錯覚
錯覚 自分の横たわるベッドのマットレスが沈みこむのを感じて、飛雄馬はゆっくりと目を開ける。
すると、己の体の上に跨がっているスーツ姿のままの伴と目が合って、飛雄馬は小さく微笑んだ。
その彼もまた、釣られたようにその顔に笑みを湛えて、飛雄馬の唇に口付けてきた。部屋に明かりは付いておらず、辺りは薄暗い。ざらつく舌は仄かに酒の味を孕んでいて、飛雄馬は、飲んだのか?と訊いた。けれども、伴は肯定するでも否定するでもなく、再び飛雄馬の唇に自身のそれを押し当て、ちゅっと音を立て唇を啄んだ。
「……おまえは、飲むといつもそうだな」
苦笑して、飛雄馬は伴の体の下から身を起こし、着ているシャツを腕を交差させ脱ぎ去ると、ベッドの下に放り投げる。
「今日だけだからな。しばらくは付き合ってやれん」
断ってから、飛雄馬は伴の首へと腕を回すと今度は自分から彼の唇を啄む。顔をほんの少し傾け、熱い吐息を絡ませ合った。
舌と唇の触れ合う濡れた音と共に、飛雄馬の口からは微かに喘ぎが漏れて、時折その体は小さく震える。
と、伴は飛雄馬の片腕を掴んで、もう一方の手ではその背を支えるようにしつつ、先程体を起こした彼を再びベッドへと押し倒した。
「あ、ふ……っ」
未だ口付けを与えつつ、伴は飛雄馬の立てた膝に触れ、その腿をスラックスの上から掌で撫でさする。
その刺激で飛雄馬の腰が小さく跳ね上がって、眉間には皺が寄った。伴はそれから飛雄馬の内股に手を這わせたかと思うと、そのままスラックスのフライ部に掌を添えるようにして彼の男根を撫でる。
布地の上から優しくそこを刺激され、飛雄馬はビクッ、と背を反らす。その弾みで互いの唇は離れ、飛雄馬は己の首筋に触れた伴の唇の熱さに目を閉じた。
次第に飛雄馬の下着の中では逸物が膨らみ、伴の手を押し上げつつある。
「ん、う………うっ」
飛雄馬の首筋に伴は舌を這わせ、一旦、逸物から手を離すとその手で彼の穿くスラックスのボタンを外し、ファスナーを下ろした。
「はぁっ………伴……っ」
吐息混じりに飛雄馬は己を抱く男の名を呼んで、頭を乗せている枕を掴む。
伴はそのまま飛雄馬の下着の中に手を差し入れて、男根をそこから取り出すや否や、亀頭部位を握ってからまずはそこをゆるゆるとしごいた。
そうすると、飛雄馬の男根からは先走りがとろとろと溢れ、伴の手指を濡らした。それを受けてから伴は飛雄馬の逸物を亀頭部位だけではなく、その竿の根元までを握って、しごいていく。
「あっ、ああっ………っ、く」
緩急をつけられ、逸物を上から下まで擦られる度に飛雄馬の膝は震え、その顔は苦しそうに歪む。敏感な粘膜の露出する亀頭とその裏筋を丹念に責め上げられたかと思うと、感度のそれほど高くはない竿の辺りまでを一緒にこすられ、飛雄馬は目を開け、伴を仰ぐ。
もう少し、あと少しで達せそうだというのに、うまい具合にそのタイミングを外され、もどかしく、苛立ちさえ覚えた。
「伴……っ、焦らすな、あっ……」
ふ、と伴は笑みを浮かべ、飛雄馬の額に唇を押し付けると、彼の亀頭と雁首を握る手に僅かに力を込めぬるぬると擦った。
「う、あ、ッ……あ、あぁっ……!」
ぎゅううっ、と飛雄馬の全身に力が篭って、伴の手の中にて精を放つ。
どくどく、と男根は脈動して、飛雄馬の体もまた震える。
伴は飛雄馬の射精が終わるのを待って、背広のポケットからハンカチを取り出すと、白濁に濡れた手をそれで拭った。そうして伴は飛雄馬の足からスラックスと下着を引き抜いてやる。
飛雄馬の白い足がベッドの上に投げ出される形となって、伴は飛雄馬の片膝を立ててやると、ぐいとそれを押し広げるようにして彼の足を開かせ、その開いた左右の足の間に己の身を滑らせた。
「………」
伴は無言のままに再び着ている背広のポケットに手を入れ、中から小さな容器を取り出すと、蓋を開け、中身を指で掬う。そうして、たった今開かせた飛雄馬の足の中心に位置する箇所へそれを塗り付けると、中指を飲み込ませた。
「いっ、……ン、んっ」
伴にしては珍しく、断りもなく、はたまたじっくり慣らすわけでもなく指を挿入させてきたために、飛雄馬は後孔から走る痛みに眉をひそめる。それでも伴は指の動きを止めるでもなく、ぐりぐりと指を回し、飛雄馬の内壁を指の腹で掻いた。
「ん、っ……伴、ちょっと、加減……してくれ」
そう言った飛雄馬であるが、伴はそれを聞き入れず、あろうことか二本目の指を挿入させてきたのだ。やっと指に慣れつつあった窄まりを半ば無理やり拡張され、飛雄馬は痛っ、と呻いて伴を仰ぐ。
