来社
来社 「あっ!坊ちゃま!宙太坊ちゃま!」
朝食を食べ終えたのち、伴は一足先に会社へと向かい、飛雄馬とビル・サンダーはいつものように伴重工業のグラウンドで練習を行うべく準備をしていた。
すると、伴宅で家事全般を担うお手伝いさん──おばさん──が慌てた様子で主の名を呼ぶもので、飛雄馬は何事かと彼女の許を訪ねた。
「どうしました」
「あっ!星さん、その、坊ちゃまが、今日、大事な会議があるとおっしゃっていたのにこの書類が入った封筒をお忘れになって、その、えっと、あの」
飛雄馬や伴が親しみを込めておばさん、と呼ぶ老女は血相を変え、慌てた様子で茶封筒を手にあっちをうろうろ、こっちをうろうろと忙しなく台所を歩き回っている。
どうやら気が動転しているらしく、要領を得ない。
飛雄馬はこのまま伴が戻るのを待とうか、しかし、待っていてはその大事な会議とやらに間に合わないのではないか。
ここから伴の会社までは車で二十分程度だと先日、話してくれた覚えがある。
伴がいつもの調子で寝坊し、おばさんの作ってくれた朝食を掻き込み、慌てて家を出てから間もなく三十分になる。
どうするべきか。
入れ違いになる可能性を考慮して、このまま待つのが最善か。
伴のことだ、どうせ会議が始まるまで気付かず、その時になって初めて慌てる様子が目に浮かぶ。
「……おばさん、おれが伴のところへ書類を届けます。おばさんは落ち着き次第、伴の会社におれが向かっていることを伝えてもらえますか」
「で、でも、星さんは今から」
「…………」
飛雄馬は老女に対し、笑みを浮かべると彼女から封筒を受け取るや否やビル・サンダーの待つ玄関まで走り、正直に訳を話した。
ビル・サンダーもそういうことなら、と二つ返事で練習に少し遅れることを承諾してくれ、飛雄馬は深々と彼に頭を下げるとそのまま駆け出した。
「気ヲツケテ、ヒューマ」
「ありがとう!」
振り向きざまに返事をし、飛雄馬はそのまま大通りに出ると手を挙げ、停車してくれたタクシーに乗り込む。しかして、今になって伴の会社の住所を知らぬことに気付いてハッとなる。
「お客さん、どちらへ」
「……伴、伴重工業へ」
こちらを振り返りもせず運転手が尋ねた。
社名だけでわかってくれたらよいのだが。
何しろ一度も伴の会社を訪ねたことがなく、近くにどんな目印があるかもわからないのだから。
飛雄馬は運転手が何と答えるか、固唾を呑んで見守る。が、飛雄馬の心配など杞憂に過ぎず、ああ、あそこねと運転手はあっけらかんとした様子で答え、軽快にハンドルを操った。
助かった、と飛雄馬はそこでようやくホッと胸を撫で下ろし、後部座席の背もたれに体を預けた。
あまり喋りは得意ではないのか運転手は伴重工業に到着するまで話し掛けて来ず、飛雄馬はその無愛想加減に今は救われる気がした。
伴が念の為に、と預けてくれていた一万円で運賃を支払い、飛雄馬はタクシーを降りると、その足で伴重工業と書かれた目の前に聳え立つ、大きなビルの自動扉をくぐる。
伴は大したことない会社だと笑っていたがとんでもない、さすが重工業の名を冠しているだけのことはある。確か、東京だけでなく、各地方にも支社があるなんて話をしていたか。
「おはようございます。失礼ですが、本日はどのようなご用件ですか?」
自動ドアをくぐってすぐ、若いスラッとしたスーツ姿の女性に話しかけられ飛雄馬は、えっ、と一瞬身構えたものの、伴宙太に用があって来ました、と淡々と事実を述べた。
「当社の常務に何のご用件でしょうか。私でよければ伺います」
女性は凛とした態度でそう、飛雄馬に尋ねる。
「封筒を届けに来ました」
「封筒?」
怪訝な表情を浮かべた女性の背後でどうやらエレベーターが到着したらしく、間の抜けた音を玄関ホールに響かせた。
「星よう〜〜〜!!!!」
すると、到着したエレベーターの扉が開くや否や、聞き覚えのある声が飛雄馬を呼ぶ。
「伴!」
飛雄馬は何が起こったのか飲み込めず、目を白黒させる彼女の背後からその巨体を揺らし、こちらに駆け寄ってくる彼の名を口にした。
