料亭
料亭 部屋のチャイムが鳴らされ、少し早めの昼食でもと台所に立っていた飛雄馬はコンロの火を止め、誰だろうと首を捻りつつも扉を開けた。
今日は午前中に明日のデーゲームのミーティングこそ開催されたが、後は自主トレを各自行うようにとの話で、飛雄馬も昼食を取り次第グラウンドに向かうつもりであった。この自主トレも自由参加だが、飛雄馬は言うまでもなく毎回参加し、日々高校時代からの親友・伴宙太と汗を流している。
伴が食事でもどうだとやってきたのだろうと高を括り、扉を開けたもののその先にいた人物に飛雄馬はハッと息を飲み、ねえちゃんならアルバイトに出掛けていないんだ、と一息に言い切った。
「え?明子さんがいない?」
そう、怪訝な表情を浮かべたのは飛雄馬の姉・明子に好意を寄せているこれまた飛雄馬の高校時代──否、小学生時分からの知り合いである花形満であった。
飛雄馬の言葉に困ったな──と花形は目を伏せ、腕を組む。
「困った、とは」
「いや、今日は明子さんと昼食をご一緒する約束をしていたのだよ。まさかすっぽかされてしまうとは」
やれやれ、と外国人がするように両手を挙げ花形は首を振る。
「ねえちゃんが約束をすっぽかすなんてそんなことするもんか」
「…………」
「忘れた、そう、忘れただけに決まってる。ねえちゃんなら近くのガソリンスタンドにいる。行こう」
いや、と花形は靴を履き部屋を出て行こうとする飛雄馬を腕で制する。
「何を、本人に直接訊く方が早いだろう」
「仕事中の明子さんを困らせる訳にはいかないだろう。別にぼくも気にしてはいない」
言われ、それもそうか、と飛雄馬はその場に立ち止まった。
「………ところで、星くん。明日のデーゲームは我がチームとだったね」
「それが、なんだと言うんだ」
「今日は明日に備え巨人も自由練習日だろう。せっかく来たんだ。食事でもどうだね」
「花形さんと?」
「明子さんのために予約したんだが、一人で行くわけにもいくまい」
「……………」
「無理にとは言わんが」
「宿舎に、伴に電話してもいいかい」
視線を泳がせ、飛雄馬は訊く。
「ああ、連絡したまえ。グラウンドで一人待たせる羽目になっては可哀想だからね」
飛雄馬は靴を脱ぎ、少し廊下を歩いて黒電話の受話器を取ると選手宿舎に電話をかけ、出た先輩選手に伴に自主練習は参加できなくなった旨を伝えてくださいと言付け電話を切った。
そうして、玄関先に立っていた花形の方を振り返ると再び靴を履き、二人で部屋を出た。
「しかし、花形さんもおかしな人ですね。ねえちゃんに振られたからっておれと食事だなんて」
鍵を締めつつ飛雄馬は苦笑混じりにそんな言葉を口にする。
「べつに、プライベートで誰と仲良くしようとそれは個人の勝手だろう。ユニフォームを着て仲睦まじく談笑しているというのなら問題だが」
そういうものだろうか、と飛雄馬は鍵をポケットに押し込みつつ先を行く花形の後を着いていく。そうして、マンションの来客用駐車場に停められていたオープンカーの後部座席に乗り込んだ。
風を切り、花形操るオープンカーは颯爽と走り出す。
「しかし、花形さんとおれが食事をしているのを見られたらまずいことになるのでは」
「なに、心配する必要はない。安心したまえよ。フフ、そんなに人目が気になるかね」
そりゃあ、そうだろう、と飛雄馬は座席に深く座り直しつつ唇を引き結ぶ。
「花形モーターズが商談の際に利用する料亭を予約してある。皆、口は固いさ」
「そこまでして、ねえちゃんと食事を?」
「…………」
返事はなく、それにしたって、わざわざライバル関係にある自分とではなく同じ阪神の選手とたまには食事でも共にしたら良いのではないかと思ったものの、それきり花形が予約したという店に着くまで飛雄馬も口を開くことはなかった。
駐車場に車を停めてから、ひらりと身軽に運転席から飛び降りる花形を飛雄馬は目をぱちくりさせ見送ってから、自分はドアを開け車を降りた。
プロ野球選手となった今でさえ訪れたことのないような厳かな雰囲気漂う料亭の門構えに飛雄馬は思わず目を見張る。
いつもお父様にはお世話になっておりますときちんとした身なりの着物姿の女性が深々と頭を下げるのを見送って、花形はその場に立ち尽くす飛雄馬に来たまえよ、と促した。
