再熱
再熱 確か明子は、飛雄馬くんの残していったマンションの片付けに行くと言っていたな、と、花形は数年前、よく車を走らせたクラウンマンションの駐車場に愛車を止め、建物の中に入る。
今や花形の妻となった明子は、弟の星飛雄馬が行方をくらます前に住んでいた部屋に週1度ほどの間隔で掃除や整頓を行いに出向いていた。
飛雄馬がいつ帰ってきてもいいように、と明子や親友・伴の強い希望により、部屋を引き払わず、こうして手入れをしている。
伴も時折、ここを訪れることがあるようで、その際は少し話をして帰宅するということもこれまで、稀にあった。
恐らく、今日もそんなところだろう、と花形は思案しつつ、エレベーターの箱に乗り込み、目当ての階数のボタンを押す。
久しぶりにどこか、食事でも行こうかなどと考えながら花形は到着した階で箱を降り、廊下を歩く。
夕食時と言うこともあり、ここがファミリー向けマンションなのも相俟って、扉の向こうから楽しげな家族団欒の声が僅かながらここまで響いてくる。
「…………」
飛雄馬が借りていた部屋の扉の前まで来てから、花形はチャイムを1度、ゆっくりと押した。
しばらくその場で待ったが、応答がないため2度目を鳴らす。
けれども何の反応も返っては来ず、花形は当てが外れたか?と思ったが、確かめるだけ確かめてみるかとドアノブを握り、それを回した。
すると、金属製のドアノブはぐるりと回転し、鍵が開いていることを花形に知らせる。
疲れて、眠りでもしているのだろうかと花形が苦笑しつつ扉を開けると、そこに立っていたのは明子ではなく、彼女の弟であり、この部屋の借り主本人である星飛雄馬、その人であった。
「あ…………っ!」
「…………!」
飛雄馬は目を見開き、目の前に現れた花形を見つめる。
花形もまた、あの日姿を消してしまったきりの飛雄馬を瞳に映し、瞬きすることさえも忘れた。
「っ……!」
刹那、飛雄馬は花形を押し退けるようにして、開いたままになっている扉の向こうへと飛び出そうとする。
しかして、花形は出て行こうとする飛雄馬の腕を掴むや否や、勢いのまま玄関先のマットの上へと彼の体を引き倒した。
あまりの驚きゆえか、はたまたまるっきり油断していたせいか、飛雄馬の体はそれこそ赤子の手をひねるが如く容易く玄関先へと倒れ込み、目の前の男を見上げる羽目となる。
「あ、う……」
「なぜ、逃げようとした?訳を話してくれないか」
飛雄馬から目線を外さず、花形は後ろ手で扉を閉めると、その手で鍵をかけた。
カチャ、っと言う乾いた音が無慈悲に部屋の中に響く。
「な、んで……花形、っ、さんが」
花形から目を逸らし、飛雄馬は呟く。
「きみは部屋に時折、こうして姿を現していたのか?明子や伴くんとは、ここでぼくに黙って会っていたのか?」
「っ、ねえちゃんや、伴と顔を合わせたことはない……今日だって、部屋を引き払うため、に」
「…………」
体を起こしつつ、飛雄馬は眉間に皺を寄せた。
花形は飛雄馬の目線まで膝を折り、身を屈めると、その顔を真っ直ぐに見つめる。
「どいて、くれないか、花形さん。あなたと話すことはない」
「きみはそうかもしれんが、こちらとしては大いにある。今、どこで何をしているのか。何で生計を立てているのか。聞きたいことだらけだよ」
体を起こした飛雄馬の顎に手を添えながら花形は淡々とそんな言葉を投げかけた。
「花形さんに、関係ないだろう!」
花形の手を払い除け、飛雄馬は目の前の男を睨む。
数ヶ月ぶりに目の当たりにする、星飛雄馬の瞳。
花形はぞくっ、と全身の血液が沸くのを感じ、身震いする。
片時も、この瞳の色を忘れたことはなかった。
冷えたこの身に熱く火を灯してくれる瞳。
花形は膝を玄関先の床につけ、その場に座ったままの飛雄馬ににじり寄る。
「…………」
飛雄馬は後退りし、両手で自分の体重を支えるように身を反らした。
花形はそのまま、顔を上ずらせ飛雄馬の唇へと自身のそれを押し付ける。
「っ、ん……」
ぎく、と飛雄馬の体が強張った。
「飛雄馬くん……」
囁くように名を紡いで、花形は飛雄馬の二の腕をそれぞれに両手で掴むと再び彼に口付けを与える。
が、飛雄馬は頑なに口を閉ざしたまま唇を開こうとせず、顔を俯けた。
やたらに言葉を発するのは上策ではない、とわかっているからこそのせめてもの抵抗である。
「…………」
