コツコツ、と信号待ちで停まった車の窓が鳴って、歩道を歩いていた飛雄馬は何事か、とそちらに視線を遣った。
すると見慣れた車種のピカピカに磨き上げられた車体が目に入って、飛雄馬は露骨に嫌な顔をして足早にその場を通り過ぎようとしたが、開いた窓から飛雄馬くん、と呼ばれたために、不本意ながらも歩みを止める。
「…………」
「珍しい、1人かね」
開いた後部座席の窓から顔を出した今や飛雄馬と義理の兄弟の間柄となった花形が顔を出し、ニコッと笑ってみせた。
彼自身の姉である明子と花形が婚姻関係を結んだということは飛雄馬も知っているし、結婚式にはそれこそ祝電を送ったものの、再会するおよそ5年前までは互いに他球団に属する敵同士、いわゆるライバル関係であったわけでこうも馴れ馴れしく飛雄馬くんと呼ばれてもどう反応したらいいのか分からないでいた。
「今日は伴くんはいないのか」
「……花形さんには関係のないことだ」
冷ややかに言い放ち、飛雄馬は花形の乗る車から距離を取る。
「まあ待て、飛雄馬くん。昼は食べたか。どうだ、近くに美味しい店がある。たまには食事くらい一緒に食べないか」
「気持ちはありがたいけれど、そんな暇があるのならねえちゃんを誘ったらいいじゃないか。なぜわざわざおれに声を掛けるんです」
「偶然、通りがかったのも何かの縁だろう。明子も心配していたぞ」
「…………」
どうも花形の口から発せられる姉の名前に飛雄馬は弱く、視線を泳がせると再び立ち止まる。花形は運転手に車を停めるように告げ、それを受けた運転手も少し離れたところに停車させて、飛雄馬が乗り込むのを待った。飛雄馬のためにドアを開けてやり、花形は座る位置をずらす。
とは言え、広い外車の後部座席でわざわざ座る位置を変えることもないのだが、花形は何故かしらそうした。
飛雄馬は小さく会釈をしつつ、車に乗り込むと今まで花形が座っていた場所に腰を下ろし、扉を閉める。
花形と同じく父親の経営する会社の重役となった親友である伴宙太の車には飛雄馬も何度か乗ったことがあるが、花形の自家用車に乗るのはこれがあの日以来まだ二度目で、ましてや彼と仲のいい友達という間柄でもない飛雄馬は座席に背を預けたまま花形とは逆の方向に足を組んでじっと窓の外を眺めていた。
近くと言っていたが、だいぶ走るな、と飛雄馬は口に出しこそしないものの、そんなことを思いながら道行く人々やすれ違う車を目で追っていると、ふと、窓にこちらを見つめる花形の顔が映って、ギクリとする。
「退屈かね」
「……おれから話すことなど別にない」
「ふふっ、相変わらずつれないね。きみは」
「………」
だから言ったのに、と言わんばかりに飛雄馬はかぶっていた帽子のひさしを下げ、顔を隠すと俯く。
「店の駐車場で降ろしてくれたまえ」
花形が言うと、運転手は頷き、何やら値段の張りそうな店の駐車場に車を停める。
花形は何やら運転手に言付けてから、車から降りた。飛雄馬もそれに続くようにして綺麗にアスファルトで舗装された駐車場に足を付く。
花形は行こう、とばかりに顎をしゃくって店の入り口をくぐる。自分が来るにはあまりに場違いではないかと飛雄馬は慌てたが、花形が何やら親しげに店員と話しているために引き返すことも出来ず促されるままに席に着いた。昼食時と言うのにあまり客はおらず、ほとんど貸切に近いような状態である。
飛雄馬は目を瞬かせつつ、帽子を取ると白いクロスのかけられたテーブルの上に置きかけて、膝の上に乗せた。
「何でも、好きなものを頼むといい」
「…………」
親切はありがたいが、薄気味悪いな、と飛雄馬は眉をひそめる。
食事なんかどこか定食屋でもいいだろうに、それとも生粋の坊っちゃん育ちである花形はこういう店しか知らないのだろうか、デートじゃあるまいし男二人でこんな店、店員たちだって困るだろうに、とメニューを眺めている花形を睨みつつ飛雄馬はそんなことを思った。
「飛雄馬くんは麺が好きと聞いたが、パスタなどはどうかね」
「ねえちゃんに?」
「……聞いては、悪いか」
別に、そんなことはないが、と飛雄馬は言葉を濁しつつメニュー表のパスタの欄に視線を落とす。何やら頭の痛くなるような長い名前の付いたパスタがそこには記されており、飛雄馬は眉間に皺を寄せる。
