこすり、簡単に後始末をしてから最後に熱いシャワーを浴びた。
早いところ服を着なければ風邪をひいてしまう。
おれが風邪をひけば、ねえちゃんだけでなく球団の皆に迷惑がかかる。
飛雄馬は脱衣所に出るとタオルで体を拭き上げ、洋服を着よう、としてから部屋から自分の着替えを持ち寄っていないことに気付く。
伴を呼び取ってきてもらうか、しかし、大声を出せば休んでいるねえちゃんが目を覚ますのではないか。
ここから部屋までそう離れてはいない。
伴には悪いが、このまま部屋に向かおう。
飛雄馬はタオルを腰に巻き、脱衣所と浴室の明かりを消すと廊下を引き返した。
と、部屋に着いてみれば伴はベッドで大いびきをかいており、心配するほどでもなかったなと飛雄馬は腰に巻いたタオルを外し、室内のタンスの引き出しから下着類を取り出すと、それを身に着け、パジャマを纏う。
体が今の騒動ですっかり冷えてしまった。
伴はベッドの真ん中で眠っているし、どうしたものか、と飛雄馬は震えが来た体、その腕をさすると、伴の名を呼ぶ。
「う、う〜ん」
「伴、起きろ。いや、起きなくていい。もっと端に寄ってくれ」
「シチューおかわり!」
「ばか!」
「ん、お、あ?ほ、星?なんじゃあ?」
「少し向こうに行ってくれ」
飛雄馬の声で目が覚めたか、伴がガバと体を起こし、寝惚けて半開きの目を向けてきた。
「すまん。腹いっぱいになって風呂で暖まったらつい眠ってしもうたわい」
「それはよかったな」
広めのベッドの端に伴は寄り、飛雄馬はそれを確認すると部屋の明かりを消した。
暗闇に目が慣れぬまま、記憶を頼りに飛雄馬はベッドに寄り、そこに膝を乗せると掛け布団とマットレスの間に潜り込む。
伴の体温で中は程よく暖まっており、飛雄馬は体全体を包むそのぬくもりに思わず目を閉じる。
「つっ、めたいのう!星!なんじゃきさま、風呂には入ったのか」
「しっ!伴、声が大きい」
「あ、う……すまん。しかしなんじゃいこの体の冷たさは。目が覚めてしもうたわい」
「着替えを忘れて裸でここまで来たから冷えたんだろう」
「着替えを?おれを呼べば……あ、」
「今の今まで寝ていたじゃないか。それにすでに休んでいるねえちゃんを起こしたくはなかったからな」
「う……」
「さあ、もう寝よう。おやすみ」
言って、飛雄馬は再び目を閉じるが、自分の体を真正面から抱き締めてきた熱い体にドキッ!と体を強張らせた。
「すまんのう、星。きさまには迷惑ばかりかけとるわい」
「それはねえちゃんに言ってやってくれ。おれは何もしていない」
「明子さんには明日改めて話すわい。それにこんな時くらい素直に自分のこととして受け留めてほしいぞい。自分のことより他人のことを優先する星らしいと言えばそうじゃが、今おれは星の話をしとるんじゃから」
「…………」
あたたかい。
伴の腕の中は心地よくて、気持ちいい。
冬の寒い日は、特にそう感じる。
飛雄馬は伴の胸に顔を擦り付け、彼の匂いを胸いっぱいに吸い込む。自分と同じ石鹸の匂いがする。
でもそれも、伴の体の匂いと混ざって、おれの体臭とまるっきり同じではない。
「あ、あんまり顔を擦り付けるんじゃないわい。み、妙な気持ちになってくる」
「妙って?」
くすくす、と飛雄馬は笑みを溢し、伴の足に自分のそれを絡ませる。
「ばっ、ばか!星、悪ふざけはよすんじゃい」
「ねえちゃんはとっくに寝てるさ……大丈夫」
「だっ、大丈夫って何がじゃい」
「妙な気分になると言ったのは伴だろう」
胸から顔を上げ、飛雄馬はほんの少し体を置く場所を変えて、伴と顔を向き合わせるような格好を取る。
「…………」
ごくり、と伴の喉が動いたのが飛雄馬の位置からも見えた。伴、とそのまま名を囁くが否や、伴は体を起こし、飛雄馬の上へと覆い被さった。
「ほ、星……」
「ふふ……」
飛雄馬は両手を伸ばし、伴を呼ぶと、身を寄せてきた彼の首へと腕を回す。
体の熱さに反し、不思議と触れた唇は冷たくて──だと言うのに、口の中に滑り込んできた舌は、頭の芯が溶けそうなほど熱かった。
ぞくり、とその温度差に肌が粟立ち、飛雄馬は伴の首に回した腕に力を込める。