それから案内されるがままに店の奥へと進んで、襖を開けた先、その窓の向こうには緻密に庭師の手によって作られた日本庭園が広がっており、何よりこの畳敷きの一室自体も以前飛雄馬が住んでいた長屋よりだいぶ広いようであった。
「……………」
「入りたまえよ。フフ、ああ、上座に座るといい」
どこか高名な画家の描いたであろう掛け軸の掛かる床の間の方へと促され、飛雄馬はそこに敷かれていた座布団の上に正座をした。
花形は飛雄馬のほぼ対面に座って、料理をお持ちします、と襖を閉め去っていった仲居をちらと見遣ってから、目の前の飛雄馬に楽にしたまえと苦笑する。
「いや、こういうところ……来たことがないので」
「固くなることはない。ぼくときみの仲だろう」
言われ、飛雄馬がゆるゆると足を崩すと、襖が開かれ、続々とこれまた高そうな器に盛られた天ぷらやら刺身やら吸い物やらが運び込まれ、飛雄馬は崩した足を再び正座の格好に戻した。
一通り料理を運び終えると仲居たちはしずしずと去って行き、部屋には花形と飛雄馬の二人きりとなる。
窓の向こうの日本庭園に設けられているのか、ししおどしの小気味いい音が響いた。
「ほんとに、いいんですか。食べても」
「ここまで来ておいて気分じゃないから帰ってくれとぼくが言うような男と星くんは思うのかね」
おしぼりで手を拭きつつ、花形は訊く。
「……………」
「さあ、食べたまえ」
箸を取り、花形は小さくなったままの飛雄馬を尻目に料理を口に運んでいく。
飛雄馬もおしぼりでのろのろと手を拭いてから箸を取ると、刺身を口に運ぶ。
するとどうだ、未だかつて食べたことのないような甘い歯応えのある刺身で飛雄馬はこれまた嬉しそうに目を見開いた。
「フフ、きみは分かりやすくていい。嘘がつけない」
「あ、う………」
「なに、褒めたのさ。口に合ったようでぼくも嬉しい」
変な人だな、と飛雄馬はちらと花形を煽いで、揚げたてらしくまだ熱い天ぷらを口に含んだ。
「ねえちゃんの件は、おれからも話しておくから、その、ねえちゃんを嫌いになったりしないでほしい」
「…………ふっ、ハハハッ!ハハ、まだそんなことを言っているのか星くん。もう済んだことだ。気にせず食べたまえよ」
「でも、ねえちゃんだって、花形さんのこと」
「本当に、きみは、ぼくが明子さんを迎えに来たと、そう思っているのか」
「え?」
海老の天ぷらを口に入れたばかりの飛雄馬はこちらを真剣な眼差しで見つめてくる花形に気圧され、ろくに噛まずにそれを飲み込んだ。花形はすっと立ち上がると、飛雄馬のそばに歩み寄る。
「…………な、んですか、突然。おれ、変なとこ言ったかい」
尋ねた飛雄馬の前に膝をつき、花形は何の躊躇いもなく彼の腕を掴むとぐいと己の方に引き寄せるや否や、呆けたまま開きっぱなしになっていた飛雄馬の唇に自分のそれを押し当てた。
「っ、花形さ………う、」
顔を振って逃れようとする飛雄馬の腕から花形は指の力を緩め、彼の頬へと手を添える。飛雄馬の口から漏れ出た吐息の熱さに花形は身震いし、星くん、口を開けてと囁いたが、彼は唇を閉じたままいやいやと首を振った。すると花形は口を開き、顔を傾け飛雄馬の上唇に噛み付いた。
「い、っ……」
鋭い痛みが走って、飛雄馬は顔をしかめ思わず口を開ける。それと同時に滑り込んできた舌と共に微かに鉄の味が口内に滲んで、飛雄馬はびくっと大きく震えた。
派手に音を立て、花形は飛雄馬の粘膜を犯す。口の中を舌が這いまわって、飛雄馬は思わず己の頬に添えられた花形の腕を掴んだ。と、唇が離れ、ようやく飛雄馬が満足に呼吸が出来ると思った矢先に首元に顔を埋められ、ついさっきまで口内を好き勝手に嬲っていた舌が首筋を撫でた。
「だ、れかっ………来たら、こんな、あっ」
「誰も来ない。人払いをしてある」
舌を這わせていた白い首筋に吸い付いて、花形は飛雄馬の頬から肩へと手の位置を変えると、そのまま畳の上へと彼を押し倒す。
「はじめ、からっ………そのつもりだったんですか」
瞳を潤ませ、自分を組み敷く花形を睨み付け、飛雄馬は訊く。
「さあて、どうだろうねえ」
フフン、と鼻を鳴らし、花形は再度飛雄馬の首筋に口付けて、組み敷く彼の着ているカーディガンの下、タートルネックのシャツの裾から手を差し入れた。
