再会
再会 今日は泊まっていきなさいなと言う明子にほだされ、飛雄馬は花形に案内されるがままに客人用の居室へと足を踏み入れた。
飛雄馬にしては珍しく、この日は花形と共に飛雄馬は酒を飲んだ。ここに泊まる気になったのは酒のせいもあるかもしれない。

明子は素面ながらも飛雄馬に彼が行方不明となってしまってから数年間のことを饒舌に語って聞かせた。
飛雄馬はちびりちびりと用意されたブランデーをグラスから口に含みつつその話に黙って耳を傾けている。
ここに来る際、伴やあのビッグ・ビル・サンダーにそんなことをしている暇はないと言われた飛雄馬だったが、花形がそれを巧みに言いくるめ、こうして酒を飲み交わす場を設けた。
花形からしてみれば、飛雄馬はかつてのライバルであり友人でもあったし、今では彼の姉である明子と婚姻関係を結び、義理とは言え兄弟の身ゆえに、馴れ馴れしく話を振るが、飛雄馬の立場からすると不意打ちもいいところだ。
やたらにニコニコと笑顔で言葉を投げかけてくる花形にどう返事をしていいものかろくに分からずにいた。
「……これで明子の悩みの種が消えて子宝に恵まれるかも知れんな」
「いやだわ、飛雄馬の前で」
そんな冗談を花形が飛ばしたところで、飛雄馬は数回目を瞬かせてから目を擦る。
その仕草が視界に入った花形はすっと腰を上げると、今日はもう休むといいと飛雄馬を部屋に案内した。いいや、帰ると言った飛雄馬だったが、前述の通り明子に泊まりなさいよと言われたために、その言葉に甘えることとしたのだった。
花形は飛雄馬の肩に己の腕を回すようにして支えながら、屋敷の二階の居室へと彼を連れ込んだ。
部屋の電気を付けることなく、ベッドまで飛雄馬を連れて行くと、その綺麗に整えられた布団の上に彼の体を横たえた。
だいぶ眠気が来ているのか飛雄馬はしきりに目を瞬かせ、その腹をゆっくりと上下させている。花形は締めているネクタイを緩め、飛雄馬の傍らに腰を下ろした。
すると、扉の外から明子が声を掛けてきたために、「飛雄馬くん少し気分が悪いようだから落ち着くまで付き合ってから降りるさ」と叫んだ。
水か何か持ってきましょうかと言う彼女に、いいからきみは下りたまえと優しく言ってやってから、花形は完全に目を閉じてしまった飛雄馬の体の上に跨った。
緩めたネクタイの端が飛雄馬の胸に触って、飛雄馬はその刺激でハッ、と目を見開く。その刹那、花形は顔を飛雄馬へと寄せ、己の唇を彼のそこへと押し付けた。
「う、あっ、」
驚き、口を開けた飛雄馬の口内へ舌を差し入れ、花形は逃げる彼の舌を追う。
「っ……な、がたっ、はながたっ……う、ん、んっ」
唇を離そうともがいて、苦し紛れに花形の顔めがけ平手を放った飛雄馬の左腕を彼はぐっと掴んだ。
「……」
肩を上下させつつようやく口付けから開放された飛雄馬は花形を仰ぎ見る。
暗い部屋にもようやく瞳が慣れ、窓を塞ぐカーテンの隙間から覗く月明かりが飛雄馬の顔を照らした。何度か瞬きを繰り返して、飛雄馬は涙に濡れた黒い瞳を花形へと再び向ける。どういうつもりだ、とでも言いたげな目だ。
「もう伴くんとはしたのかい」
「……?」
きょとん、と飛雄馬は花形の言葉に目を丸くしたが、すぐにその意味が分かったか彼を睨み据えてから、二度とその言葉を口にするなと低い声で言い放った。
「フフッ、図星かな。彼が結婚しないのも大方きみのせいだろう」
「……」
己から視線を逸らし、やや目を伏せた飛雄馬の髪を花形は指で梳いてやる。
「触らないでくれ」
強い口調で拒絶の色を示し、飛雄馬は髪を撫でる花形の手を跳ね除けた。と、花形は再び口付けを与えるべく身を屈めてきたが、飛雄馬はついと身を翻しそれを避ける。
「操立てのつもりかね」
「きみはっ、なぜこんなことをする。ねえちゃんが知ったら」
「……」
花形は飛雄馬の耳元に唇を寄せ、微かに音を立て首筋へと吸い付く。
肌を吸い上げる湿った音が直に鼓膜に響いて、飛雄馬はびくっと体を弾ませた。温かな舌が薄い首の皮膚を撫でて、顔の輪郭に唇がそろりと触れる。かと思うと、花形は飛雄馬の腹を撫で、彼の身に纏うシャツの裾に指を滑らせた。
「っ、く……ぅ」