「伴……っ、う、うっ」
一通り、飛雄馬の後孔を二本の指で刺激し、慣らした伴は己の穿くスラックスのファスナーを下ろして、中から彼の腹に付かんばかりに立ち上がった男根を取り出すと、飛雄馬の頭の近くにあった枕のひとつを手にして、彼の腰の下に置いてやった。
こうすることで、腰が上がり、尻への挿入が容易くなる、ということだ。
伴は男根に手を添えると、飛雄馬の尻にそれを宛てがったものの、ぬるん、と後孔から蟻の戸渡にかけてを先走りに濡れた亀頭との先で撫で上げた。
「っ……うっ、」
キュンっ、と飛雄馬の腹が疼く。再び伴は飛雄馬の後孔から蟻の戸渡を己の亀頭で上下に擦る。くちゅ、くちゅと先走りが滑って音を立てた。
「は、あっ………っ、伴っ、なぜ……」
あんなにまるで急かすようにして体の中を探っておきながら、未だ入れようとしないのはどういうことだ、と飛雄馬は焦らす伴を仰ぎ見る。腰が先を催促するように揺れ、飛雄馬は下唇を噛む。
先程から表面を滑るばかりで、そこにいつまで経っても挿入されることのない男根を待ち侘び、飛雄馬の後孔は疼き、その窄まった箇所をひくひくと戦慄かせる。
「……伴、来て……」
縋るような視線を向け、飛雄馬ははあっ、と口から溜息を吐く。すると伴はピタリと動きを止めたかと思うと、飛雄馬の後孔に逸物を宛てがい、腰を押し付ける。
「っ、あァッ!!」
焦らしに焦らされ、熱く火照ったそこに一気に男根を突き込まれ飛雄馬は悲鳴にも似た声をその口から上げた。その怒張の圧だけで飛雄馬の体はかあっと熱くなり、伴の逸物を締め上げる。
「っ……はあっ、は……伴、っ、待て、動くな……今動かれたら……っ、」
腹の中がゆっくりと逸物に順応し、馴染んでいくのを感じ、飛雄馬は目を閉じると息を吐く。しかして伴は押し込んだ腰を引くと、再び飛雄馬の中へとそれを突き入れる。腹の中が引きずられたかと思うと、いきなり中に引き込まれて、飛雄馬は悲鳴を上げた。
「がっ、あっ!ああ、あっ!」
柔らかい枕に頭が沈むほどに身を仰け反らせ、飛雄馬は目の前に火花が散るのを見た。体中の神経がすべて下半身に集まったような錯覚を覚える。
伴は組み敷いた飛雄馬の体の上に覆いかぶさるように前屈みの体勢を取ると、彼の体の脇にそれぞれ手をつき、がつがつと腰を穿つ。飛雄馬の体はそれに合わせ揺さぶられ、その白い喉は震え、開いたままの口からは絶え間なく声が上がる。
伴は飛雄馬の目元に浮かぶ涙を指で拭ってやって、声を漏らす彼の唇に口付けた。
「は、ン……んっ……」
飛雄馬の足を脇に抱え、伴はゆっくりと彼の内壁を己の逸物でこする。
「あっ、伴、伴っ……」
唇が離れ、絶頂が近いか飛雄馬はしきりに伴を呼んで、彼を締め付けた。
そうして、飛雄馬は伴の腕にしがみついて、その肌に背広の上から爪を立てる。舌を互いに絡ませ合ったまま、飛雄馬は体を戦慄かせ、一際大きな声を上げると絶頂を迎えた。

顔に何やらぱあっと光が射したために、飛雄馬ははっと目を覚ます。すると、部屋のカーテンを開けている明子と目が合い、飛雄馬はゆっくりと瞬きを繰り返した。
「あら、飛雄馬、ごめんなさい。起こしてしまったわね」
「ねえ、ちゃん……?」
明子を呼び、体を起こした飛雄馬だったが、自身が裸であることに気付いて、それ以上布団から腕や足を出すことはしなかった。
「フフ、どうしたの。昨日は飛雄馬、満さんと飲んで、そのままソファーで眠ってしまったじゃないの。起きたら満さんにちゃんとお礼を言うのよ。ここまで連れてきてくださったんだから」
「…………」
さあっ、と飛雄馬の全身から血の気が引く。まさか、そんなことが、あってたまるか。
「明子、ちょっと……ああ、飛雄馬くん、起きたかね」
部屋の扉を開け、中を覗き込んだ花形だったが、飛雄馬が起きているのに気付くと、ニッコリと微笑んだ。
夢だ、そうだ、夢に違いない、と飛雄馬は頭を抱え首を振る。
きっと服だって、寝呆けて脱いでしまったんだ、そうに決まっている――無理矢理に己を納得させ、飛雄馬は深呼吸をすると、部屋の扉のそばで何やら立ち話をしている明子と花形を見遣る。
着ているシャツを珍しく腕捲りをした花形の腕には赤い蚯蚓腫れの線が引かれていることに飛雄馬は気付いて、息を飲む。
その視線に気付いたか、花形もまた、目を細め飛雄馬を見つめると、その薄い唇の端を釣り上げ、笑った。