あっ!と声を上げ、仰け反った飛雄馬の柔らかな顎下へと強く吸い付いて、花形は飛雄馬の腹を指先で撫でさする。
「うっ、う、うっ………」
触れられる箇所からゾワゾワとくすぐったさにも似た妙な感覚が背筋を走って、飛雄馬は声を上げる。花形の指は飛雄馬の腹を撫で、シャツをゆっくりとたくし上げながら鎖骨まで来たところで胸の突起にそっと指先で触れた。
「………んっ」
そろりとその突起の上を人差し指の腹で上下に撫でこすって、やや立ち上がらせたところで花形はそれをちゅうっと吸い上げる。一際大きな嬌声が飛雄馬の口から上がって、いやだ、やめてと言う拒絶の声が続いた。
けれども、花形は手を止めるでもなく、あろうことか口に含んだ突起を舌の先でつついたかと思うと、舌の腹でそれを押しつぶすようにして舐めあげる。
「あっ、いっ………っ〜〜!」
ぷくりと更に膨らみを増した突起を甘噛みして、花形は飛雄馬の穿いているスラックスのベルトを緩めると、そのままスラックスと下着の中に手を差し込む。
ぐっと飛雄馬の下腹に力が篭って、花形の指に彼の勃起した逸物が触れた。
やや力を込めるようにしてその逸物を握ったまま花形は一度上下に手を動かす。
がくがくと飛雄馬の腰が震え、全身が強張った。
「ひ、いやだ………はながたさ……いや……」
「きみのからだはそうは言っていないようだが」
胸から口を離して、花形はまた飛雄馬の唇に口付けを与えようとするが、それに気付いた飛雄馬が顔を背け、唇をぎゅっと引き結んだためにそのまま背けた彼の顔、その耳に口付けた。濡れた舌が耳を犯して、顔を火照らせる。
花形が触れたままの飛雄馬の逸物からは先走りが垂れ、彼の指を生温かく濡らしていく。それを受け、花形は飛雄馬の男根をゆっくりと濡れた手で撫でさする。
「………っ……ん……」
ふるふると震え、喘ぐ飛雄馬の唇を啄んで、花形は彼の逸物を弄ぶ手の動きを速めた。
「はっ、な………アアッ、いっ……」
花形の口付けを受けたまま、飛雄馬は彼の手の中で精を吐く。
「……………」
己の体の下で戦慄く飛雄馬のスラックスの中から手を引き抜くと、花形は飛雄馬が使っていたおしぼりで手を拭いて、彼の穿くスラックスを脱がしにかかった。
「いっ、いやだっ……!花形さん……もうっ」
喚いた飛雄馬の頬を涙が滑って、殊更に花形を煽る。
「それなら星くん、きみの口でぼくのを咥えてくれまいか」
「……………」
何を言うのか、と飛雄馬は花形の顔を仰ぎ見てから、視線を下げる。
すると彼の穿くスラックスの前が異様に膨らんでいるのが目に入って、ゾッと背筋を冷たいものが走った。
しかして、これ以上何か妙なことをされるくらいなら、と飛雄馬は自身から離れ、畳にベルトを緩めてから足を畳に投げ出すようにして座った花形との距離を詰める。
それから、震える手でスラックスのボタンを外しファスナーを下ろして、飛雄馬は下着の中から彼の怒張を取り出した。
「っ………」
これを咥えろと言うのか、と飛雄馬は眉をひそめ、歯を食い縛る。
フフ、と花形はその様を見下ろし、唇を歪め笑みを漏らす。飛雄馬は一度ゴクンと唾を飲み込んでから、花形の男根を咥えられるまで彼の両足の間に身を置き、体を屈めると口を大きく開け、逸物を咥えた。
「さては星くん、初めてじゃあないね……」
「……………」
上顎と舌とを逸物に密着させ、飛雄馬は顔をゆっくりと動かす。舌に鈴口から溢れた液体が触れて、飛雄馬はそれ諸とも唾液と混ぜ喉奥に追いやった。
唾液を溜めた口内で花形を果てさせるため、懸命に彼の逸物を責めあげる飛雄馬の口の中で彼は射精し、これですべて終わりかと思われた。
「あ、ふ………ぅっ」
脈打つ男根が治まるのを待ち、飛雄馬は唾液に濡れ光るそれから口を離す。
やや酸欠状態に陥った飛雄馬は肩で息をしながら、体を起こすがその腕を花形に絡め取られどどっとそのまま畳に背中をつくこととなった。
「や、くそく………したじゃないか」
肘を使い、上体を起こす飛雄馬の顔に花形は己の顔を寄せ、彼の頬を伝う涙に唇で触れる。
「あっ、っ」
「痛いことはしない。星くん、大丈夫だから………」
「だれがっ、信用するもんか……」
己の体の下から抜け出そうとする飛雄馬のスラックスと下着に手をかけ、花形はそれを彼の立てた膝まで一息に引き抜いた。