じわりと汗ばむ肌に指先を滑らせつつ、花形は飛雄馬のシャツをゆっくりたくし上げてやる。指が皮膚の表面をそろりそろりとなぞる感覚に飛雄馬は背を反らし、声を漏らす。花形はシャツの下から現れた飛雄馬の白い肌に口を這わせつつ、今度は彼の穿くスラックスのベルトを緩め、ファスナーを下ろした。
半ば硬さを帯びつつある飛雄馬の臍の下に下着の中に手を忍ばせた花形はなんの躊躇いもなく触れてみせた。
「はっ、……」
花形の体の下に組み敷かれたまま、飛雄馬は腰を反らし、彼の腕に縋った。上ずった顎に口付けて、花形は震える飛雄馬の唇を吐息ごと己のそれで塞いだ。
「ぁ、っ……むぅ、う」
掌全体で飛雄馬の逸物を撫でさすり、その亀頭を彼の腹へと押し付け掌底でグリグリと圧迫してやる。
「はながた、さっ……いっ、」
「水臭い。義兄ちゃんと呼んでくれよ飛雄馬くん」
鼻をフフンと鳴らして、花形は飛雄馬の男根を握るや否や、それを上下にしごき始める。飛雄馬の鈴口から溢れた先走りが花形の手の動きを潤滑なものとした。
ぬるぬると男根全体を先走りのまぶされた掌で絶妙な力加減と速度で擦り立てられ、飛雄馬は花形の腕を掴む指に力を込める。
「い……っ、いくっ……花形っ……」
「……」
はあっ、はあっと短く呼吸をしつつ飛雄馬は花形の掌の中に精をぶちまけた。
腰がびくびくと跳ね、飛雄馬は目を閉じ、射精の余韻に浸った。と、花形は飛雄馬の体液に濡れた指で彼の唇をなぞる。白い液体が飛雄馬の下唇に白く線を描いた。
「口を開けて」
「……いっ、いやだっ」
顔を真っ赤に火照らせたまま花形を睨んだ飛雄馬だったが、拒絶の言葉を吐いた口内へと花形の指は滑り込んだ。
己の体液が舌の上に乗ったかと思うと、指の腹が舌を撫でた。飛雄馬の口腔底に溜まった唾液が花形の指を伝って、はたまた彼自身の唇の端を伝って顎へと流れ落ちる。
「飛雄馬くん、ほら、きちんと舐めてくれなきゃ。元はきみのものだろう」
「……」
飛雄馬が歯を立てる気配を察したか、花形はそれ以上深入りせず彼の口から指を離した。ごくり、と飛雄馬は唾液を飲み下し、目を伏せる。
すると花形は濡れた手を一度拭ってから飛雄馬のスラックスと下着とを脱がせにかかったが、飛雄馬はそれを受け入れようとはせず、体を跳ね起こすと伸ばしていた足を縮め、花形から距離を取った。
「これ以上は、よしてくれ。ねえちゃんを悲しませるようなことだけは」
「きみに言われる筋合いはないね。今まで散々行方をくらませておいて」
「……それは」
ベッドの上に投げ出されていた飛雄馬の足、その足を掴み、花形は靴下を脱がせると彼の足先へと口付けた。
そうしてそのままスラックスの裾をたくし上げつつ、飛雄馬の足首から脛、膝へと口付けてやってから、ふいにぐいとスラックスを己の方へ引いた。
丸っきり油断していた飛雄馬の足から難なくスラックスは離れ、床へと衣擦れの音を立て落ちる。飛雄馬の膝を左右に割りつつ、花形は彼の足の間へと身を滑らせた。
「っ……」
花形は一度困ったような笑顔を見せ、飛雄馬の足から下着を抜いた。それから、着ていたスーツの上着を脱ぐと、ベッドの足元に投げやってから己の穿くスラックスのポケットから何やら容器を取り出した。
蓋を開け、中身を指で掬い取ると花形は飛雄馬の足の間、先程自身が弄んだ逸物の下の位置へとそれを塗り込んだ。
「……う、うっ!」
花形の指と、飛雄馬自身の体温で尻に塗られたぬめりを帯びた半固形物のようなものは溶け、そのお陰かしばらく飛雄馬の閉じた窄まりの皺を撫でていた花形の指を容易く飲み込む。
「は、ぁ、あっ!」
とは言え、体を貫く異物感と穴を押し広げる気味の悪い感覚に飛雄馬は声を上げ、奥歯を噛み締める。
「く……きついな」
刺激に慣らすように花形はゆっくりゆっくりと指を飛雄馬の中に突き入れ、そこを解していく。飛雄馬が固く閉じた瞼の縁からは涙が頬へと滴り落ちる。
その後、花形は二本目の指を挿入させ、丹念に飛雄馬の尻を解してやったあとに、スラックスのファスナーを下ろし、己の逸物を取り出すと、今まで馴らしていた彼の窄まりへとそれを宛てがった。
「……星くん」
小さな声で名を呼んで、花形は飛雄馬の足をめいっぱい広げさせ、その膝を彼の腹に付くほどに曲げさせると、己の男根に手を添えまずは亀頭を彼の中に挿入させる。
