ズバン!と派手に音を立て、飛雄馬の投げた球が構えた伴のミットに突き刺さる。
ビリビリと受け止めた掌から衝撃が全身に走り、伴は思わず身震いした。
「ふうっ」
飛雄馬は額の汗を拭うと、そのせいでずれた帽子のひさしを定位置に戻して伴からの返球を待つ。
「星よう、今日は蒸すのう」
「ああ」
伴の投球を右手にはめたミットで受けつつ、飛雄馬は頷く。現に、今日はまだ3月半ばというのにやたらと暑い日であった。
額から流れる汗が鼻の脇を通り、唇に触れた。飛雄馬は唾液と共に口内に滑り込んできた己の汗を飲み込むと、腕を掲げ、そうして足を上げる。するとどうだ、一陣、風がさあっと多摩川の練習グラウンドに吹いて、火照った肌を撫でた。
その風に乗って、ふわり、と何やら視界に入って、飛雄馬は彼にしては珍しく投球フォームを崩した。
「ううっ!?」
「むっ?」
伴も何事か、とキャッチャーマスクを額まで上げ、眉をひそめる。と、再び風が二人の間に吹き込んで、何やら薄い桃色をしたものをグラウンドに舞い散らせた。
「桜?」
伴がぼやく。
二人が立つ18.44mの間にはぽつりぽつりと桃色の花弁らしきものが落ちている。飛雄馬は球を手にしたまま、桜の木の植えられた土手に視線を遣る。それは伴も同じで、二人、風に煽られ枝を揺らす大きな桜の木を眺めた。
「……もう、そんな季節か」
飛雄馬は一度帽子を取り、汗に濡れた髪を爽やかな風に晒してから再度頭にかぶった。
「1年、本当にあっという間じゃのう」
「……伴と出会ったのも、桜の季節だったな」
しみじみと漏らす伴を尻目に、飛雄馬は右手にはめたミットに二、三度左手で球を投げ入れ、頭上高く構える。
「ふふ、星のおやじさんには感謝してもしきれんわい。柔道一本で鳴らしたおれを見込んで星を青雲に入るよう取り計らってくれたんじゃからのう」
飛雄馬は足を高く上げ、伴のキャッチャーミットに球を投げ入れる。これまた小気味いい音が響いて、伴はぐっ!と呻いた。
「これで最後だ」
伴の投げ返す球を受け止め、飛雄馬は彼がキャッチャーマスクをきちんとはめるのを待ってから投球モーションを起こし、毎日の日課としている投球数、最後の一球を投げ込んだ。
「ぬうっ……!!」
伴はこれまた見事に、取り落とすこともなく飛雄馬の球を受け止めると、窄めた唇からふうっと溜息を吐いて、キャッチャーマスクを外すと、彼のそばへと駆け寄る。
「お疲れさん。毎日毎日ようやるのう」
「ふふ、それはこっちの台詞だぜ。毎日付き合ってくれて感謝している」
ざわざわと薄桃色の花弁が風に吹かれ、グラウンドに吹き込む。
掃除をして帰ろうか、とも飛雄馬は思ったが、こう風が強くては掃いても掃いても後から桜が散るばかりで埒が明かぬだろうと踏み、帰ろう、とだけ伴に告げた。
「おう。それにしても、桜の見事なことじゃのう」
「そうだな。綺麗だ、とても」
微笑んで、飛雄馬は土手に植えられた桜の木を見遣る。
「星、帽子に花びらが付いとるぞい」
「………」
伴は言うと、飛雄馬の帽子に乗った花弁を手で払い、よし、と笑む。
笑顔を向けられた飛雄馬もまた、釣られるように小さく微笑んで、目を閉じてゆっくりと近付いてくる伴の顔を仰ぐように顎を上げながらそっと瞼を下ろした。