黎明
黎明 寒い、と飛雄馬は体を震わせると体を起こす。
深夜。辺りは暗く、澄んだ空気の中で中庭の鹿威しが小気味よく音を立てている。
布団は十分かぶって寝たはずだが、と疑問を覚えつつ、水でも一杯もらいに行こうかと考えたところに、耳馴染む高いびきが聞こえて、飛雄馬は大きな溜息を吐く。
伴のやつ、人の布団に入り込んで眠っているな──。
寒いはずだ、と飛雄馬は視線を自身の右方向に遣り、掛け布団をほとんど独り占めした格好で気持ちよさそうに眠りこけている親友・伴の寝顔を見遣った。
彼は酔うと、こうして人の部屋にこっそり忍び込み、布団の中に体を滑らせてくるのだ。夜はこちらも疲れ果て眠っているから気付かないことがほとんどだが、朝になると大きな図体を赤ん坊のように縮めて眠る様を目の当たりにすることになる。
できれば自分の部屋で眠ってほしいものだが、こちらは居候の身で、サンダー氏を呼び寄せてくれた恩もある。屋敷に居候をし始めた当初のことを考えればだいぶ落ち着いてくれたのだ。横で眠るくらい許してやろう。当時は毎晩のように……いや、思い出しまい。
首を振り、飛雄馬は星と寝言を囁く伴の顔を見つめ、ふ、と頬を緩ませる。
伴自動車工場も今や伴重工業と呼ばれるほどの大企業に成長し、会社を興した親父さんの息子である伴も常務という役職に就いているらしい。
想像以上に会社勤めというのは大変なようで、気苦労が耐えないと伴は言っていたか。
大人に、なったんだな、と飛雄馬はごろりと寝返りを打った伴の体に外れた布団をかけてやる。
伴の部屋で寝直そうとも考えたが、飛雄馬は枕元に置いた目覚まし時計で現時刻を確認すると立ち上がる。
それから、着替えを済ませ部屋を抜け出すと、冷えた体を温めるべく腕をさすりながら廊下を行く。
着替えたばかりの衣服は体にはまだ馴染まず、固く冷たいままだ。
ひとまず、洗面所で顔を洗ってから玄関先で靴を履き、外へと飛び出す。
冷えた外気が露出した頬や耳を刺し、軽い痛みさえ覚えつつも飛雄馬は薄暗い町内を駆けた。
街灯は等間隔で舗装路を照らしている。
鼻や口から肺に取り込んだ空気も同様に冷えていて、喉や肺にちりちりと染みた。吐息は白く、気温の低さを物語っている。
いつもは町内を一周して、中庭でサンダー氏とストレッチをしてから朝食を摂るのだが、今日は二周は回れるだろうか。伴のやつ、遅刻しないといいが。
くすっと飛雄馬は笑みを溢すと、白み始めた空を見上げ、ようやく体が温まってきたタイミングでほんの少し、駆ける速度を速めた。
間もなく新年を迎える、師走のやたらと冷える日のこと。