「よう来てくれたのう!!助かったわい!」
おばさんから連絡を受けたか、いつもの調子でこちらを抱き締めようとしてくる伴を飛雄馬は躱し、早いところ上に戻れ、と彼を突き飛ばす形で封筒を押し付けた。
「う……」
「早く!おれが来た意味がなくなってしまうだろう」
名残惜しげに茶封筒を両手に抱き締め、こちらを見遣る伴を叱咤し、飛雄馬は再び同じ文句を口にする。
「ありがとう、星……」
「…………」
ぼそぼそとその大きな巨体に似つかわしくない声で礼を言うと伴は後ろを向き、乗ってきたエレベーターにそのまま乗り込み、去っていった。
その始終を見届け、飛雄馬はやっと一息吐くと、ぽかんと呆けている例の彼女にまたしても深々と頭を下げ、失礼しますと言うなり、開いた自動ドアから外に出た。
それにしても、伴はあんな調子でよく専務だか常務だか知らんが務めていられるな、と世話になっていながらそんな心配をしてしまうほど危なっかしいと言うかそそっかしいと言うか。
飛雄馬は後で少し灸を据えてやらねば、とそんなことを考えつつ至急、ビル・サンダーの待つ伴重工業グラウンドに向かうため、再びタクシーを捕まえ、それに飛び乗った。

その日の練習も飛雄馬からしてみればまずまずの結果であった。
しかして、予定時刻より一時間ほど遅れて顔を出したことを覆面二軍選手数名に咎められ、飛雄馬は言い訳もせず、これから先はこのようなことがないようにするから、今後ともよろしく、と頭を下げるのみに至った。
日が落ち、ボールが見えなくなった辺りで解散、と言うことになり、やれやれと皆が散る中、ビル・サンダーだけが飛雄馬のことを労ってくれた。
「……すみません。サンダーさん、貴重な時間をこんなことに使ってしまって」
「ノープロブレムネ、ヒューマ。アナタトテモ良イコトヲシタ。ワタシ感激シタ。ミスター伴ガワタシヲ日本ニ呼ンデクレタ理由モダケレド、アナタタチトテモ良イ関係。友達、親友、トテモ大事ネ」
「…………」
頷いたところに、ビル・サンダーの大きな手がその頭をポンと叩いてくれ、飛雄馬はニコッと微笑む。
「星、星よ〜う!あいたたた!」
仕事帰りの伴がグラウンドに駆け付けてくれたらしく、飛雄馬は声のした方向を振り仰いだ。
すると、グラウンドに繋がる土手を駆け下りる際、勢い余ったかそこから滑り落ち、顎を強かに地面にぶつけた伴の姿が目に入って飛雄馬は、伴!と彼を呼んだ。
「もっと落ち着きを持て、伴」
「いてて。すまん、すまん。でへへ、勢い余ったわい」
へらへらと腑抜けた笑顔を見せ、頭を掻く伴の姿に、飛雄馬はやれやれと首を振ると、帰ろう、と彼に対し手を差し伸べる。
「おう。今日は星に助けられたわい」
「それは違うな、伴。きみを助けてくれたのはサンダーさんだ。彼がOKをくれたからおれは忘れ物を届けることができた」
「……サンダーさん、恩に着ます」
伴は飛雄馬の手を握り、それを支えに立ち上がると、ビル・サンダーに頭を下げた。
「OH!私、何モシテマセン。オ礼ハ結構デース」
「ふふ……」
飛雄馬は夕焼けに染まる伴の照れ臭そうな笑みと、白い歯を見せて笑うビル・サンダーの顔を見つめ、自分も微笑むと、そのまま帰宅すべく歩み出した。

そうして、帰宅した伴の屋敷で汗を流し、おばさんの作ってくれた夕飯に舌鼓を打ち、あとは眠るばかりとなって飛雄馬は布団の中で隣に眠る伴を呼ぶ。
「まだ起きとったのか」
真っ暗な部屋で伴が寝返りを打ち、衣擦れの音が響く。
「伴の会社を初めて訪ねたが、思った以上に大きくて驚いた」
「ん、そうかのう。花形のところはもっと大きいぞ。アメリカのニューヨークにも支社があるからのう」
ワハハ、と伴が声を出して笑う。
「花形さんは伴と違って英語がペラペラだそうだからな」
「わ、わしだって英語くらいしゃべれるわい」
「嘘をつけ。サンダーさんと難しい会話をするときは秘書の女性を通すじゃないか」
くすくす、と飛雄馬は笑みを溢しつつ、伴に背を向けるよう寝返りを打った。