「星くん……」
現れた腿を撫でられ、びくっと震え力が抜けたところに下着共々スラックスを剥ぎ取られる。
「はっ、花形さん………」
飛雄馬の両足を掴んでそれぞれを両脇に抱え、花形はいきり立った逸物を飛雄馬の尻に押し付ける。
「きみとひとつになりたい……お願いだ」
「こ、っ………いうことは、すきな、ひとと……」
「好きな人?フフフ……おかしなことを言うね、星くんは。ぼくはきみが好きだからこういうことをするんだよ」
逸物に手を添え、花形は飛雄馬の後孔にそれを押し当てると、ぐっと腰で押し入れた。慣らされていないそこは引きつり、強引に押し広げられながらも花形を受け入れていく。
「うっ、あ、っ………あ…………」
根元までを埋めてから、花形は顔を寄せ、飛雄馬の唇に口付けてゆっくりと腰を引く。腹の中が引きずられ、びくっと体を跳ねさせたところで腰を叩きつけられて、飛雄馬は大きく仰け反った。
それこそ飛雄馬のことなど何ひとつ考えることなく、花形は腰を打ちつける。
星くん、星くんとうわ言のように無理やりに抱いた男の名を呼んで、彼の片足を肩に担ぐようにしてより深く己を腹の中に咥えさせ、腰を穿つ。カタカタと座卓の上の皿たちが揺れ、音を立てた。
飛雄馬が仰け反り、晒した喉に花形は唇を寄せ、強く吸い付き跡を付けていく。かと思えば、飛雄馬の頬に浮かぶ涙を唇で掬い取り、喘ぐ彼の口内に指を入れ、舌を弄んだ。
「っふ………う……」
花形の指を伝い溢れた唾液が飛雄馬の顎を濡らす。その指を花形は飛雄馬の口から抜くと、顎から首筋までを滑らせ、再び畳に手をつくと、飛雄馬の腹の中を抉った。
「はな、花形っ………そこ、やめ、っ」
「…………」
額に汗を滲ませ、花形は飛雄馬がよがった位置を責め立てる。悲鳴じみた声が飛雄馬の口から上がって、花形の腕にぎゅうっとしがみついた。
「あ、あっ!そこ、ばっ……かりっ、いやらっ」
舌ったらずの声で呻いて、全身汗みずくになった飛雄馬は花形を締め上げ、達する。
「はっ…………っ、は、あっ……はながたっ、今、いまいった………っから」
「だから?」
がくがくと全身を戦慄せたまま、飛雄馬は息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
目を細め、花形は意地悪く尋ねる。
「あたま、へ……んに、なるから……あっ」
「………………」
腰をグラインドさせ、飛雄馬が好む場所を花形は執拗に責めた。飛雄馬は全身をぎゅうっと丸め、花形にしがみついて、絶頂に震える。
「はながたっ………やめ、やめて……おねが……ハァっ、あっ!あっ」
「…………星くん、」
上ずった顎に口付け、花形は飛雄馬の中に己の欲すべてをぶちまけた。
二度目の射精と言うのに、いつまでも脈動が治まることなく、花形は肩で息をしながら、顔を両手で覆い隠したまま腹を上下させている飛雄馬を見下ろす。
ぬるっ、と花形は飛雄馬の中から男根を抜いて、先程のおしぼりの綺麗な箇所でそれを拭うとスラックスの中に仕舞った。 飛雄馬は両足を投げ出したまま、未だ顔を隠し、腹で呼吸をしている。
座卓の上の冷えた湯呑みの中身を花形は啜って、飛雄馬に視線を遣った。
顎の下から首筋にかけて鬱血の跡や丸い歯型の跡がここからでもはっきりと目に入る。
あの跡が付いている限りは、きっと彼は自分のことを嫌でも思い出すだろう、と花形は再び湯呑みの中身を口に含む。
そうして、呼吸を整えているうちに疲れ、眠ってしまったらしい飛雄馬の涙でグズグズになった頬に口付けると、一万円の紙幣を座卓に置いてから部屋を出る。
廊下で出会い頭に顔を突き合わせた仲居にくれぐれも彼が出てくるまでは部屋には入らぬようにと念を押し、訳が分からぬままに頷いた彼女を尻目に店を出ると車に飛び乗った。
エンジンを掛け、ふと見上げた空に無数の星が輝いていて、花形は目を細め奥歯を噛み締めたが、すぐに何事もなかったかのように車を走らせた。
そして迎えた明日、巨人対阪神の試合中、打席に立った彼を射殺さんばかりに睨み据える飛雄馬の目は赤く腫れており、首にはありありと昨夜の跡が見てとれて、花形は優越感にも似た妙な感情を抱きながら、バットを構え、ニヤリと微笑むのだった。