「……あ、いっ……っ」
ぎゅうと飛雄馬は腹の中に入ってきた花形を締め付ける。
「……っ、っ」
花形もその圧に呻きつつ、己を飛雄馬の中へと突き入れていく。柔らかな肉壁が飛雄馬が喘ぎ、体に力を込めるたびに花形を締め付け、優しく撫であげる。
時間をかけ、飛雄馬の体に形を教え込みつつ根元までを挿入させた花形は、ぐっと腰を一度飛雄馬めがけ押し付けた。より深く逸物が中に入り込んで、飛雄馬は悲鳴とともに仰け反った。
「う、ぁ、あっ……」
花形の腕、綺麗にクリーニングの施されたシャツを握り締め、飛雄馬は声を上げる。
腰を動かすたびにベッドが軋んで、飛雄馬の頬を汗が滑った。腹の中を好きに擦られ、嬲られ、飛雄馬は奥歯を噛む。
浅い位置を撫でていたかと思えば、深い位置を強く抉られ、飛雄馬はその都度身を反らし、白い喉を曝け出し高い声を上げた。花形は飛雄馬の喉に口付け、舌を這わせる。
「は、っ……ん、んっ」
飛雄馬の頭付近にあったクッションをひとつ手にして、花形は彼の腰の下にそれを敷いてやった。飛雄馬の腰の位置が変わって、花形が中を擦る場所さえも先程までとは違う位置になる。
「あ、いっ、……っふ」
「ここがいいかね」
「だっ、め、……あぁっ」
飛雄馬の声色が変わる。痛みを堪えるような呻きから鼻にかかったような甘い声へと変貌を遂げた。彼の体内も解れたか、より一層柔らかく熱く花形を包み、きつく締め上げる。
「伴っ、ば、んっ」
「……」
飛雄馬の口を吐いた名に花形は眉をひそめる。どうやら違う男の夢を見ているらしい――と花形は今まで優しく飛雄馬の中を抉っていたが、怒りに任せるがごとく強く腰を叩きつけ始めた。
「い、あっ……ああっ、腰、っそ、こ」
「星くん、目を開けろ……きみを抱いているのは伴くんじゃないぞ」
「……はっ、花形さ……」
驚き、名を呼びかけた飛雄馬は花形の深い一突きにビクンと体を跳ねさせ、ぶるぶると震えた。
「……」
花形は飛雄馬の額に口付けてやりつつ、自身もまた彼の中で果てた。
「あ……はぁ、っ……ふ」
余韻に戦慄く飛雄馬の中から花形は男根を抜いて、枕元にあったティッシュでそれを拭うと下着とスラックスの中に仕舞った。
「……」
目を閉じたまま、ベッドの上で腹をゆっくりと上下させる飛雄馬を一度見やってから花形は放ったスーツを再び身に纏うと、居室を出た。
廊下をしばらく歩いて階段を下りていると心配そうにこちらを見上げている明子と目が合い、花形はニッコリと笑んだ。
「まだ起きていたのか」
「飛雄馬は……」
「飛雄馬くんならもう大丈夫さ。今はゆっくり眠っているよ」
階段を一段一段下りつつ、花形は明子に言って聞かせる。
「おう、花形さん。星のやつがお世話になって」
「……」
階段を降りきった先、リビングのソファーに座って花形の帰りを待っていたらしき伴に声を掛けられ、花形は眉をひそめた。
え?とその表情に驚いた明子と伴の間に不穏な空気が流れたが、花形がニコリと笑んだためにその雰囲気は一気に払拭される。
「やあ、来ていたのか」
「あ、あんまり帰りが遅いから心配になってのう」
照れ臭そうに頭を撫でつつ伴は言ってのける。花形は彼のもとへ少し歩み寄ってから、ぽんとその広い肩を叩いた。
「……」
「……」
二人はじっと見つめ合い、伴の肩に乗せた花形の手にはゆっくりと力が篭っていく。
「……伴、来てたのか」
「星!」
ふいに三人の頭上から声が降って、はっと三人は階段の上を仰ぎ、伴はがばっと立ち上がった。
「……悪いな、つい飲みすぎた」
「珍しいのう。星がそんなに酔うなんて」
「フフ、兄貴と話が弾んでな」
階段を下りきり、飛雄馬は一人玄関の方へと向かう。
「星」
「飛雄馬!」
「ねえちゃん、また」
飛雄馬は一度背後を振り返り、口では姉に挨拶をしながらも花形をじっと見据えた。
「……」
何か言いたげに唇が微かに動いたものの聞き取れはせず、すぐに飛雄馬は口を閉ざす。それに気付くことなく伴はぺこぺこと幾度となく花形と明子に頭を下げ、飛雄馬と共に花形邸を出て行った。
「……あなた、顔色が悪いわ」
「……」
明子にそう言われたものの花形は返事もせず、グラスに先程飛雄馬と飲み交わした残りのブランデーを注ぐと、それをゆっくりと喉奥に追いやった。