「ワインは、飲めるかね」
「………」
店員を呼びつけ、注文を伝える花形に続いて飛雄馬も舌を噛みそうな名前の付いたパスタを店員に告げた。
「なぜ、こんな店に」
「なぜ?好みではなかったかい」
「場違いだろう、男二人、こんな店」
「場違い?そうは思わんが……それにきみなら絶対そう言うだろうと思って、庶民的な店を選んだつもりだったが、お気に召さなかったかい」
いちいち鼻に付く物言いをする男だな相変わらず、と飛雄馬はテーブルクロスの下で足を組み変えつつ、花形から視線を逸らす。 すると、スーツ姿の店員が再びやって来て、目の前でワインのコルクを抜くとグラスにそれぞれ瓶を傾け赤い液体を注いだ。
「改めて、再会を祝して乾杯といこうじゃないか」
「………」
ここで反故にするのも余計場違いさを助長させるだけだ、と飛雄馬はワイングラスを持ち上げ、こちらを見遣る花形へと自身もまたグラスを手にすると、互いに視線を絡めた。それから一通り、食事を済ませ食後のコーヒーなんぞを嗜んでから、二人は店を後にする。
結局花形の振る話題に相槌を打ったり質問に答えたりなどとしていたらワインを2本開ける羽目になり、普段ワインなどと言う小洒落たものを飲みつけていない飛雄馬はすっかり出来上がってしまっていた。
車を降りる際に、2時間ほど時間を潰してから戻ってくるようにと運転手に告げていた花形は、その言いつけ通りに駐車場に戻ってきていた車に飛雄馬を乗せてから、また自分も乗り込んだ。
車が動き出すと同時に寝入った飛雄馬を心配する運転手に、花形は彼自身の屋敷に向かうように指示して、すやすやと眠りこける飛雄馬の横顔を黙って眺めていた。
そうしてしばらく二人は車に揺られ、到着した花形邸に突然に帰宅してきた夫とその彼に体を支えられるような形でやってきた実の弟の姿にびっくり仰天したのは他でもない明子であった。
とりあえずソファーに飛雄馬を寝かせ、花形もまたその近くに腰を下ろすとネクタイを緩める。そこまで花形自身、酒に強いわけでもなく、飛雄馬とあれほどまで親しげに話をしたこと自体初めてで、変に浮かれてしまったらしかった。
明子の用意してくれた氷の浮いた冷たい水を煽りつつ、花形は彼女に礼を言いつつ一先ず下がっていい、と言った。
でも、と食い下がった明子だったが、遂には彼女が折れる形となって部屋には花形と飛雄馬の二人きりとなる。
ソファーに横たわったまま飛雄馬はほんの少し開いた唇からかすかに寝息を立てている。花形は水を口に含むと呼吸の度に腹を上下させる飛雄馬の体を跨ぐように座り直してから、そうっとその寝息を立てる彼の唇へと口付けた。半ば溶けかけ、小さくなった氷の塊を舌に乗せたまま、花形は酔って熱気を孕む飛雄馬の口内へと氷塊ごと吐息を滑らせた。
「あ、っう……」
突如として口の中へと入り込んできた冷たい固形物と、熱く濡れた感触とが飛雄馬を覚醒させる。ゆっくりと温まっていく水を喉奥に追いやって、飛雄馬は自身に跨る男の腕に衣服の上から爪を立てた。
その男の正体が花形であり、口を塞いでいるのが彼の唇であると飛雄馬が理解するまで、しばらく時間が掛かった。花形は飛雄馬の唇に口付けたまま、彼の着ているシャツの中へと指を忍ばせる。
「は、っ、花形っ!」
ビクン、とその刺激に体が跳ねた拍子に唇が離れて、飛雄馬は己を組み敷く男の名を呼んだ。けれども花形は動じることも、詫びることもせず飛雄馬の首筋へと顔を寄せ、その薄い皮膚に吸い付く。
指先が触れる肌にじんわりと汗が滲んで、微かに腹に力が篭った。花形は一度、飛雄馬のシャツをたくし上げ、腹までを露出させたが、ふいに手を離すと今度は彼の腹に留まっているベルトに手を掛ける。
「っ、っ……」
バックルを緩め、花形は飛雄馬の穿くスラックスのボタンを外してファスナーを下ろした。そうすると、中から解放を待ち侘びたかのように逸物が首をもたげ下着を持ち上げる。
ククッ、とこの様を嘲るように花形の口角が上がって、飛雄馬は勢いのままに彼の頬を平手で張った。花形は抵抗するでも、それを避けるでもなく、見事に飛雄馬の右手を頬に受ける。
「い、いっ、かげんに……」