「寒くはないか?」
「寒いから暖めてくれと言ってるんじゃないか」
そうだったかのう、と伴はとぼけ、唇を啄みつつ、飛雄馬の着ているパジャマのボタンをひとつひとつ外していく。
そうして伴は現れたランニングシャツの上から、尖りつつあった飛雄馬の胸の突起を指先で撫でた。
すると、声を上げ、身を仰け反らせると共に、首から腕を離した飛雄馬の首筋に伴は顔を寄せる。
「っ……ふ、……」
口元を腕で覆い、飛雄馬は目を閉じると首筋に感じる伴の唇の熱さに体を戦慄かせた。
伴の手はすでにランニングシャツの中に入っており、直に触れた突起を指先で捏ね上げ、芯を押しつぶす。
そこからの刺激が全身を痺れさせ、臍下のそれをも反応させる。伴はそれを察したか、ランニングシャツの裾から覗く腹、その下にあるズボンの前を膨らませている一部分に手を添えた。
「ひ……っ、く…」
「さ、触ってもええか?下着を汚すよりはええじゃろ……」
「っ、ち、いち……訊くな、ァっ……」
言うが早いか、伴の手は続けざまに飛雄馬の性感帯に触れていく。それも焦らすことなく、直に。
今度もまた、ズボンの中に伴は手を差し込み、熱く火照っていたそれに手を添えると、冷たい外気に触れさせようと下着の中からそれを取り出した。
飛雄馬の男根は冷たい部屋の室温に触れ、小さく震えるとその鈴口から先走りを滴らせ、腹を汚す。
伴は再び、ごくりと唾を飲むと飛雄馬の男根を握り、極々、弱い力でそれを上下にしごく。
溢れた先走りで手指は濡れ、男根を擦る音も水音が混じり、卑猥なものとなっていく。
「──っ、ぅ──……!!」
「腰が震えちょる。気持ちええか」
「…………あ、ぅ、っ!」
伴の声に飛雄馬は全身を震わせ、彼の手の中で吐精する。腰の奥が変に疼いて、このままじゃ治まりそうにない。飛雄馬は涙で滲んだ瞳を伴に向け、彼の手の中で脈動する、自分の下腹部のだらしなさに口元を覆う腕の下で奥歯を噛み締めた。
と、伴は汚れていない手でズボンと下着を剥ぎ取りにかかり、飛雄馬もまた、それを手助けするために震える腰を上げる。
「ここで終わりにするつもりがいかんわい。勃ってきたぞい」
「…………」
一度膝立ちになり、自分の足を左右に押し開いた伴の体を受け入れると、飛雄馬は今から行われる行為に期待し、はたまた不安を覚え、唾を飲む。
ねえちゃんは起きてこないだろうか。
ねえちゃんに隠れておれたちは一体何をしているのか。伴ももしかして嫌々おれに付き合ってくれているんじゃないだろうか。
尻から挿入された伴の指が腹の中を探って、飛雄馬は呻き声を上げる。かと思えば、入口付近を責め、指の本数を増やす。
ひとつひとつ、指の繊細な動きが今日に限って敏感に感じ取れるのは、ねえちゃんが近くにいることで気が立っているからだろうか。
「は……ぁ、っ、……」
「星……」
指が引き抜かれ、今まで弄ばれていた場所に熱いものが触れる。
飛雄馬もまた、自分の身を置く位置を変え、伴を受け入れやすくし、伴はあてがっていたものを挿入するために腰を進めた。
「っ──あ、ァッ!」
瞬間、指以上に大きな質量が腹の中を満たし、指よりも深い奥を擦り立てる。
「あっ、ついのう……星の中は」
「…………!!」
逃げようにも、腰と腹で押さえつけられ、身動きが取れない。それどころか、繋がっている場所にも体重がかかって、より深く伴は奥を貫いてくる。
根元まで受け入れただけで軽く達しそうになって、飛雄馬は体を反らし、声を漏らさぬよう口元を両腕で覆った。
「動くぞい」
「ま、っ……て、ぇっ!」
腰を引き、半ば抜かれた男根が伴の動きに合わせ、腹の中奥深くを掻き混ぜる。
伴の体の脇で揺れる飛雄馬の膝から曲げられた足、その爪先はピンと伸び、その快感の強さを物語る。
今の拍子に飛雄馬は達し、びくびくと全身を震わせるが、伴は腰を回し、更に中を掻き乱す。
「〜〜〜〜ッ、う、ぁ──!!」
強い快楽の波が一瞬にして背筋から脳天を駆け上がり、飛雄馬は二度目の絶頂を迎える。
「う、ぅっ……あ、あまり締めるな星ぃ、すぐ出てしまうぞい」
「ふ……ぅ──、っ」
まだ、いかないのか?