花形は飛雄馬の腕を掴んだまま、彼の体を床へと押し倒し、その上に膝立ちで跨った。
ハッ、と飛雄馬は閉じていた目を開け、花形を仰ぎ見る。
奥歯を噛んだか、閉じている唇が歪んだ。
「花形、っ、こんな、真似……あ、」
言いかけた飛雄馬に花形は唇を押し当てる。
逃げるように首を振り、横を向いた飛雄馬の耳へと花形は口付けてそこを音を立て吸い上げた。
びく、っと飛雄馬は体を震わせたものの、花形を押し退けようと腕を突き出す。
しかしこれも花形の方が一枚上手と言うべきか、飛雄馬の両手首をぐっと握ると、花形はそのまま組み敷く彼の顔の横、床の上へと押し付けた。
「う、うっ………」
握られた手首が軋み、飛雄馬は痛みに顔を歪める。
「もうどこにも行かないと言うのならこの手を外そう」
「…………」
花形を睨み、飛雄馬は眉根を寄せた。
その顔を見下ろしていた花形だが、ふいに彼が身を屈めたために飛雄馬は顔を背け、目を閉じる。
けれどもやはり、この行動が裏目に出てしまい、晒した首筋に花形の痕跡を残す羽目となった。
「ひ……ぃ、あ……っ」
吐息が敏感な首筋に触れ、はたまた柔らかな唇がそこを撫で、飛雄馬は背中を反らす。
と、花形は喘ぎ、口を開いた飛雄馬の唇に口付け、無理やりに舌を口内へと捩じ込む。
固く、強張ったままの飛雄馬の舌を舌先でくすぐり、前歯の裏を舌でなぞった。
あっ!と高い声が飛雄馬の口から漏れ、全身が戦慄く。フフッ、と花形が笑みを溢すと、飛雄馬の頬が僅かに赤く染まった。
ちゅっ、と優しく唇を啄んでやってから、花形は飛雄馬の左手を握っていた手を離し、彼の下腹部へとその手を滑らせる。
「っ、っ……」
飛雄馬の腰が跳ね、閉じた口からは小さく吐息が漏れた。花形は飛雄馬の股の間に手を遣り、スラックスの上から膨らみを撫でる。
「体は正直だね、飛雄馬くん。ふ、ふ……」
「こ、んなことして、何になる……っ」
「…………」
撫でていた手に力を入れ、花形はスラックスの膨らみを押しつぶすようにしてそこを揉み込む。
「は………っ、ぐ……!」
「また大きくなったかな。直接、触ってほしいかい?」
訊くと、飛雄馬は目を閉じたまま、顔を横に振る。
そう、と花形は言うなり、そこから手を離すと、飛雄馬の唇に再び口付ける。
ゆるゆると未だ握っていた手の力を緩めても、飛雄馬は抵抗しては来ず、彼の着ている白のタートルネックのセーターの裾から一息に花形は胸の辺りまでそれをたくし上げると、現れた乳首をぎゅっと抓んだ。
「な、い、っ……た、ぁっ!」
がくんと飛雄馬は弓なりに身を反らして、目を見開く。
今の刺激のせいで立ち上がったそこを花形は指で押しつぶし、その弾力を楽しむかのように捏ね上げる。
「あ……いっ……ふ、っ……う、ぅっ!」
仰け反り、晒した首筋に花形は歯を立てつつ、飛雄馬の穿くスラックスのベルトを緩めた。
そうして、ボタンを外し、余裕のできたスラックスの隙間から中に手を差し入れ、花形は下着の中にある飛雄馬の男根に直に触れる。
そこから男根を引き出してやって、花形は先走りで派手に濡れているそれを握り、上下にしごき始めた。
「…………!!」
飛雄馬は口に手を遣り、声を堪える。
ぬるぬると先走りを纏った花形の手が男根を撫でさすって、飛雄馬を絶頂へと導く。
「っ、ん……ん……」
先程捻られた乳首が疼いて、更にしごかれる男根からは鋭い快感が全身に走って、飛雄馬の肌に汗が滲む。
あまりの快楽の強さに閉じたまぶたの目尻には涙が浮かんで、こめかみを滑り落ちた。
花形のぬめる手がカリ首の位置を擦るたびに腰がびく、びくと震え、飛雄馬は呻き声を上げる。
「飛雄馬くんの、声、聞かせて……」
花形は飛雄馬の耳元で囁き、重点的に彼の敏感な粘膜を責めにかかった。
「は………っ……───!っ、あ!」
びゅく、びゅくと飛雄馬は自身の腹に白濁を飛ばし、全身を震わせながら腹を上下させる。
それでも、花形は手の動きを止めようとはせず、更に男根を、今度は優しく撫で続ける。
「い、っ、や……いやだっ、いや、あっ」
腰が引け、飛雄馬はがくがくと身を震わせた。
腹の奥がずぅんと重く、熱くなって、飛雄馬は目を閉じる。
閉じたまぶたの裏にチカチカと火花が散って、飛雄馬はだらしなく開いた口から舌を覗かせ、喘いだ。
「ア、ぁ、っ……!!も、っ、だめ、ぇ」
絶え間なく、刺激を与え続けられた飛雄馬のそこからは再び、体液がほとばしる。