「どの口がそんなことを言う」
花形は飛雄馬の男根を下着の上から撫でつつ、あくまで冷静に言い放った。
4、5回ほど布地ごと立ち上がった逸物を撫でてやれば、下着には先走りが滲んで、飛雄馬は涙に濡れた瞳で花形を睨む。
笑みを浮かべ、花形は飛雄馬の片足を広げるとそのまま床に足裏をつかせ、その両足の間に体を移動させた。
「花形っ……いやだっ、それは……」
「嫌?ほう、飛雄馬くんはこの先を知っているのか。ふふっ……」
飛雄馬は唇を噛み締め、花形を睨む。その表情は否応なく花形を昂ぶらせた。
つい先程まではいかにも面倒臭そうな顔をして必要最低限の会話しか返してこなかったというのに、今じゃどうだ。
酒のせいもあるだろうが、人の与える刺激に素直に反応して、肌をこれ以上合わせることを涙ながらに拒んで、もうやめてくれと懇願している。己の出方ひとつでどうにでもなるのだと思うと、非常に愉快でもあったし、変に嗜虐心を煽った。
このまま無理矢理先へ進むことも花形は考えたが、それならば、とひとつ条件を出すことにした。
口でいかせてくれたら、この場は収めることにしよう、とそう、何ら恥じる様子もなく花形は言ってのける。
昼食を一緒に食べようなどと言ったのも、こうすることが目的だったのか、と飛雄馬は花形を軽蔑しつつ、言われるがままにソファーに座ったままの彼の足元に屈み込むとその足の間に顔を寄せた。
「………」
視線を数回泳がせて、飛雄馬はスラックスの開いたファスナーの中から露出した腹に付かんばかりに反り返っている花形の逸物の根元に口付けて、そろりと舌を這わせる。そうして、頂上まで舌を滑らせてから、口を開いてそうっとその怒張を咥えた。反った亀頭が上顎を擦って、飛雄馬は嘔吐く寸前までそれを咥えると舌の腹と上顎とで逸物をぎゅっと挟んでゆっくりと顔を上下させた。
そうすると、咥えた花形の逸物の先からカウパーが滲んで、飛雄馬の唾液に混ざる。
「飛雄馬くん、こっちを見て」
なるべく視線を合わせぬようにしていた飛雄馬にそんな声が降ってきた。
顎が疲れたために、唾液を纏わせた男根を手でしごきながら亀頭の辺りを口で刺激していた飛雄馬はもう一度喉奥深くまで咥え込んでから花形を仰ぐ。
「………一体、きみにこんなことを教えたのは誰なんだか。羨ましくもあり、憎らしくもある」
花形は目を細めつつ、飛雄馬の額に手を遣り、その髪を掻き上げながらボソリと呟いた。喉を締め、飛雄馬は咥える花形の逸物全体をより一層強く締め付けたかと思うと、彼の顔を見上げたまま、口内に溜めた唾液でわざと音を立てて舌と上顎、それに窄めた唇とでしごいた。
ビクビクと飛雄馬の口内で花形の男根が戦慄いて、頭を掴む指にも段々と力が篭ってくる。もうそろそろ絶頂が近いようで、それを堪えているのか彼の眉間にも皺が寄っているのが飛雄馬にも見てとれた。
「ぅ、ぐっ……」
すんでのところで花形は飛雄馬の口から逸物を引き抜き、彼の顔へと白濁をぶちまける。飛雄馬の額から瞼、そうして鼻の横を通って、唇から顎まで一直線に白い液体が飛び散って尚も花形は飛雄馬の唇付近に最後の一滴までを擦り付けた。
「…………」
唇に付着した白濁が口を開けると飛雄馬の口内にぬるりと滑り込んだ。唾液と共にそれを飲み込んで、飛雄馬は鼻で一度大きく息を吸う。
「フフ………いい顔じゃあないか、飛雄馬くん」
「昼の、礼くらいにはなっただろう」
指で鼻の辺りに飛んだ精液を掬い取って、飛雄馬は顔をしかめたまま立ち上がる。
「礼?きみはそんなことを──」
乱れた衣服を直しつつ、花形は苦笑した。
「でなければ誰が黙ってきみのされるがままになるものか」
テーブルの上に乗っていたティッシュ箱から中身を数枚取り出して、飛雄馬は顔を拭うと、グラス半分ほど残っていたぬるくなった水を口に含んだ。
「飛雄馬くん」
花形が呼んだのも聞かずに飛雄馬は部屋を出て行く。
代わりに部屋に飛び込んできたのは何が起こったのかと慌てふためく明子で、花形は飛雄馬くんは急用を思い出したようだ、と嘘をついて彼女を宥めすかすと、ついさっきまで飛雄馬が座っていたソファーの位置に明子を座らせてから、一口分、グラスに残っていたぬるい水をごくりと喉を鳴らして、嚥下した。