「さ、サンダーさんの英語は訛りがひどいんじゃ。秘書ちゃんはアメリカの田舎の方に留学経験があるとかで……あの、その」
「明日は遅刻しないようにしろよ」
「……星のおかげで今日は本当に助かったぞい。危うく親父にクビを言い渡されるところじゃった」
「あんまりヘマばかりしていると、親父さんや伴はよくても他の役員や社員が迷惑をするぞ」
「今日の一件で身に沁みたわい。今後気を付ける」
「ぜひそうしてくれ」
「…………」
沈黙。
ビル・サンダーも眠っているのか、辺りは妙に静かだ。例の老女もとっくに帰宅している時間帯。
「…………」
「星、そっちに行ってもいいか」
「来て、何をするつもりだ?」
「あ、その、う〜ん」
「……ふふ」
飛雄馬は微笑み、こちらに身を寄せてきた伴に対し手を伸ばすと、その太い首に腕を絡ませた。
「い、いいのか?」
「年を取って臆病になったな、伴。現役時代はもっ…………う」
遠慮がちに頬に触れてきた感触を追うように飛雄馬はそちらに顔を向け、こっちだ、と彼を誘導する。
「明かりを付けようか」
「サンダーさんが起きるぞ」
「そりゃ困るのう」
互いに吹き出すと、そのまま唇同士をすり合わせる。
明かりのない部屋で、視覚から得られる情報は現段階では何もなく、触れ合う吐息と体温とがいつにも増して敏感に感じ取れる。
それは伴も同じなのか、絡む舌はやたらに熱く、肌を撫でる指も心なしか温かい。
せっかく汗を流したというのに、すでに肌の表面には汗の玉が浮き、身をよじるたびにそれが滑り落ちる感触がある。
「腰を上げろ、星」
「ふふ、今日は早いな」
「は、早いとはなんじゃ。失礼な」
「大きな声を出すな」
唇を一旦離し、飛雄馬は伴の首に回した腕を下ろすと、それを支えにし腰を浮かせた。
「…………」
寝間着代わりの浴衣の、はだけた裾から入った伴の手が飛雄馬の下着に掛かるが早いかそれを腰から剥ぎ取り、腿を下って膝の上を滑らせる。
先程の口付けのせいで飛雄馬の下腹部は熱を持ち、首をもたげているが、むろん、暗闇の中で伴がそれに気付くはずもない。
飛雄馬は臍の下で脈打つ自分のそれ、の存在に身震いすると耳元に触れた吐息に声を漏らした。
「あ……」
「む、いかん。やっぱり明かりがないと何がなんだかわからんぞい」
「…………」
飛雄馬は雰囲気を壊す伴の首に腕を回し、彼の口を自分のそれで塞ぐと、勢いのままにその口内へと舌を滑らせる。
「うっ……ぶ、ぅ……っ、ほ、っ……」
驚き、体を離そうとする伴に縋りついて、飛雄馬は彼の唇を貪った。
しばらく、そうして互いに唇を重ね合っていたが、ふいに伴は飛雄馬の臍下に手を這わせ、完全に立ち上がってしまっているそれに触れた。
飛雄馬は驚き、伴から唇を離すと目を閉じ、身を戦慄かせたが、彼はそんなことお構いなしに、握ったそれを上下にしごいていく。
「っ…………!」
飛雄馬は伴の首から再び腕を離すと、布団に体を預け、口元に両手を遣ると声を殺す。
伴の大きな手は一度動くだけで飛雄馬の男根の先から根元までを包み込み、それに絶妙な力加減で圧を与えてくる。
きつくもなく、緩くもない、しかして、達させてはくれない、そのもどかしさ、歯痒さに飛雄馬は閉じたまぶたの目尻に涙を浮かべた。
伴の掌はとっくに飛雄馬の男根が溢れさせる先走りで濡れてしまっている。
それがぐちゅぐちゅと手を動かすたびに音を立て、飛雄馬の耳を犯すのだ。
「い、っ…………っ!!」
飛雄馬は微かに声を上げ、伴の掌に精を吐くと、その体を小さく震わせる。
下腹が射精の脈動に合わせ引き攣る。
ようやく、口から手を離すと、飛雄馬は伴を受け入れるためにその長い足を大きく左右に開いた。
伴が唾を飲んだか、ゴクリと大きな音が部屋に響く。
「目が慣れてきたか」
飛雄馬は下腹を押さえ、苦笑すると、大きく深呼吸し、早いところ頼む、と続けた。
「い、いや、目は相変わらず慣れちょらんが、何となく、わかるんじゃ」
「ふふ、伊達に伴には抱かれとらんからな」
「ほ、星!」