飛雄馬は閉じていた目を開け、涙で滲む瞳に伴を映す。これ以上、されたら、おれ……。
伴は腰を引き、再び奥を穿つように体重をかけ飛雄馬の腹の中を突き上げる。
「あっ、あ、あっ…………!」
伴の反り返った男根が前立腺を突き、飛雄馬は口元を腕で覆うのも忘れ、快楽を貪るようにして声を上げた。と、伴が身を寄せ、唇を押し付けて来たために飛雄馬はその首に縋り付き、三度目の絶頂を迎えると共に、体の中に出された伴の熱さに戦慄いた。
「……まったく星は無茶をさせおるわい」
「それはお互い様だろ、伴」
汚れたティッシュを部屋の隅にあるゴミ箱に放り込み、ふたりは身支度を整えてからベッドに体を横たえる。
「今何時じゃい」
「まだ日付は変わっていないさ」
伴の大きく太い腕を枕に、飛雄馬は次第に訪れる睡魔に誘われるがまま目を閉じる。
「……おやすみ、星」
その声を最後に飛雄馬の意識は途切れ、次に目を覚ましたときに隣に伴の姿はなく、部屋に差し込む太陽の光にすでに夜が明けていることを知った。
飛雄馬は誰も起こしにこないことに気を許し、もう一度寝てしまおうかとも思ったが、ゆっくり体を起こすと、大きなあくびをひとつしてから部屋を出た。
すると、昨日、三人で夕食を摂ったテーブルで伴と姉のふたりが仲良く朝食に舌鼓を打っているところに出くわし、面食らう。
「あら、飛雄馬。珍しい。こんなに遅くまでどうしたの」
「おう、星ぃ。お先しとるぞい」
「…………」
昨日と変わらぬ姉と親友の態度に、飛雄馬はどこかホッとしながらお味噌汁あっためるわねの声に、顔を洗ってくると返し、洗面所へと引き返した。
そうして着いた先で顔を洗い、歯を磨いてから飛雄馬は明子の用意してくれていたご飯と味噌汁、それに卵焼きに箸をつける。
少し甘目の味付けにだしの利いた卵焼きと豆腐とわかめの味噌汁。ねえちゃんの朝の定番の味だ。
「飛雄馬、ねえさん、ちょっと買い物に出てくるわね。今朝の新聞に近くのスーパーで開店タイムセールで卵の安売りやるってチラシが入ってたの」
「それならおれも付き合いますわい」
「あら、いいのよ伴さん。おひとりさま一パックだから願ってもみないことだけど……飛雄馬と何か予定があるんじゃなくて」
「いえ、それくらい付き合わせてください」
ドンと伴は自分の胸を拳で叩き、少し休んどれいと飛雄馬に言い残すと、明子とともに部屋を出て行った。
「…………」
そういえば、今日の予定を何も考えていなかったなと飛雄馬は三人分の食器を洗い、水切りカゴの上にそれらを綺麗に並べると、着替えをするために自分の部屋へと戻った。
そうして、昨日使用したティッシュの混ざったゴミをビニール袋に移し変え、口を縛る。
伴が帰ってきたら相談して、昼飯はねえちゃんを連れてどこか食べに行くこととしようか、それと夜はおれが作ることにしようか。
飛雄馬はテレビの電源を入れ、朝のニュース番組などを眺めながらベンチソファーに横になり、開けられたカーテンから差し込む日差しがあたたかく、満腹なのも相成ってうとうとと微睡む。
眠っては風邪をひく、わかってはいるが体が動かない。飛雄馬は誰かがふわりと体の上に布団のようなものをかけてくれたことをぼんやりとは認識したが、それが誰であるのか、何をかけられたのかを知ろうとはせず、そのまま寝入った。
「あらあら、飛雄馬ったら」
すみません、伴さん──明子が続け、冷蔵庫の中に買い込んできた食料品を詰め込む。
「いえ、いいんですわい。星も疲れとるでしょうから」
「優しいのね、伴さん」
「やっ、優しい?!」
明子の言葉に伴は顔を真っ赤に染め、俯く。
「ふふふ……飛雄馬が起きるまでゆっくりしてらして」
「は……はい。そうさせてもらいます……」
伴は大きな体を縮こまらせ、飛雄馬の眠るベンチソファーに視線を遣ると、小さく微笑んでから、明子のコーヒーいかが?の声に、お願いします、と返した。
まだ一日は、始まったばかりだ。