「は、っ……んう、っ、う……」
ヒクヒクと全身を余韻に震わせ、飛雄馬は顔を腕で覆う。
頭が変に痛んで、呼吸もままならない。
しかして、花形は全身を戦慄かせる飛雄馬のスラックスと下着とを彼の足から抜き取り、その膝を割ると、強引に開かせた足の間に身を置いた。
飛雄馬の両足を広げさせ、花形は自身の腰を彼の尻へと押し付ける。
固く、熱を持ったものの感覚が尻に当たって、飛雄馬のそこがきゅん、と疼いた。
「…………」
飛雄馬は己の尻に押し付けられる熱さに、ごく、と喉を鳴らす。
「入れてほしい?」
ふいに投げかけられた言葉に飛雄馬はハッと我に返り、「誰が、そんなもの」と震える声で拒絶の言葉を吐く。
「…………」
花形は体を起こし、先程飛雄馬にしたように自分の穿くスラックスのベルトを緩め、前をはだけてから下着の中から男根を取り出す。
ぎく、と飛雄馬は自身の足の間から覗いた花形のそれに体を強張らせ、伸ばした足の爪先にぎゅっと力を込める。
「っ、…………花形、っ」
縋るような声で飛雄馬は花形を呼ぶ。
花形はスラックスのポケットから何やら容器を取り出し、中身を自身の男根に塗り込んでから、飛雄馬の尻へとそれを充てがう。
ず、っ、と亀頭が入り口を押し広げて、中をその形に作り変えていく。
「は………っん、あ……」
腰をゆっくりと進めながら花形は飛雄馬に口付けを与える。
粘膜が馴染み、花形の形をじっくりと記憶していく。
根元までを花形は飛雄馬に咥えさせてから、唇を離すと、彼の腹の中を抉り始める。
「ッあ、あ、あ!き、つ……い、」
逃げる飛雄馬の膝の裏に手を入れ、花形はその足を彼の腹に押し付けるようにして広げ、より自分の体を密着させた。
より奥、更に深い位置を貫いて、花形は仰け反った飛雄馬の顎先に口付ける。
「〜〜っ、ひ、っ、」
尖った飛雄馬の乳首を弄びつつ、花形は腰を叩く。
「飛雄馬くん、ずっと会いたかった」
飛雄馬が聞こえていないのをいいことに、花形はそんな台詞を口にする。
むろん、返事はなく、飛雄馬は声を上げ、花形の腕に縋りつき、腰を揺らす。
「あっ、あっ……あ、っ、ん」
がつ、がつと飛雄馬の尻を腰で叩いて、花形は小さく微笑む。
組み敷く飛雄馬の震えるまつげは涙に濡れ、その顔は赤く染まる。
全身にびっしょりと汗をかき、花形の与える快楽に身を委ね、飛雄馬は喘いだ。
「あ………っ、ぐ……花形さ、ゆっくり、ゆっくり……やめ、っ、また、へんな、の」
「…………」
飛雄馬の唇を啄み、花形は自身もまた、射精をするべく腰の動きを速める。
「ふ、っ………あっ、いっ、ぞく、ぞくする……」
「ふふ……」
笑みを浮かべ、花形は間一髪、飛雄馬の中から己を抜くと、彼の腹の上に精液を撒いた。
呼吸を整え、花形は涙の滑った跡のある飛雄馬の頬に口付けると、一先ず男根を衣服の中に仕舞い込む。
飛雄馬は腹を上下させつつ、自分の腹の上に撒かれた花形の痕跡を眺め、「用が、済んだら、帰ってくれ」と、掠れた声で言葉を紡ぐ。
「…………飛雄馬くん、ぼくは」
「っ、あなたと、話すことはないと、言ったはずだ」
花形はそれ以上、何も言うことなく、玄関先に横になった状態で顔を腕で覆った飛雄馬に、また、とだけ呟くと玄関の扉を開く。
彼に言葉を何ひとつかけることはなく、飛雄馬は口を噤んだままだ。
開いた隙間から身を翻し、花形が部屋の外に出ると、ちょうど廊下の向こうから見覚えのある女性が歩いてくるのが見えて、にやりと笑みを零す。
「あら……?あなた?」
あちらも花形に気付いたか、微笑みを浮かべ、足早に駆けてくる。
「……伴くんに用があって、会社に電話をしたらここだと言われてね」
「そう……入れ違いになったのかしら」
「ああ、ついさっき、出て行ったよ」
そう、と再び明子は言葉を紡ぐと、花形の体の先にあるかつて彼女自身も住んでいた飛雄馬の部屋を見据えると、その細い眉を悲しげに歪めた。
「…………」
明子の肩を抱き、花形は行こう、と彼女を促す。
手にしていたハンドバッグからハンカチを取り出し、目元を押さえてから明子は花形に促されるまま、来た方向へと踵を返した。
花形はエレベーターに乗り込む瞬間、ふと背後を振り返ったが、誰ひとりとして廊下に出てくる者はおらず、そのまま閉のボタンを押すと、続けざまに1階のボタンを指で強く、押し込んだ。