伴は声を荒げたが、それ以上続けはせず、飛雄馬の開いた足の中心へと指を這わせた。
「……う」
「あ、い、痛かったか?」
指を半ば挿入させつつあった伴だが、飛雄馬が声を上げたため、慌てて指を抜く。
「いや、いい。驚いただけだ」
「…………」
伴は再び、おそるおそる飛雄馬のそこに指を滑らせ、中を解していく。
何やら濡れた感触があったのは、先程自分が出した精液の名残だろうか、と飛雄馬は冷静にそんなことを考えつつ、伴の指がゆっくりと奥へと突き進んでくる感覚に体を仰け反らせた。
不意打ちのような形で中を探られるのは好きではない。とはいえ、遠慮がちに浅い位置を指先で撫で回されるのももどかしい。
「っ、浅いところは、……っあ、ぁ、」
言い掛けた飛雄馬の前立腺を伴は指の腹で押し上げ、軽く自我を喪失させた。
全身に甘い痺れが走り、一瞬、頭の中で弾けるような感覚を飛雄馬は覚え、体を支える手、その指で布団のシーツを握り締める。
今の刺激で熱を帯びたらしい胸の突起が変に疼く。
飛雄馬は奥歯を噛むと、先程の位置を微妙にずらし中を掻く伴の指の動きに顔を振る。
焦れったい。堪らない。
あんな場所を一度でも触られてしまったら、耐えられない。伴のやつ、わざとやっているのか、と声を上げ叱責したくなるほどもどかしい。
「っ……ふ、ぅ……うっ!」
曲げた膝が小刻みに震え、丸めた足の指はもどかしさに布団を掻く。
「もっと奥か?」
「あっ、い…………っ!!」
頼りない位置をゆるゆると撫でていた指が再び、飛雄馬のそこに触れた。
飛雄馬はその強い刺激に体を仰け反らせ、目を閉じることも叶わぬまま強い絶頂に脳を焼く。
しかして伴は一切、それに気付いておらず、指を締め付けるその動きに応えようと指をその位置でトントンと叩いた。
「ばっ、ばか…………!伴っ、っ───!」
再び、不意打ちで与えられた絶頂に飛雄馬は全身を汗に濡らし、身を強張らせた。
それに驚いたか伴は指を抜くと、飛雄馬を呼ぶ。
意識は朦朧としており、声を出すこともままならず飛雄馬はぐったりと布団の上に体を預けている。
体は言うことを聞かず、指一本動かすことも今は出来ない。だと言うのに、伴はあろうことか、指を抜いたばかりの飛雄馬のそこに自分の腰の位置を合わせ、その先に進もうとしている。
尻に押し当てられた熱に飛雄馬は体を震わせ、口ではやめろ、と声を上げた。
しかして、今から伴を受け入れようとしているそこは、期待に震えているのか、それとも恐れ慄いているのか、下腹をきゅんと疼かせた。
「あ、ぁあっ……!!」
一息に奥まで突き立てられた伴の分身をきつく締めつけ、飛雄馬は声を上げる。
間髪入れず伴は腰を叩き始め、飛雄馬はそのあまりの勢いと強さにあられもない声を上げ、与えられた絶頂に酔いしれた。
「っ……」
飛雄馬の声を抑えようと伴は開きっぱなしの彼の口に自分の指を咥えさせ、軽くそれを噛ませる。
「ふ……ぅ、う──、」
開いたままの口から唾液を滴らせ、顎から首筋までをしとどに濡らしながら飛雄馬は与えられる快感に酔った。
互いの体は汗に濡れ、浴衣などとうにはだけてしまっている。
伴は飛雄馬の口から指を抜くと、唾液に濡れたその唇に自分のそれを押し当ててから、挿入したままの男根を抜くことなく果てた。
腹の中で欲を吐く脈動を感じつつ、飛雄馬は己の口の中を貪る舌に応え、指を絡ませてきた手を握り返した。
そうして、気付けば夜が明けており、隣には気持ちよさそうに眠る伴の姿があって、飛雄馬はまさかおれひとり妙な夢を見たのか、と顔を青くさせる。
けれども、幸せそうにいびきをかく親友の顔が堪らなく愛おしく思えて飛雄馬は目を細めた。
こう見えても頼りになる男なのを知っているからこそ、おれはきみに頭が上がらんのだ。
明日は寝坊しないでくれよ、お願いだから。
飛雄馬は伴の髪に指を通すと、皆が起きる前にシャワーを浴びようと布団を抜け出し、廊下に繋がる部屋の襖を開け、畳敷きの床からひやりと冷たい板張りの廊下へと足を踏み出した。